68. 〈侍〉カグヤ - 3
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黒鉄を召喚して二人と一匹になった一行は、【発光】のスペルを掛けた武器の光を頼りに、洞窟路を往く。
昨日、ユウジやライブラと共に探索したときには、少し進む度に魔物の群れ相手の戦闘が繰り広げられたものだが。今日の道行きに、その嶮しかった〈迷宮地〉の面影はない。
シグレの《魔物感知》スキルに捉えられる魔物の気配も殆ど無く、洞窟内の通路には全く閑散としている様子だけが見て取れた。
それでも道なりに数百メートル程も進むうちに、《魔物感知》で捕捉される対象との距離も詰まり、位置を察知できるシグレと黒鉄の間に緊張が走る。
シグレが《千里眼》で視界を飛ばして確認すると、緩やかに左に折れる通路先の小部屋に、戦士と弓手の二体のゴブリンが確認できた。
「レベル『6』のゴブリンが二体、戦士と弓手です。昨日の今日なので、どうやら魔物の数も相当に減っているようですね」
「今回の私達の目的は狩りじゃありませんから。少ないのは良いことですね」
「ええ、違いありません」
〈インベントリ〉から杖を取り出し、装備する。
弓である『練魔の笛籐』のほうが、最大MP増加の恩恵を受けられる面で優れているのだが、殆どの〈伝承術師〉のスペルは杖を装備しなければ行使できない。
「道中で説明した通り、ゴブリンは応援を呼ばれると厄介な相手です。僕が最初にスペルでゴブリンの退路を断ちますから、カグヤは正面から戦士タイプのゴブリンに当たって下さい。黒鉄はカグヤを後方から追いかけて、カグヤが魔物に対峙したら回り込んで弓手側の妨害をお願い」
「判りました」
『心得た』
鯉口を切り、カグヤはゆっくりと白刃を鞘から引き抜く。
身長の低い彼女が持つと、随分と長く見えるその刀身は、軽く打てば容易に折れそうなほどに細く薄い。しかしシグレが【損傷耐性】を施したその刀は、どれほど乱暴に扱おうとも決して折れることはなく、切れ味が鈍ることもない。
「―――実戦で斬れ味を試すのは初めてです」
そう漏らすカグヤの声色には、心なしか嬉しそうなものも混じっている。
こちらが3に相手が2。増援さえ呼ばせなければ、苦戦する相手ではない。
曲がり角を折れ、二体の敵が目視確認できた所で、カグヤと黒鉄は共に魔物達に向かって一直線に駆ける。シグレもまた杖を掲げて速やかに詠唱を開始した。
「緻密なる魔力よ、望まぬ穢れを阻む障壁を形成せよ―――【魔力壁】!」
顕現した【魔力壁】が魔物後方の通路を封鎖する。術者が望まぬもの全てを遮断するこの壁は、魔物自体の通行を許さないのは勿論のこと、魔物が発する声や音といったものまでをも悉くを遮断することができる。
上体を揺らさず滑るように疾走するカグヤの走法は、時代劇などで見る『侍』を思わせる挙動のものだ。背丈が低いぶん歩幅も狭いはずであるにも拘わらず、疾駆するカグヤのスピードは、時代劇で見るそれなど到底及ばないほどに疾い。
武器を弓に持ち替えてから、シグレは【鋭い刃】のスペルをカグヤと黒鉄の両方に行使する。武器の攻撃力を増加させるこの付与さえ済ませてしまえば、後はもうシグレの出番は無いだろう。
「やああああっ!」
気迫の籠った声。カグヤはゴブリン・ウォリアーに接敵するや否や、斜めに刀を力強く振り下ろす。
ゴブリンは構えていた片手剣で迫る刃を押し留めようとするが―――カグヤが振り下ろしていた刀は、その片手剣ごと。ゴブリンの身体を袈裟懸けに斬り裂いた。
(なんという切れ味……!)
