07. 王都アーカナム - 3
[5]
「うーん……」
一通り『戦闘職』から『生産職』まで、全20クラスぶんのスキルをようやく修得し終わり、シグレは深い溜息を吐く。
ほぼ全ての職業で、最初から修得可能なスキルはツリーの一番頭に配置されたものだった。なので選択の余地はなく、作業の手間自体は大したこともなかったのだけれど……。
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シグレ/天擁・銀血種
戦闘職Lv.1:聖職者、巫覡術師、秘術師、伝承術師、星術師、
精霊術師、召喚術師、銀術師、付与術師、斥候
生産職Lv.1:鍛冶職人、木工職人、縫製職人、細工師、造形技師
魔具職人、付与術師、錬金術師、薬師、調理師
最大HP:16 / 最大MP:996
[筋力] 0 [強靱] 2 [敏捷] 115
[知恵] 277 [魅力] 202 [加護] 102
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◇ MP回復率[60]: MPが1分間に[+597.6]ポイント自然回復する
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〈斥候〉や『生産職』で最初に取れるスキルは、その職業の長所を伸ばしてくれるメリットだけを持ったものだったのだけれど―――〈斥候〉以外の『術師職』のスキルは長所を伸ばしてくれる反面、短所をより顕著にしてしまうデメリットを持っていた。
お陰で[知恵]と[魅力]が大きく増加した反面、[筋力]と[強靱]は凄惨なことに……特に[筋力]のほうはもう、ステータスウィンドウに[0]という残酷な数値を刻んでしまっている。
(筋力がゼロって、日常生活に支障を来すレベルなんじゃないだろうか……)
唇の端を微かに引きつらせながら、シグレは部屋の中でひとり小さく苦笑した。
[知恵]と[魅力]が大増したせいで最大MPは996という馬鹿みたいな数値になっているが、[筋力]と[強靱]がほぼ失われたことで、最大HPも[16]という酷すぎる数値になってしまっている。
防御力に影響する[強靱]の値が乏しく、HPがたったの[16]って……たぶん、敵に1発殴られるだけで死ぬんじゃないだろうか。
以前に妹がどこかの動画サイトで見た、少々特殊と思われるゲーム動画の話をしてくれた時に、主人公がなんでも一発ダメージを受けるだけですぐ死んでしまうのが面白い、とか何とか言っていた気がするけれど。そういうのにも通じるものがありそうな程、何とも頼りなさそうなステータスである。
(長所と短所が判りやすいのは、却って戦術を立てやすいとも言えるか)
予想していたよりも随分と極端なキャラクターにはなってしまったけれど。そのぶん全てのスペルを使える魔法使い系のキャラとして、自分が貫くべきスタンスは明確になったとも言える。
敵に1発でも攻撃されればアウトな可能性が高いのだから。考えるまでもなく、魔物と戦う上での戦術は『やられる前にやる』ということに尽きる。
魔物と十分に距離が離れた地点から魔法戦を仕掛け、一方的な攻撃で魔物を近づかれる前に倒せればよし。倒せずに接近を許してしまえば、それは即刻の『死』に繋がるだろう。
『術師職』のスキルは能力値を減らすペナルティを持っている代わりに、スキル習得者の『MP回復率』を増加させる効果を伴っている。最初は[10]であったシグレの『MP回復率』も、一通りの初期スキルを修得し終わった現在では[60]にまで一気に増加していた。
そして、どうやら『MP回復率』が[60]あるというのは、MPを1分間に『最大値の60%だけ自然回復できる』という意味であるらしい。お陰で極めて高い『最大MP』と『MP回復率』を併せ持つシグレの場合には、MPが自然回復する速度もかなりのものになっているようだ。
最初から修得しているようなスペルは、攻撃に使うものでも回復に使うものでもMPを大体『60』前後しか消費しない。シグレは1分間に約600点ものMPを自然回復できるため、6秒間に1発ずつ程度であれば永久にスペルを撃ち続けられるということになる。
消費MPを気にせずにスペルを乱打できるという利点は、魔物に対し遠距離戦で一気に畳み掛けるという戦闘スタンスとも合致する。
このゲームでは他の一般的なMMO-RPGに比べて、スペルに長めの『冷却時間』が設定されているらしく、一度使用したスペルは90秒から2分ほど再使用ができなくなってしまうようだけれど。全ての『術師職』を網羅しているシグレは各職4枠ずつの『スペルスロット』を持ち、合計で36種類ものスペルを駆使することができる。
一度使用したスペルが冷却時間を消化して再使用できるようになるのを待つことなく、多様なスペルを駆使して魔法戦を展開し続けられるのは大きな利点と言えるだろう。
長所を十分に活かせばソロ狩りも無理ではない筈だ。
もちろん、不安があるのは防御面だけなのだから。パーティを組み、自分を護ってくれる味方が傍に居てくれれば、より快適に戦えるのは間違いないのだろうけれど。
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【衝撃波】 ⊿聖職者Lv.1スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:100秒 / 詠唱:なし
敵1体に衝撃によるダメージを与えて大きく弾き飛ばす。
【破魔矢】 ⊿巫覡術師Lv.1スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:90秒 / 詠唱:なし
