61. ゴブリンの巣 - 5
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焚き火のそばで暫く休憩した一行は、さらに〈迷宮地〉の奥へと進む。
『ゴブリンの巣』に潜ってからそれなりの時間は経っているが、入口からの道程まだ数キロといった所だろうか。魔物の密度が高く、100メートル前後を進む度に戦闘になるせいで、一行はなかなか先に進むことができないでいた。
「ま、今日ある程度の『掃除』を済ませてしまえば、当分の間はここの魔物も随分と少なくなるだろうがな」
元々〈迷宮地〉に生息する魔物の密度というのは、通常の野外エリアに比べれば高い水準にあるとはいえ、それほど密集しているわけでは無いらしい。
雨期に入ったことで暫くは天候も回復しないであろう中、今回『ゴブリンの巣』の魔物をある程度『間引く』ことができれば、天候を気にせず来られる都合の良い狩場になるはずだ、とユウジは告げる。
確かに、そういう狩場が近場にひとつあれば何かと便利なのは間違いない。
いまは戦闘ごとに大体5体から8体程度、多い時には10体以上の魔物を同時に相手しているが、これも今日の『掃除』が済めば、一度に相手にするのは1~3体程度で済むようになる筈だとユウジは教えてくれた。
レベルが10を越えるゴブリンとの遭遇もざらになってきたとはいえ、少数相手であれば対処のしようは幾らでもあるだろう。
下手に一週間以上に渡って日を開けてしまえば、また魔物が増えることにもなるだろうから、今後はキッカやエミルを誘って積極的にここへ来るのも良さそうだ。あるいはソロ狩りの練習場所として利用するのも悪くない。
(そういえば、鉱床があるのだから―――)
〈鍛冶職人〉であるカグヤを誘えば喜ばれるかもしれない。ここで掘れる金属の質は世辞にも良い物出はないが、質の悪い金属にも使い途はあるだろう。街の近くで鉱石を安定して確保できるのであれば、一定の価値は認められる筈だ。
「……む、ちょっと待って下さいね」
「おうよ」
「お願いします」
《魔物感知》の反応が近くなり、40メートルほど先の曲がり角を折れた奥辺りが怪しいとみてシグレは立ち止まる。シグレがこうして急に立ち止まるのはいつものことなので、ユウジもライブラもすぐに立ち止まり、戦闘の準備を整えた。
《千里眼》を飛ばし、曲がり角の先を確認する。少し開けた小部屋の中に、魔物の数は7体。大きいのが3体に弓持ちが3体、それから―――。
(―――また『新手』か)
新種のゴブリンが1体混じっているのを見て、シグレは小さく嘆息する。
幾ら何でも種類が豊富すぎはしないだろうか。この『巣』ひとつで、ゴブリンという魔物は一体どれ程のバリエーションを揃えているのだ。
ただ―――よくよく見てみれば、その『新手』は他のゴブリンとは少し様相が異なっているようにも思えた。
何より第一に、装備の『質』がまるで違うのだ。これまでに登場したゴブリンはどれも粗悪な武器や防具ばかりで身を固めていたのに対し、この『新手』が装備している重厚な鎧や片手剣、大きな盾などは、使い込まれてはいるものの手入れが行き届いていて、価値が損なわれているようには見えない。
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〔ゴブリン・ジェネラル〕
妖精 - Lv.15 〔680exp〕
最大HP:1020 / 最大MP:0
[筋力] 85 [強靱] 99 [敏捷] 76
[知恵] 76 [魅力] 81 [加護] 79
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「ジェネラル……」
ゲームではそれなりに見かける語句ではある。さしずめ『ゴブリン将軍』とでもいった魔物だろうか。
レベルが『15』と高く、それに見合って能力値もまた隙が無く高い。重装備な上にHP量も堂々の4桁なので、戦うなら長丁場を覚悟する必要があるだろう。
「なに、ゴブリン・ジェネラルが居るのか?」
「居ますね。ジェネラルが1体と、あとはホブゴブリンがとアーチャーが3体ずつ、合計7体の群れのようです」
「ほほう。じゃあついでに《千里眼》で周囲も確認してくれるか。おそらく近くに宝箱があるんじゃないか?」
ユウジからそう言われて確認すると、確かに小部屋の隅に宝箱が置かれているのが確認できた。それも二つだ。
「宝箱かどうかは判りかねますが、それっぽいものが二つあるようです」
「おお、二つか。そいつは素晴らしい。ジェネラルが近くに居るなら、それは宝箱と考えて間違いない。というか宝箱がある所にしか湧かない魔物だからな」
「するとこれが、この〈迷宮地〉のボスモンスターということですか?」
「いや、それはまた『ゴブリンの王』というのが別にいる。ジェネラルは言うなれば『宝の番人』という所か。
〈迷宮地〉の中には『宝箱』が自然発生することがあるんだ。―――おっと、理由なんか聞くなよ? 俺だってわからんからな。こちらの世界では『そういうものだ』とでも思っておけばいい。
〈迷宮地〉に『宝箱』が湧いた場合、殆どの場合は『宝の番人』に相当する魔物もまた付近に発生する。それは〈迷宮地〉の他の魔物より少しレベルが高い上に、『取り巻き』と呼ばれる他の魔物を引き連れていて、大体8体前後の群れになる。今回の場合は3体ずつ居るホブゴブリンとアーチャーがそうだな」
《魔物解析》で『取り巻き』のステータスを確認してみるが、レベルや能力値などは通常の個体と特に変化は無いようだ。
射手が3体というのはHP量に乏しいシグレにとって脅威ではあるが、治療役が居ないというのは有難い。もし重装備の硬そうな魔物に回復まで加われば、倒すのに苦労させられるのは間違いないだろう。
「倒せば『宝』が得られるというわけですか」
「その通りだ。―――判りやすいだろう?」
「ええ、とても。では見逃す手はありませんね」
「当然だな」
『ダンジョン』に『宝箱』、というのはゲームでは鉄板とも言うべき組み合わせではあるが。なればこそ、それに引かれるのはゲーマーとしての性だろう。
そもそも、キャラクター作成時にシグレが〈斥候〉の職業を選択した最大の動機だって『宝箱を開けられる』というものに他ならないのだ。
「ゴブリン・ジェネラルは俺と戦闘スタンスがほぼ同じと思っていい。盾を主体に敵の攻撃を凌ぎ《応撃》でのカウンターを得意とする。―――そんな魔物だから、俺が戦うとかなり不毛な《応撃》の打合いになる。
なるべく魔物の攻撃対象は集めてみるが、ダメージも結構喰らうと思うのでシグレはサポートを頼む。余裕があればジェネラルの動きも封じてみてくれ。それと相手は『宝箱』に縛られた魔物だから、今回は退路を断つ必要はない」
「では初手は睡眠狙いで。あとは回復を優先しつつ、手を尽くしてみましょう」
「ライブラは例によって火力で敵集団を丸焼きにしてやってくれ。取り巻きの魔物さえ首尾よく始末できたなら、まず負けるような相手じゃない。黒鉄は敵の後衛に食いついて、シグレやライブラになるべく矢を撃たせないようにしてくれ」
『心得た』
「頑張ってみます!」
信頼を置くことができ、役割が明確な仲間というものは、何とも頼もしい。
シグレもまた、自分が仲間から頼りにされていることを実感する。その信頼に応える為にも、十分に役目を果たさなければならない。




