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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《掃討者の日々》

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70/125

70. 〈侍〉カグヤ - 5

 


     [5]



 この先に居る魔物が7体もの群れだと説明しても、〈侍〉であるカグヤが戦意を怯ませることは無かった。

 何しろこちらは3人しかいないのだから、数的な不利は最早語るまでもないことなのだが―――彼女からすれば多勢を相手取るのは『武士の本懐』であるらしく、自身の『死』などまるで恐れてはいないかのように見えた。


(……やっぱり、正直な所を話すわけにはいかない)


 もし彼女がその見目に相応しい少女らしく、もっと率直に『死』を恐れてくれるのであれば、シグレもこれから行おうと考えている作戦を正直に打ち明けることができたのだが。多勢が相手と聞いて却って闘争心を燃やす彼女には、やはり本当の所を伝えるわけにはいかない。


「打開する手立てはありますので、大丈夫だと思います」


 ―――騙すようで非常に心苦しいが、シグレは嘘を吐いた。


「お願いなのですが、自分が念話で『停止』をお願いしたら、カグヤにはその場で立ち止まって欲しいのです。敵全体を上手く巻き込むために、位置の調整が必要となりますので」

「判りました。―――止まれと言われたら、止まる。簡単ですね」

「はい」


 シグレは【生命付与】と【堅牢】のスペルを行使し、全員の『最大HP』を底上げすると共に『被ダメージ減少』の効果を付与する。更には同じく〈付与術師〉のスペルである【韋駄天】も行使し、こちらはシグレ自身を効果対象に選んだ。

 【韋駄天】は移動速度を大幅に上げてくれるスペルなのだが、その効果は1人だけにしか与えることができない。スペルを詠唱したり行使しながらだと、どうしても移動速度が落ちてしまうが、事前に【韋駄天】を掛けておけばそれを補うことができるだろう。


「【杖は盾に((エルテ・クラリサ))】!」


 更に〈伝承術師〉のスペルを行使して、自分の杖の先端部に傘状に広がる、魔力障壁を展開することも忘れない。

 【杖は盾に】に持続時間の制限は無いが、障壁が一定量のダメージを受け止めて破壊されるか、もしくは杖から手を離すとスペルの効果は即座に失われてしまう。

 スペル名の通り、杖を『盾』として使えるようになるのはとても便利なのだが、代わりに弓を必要とするスペルが使いづらくなるのは仕方無い所だろう。


『戦闘の準備はよろしいですか?』

『いつでも大丈夫です!』

『無論だ』


 パーティ会話で最後の確認を取ったあと、シグレ達一行は前方へと駆け出す。

 全員が軽装であり[敏捷]も高いので、その移動速度は速い。緩やかに左へ曲がる通路を進めば、すぐに狭い通路に大量の魔物が犇めいている光景を目視することができた。


「緻密なる魔力よ、望まぬ穢れを阻む障壁を形成せよ―――」


 呼吸を乱さないよう注意しながら、小さな声でシグレはスペルを詠唱する。

 走りながらスペルを詠唱するのは難しいが、できなくはない。


「―――【魔力壁(エルテ・カカロン)】!」


 シグレ達から見て、魔物達のすぐ背後に『魔力の壁』を出現させる。

 これまでは魔物の退路を断つ手段として多用してきたスペルだが、今回の目的はそれではない。退路を断たずとも、目の前の魔物達は『宝箱』を離れて増援を呼びに行くという行動を取りはしないだろう。―――何しろ『宝の番人』なのだから。


 では何の為に使用したかと言えば、これは『ゴールライン』を設置するためだ。あの壁よりも奥側にまで上手く移動できれば、壁が魔物の追撃を遮ってくれるので安全に逃げることができるだろう。

 もしかすると魔物達は壁の破壊を試みるかもしれないが、術者の[魅力]に応じた耐久度を持つ『壁』は、ある程度は魔物の攻撃に耐えられる堅牢さを持っている。


 ―――ちなみに今回の【魔力壁】は黒鉄だけを『通行可能』としており、あとは全て遮断するように設定してある。魔物を通さないことは当然ながら、術者であるシグレも、そしてカグヤも通しはしない。


「数多の星々、その輝きを集めて闇を切り裂かん! 【目眩まし(ウィシーウィーズ)】!」


 【韋駄天】による移動速度増加は思いのほか大きく、カグヤと黒鉄よりも前に出てしまわないように注意しながら。魔物達からよく見えるよう、シグレは最後尾より杖を高く掲げてスペルを行使した。