カグヤに斬り伏せられたゴブリンは、瞬く間にその骸を光の粒子へと変える。
【損傷耐性】の付与を施す際に、彼女が拵えた刀の性能を『数値』としては一度確認している筈なのだが。実際に刀が使われる様を目の当たりにしてみれば、いかにそれが優れた技術によって仕上げられたものなのかを、思い知る気がした。
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それからも通路を先へ進むうちに幾度かゴブリンとの戦闘になったが、シグレ達一行が特に苦戦することは無かった。
何しろ昨日とは異なり、一度に戦闘になるゴブリンの数は大抵が二体。多くてもせいぜい三体といった程度なのだ。時にはゴブリン・ヒーラー単体と遭遇することさえあったが、もちろん治療役の魔物がひとりではぐれている状況など、シグレ達にとってはカモ以外の何物でもなかった。
そもそも、数の不利さえなければゴブリンは恐れるほどの敵では無いのだ。殲滅力の高い〈侍〉のカグヤが片っ端から魔物を斬り伏せていく様子は、後ろから眺めていて、気持ちのよい殺陣を見るかのように美しかった。
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□飛燕・試作型/品質[94]
物理攻撃値:191
装備に必要な[筋力]値:38
〔敏捷+39〕〔攻撃値+41〕
【損傷耐性】【筋力+33】【敏捷+34】
| 斬れ味のみを追求した鍛冶師の、一定の完成形をみる一振り。
| 攻撃威力は非常に高い反面、折れやすく耐久面では不安が残る。
| 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって作成された。
| 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって鍛えられた。
| 王都アーカナムの〈付与術師〉シグレによって付与を施された。
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カグヤが持つ打刀―――掃討者としての自身を放置し、来る日も来る日も工房に通い詰め、五十振り以上もの試作を繰り返すことで、カグヤがようやく完成させたその一振りの性能は、端的に言って『圧巻』の一言に尽きる。
見事な刀に負けないよう、シグレも結構な量の魔石を使い付与を試みたのだが、今の自分に付与できる能力値の増加量は『+34』で限界だった。今後職人としてのレベルが上がったりスキルを修得したり、あるいは付与の材料として用いる魔石により上位のものを使用できれば、また変わってくるのかもしれないが―――。
何にしても【損傷耐性】を前提に打たれたその刀の殺傷力は凄まじく、途中で戦闘したホブゴブリンの強固な肉体さえ、いとも容易くその刃は斬り裂いた。
魔物の筋肉も骨も、ものともせずに切り裂く様は、どこか《背後攻撃》による攻撃をも彷彿とさせる程だ。もしかしたら何らかの攻撃スキルを使っているのかもしれないが、正面からでもその威力を発揮するのだから恐ろしい。
「もう見えてくる筈です」
〈斥候〉であり《地図製作》のスキルを持つシグレは、昨日ユウジ達と共に探索した際に『ゴブリンの巣』の精緻な地図を既に有している。
まだ完成した全域図というわけではないが、少なくとも昨日『ゴブリンの王』が存在していた地点までであれば、その全容をシグレは把握していると言ってよかった。
当然『鉱床』の位置も地図に記録されている。昨日の印象だと〈迷宮地〉の魔物は奥へ行くほど強力な個体と遭遇する頻度が高くなるように思えるので、そういう意味でも鉱床の位置が洞窟全体の半分より手前側に位置しているのは、採掘を目的として来たシグレ達にとっては幸運なことだった。
鉱床の正面に辿り着くと、カグヤは嬉しそうにそれに触れて検分していく。
「思ってた以上に立派な鉱床……! 採れるのは鉄ですよね、他には?」
「殆ど掘ってませんので、まだ判らないですね。言われた通り採掘道具は準備して来なかったのですが、本当によろしいのですか?」
「あ、はい! 私の予備がありますので、そちらを差し上げます!」
そう言ってカグヤは〈インベントリ〉の中から大小2つのツルハシを取り出し、シグレのほうへと手渡してくれた。
サイズは小さい側が40cmほどで、大きい側が80cmほどだろうか。僅かに赤い色をした金属で出来ているが、銅とは輝きや質感が異なっているように思える。
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□唐鋼のピッケル/品質[88]
物理攻撃値:55
装備に必要な[筋力]値:18
