62. ゴブリンの巣 - 6
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空間を大きく薙いだユウジの剣が《剣閃》を撃ち放ち、ゴブリン・アーチャーの一匹を瞬く間に光の粒子へと変える。
何度見ても、惚れ惚れする程の威力だ。一体を排除したことで、魔物の敵愾心が瞬く間にユウジへと集められる。―――シグレも負けてはいられない。
「夢の器を満たす霧よ、彼の魔物達を抗えぬ深淵へと誘え! 【眠りの霧】!」
今回の探索では『壁』を優先する必要があり、なかなか使うことができなかったいつものスペルを手早く詠唱する。シグレの持つ杖が紫の輝きを帯びると、魔物の一団を囲むように突如として白い霧が湧き溢れた。
数秒と持たずに霧が晴れると、そこにはゴブリン・ジェネラルもホブゴブリン3体も健在のままだった。【眠りの霧】は敵集団を纏めて無力化できる可能性を持つ強力なスペルながら、その成功率はあまり高くないので仕方が無い。
一方で[加護]の能力値が低く、状態異常への抵抗力が弱いゴブリン・アーチャーが1体だけ眠りの淵へと落ちていた。ユウジが真っ先に1体始末してくれたので、これで弓手はあと1体となる。
『黒鉄、残ってる弓手が撃つ瞬間に反転』
『承知した!』
健在のゴブリン・アーチャーは、一度はユウジに向けようとしたその鏃を、シグレの側へと改めて向け直している。前衛のユウジよりも、後衛のシグレのほうが排除しやすいと考えたのだろうか。―――もしそうなら、その判断は正しい。
しかし、もちろんシグレもわざわざ矢を撃たれる趣味は無い。ゴブリンが片目を眇めて狙いを定め、弦を引絞り―――。
「―――【反鏡】!」
まさにシグレに向けて矢を射掛けんとするタイミングを狙ってスペルを行使し、弓手の身体を180度反転させる。直後にゴブリン・アーチャーが放った矢は、魔物の後方に続く、何も無い通路の先へと虚しく飛んでいった。
ただ単純に敵の向きを『反転』させるだけのスペル。けれども効果が単純にして明快であり、状態異常を与えるものとは異なり確実に成功するスペルに、シグレが寄せる信頼度は高い。
【反鏡】により生じたその隙に、黒鉄の《背後攻撃》が突き刺さる。魔物の頸部へ的確に突き刺さった白刃が勢いそのままに振り切られ、ゴトンとゴブリンの頭部が地面へと転がった。
そのまま黒鉄は眠りに落ちているゴブリン・アーチャーの命も、あっさりと刈り取ってしまう。脇差から打刀に武器を換えたことで攻撃力の上がった黒鉄は、最早《背後攻撃》のチャンスさえあれば二の太刀を必要とはしないのだ。
「揺らめく炎熱、極陽の焦熱―――」
状況を見ていたライブラが、すぐさま【火球】の詠唱を開始する。
弓手が全て排除されれば、もはや後衛の二人に脅威はない。ライブラが敵集団を焼くのも時間の問題だろう。
前方ではユウジとゴブリン・ジェネラルとの激しい応酬が繰り広げられている。互いに盾を駆使して《応撃》を繰り出しあう攻防は、周囲から他のホブゴブリンが加勢してくるため、ユウジの方が圧倒的に不利だった。
「―――【軽傷治療】! 【小治癒】!」
とはいえ、ここから魔術師二人が加勢する以上、その不利は問題にならない。
連続行使した治療スペルによりユウジのHPが全快する時点で、勝負は決したといって良い状況だった。
*
ゴブリン・ジェネラルがタフなこともあり、戦闘自体は長丁場となったものの、一度形勢が決まってしまえば危なげもなく魔物を討伐することができた。
多勢の魔物の攻撃を浴びながらも耐えることができ、しかも《応撃》で魔物達のHPを確実に削ることができるユウジ。そして手負いの魔物集団を纏めて処理することができるライブラの火力。この二人の相性が素晴らしく、任せておけば勝手に戦闘を勝利まで導いてくれるのだから何とも頼もしい。
「俺からすれば、何でもできるお前さんのほうがよっぽど頼もしいがなあ」
「そうですよ。あれだけのスペルを駆使できる師匠に比べれば、ひとつのことしかできないボクなんてまだまだです」
二人はそう言ってくれるが、シグレからすればひとつの役割をきっちり全うすることができる二人の方が余程優れた技術を有しているように映るのだが……。この辺りは、隣の芝生が何とやら、と言えばそれまでだろうか。
―――何にしても、宝箱だ。
『番人』が排されたいま、それに手を出すことを邪魔する魔物はいない。
「〈迷宮地〉の宝箱は、大抵『鍵が掛かっている』上に『罠もある』んだが……。シグレは鍵を開けたり、罠を解除できる道具を持っているか?」
「ああ……すみません、持っていません」