[弓] 生成した破魔矢を射ち出し敵に物理ダメージを与える。不浄な魔物には威力が高い。
【斥力】 ⊿秘術師Lv.1スペル
消費MP:110mp / 冷却時間:180秒 / 詠唱:なし
自分周囲の敵全てに衝撃によるダメージを与えて大きく弾き飛ばす。
【魔力弾】 ⊿伝承術師Lv.1スペル
消費MP:80mp / 冷却時間:90秒 / 詠唱:なし
[杖] 強い追尾力を持つ魔矢の礫を放ち、敵1体に魔力ダメージを与える。
術者の[知恵]に応じて発射数が増す。
【火炎弾】 ⊿精霊術師Lv.1スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:90秒 / 詠唱:なし
炎を圧縮した礫を放ち、敵1体を命中した箇所から炎上させてダメージを与える。
【氷結弾】 ⊿精霊術師Lv.1スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:90秒 / 詠唱:なし
冷気を圧縮した礫を放ち、敵1体を命中した箇所から氷結させてダメージを与える。
【銀の槍】 ⊿銀術師Lv.1スペル
消費MP:160mp / 冷却時間:120秒 / 詠唱:なし
銀の槍を生成して射ち放ち、敵1体にダメージを与える。
何かに命中するまで槍の飛行軌道は術者が任意に操作できる。
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シグレが最初から修得している全36種類のスペルのうち、『攻撃スペル』に該当するものだけを見たいと『意識』すれば。即座にシグレの視界には攻撃系のスペルだけを抽出したリストが表示される。
示されたリストによれば『攻撃スペル』に該当するものは七つ。初級のスペルだからなのか、どれも詠唱を必要とせずすぐに発動できるのが嬉しい所だ。
【斥力】のスペルは自分の周囲にまで近づかれた敵にしか効果が無いようなので、このスペルはピンチに陥るまで温存する切り札のような扱いになるだろう。冷却時間も長いようだし、普段から活用していては肝心の時に使えなくなるかもしれない。
基本的には残り六種類の攻撃スペルをメインに、あとは敵の動きを封じたりするスペルなども織り交ぜながら戦いたい所だ。【銀の槍】は消費MPが突出して高いようだけれど、1つぐらいならそういうスペルがあってもMPの遣り繰りは何とかなるだろう。
【破魔矢】のスペルを使うには弓を、【魔力弾】のスペルを使うには杖を、それぞれ術者であるシグレが装備している必要がある。
この世界ではいつでもアイテムを〈インベントリ〉や〈ストレージ〉に収納や取り出し出来るから、戦闘中でも武器を持ち替えながら戦うことは慣れれば出来そうだ。
(……問題はお金、だなあ)
手持ちの3,000gitaで弓と杖の両方が買えれば一番良いが、無理そうならまずは杖を優先して購入したい所だ。今のところ弓を必要とするスペルは【破魔矢】ひとつだけだが、杖があれば【魔力弾】の他に【眠りの霧】という敵集団を眠らせる範囲効果のスペルも使うことができる。
詠唱時間があるため【眠りの霧】は少し使い所が難しそうだけれど、まだこちらに気付いていない敵を初手で眠らせる、というのは悪くない。
二体以上の魔物が一箇所に固まっているような場合でも、範囲スペルで纏めて眠らせてしまえば各個撃破で討伐出来る状況はあるだろう。
まずは自分なりの戦い方に慣れて、安定して魔物を狩り、お金を稼げるようになりたい。
差し当たり宿代や食事代などを気にせず生活出来るようになるだけでも、こちらの世界での生き方にゆとりを持つことができるようになる筈だ。
(あるいは戦闘ではなく、生産でお金を稼ぐというのもアリかな……?)
一瞬だけシグレはそう思うが、すぐにその考えを振り払う。
大抵のオンラインRPGに於いて、序盤の生産というものは稼げないように出来ているからだ。
お金を掛けず自力調達した材料などを準備できれば挑戦してみるのも良いだろうけれど、材料を店で購ってまで生産に挑戦しても、おそらく良い結果は期待出来ないだろう。序盤の生産でそんなことをすれば、オンラインRPGでは普通、赤字になる。
(生産はお金に余裕ができてから、だな)
折角10種総ての『生産職』を揃えているのだから、もちろん生産活動に興味はある。
でもとりあえず優先すべきは『狩り』による収入の安定化だ。自分が持っている『生産職』で使う素材は魔物からドロップしやすくなる補正もあるようだし、都合良く手元に素材が揃うようなことがあれば、その時に改めて生産に挑戦することを考えてみよう。
ふと気付けば、今もシグレの視界の隅に表示させている時計は『09時10分』を示していた。
解説書を読んだりスキルポイントを割り振ったりしているうちに、いつしかそれなりの時間が経ってしまっていたらしい。
昼までにはチェックアウトしなければならないという話だし、少し早いけれど今のうちに部屋を引き払うことにしよう。それに気付けば少しお腹も減ってきている。確か今朝のぶんの朝食だけは無料で貰えるという話だった筈だから、階下に降りれば提供して貰える筈だ。
食事を摂ったら、今日はまず『掃討者ギルド』を訪問して登録作業を済ませよう。そのあとは杖と弓を求めて武具店を探してみるのもいいし、それから街の外に出て実際に魔物と戦ってみるのも良い。もしくは各職業の施設を訪問してみるのも選択肢のひとつだし、あるいは観光気分で街の中を適当に見て回るのも面白そうだ。
やりたいことは沢山あるし、時間も沢山ある。
なんて贅沢なゲームなんだろう、と。シグレはその事実をしみじみと嬉しく思った。