64. 狩りを終えて - 1
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「―――それじゃあ、無事の帰還を祝って乾杯だな!」
「お疲れさまでした!」
掃討者ギルドの二階にある、飲食施設『バンガード』。〈迷宮地〉での長丁場となった狩りを終え、都市に戻ってきた一行はユウジの音頭に合わせて互いの無事と健闘を称え合った。
杯を交わすとはいえ、そこに酒が注がれているのはユウジひとりだけで、シグレとライブラの二人は冷えたアイスティーを貰っている。こちらの世界は飲酒年齢を制限する法律がないので、未成年が酒を注文しても何も問題は無いし、実際シグレも嫌いではないのだが……。1時間半ほど後に、いつも通りキッカ達と浴場に行く約束が今夜もある以上、それは少々躊躇われることだった。
こちらの世界で与えられる身体は非常に健康に出来ているので、酒気を帯びての入浴ぐらい何の問題も無いのだが。現実世界で健康上好ましくない行為は、何となくこちらの世界に来ても慎もうという意識が働いてしまうのだから不思議だ。
「戦果も上々。ゴブリンはドロップ品なんざ高が知れてるが、金にはなった。魔物の密度があれだけ高いと、報賞金額も馬鹿にできんな」
「連戦に次ぐ連戦、でしたからね……」
ユウジの言葉に、シグレもまた苦笑しながら頷く。
先程、階下のギルド窓口でクローネに清算して貰った討伐報賞金は、一人当たり『25,000gita』近い額にも達していた。
頑なに「ボクは勝手に同行しただけですから!」と討伐報賞金の受け取りを拒もうとしたライブラにも半ば無理矢理受け取らせた上で、それぞれにこの額の報酬が与えられるというのだから素晴らしい。
元々『ゴブリンの巣』に生息する魔物の報賞金額が、ここ最近で随分上がっていることはユウジから教わっていたが。それでも、実際に支払われた報賞金額は、シグレの想像していたよりもずっと多いものだった。
「別にお二人で分配して下さって良かったのですが……なんだか、すみません」
「気にするな。お前さんは実際、戦闘でも活躍してくれたんだからな」
「ええ。全くその通りですよ」
これにもまた、ユウジの言葉をシグレは首肯する。
シグレはこれまでに積んだ経験から、魔術師としての自身の強みを『柔軟性』にあると考えている。柔軟性とは即ち、当意即妙―――多岐に渡る広範分野のスペルを修得し、状況に応じた最善の手をその場で判断し、即時提供する役割のことだ。
範囲攻撃スペルを修得していないとはいえ、純粋に『攻撃役』だけを全うしようとするならば、高い[知恵]と[魅力]に裏付けられた威力の高いスペルを行使することができるシグレには、相応の火力を出すことも不可能ではない。
しかし攻撃に傾倒するあまりに柔軟性を失うことは、自身が戦闘の中で貢献できる分野を狭めてしまう。元々、今回はユウジが『治療役』を求めていたのに応じた形での参加ということもあり、それは望ましいこととは言えなかった。
その点、ライブラが攻撃役を専任してくれたこともあり、シグレは戦闘中に自身が望む儘に自由な行動を取ることができたのだ。
これは非常に有難いことだったし、詠唱の長いスペルを惜しみなく行使することで、彼は敵の群れを丸ごと焼き払う高火力を何度も示してくれている。
ライブラの活躍は疑いようのないものであり、シグレにしてもユウジにしても、彼に報賞金の分配をしないなどということは、到底容認できるものではなかった。
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□シグレのギルドカード/品質[100]
〔掃討者ランク〕
六等掃討者〔貢献度:5091.1 pts / 6,000で『五等』に昇格〕
〔未精算討伐記録〕
(なし)
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| 掃討者ギルドに登録した者に発行されるギルドカード。
| 身分証明であると同時に、魔物の討伐数を記録する装置でもある。
| 本人以外の〈インベントリ〉や〈ストレージ〉には収納できない。
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とはいえ、ライブラは掃討者ギルドに登録していなかった為、魔物を討伐したことにより付与されるギルド貢献度の評価は、シグレとユウジの二人だけで分配されることとなった。
ライブラの持つ王城勤務者の身分証だけでも街の外にいる魔物を狩ることはできるし、その報賞金も受け取ることはできるらしいのだが。所属組織が異なる以上、こればかりは仕方が無いことだろう。
―――有難くはあるが、正直申し訳なさを覚えるのも事実ではある。
別に他の身分証を既に持っているからといって、掃討者ギルドで登録ができなくなることは無いようなので、もし次に一緒に狩りに出る機会があればライブラにも掃討者用のギルドカードを作って貰った方が良さそうだ。
「ボスが通路に陣取って無ければなあ。本音を言えば、できればもう少し奥の方にまで行きたかった所なんだが」
「仕方無いですよ。分かれ道が無ければ避けようが無いんですから」
全体的に『ゴブリンの巣』は分岐路も少なく、迷いようのない単純な構造をしていたが。それ故にシグレが《千里眼》で通路の途中に存在した、この〈迷宮地〉のボス『ゴブリン・キング』を中心とした魔物14体の群れを発見してしまえば、迂回する方法もまた存在しなかった。
シグレとユウジの二人だけであれば、あるいは特攻気分でボスと戦ってみるのもアリだったのだが。『星白』のライブラも同行している以上、無用なリスクは当然避けなければならない。