ユウジに言われて思わずハッとする。スペルスロットを意図せず大幅に増やしてしまったために、まずスペルの確保を優先したシグレは『術師職』のギルドならば一通り巡った経験があるのだが。『戦闘職』の中で唯一〈斥候〉のギルドだけは、未だに訪問したことが無かった。
おそらく『斥候ギルド』を訪問していれば、鍵開けや罠解除に必要な道具などもそこで購うことができたのだろう。『戦闘職』のレベルが『2』に上がったときに得たスキルポイントが〈斥候〉の分だけは未だに残っているので、スキルは今からでも取ろうと思えば取れるのだが……道具が無ければ片手落ちも甚だしい。
「〈斥候〉の知り合いから聞いたんだが、まだ手に入れてないなら『斥候ギルド』では買わないほうがいいらしいぞ。『盗賊ギルド』で販売している『盗賊道具』のほうが、作業道具として優秀らしい」
「なるほど……。それは良いことを聞きました、ありがとうございます」
「シグレに〈盗賊〉の知己は居るか? 居なければ紹介するが」
「大丈夫だと思います。良く一緒に狩っている友人が〈盗賊〉ですので」
エミルの顔を思い浮かべながら、シグレはユウジの好意に感謝を告げる。
〈斥候〉のスキルツリーを視界内に表示させると、やはり《解錠》や《罠解除》のようなスキルには『スキルの行使には適切な道具が必要』という一文が併記されているのが確認できた。
スキル自体は修得可能ながら、道具が無ければ実行は不可能。そもそもどちらか片方だけのスキルを取っても、あまり意味があるようには思えなかった。
ただ―――それと別に存在する《罠探査》というスキルならば、どうやら実行に道具などは不要であるらしい。
《罠探査》を修得すれば、罠が付近に存在する状況下では、それを『感知』することができるようになる。また罠が存在する箇所の近くに直接手を触れることで、その詳しい構造を『調査』することも可能となるらしい。
但し、このスキルだけでは『罠の解除』はできない。あくまでも罠を感知したり調査するだけのスキルであり、解除するならば《罠解除》のスキルが別途必要だ。
シグレは〈斥候〉のスキルポイントを1点消費し、その《罠探査》スキルを迷うことなく修得する。
『宝箱』は角の部分などが鉄で補強されてはいるものの、見た限りその大部分は木製となっている。《罠探査》のスキルで罠の種類さえ看破することができれば、あるいは鍵を開けたり罠を解除したりすることができなくとも、力任せに開封することは不可能ではないかもしれない。
《罠探査》のスキルを修得すると、シグレの目の前にある二つの『宝箱』に何らかの『罠』が仕掛けられていることを、すぐに『感知』することができた。
罠が存在していることが判るだけで、詳しい内容までは判らない。―――が、箱に直接触れさえすれば、それを調べることも出来そうに思えた。
「少し罠を調べてみていいですか?」
「構わんが、うっかり発動させないように気をつけろよ? シグレのHP量だと、何かあったらまず間違いなく即死するだろうからな……」
「ええ、それは承知しています」
全くもってユウジの言う通りなので、そこは気をつけなければならない。
とはいえ『宝箱』である以上、無闇に開けようとしない限り罠が発動する可能性は高くないだろう。箱の側面にそっと触れることで、シグレは《罠探査》スキルを行使する。
―――目を閉じると、箱の中に罠がどう仕組まれているのか、その構造をまるで『透視』するかのように頭の中に思い浮かべることができた。
例えば左側に置かれている宝箱には、その箱の中に小さなクロスボウのようなものが仕込まれている。箱を開けると同時にクロスボウの弦に引っかかっている棒が外れるようになっており、正面側に三本の矢が射出されるようだ。
右側に置かれている宝箱のほうは、中に毒薬が詰まった小瓶とハンマーが仕込まれている。箱を開けたり、あるいは箱に強い衝撃を加えるだけでもハンマーが瓶に向けて振り下ろされ、毒液が周囲に飛び散る構造となっている。箱を開封しようとした者が毒を浴びることになるのはもちろん、そうでなくとも箱の中身が毒に汚染されるのは避けられないだろう。
生憎と箱の中に入っている品物までは判らないが、もし中身が毒に汚染されることで価値を失う類のアイテムであれば困ることになる。
構造自体は非常に単純なので、スキルと適切な道具さえあれば解除は難しく無いように思えるが。悲しいことに、それを望むにはどちらも足りない。
(さて、どうしたものかな……)
―――悩ましいが、しかし悩ましさが故に面白くもある。
どちらにしても、挑戦せず諦めるようなことはしたくないが。




