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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《掃討者の日々》

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66/125

66. 〈侍〉カグヤ - 1

 


     [1]



 翌日、いつも通りの朝6時ちょうどに目を覚ましたシグレは、10分と掛からずに準備を整え、早々に宿を出ることにした。

 今朝の朝食が不要であることは、昨晩のうちに女将さんに伝えてある。宿の外は相変わらずの雨模様だったが、これはもう仕方が無いことだ。


(……うん。さすがにいないな)


 傘を広げたシグレは念のため宿の周囲を伺ってみるが、さすがに今日はライブラが張り込んでいる様子も見られなかった。

 居たら居たでちょっと面白いような気もしたが、彼にも魔術技官という本職がある。そう自由に過ごせる日ばかりでは無いだろう。


『いまからギルドに向かいます。10分も掛からないと思いますので』


 街路を歩く傍ら、カグヤの顔を思い浮かべてシグレは念話を送信する。

 ―――顔を思い浮かべると同時に、昨晩目にしたものが思わず脳裏に浮かびそうになったのを、シグレは慌てて押し留めた。


『あ、はい。既にギルドにいますので、到着される頃に外に出ていますね』

『中で待っていて下さって、構いませんよ?』

『いえ。今回はこちらのお願いですし、このぐらいは……』


 何か予定があったわけでもないし、別に気にしなくて良いのだけれど。そう言われると、シグレもそれ以上強く拒む言葉は出なかった。


 少し足早にシグレは掃討者ギルドへ向かうが、案の定カグヤは既にギルド玄関口の軒下で、シグレが来るのを立って待っていた。

 雨雲で鬱蒼とした灰色の街景色の中でも、カグヤが纏っている薄い桜色の小袖は遠くから目を引く華やかさを持っている。シグレが片手を上げると、カグヤもこちらに気づき、小さく頭を下げて応えた。


「今日は無理をお願いしてしまって、すみません」

「いえ、どうせ暇をしておりましたので。それに……昨晩は本当に、申し訳ありませんでした」

「と、とんでもないです。シグレさんに非がないのは判っていますし、あれは完全に私の落ち度でした。その……大変見苦しいものをお見せしてしまい、こちらこそ申し訳ないです」

「そのようなことは、決して……」


 敏感な話題であるだけに、なんと答えるべきものか、シグレは言葉に詰まる。


 実際、カグヤの―――身体を目にしてしまった際に、心の内に溢れ鬩いだ何かしらの感情があったことは間違いないのだが。それがどういう類のものなのか、当の本人であるシグレ自身にも良く判っていなかった。

 人付き合いに乏しいせいで、欠けている感情がある。とは、妹の菜々希の口から時折シグレに向けられる言葉でもある。実際、その通りなのだろうとも思えた。


「あ、シグレさんの傘、大きいですね。良ければそちらに入れて頂いても?」

「えっ? ああ……はい。もちろんこれでよろしければ」

「ふふ、ではお邪魔しちゃいますね」


 そう告げると、カグヤはシグレの持つ傘の中へ飛び込んできた。

 カグヤの身長は低く、150cmよりは確実に低いだろう。同じ傘に入って近い距離で並ぶと、彼女の綺麗な黒髪をすぐ傍に見下ろすことができた。


(……何だか、良い匂いがする)