ボスを発見した時点で探索は終了せざるを得なくなり、一行は復路の魔物を討伐しながら帰還することにしたのだ。
それでも、ボスに遭遇するまでの段階でかなりの数の魔物は討伐できているし、途中では別の『ゴブリン・ジェネラル』の群れとも遭遇し、新たな『宝箱』も1つ確保することができた。
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□練魔の笛籐/品質[90]
物理攻撃値:64 / 魔法攻撃値:64
装備に必要な[筋力]値:76
〔最大MP+20%〕
〈巫覡術師〉の射弓スペルを強化する。
| 漆で黒塗りされた弓の要所に、朱の藤蔓を巻いて補強した和弓。
| 〈巫覡術師〉が扱うと射弓スペルと同時に魔法の矢を放つことができる。
| 迷宮地『ゴブリンの巣』の宝箱より発掘された。
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宝箱の中には『練魔の笛籐』という〈巫覡術師〉向けの和弓と、それから『封印された秘術書』が2冊入っていた。2メートル以上のサイズがある和弓が、一体どうやって箱の中に収まっていたのかは、例によって深く考えない方が良さそうだ。
ユウジは宣言していた通り、新たな宝箱の中身について配分を無用としたため、この和弓は〈巫覡術師〉の天恵を持つシグレの側が受け取り、秘術書はライブラが受け取ることとなった。
この和弓が非常に強力で、装備しているだけで最大MPが『20%』も増加する。シグレの場合、最大MPは素地で『1,000』を越えているので、そこから更に割合で増幅されるという効果は非常に大きい。
MP回復率が『60』のシグレは、1分間に最大MPの『60%』を自然回復できるという事実がまた、この効果の大きさを引き立たせる。最大MPが『20%』増える効果は、そのままMPの自然回復速度が『20%』加速することに等しいのだ。
しかもこの『練魔の笛籐』は〈巫覡術師〉の射弓スペル―――つまり〈破魔矢〉のような弓を必要とする攻撃スペルを放つ際に、同時に二本の魔法の矢を射ち出すことができる。
武器自体に『物理攻撃値』だけでなく『魔法攻撃値』も設定されているのはそのためだろう。射弓スペルと同時に放たれ、射弓スペルと同等の誘導性を持って飛ぶ二本の『魔法の矢』は、魔物に与えるダメージを確実に増加させてくれる。
もっとも、使い勝手に優れる部分ばかりというわけではない。先ず第一に、和弓そのものにそれなりの重量があるため『必要筋力』の要求値が高いのだ。
[筋力]が『0』のシグレが装備すると、要求値がそのままペナルティとなるため、シグレの[敏捷]は『76』も一気に下がってしまう。元々の[敏捷]が急に半分以下ともなれば、行動速度や器用さの変化についても、自分自身で明確に意識できる程に著しく悪化するのだ。正直言って、これは結構辛いし気持ち悪い。
まともに使おうと考えるならば、この和弓や他の装備品に付与を施すなどして、[筋力]や[敏捷]の能力値を補う必要があるだろう。オーク狩りなどでドロップ品の魔石を貯めて、早めに付与生産を実行して改善に取り組みたい所だ。
それと、シグレが現時点で『射弓スペル』に該当するものを〈破魔矢〉ひとつしか修得できていないのも地味に問題となる。
折角『射弓スペル』への大きなボーナスが得られるというのに、それを活かせる手段が限られるのは何とも勿体ない。すぐにでも他の『射弓スペル』を修得したい所なのだが―――生憎と、その為にはレベルが足りなかった。
以前に訪問した『巫覡術師ギルド』である神社の書庫には、もちろん〈破魔矢〉以外の『射弓スペル』の魔術書も存在していたのだが。最も『推奨レベル』の低いスペルでもレベルが『4』必要らしく、シグレには修得が許されなかったのだ。
(結局、この弓を使うためには、まだ実力が足りてないってことだよなあ……)
レベルを上げたいという意欲があまり無かったシグレではあるが。お陰で少しは自身を成長させたい気持ちも、少なからず沸いてきたような気がした。
「―――ああ。そうだ、シグレ。頼みがあるんだが」
「はい?」
ユウジから急に名前を呼ばれ、すっかり思索に耽っていた所を引き戻される。
「フレンド登録、まだだったろう。お前さんのことを登録しても構わんか?」
「ああ―――それは是非、こちらからお願いしたいぐらいです。自分などでもよろしいのでしたら」
「正直言えば、最初に『バンガード』で会ったときは、レベル2の魔術師には治療役以上のことなど何も期待して無かったんだがなあ。お前さんと今日組んでみたことで、俺の中で『魔術師』の印象がガラリと変わりそうだよ」
「あはは……」
自分みたいな戦い方は多分『魔術師』としては異端なので、あまり参考にはしないほうが良いような気もする。
「……し、師匠! ボクも! ボクもフレンドいいですか!」
「もちろん。こちらこそお願いします」
「やたーっ! ありがとうございます!」
シグレの両手を掴んで上下にぶんぶんと振りながら。ライブラは嬉しそうな満面の笑みと共に、フレンドの申請を意志操作でこちらへ送ってきてくれる。
シグレの側からも、すぐに了承の意志をもってそれを受け容れた。
……今日、ダンジョンに一緒に潜るまでは、おそらくルーチェに付き纏う悪人か何かだと思われて、彼からストーキングを受けていたような気がするのだが。狩りを終えた今はフレンドになっているというのも、何だか不思議な話ではある。
新たに『フレンドリスト』に加えられた友の姿をまじまじと見詰めながら。改めてシグレは(やっぱり同性には見えないなあ……)と思わされるばかりだった。




