67. 〈侍〉カグヤ - 2
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「おう、シグレじゃないか! 雨続きだってのに今日も狩りか? 精が出るなあ」
「お疲れさまです、ガウスさん。いえ、今日は採掘に行こうかと」
「採掘? この辺りで掘れる所なんざあったっけか―――っと、同じ傘に居るのは『鉄華』の嬢ちゃんじゃないか。今日は保護者付きでお出かけかい?」
「衛士隊の人の持込み品に、次から倍の修理費を徴収していいですか?」
「やめて。出納係にマジで俺が怒られっから」
カグヤと共にギルドカードを提示し、西門通行の許可を受ける。
その際にカグヤのカードを検めて、ガウスが「ほう」と簡単の声を漏らした。
「とうとう〈鍛冶職人〉のレベルは40の大台か。大したものだなあ……。
鉱石資源が豊富なアマハラの辺りだと、高レベルの〈鍛冶職人〉も珍しくは無いらしいが。この辺りの職人は、あまり育たんからなあ。お前さんみたいな向上心のある職人が街の中心に店を構えてくれてるのは、色々と有難いよ」
「代わりに掃討者業を疎かにしちゃってますけどね……」
「ははっ、そこは二足草鞋の辛い所だな。―――戦闘職のレベル上げに関しては、逢引きついでに隣のシグレに手伝って貰っちゃどうだ? あの天恵量にも拘わらず速攻でレベルを『2』に上げた辺り、なかなか将来性があってお買い得だと思うぞ?」
「ただ一緒に採掘に行くだけで、別に逢引きとかじゃないですよ……」
「何言ってんだ、仲睦まじそうに相合傘なんぞしてる癖に。
―――さて、それじゃ通っていいぞ。シグレは昨日体感しただろうが、街道にはぬかるむ場所もあるから気をつけてな」
二人の傘は西門を通過して『ウィトール平原』のエリアへ出る。
雨脚は強くもなく、けれど弱くもない単調なものだ。馬車の往来が少ない西側の街道は道が十分に固められておらず、ガウスの言う通りぬかるんだ場所がいくつも出来ているので注意して歩かなければならない。
「むう……ガウスはいつも、私のことを馬鹿にするんですから……」
シグレの隣で、少しばかりお冠になっているカグヤは、歩調も先程までよりやや足早になっている。
彼女を濡らしてしまわないように隣をキープしながら、二人並んで街道を歩いていく。到着までは20分程掛かると見積もっていたが、この分だと昨日と同じ15分程で〈迷宮地〉へ着けそうに思えた。
「そういえばカグヤは、僕のことは呼び捨てにして下さらないのですか?」
「……へ?」
「いえ。キッカやガウスさんのことは、既に呼び捨てにしていらっしゃるようですが。ふと、僕のことは未だに『さん』付けだなと思いまして」
「あ……そういえばそうですね。意識したこと、ありませんでした」
「僕はカグヤを呼び捨てにしていますし、よろしければカグヤも」
シグレがそう提案すると。ゆっくりと歩調を弱めたカグヤは、やがて完全に立ち止まってしまい。シグレの隣で目を眇めながら「うーん」と首を傾げてみせた。
「なんていうか……シグレさんは、シグレ『さん』だな、って感じがします」
「えっ。な、何ですか、それ?」
「ふふっ、何でしょうね? 私にも判りません。ですが、シグレさんはシグレさんなんですよ。やっぱり。あはははっ」
そう言って、カグヤは可笑しそうに笑ってみせる。
彼女が言わんとすることは、正直シグレには全く判らなかったが。朗らかな笑みを零すカグヤを隣で見ているのは心地良かったので、すぐにどうでも良くなった。
街道を暫らく歩き、二人は『ゴブリンの巣』入口の安全地帯に侵入する。
傘に入ったまま戦闘をするのは難しいだろうから、道中《魔物感知》のスキルで感知する魔物の位置が、街道上に存在していなかったのは幸いだった。
『黒鉄、到着したので呼び出しても?』
『……すまぬ。いま宿の女将殿から食事を貰っているので、10分待って貰えぬか』
『ん、わかった。こっちも先に準備を済ませるから、ゆっくりで大丈夫』
『有難い。よろしく頼む』
そういうことなら、こちらも今のうちに食事を済ませてしまおう。
「カグヤ。朝食は食べていませんよね?」
「あ、はい。食べないで来るよう、シグレさんに言われましたから」
「では、こちらのサンドイッチをどうぞ。冷めたもので申し訳ないですが」
以前初めてカグヤと会ったその時に、他ならぬカグヤ自身の口から〈侍〉という職業について『防御面に不安のある前衛職』なのだと聞いたことがある。
掃討者ギルドの職員であるクローネから更に詳しく聞いた所によれば、〈侍〉というのは瞬発的な攻撃力に特化された職業であるらしい。
攻撃力と敏捷性が非常に高く、しかし防御は『術師職』と殆ど変わらぬ紙装甲。そして〈侍〉が修得するスキルは、その威力こそ前衛職の中でも屈指の高さを誇るものの、消費MPが重く、濫用すればすぐにMPが枯渇してしまうのだそうだ。