 病棟内を歩く外来の女性がたまに漂わせる、香水のそれとは全く趣が異なるその匂い。

 彼女の頭部へ少し鼻頭を近づけて、シグレはようやくその匂いの正体に気付く。これは―――彼女が商う『鉄華』の店内にある匂い。焚き染めたお香の匂いだ。


「なんだかシグレさんには、恥ずかしい所を見られてばっかりです」

「……そうでしたか?」

「そうですよ。最初にお会いしたときだって、そうだったじゃないですか」


 最初に会ったとき、と言われて、シグレはその時のことを振り返る。

 確かあの時は……そう。カグヤとキッカの二人が言葉をぶつけ合う様子を、すぐ横で見てしまったのだったか。

 シグレにとっては、二人が本当に仲が良いのだと微笑ましく思っただけの記憶に過ぎず、間違ってもカグヤの恥ずかしい所を見たなどとは思っていないのだが。


「えっと……今日の目的地は確か、西門を出た先、でしたよね?」

「はい。門を出て街道を15分……いえ、20分ほど歩いた辺りでしょうか」


 カグヤの歩幅は小さいだろうから、今日は昨日よりも少し時間が掛かるだろう。

 一つの傘を共にしながら、二人で街路を西に向かって歩き始める。隣を歩く彼女のペースに合わせるよう、少しだけ気をつけながら。


「シグレさんって、背が高いのに身体細いですよねえ……羨ましいです」

「……あまり、言われて嬉しいことでは無かったりしますけれどね。その……男としては、何だか情けないような気がしますから」

「ああ……。すみません、無思慮なことを言ってしまいました」

「いえ、よく言われてしまうことですから。もう慣れていますよ」

「慣れていても、嫌なことは言われたくないものでしょう?」


 そう告げて、カグヤは小さくくすくすと笑った。


「判りますよ。私もこの歳でこの見た目ですから。初対面の人には大抵、子供だと馬鹿にされちゃうんです。……もっとも、当の本人には相手を『馬鹿にした』って意識自体、無いのかもしれないですけどね」

「……カグヤって、お幾つなのですか?」

「あは。シグレさんって、女性に躊躇無く歳を訊けちゃうんですね」

「あ―――。こ、これは失礼しました」

「ごめんなさい、ふふ。今のは意地悪でしたね。自分で訊くように誘っておいて」


 雨に煙る視界は、傘の内側だけを世界から隔離する。

 雨音が奏でるノイズの中で、可笑しそうに零す彼女の明るい声だけが、不思議と心地良いものとなって鮮明にシグレの耳に届いた。


「私はいま39ですね。シグレさんは?」

「……39!?」

「えっ? あ、はい、そうですが―――ああ、そうだ。以前キッカから聞いたのですが、私達『星白(エンピース)』は『天擁(プレイア)』の方とは年齢の感覚が異なるそうですね。

 なんでも『天擁』の方は皆が早熟で、私達の半分の年齢で大人になられるとか。ですので私達の年齢は、半分程度に見た方が良いかもしれません」

「半分……」


 ということは、カグヤの年齢は19.5歳程度ということになるのだろうか。

 ……その計算でもカグヤは、シグレより年上ということになる。


「僕は少し前に18になりました……」

「あ、では〈イヴェリナ〉の感覚ですと倍で36歳ぐらいということに―――って、シグレさん36ということは、もしかして私より年下ですか!?」

「……すみません。精神的に老けてるって、たまに言われます」

「そんなこと言ったら、私は子供にしか見えないっていつも言われてますよ……」


 傘に閉ざされた世界の中で、何故か二人してヘコみあう。


「あ……そういえば。今日は黒鉄さんは、ご一緒じゃないのですか?」

「ああ、黒鉄でしたら宿の自室に置いてきました。黒鉄の大きさだと傘の中に入れてあげられないので、雨の中を歩く時間は少しでも短いほうが良いと思いまして。

 〈迷宮地〉に到着したらスペルで呼び出しますから、採掘作業にはちゃんと同行して貰いますし、帰りは一緒ですよ」

「なるほど、使い魔はスペルで『召喚』できるわけですか」


 〈召喚術師〉の【蘇生召喚】は、死亡してしまった使い魔を自分の近くに蘇生した上で再召喚するスペルなのだが、このとき死亡していない使い魔も同様に自分の近くに呼び出すことができる。

 レベルが大幅に上がったことで《魔物感知》などのスキルを、既にシグレよりも高いランクで修得している黒鉄には、〈迷宮地〉へ行く以上は必ず同行して貰わなければならない。