〔筋力+20〕
| 唐鋼で作られた採掘用のピッケル。
| 最小限の力で快適に掘れるよう、設計に工夫が凝らされている。
| 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって作成された。
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大きい側の情報を確認してみると、名称はツルハシではなくピッケルとなっているようだ。[筋力]増加のボーナスが付いていることが、シグレには有難い。
「僕としては貸して頂くだけでも十分有難いのですが……」
「いえ、差し上げます! 鉱床の情報というのはそれだけの価値がありますので、何もお礼をしないというのはさすがに心苦しいですし……」
「情報に価値が……そうなのですか?」
「あ、はい。鉱床って、掘っても『再生』するんですよ。表層に露出した部分の鉱石を採るだけであれば、ある程度の期間が経てばまた鉱石が補充されるんです」
時間さえ置けば、何度でも掘りに来られるということか。
なるほど―――それならば、確かに鉱床の情報には相応の価値がありそうだ。
「ただ、あんまり掘り過ぎちゃダメですよ? 深い部分まで削っちゃうと、鉱床そのものにダメージが入って、生産量が落ちたり、酷い場合には『再生』自体しなくなっちゃったりしますから。
掘って良いのはあくまでも表層の部分だけ。表層ではない部分はカチカチ硬くてなかなか掘れないので、ピッケルを打つ手応えがそんな感じに硬くなりましたら、もうそれ以上は掘らないで下さい」
「判りました。……ちなみに、『再生』に要する『ある程度の期間』というのは、どのぐらいのものなのでしょうか?」
「それは鉱石の品質によります。品質が高い鉱石素材が採れる場所だと、再生するのに数ヶ月ぐらい掛かるようなこともありますね。逆に品質が悪い鉱床でしたら、それこそ毎週のように掘りに来ることもできたりします。
―――そうですね、試しにちょっと掘ってみてみましょうか」
そう言ってカグヤは鉱床に向けて何度かピッケルを振り、素材を獲得する。
採掘の様子を脇から眺めながら、シグレも道具の使い方を学ぶことにした。
「ふふ、鉄鉱石の品質はたったの『33』ですね。酷いものです」
「その分、早く『再生』されるわけですね」
「はい。この鉱床でしたら毎週掘りに来ても大丈夫でしょう。……温泉のほうでもお話ししましたが、最近では鉱石価格がだいぶ上がってきていましたから。むしろ低品質の鉄鉱石が採れる、こういう鉱床のほうが嬉しいぐらいですね」
「喜んで頂けたなら何よりです。僕もこんな良いピッケルを頂けて助かります」
何度か鉱床に向けてピッケルを振り下ろしてみると、[筋力]が『0』のシグレでさえ、問題無く鉱石を掘り採ることができた。
『鍛冶職人ギルド』で採掘道具を購入するのでは、これほど良い品が手に入ることはおそらく無かっただろうから、本当に有難い。それに何より、カグヤが喜んでくれるならばそれだけで、シグレもまた嬉しい気持ちになれた。
「あはっ。そうですね、お代はそのピッケルと……私の裸ということで、ひとつ。あんまり見て嬉しいものでも無かったとは思いますけれど……」
「カグヤは魅力的な女性です。そんなことはありませんよ」
ピッケルを振る傍らで、ほぼ無意識的にシグレはそう返答していて。
―――発言してしまった後から、我ながら(変なコトを口走ってしまったな)とシグレは後悔する。もしこの場に妹が居たなら、セクハラだと怒られそうだ。
「……そ、そうですか? シグレさんも……見れて、嬉しかったですか?」
作業に集中することで誤魔化そう、とシグレは考えたのだが。数秒の間を置いてから、カグヤの側から思わぬキラーパスが返されてきた。
―――この場合、どう答えるのが正解なのだろうか。
嬉しかったです、と言えば、それは間違いなくセクハラだろう。
かといって、嬉しくなかったです、と言うことは有り得ない。相手に対する侮辱以外の何物でも無いし―――そもそも、それは真実ではない。
「………………え、ええ。……そうですね」
シグレもまた、カグヤの方を向かずに、静かにそう吐露する。
交わし合う言葉はそこで途切れた。カーンカーンと、洞窟内には鉱床へ振り下ろされる二人のピッケルの音だけが響いている。
『……ごめん、黒鉄。僕、ちょっと精神が乱れて集中できてない。魔物への警戒は黒鉄のほうにお願いして良い?』
『あい判った。主人は気にせず、採掘に勤しまれると宜しかろう』
頭の中がぐるぐるして、とてもじゃないが魔物の警戒まで担える状況ではない。
重要な部分は黒鉄に丸投げして、シグレはただ無心にピッケルを振り続けた。