『戦闘職』のレベルは『7』と普通ながら、『生産職』のレベルが『40』と非常に高いカグヤは、最大HP自体はユウジに次ぐ程に高い数値を持っている。
戦闘でも多少の魔物の攻撃ならば、そのHP量で耐え凌ぐことが可能だろう。
しかしユウジとは異なり防御力は低いので、受けた攻撃の分だけ確実にダメージは蓄積することになる。一度に多数の魔物から囲まれたりすれば、到底耐えきれるものではない。
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□照り焼きサンド/品質【逸品(195)】
摂食することで240分の間、[強靱]が『+39』増加する。
【品質劣化】:-4.50/日
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| バルクァードを醤油ベースの甘い照り焼きにし、野菜と共に挟んだもの。
| 新鮮なうちは食感も良いが、野菜は鮮度劣化が早いので注意が必要。
| 王都アーカナムの〈調理師〉シグレによって作成された。
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そんなわけで、ライブラの時のように『最大HP』を増やすものではなく、今回は[強靱]の能力値を強化する料理を用意してみた。
[強靱]が増えればそれだけ物理防御力が補強される。元々のHP量が多いカグヤにとっては、更にHPを追加するよりこちらの方が有効だと判断したのだ。
「えっ……こ、これ、『逸品』じゃないですか。よろしいんですか?」
「はい。偶然出来上がっただけのものですから」
作ったのは昨晩、温泉の後に立ち寄った『調理師ギルド』でのことだ。そのまま宿に帰っても―――すぐには寝付けないような気がしたし、何かの作業に従事していたほうが気が紛れると、そう思っての行動だったのだが。
物欲センサーから上手く逃れられたとでも言うか、あまり『良い物を作ろう』と意識していなかったことが、却って良い方向に働いたのかもしれない。幾つか調理した『照り焼きサンド』のひとつが、見事に『逸品』として出来上がった。
「ああ、冷めていても醤油の良い香りが凄く美味しそう……。私、アマハラの出身なもので、この醤油独特の香りには弱いんですよねえ……。
―――んん~っ! 美味しい! これ最っ高ですよシグレさん!」
「それだけ喜んで頂ければ、自分としても嬉しいです」
自分の料理に舌鼓を打ち、満面の笑顔になってくれるカグヤを見て、シグレのほうもまた同じように笑顔にさせられる。
シグレの場合は[強靱]よりもHPのほうが重要なので、食べているのはライブラに提供したのと同じ『唐揚げサンド』のほうなのだが。美味しそうに食べてくれるカグヤを見ながらだと、それだけで自分も随分と美味しく感じられる気がした。
生産中に稀に出来上がる『逸品』は、アイテムの性能が通常より大幅に優れていることだけに留まらず、調理品であるならば味もまた極めて優れたものとなる。
喜んで貰えるのを多少期待していたとはいえ、ここまでとは思っていたかったものだから。自分で手をかけて作った料理を誰かに喜ばれるというのは、こんなにも嬉しいものなのか―――と、生産者の歓喜をシグレは改めて感じる思いがした。
「ご馳走様でした。はあ……とっても美味しかったです。シグレさんって料理まで出来ちゃうのですねえ」
「お粗末様でした。まだ一部の『生産職』にだけではありますが、試しに幾つかに浅く手を出してみた感じでしょうか。『逸品』のアイテムは素人が作る場合でも、運が良ければ作れてしまうのが嬉しいですよね」
「あはっ。でも『逸品』って、どうでもいい物を作っているときに出来てしまうともの凄く複雑な気持ちになったりもするんですよ? この間、知り合いに頼まれて暖炉用の火かき棒を作ったのですが、それが『逸品』になってしまって……」
「それは、また……。無駄に攻撃力とかありそうですね」
「そうそう、火かき棒なのに攻撃力も『40』以上あったんですよ! ちょっとした魔物ぐらいでしたら、余裕で狩れちゃいそうですよね」
「うわあ……」
攻撃力『40』というのは、一般的な片手剣と同程度の威力があるということだ。
『鍛冶』というのは武器や防具だけに活かされる技術ではないし、〈鍛冶職人〉ならば生活に用いる金属用品を手掛ける機会も多いだろう。
望まぬアイテムで『逸品』ができるというのは、なるほど、何とも有り得そうな話だとシグレもしみじみ思うばかりだった。
(機会があれば『鍛冶』に手を出して、『逸品』の鉄梃を作ってみるのも……)
そんなささやかな目標を、密かに心の内でシグレは抱いたりもしてみた。