 シグレ達が採掘に勤しんでいる間は黒鉄に魔物への警戒を任せることになるし、せめて往路ぶんだけでも雨を避けて休めるようにしてあげたいのだ。


「〈召喚術師〉の方って、自分の使い魔を道具のようにこき使うようなイメージを持っていたのですが。シグレさんはその辺、お優しいのですね」

「そんなことは……。僕もかなり黒鉄を、便利に使ってしまっていますよ?」

「でも黒鉄さんって『使い魔』なのに、お金持ってらっしゃいますよね。黒鉄さんが私のお店に自腹で刀を買いに来たときはびっくりしちゃいましたが……。普通は使い魔に主人がお金を与えたりは、しないと思いますよ?」

「……それは、そうかもしれませんが」


 確かに、当の黒鉄からも『給料など無用』と何度も突っぱねられたものだ。

 けれど黒鉄の活躍っぷりを間近で見ており、幾度となくそれに助けられてもいるシグレからすれば、、自分が『主人』であるという事実に胡座をかいて、その働きに報いないというのは到底容認できないことだった。


 黒鉄が修得可能なスキルの中に《従僕の鞄》というスキルがあり、お金やアイテムを収納できる〈インベントリ〉を黒鉄にも持たせられたのは幸いだった。

 パーティを組んでいる相手になら〈インベントリ〉間で直接アイテムの受け渡しができるのと同じように、黒鉄の〈インベントリ〉にならいつでもシグレはお金やアイテムを送ることができる。

 ドロップ品に関しては分配されても黒鉄も困ってしまうだろうから。とりあえずは魔物討伐で得た報賞金については、受領した半額をそのまま黒鉄に送ることにしていた。


「黒鉄さんがお求めになった刀、シグレさんの時と同じように限界まで安くさせて頂いたのですが……それでも2万gitaぐらいにはなりまして」

「黒鉄から見せて貰ったのですが、良い刀でした。あの刀でその値段とは、また随分と無茶な値引きをさせてしまったようで、すみません」

「いえ、それ自体は全く構わないのですが。ただその……2万gitaって、当然ながら結構な額のわけですが。黒鉄さんがあっさり払ってしまったもので、正直かなりびっくりしてしまいました……」

「ああ……」


 シグレが生産などに一日を費やすときも、黒鉄はエミルに同行する形で街の外に出て狩りをしていることがある。

 この時エミルは狩りで得た収入の一部を、黒鉄の主であるシグレに払ってくれるのだが。このお金は当然、そのまま黒鉄の〈インベントリ〉へ移されていた。


 黒鉄はたまにエミルやキッカと共に露店市などを巡り、食べ歩きなどを楽しんでいることもあるが、基本的には普段お金を殆ど使わない。具体的に幾ら持っているのかまでは確認していないが、所持金はおそらく10万gitaを越えているだろう。

 良い武器に対してなら2万ぐらい、黒鉄には何の抵抗も無い出費だった筈だ。


「本当は武器ぐらい、僕が揃えてあげたかったんですが……。自分の金で買うって黒鉄が譲ってくれなかったんですよねえ……」

「あはっ。それはですね、黒鉄さんにも自分なりの拘りがあるんですよ」

「拘り……ですか?」

「ええ。『鉄華』に来た黒鉄さんが、私にどういう注文をしたと思います?

 ―――主人に下賜された小刀に見合う大刀を頼む。見劣りすぎず、しかし決して出しゃばりすぎではない、良い揃えになるものを見繕って欲しい。

 そんな真摯な注文を出されては、私も店主として半端な気持ちで見繕うわけにはいきませんよね。それで刀装が近い物を選んだのですが、どうしても高額な商品になってしまいまして」

「……黒鉄、そんなことを言ったんですか?」

「はい。黒鉄さんの場合、並べて腰に差すというわけにもいきませんから、本来であれば大小揃えの見栄えを気にする必要は無いのでしょうに。

 ―――随分と使い魔から慕われておいでなのですね、シグレさんは」


 武器を刀に持ち替えたのだから、今まで使っていた脇差のことなんて、もう使う機会も無いのだから気にすることないだろうに。

 ……けれどその忠義に厚い律儀さが、黒鉄らしいといえばらしいのだろうか。

 武器のお金を出してあげられなかったぶん、せめて刀に施す付与のほうは主人として奮発してあげたい所だ。

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