 【目眩まし】は〈星術師〉のスペルで、術者の身体や装備品の一部から強い光を発することで、5秒間だけ魔物を『盲目』状態にして視力を失わせる効果がある。

 スペルによる状態異常が味方に及ぶことはないが、かなり激しい光を発するスペルなので、直視すれば味方にも眩しい思いをさせてしまう。なので味方の視界の届かない、最後尾からこのスペルは行使する必要があった。


「グオオオオオオ……!」


 シグレの杖の先端部から弾けた眩い閃光。それを直視したゴブリン・ジェネラルと3体のホブゴブリンが、大きくその巨体を怯ませる。

 すぐに《魔物解析》のスキルで状態を表示させると、それら4体の魔物達全てが『盲目』の状態異常に陥っていることが確認できた。


(よし……!)


 状態異常は『必ず効く』というものではないので、【目眩まし】がどの程度魔物に通用してくれるかは、ある程度賭けの部分があったのだが。後ろに位置していたゴブリン・アーチャー3体には効果が無かったとはいえ、屈強な前衛の魔物4体全てを無力化できたというのは期待していた以上に最良の結果だ。


『カグヤ、止まって下さい』

『―――ええっ、今ですか!?』


 視力を失ったことで大きな隙を晒している魔物を目の前に、いま正に斬り込もうとしていた最中での『停止』指示に、カグヤが困惑するのは無理もない。


 それでも―――カグヤは指示通り、魔物集団の手前3メートルほどの位置で立ち止まってくれた。

 一方で黒鉄は停止せず、ホブゴブリンの股下を抜けて魔物集団を通過する。隙だらけの魔物を攻撃もせずに、黒鉄が避けるようにして進んだという事実に、それを目の当たりにしたカグヤが「えっ?」と目を丸くした。


 その立ち止まっているカグヤの背中に、シグレは左手でそっと触れる。


「ごめんね、カグヤ。―――【短転移(アロス・ピネー)】!」


 〈召喚術師〉のスペルを行使すると同時に、触れていた背中が掻き消える。

 カグヤの身体は、シグレから見て16m先―――先程『魔力の壁』を張った、その向こう側にまで転移(テレポート)していた。




+----------------------------------------------------------------------------------+


【短転移】

  消費MP:60mp / 冷却時間:120秒 / 詠唱:なし

  術者自身、もしくは術者が触れている対象を16m以内で転移(テレポート)する。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 普段は緊急回避用と考えていた切札(カード)が、今回は味方を逃がす為に役立った。


『―――し、シグレさん!?』

『すみません、カグヤ。お叱りは後で幾らでも。今は黒鉄と共に逃げて下さい』


 すぐに咎めるような語調の念話が届くが、その反応は織り込み済みでもある。

 残念ながら【短転移】の呪文では『術者』か『触れている対象』のどちらか片方だけしか転移させることができない。もし両方に効果があれば、シグレも一緒に逃げることが出来たのだろうが―――さすがにそれは、欲張りが過ぎるだろうか。


「堅牢なる砦よ、その威容を我の前にて示せ―――【塁壁召喚(カカロナ・レコン)】!」


 盲目効果を受けていないゴブリン・アーチャーが放ってきた矢を【杖は盾に】の障壁で耐え凌ぎながら、シグレは更に『壁』を召喚するスペルを行使する。

 召喚スペルに応えて現れた『塁壁』は、先に出ていた『魔力の壁』と出現位置を重ねるように意識した。【魔力壁】の持続時間は僅か1分しかないので、魔物から破壊されずともそれほど長くは持たないからだ。


 【塁壁召喚】は融通の利かないスペルなので、一度出現させてしまったが最後、術者の意志でさえその『塁壁』を後から消去することはできない。10分という非常に長い持続時間が経過しない限りは、何をしようが出現しっぱなしになる。

 逆に言えば―――仮に術者であるシグレが『死亡』したとしても、その塁壁が消えることはない。融通の利かない不便なスペルだが、なればこそ今この状況下では頼もしくもある。


『―――シグレさん!? どういうことですか、説明して下さい!』

『カグヤを死なせるわけにはいかないのです。判って下さい』

『わ、判りません! そんなの全ッ然判りません!!』

『先に地上へ出ていて下さい、僕も後から追いかけますから。―――大丈夫です、そう簡単にやられるつもりはありませんよ』


 口にしてから、我ながらまるで漫画みたいなセリフだなと内心で苦笑する。

 だって、1対7の分が悪い勝負だなんて―――却って燃えるじゃないか。

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