60. ゴブリンの巣 - 4
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一行はそれからも魔物を駆逐しながら洞窟を進む。
『ゴブリンの巣』は所々で道が二股に分岐するものの、比較的単純な作りをしているようで迷う心配は無い。道が単純なだけに《魔物感知》と《千里眼》のスキルを駆使すれば、容易に魔物の構成などを事前把握した上で戦闘を開始できる優位は大きく、シグレ達は特に苦戦することも無かった。
とはいえ、どうやら〈迷宮地〉内の魔物はかなり個体数を増やしているらしく、その密度が半端ではない。
『壁』を活用し、魔物の退路を断ちながら上手く各個撃破できているとはいえ、連戦を強いられることで疲労は確実に蓄積されていた。
「……うん?」
そんな中、自分の感覚が何かを捉えてシグレは立ち止まる。
「どうしたんですか? 師匠」
「その呼び方はやめて下さい……いや、何かここにあるようで……」
洞窟の壁面。ここまでの道中ずっと、特に代わり映えのしなかった土と岩肌ばかりの壁が、しかしいまシグレが居る辺りだけ様相が異なっていた。
全体的にゴツゴツとしていて硬く、黒い筋が幾重にも縦に通っている。所々には汚れた銀に似た発色の、淡く鈍く光る帯状の紋様も見て取ることができた。
「ほう、こいつは鉱床だな。おそらくシグレは何か生産素材を感知するスキルを修得していて、それが反応したんじゃないか?」
「―――ああ、なるほど。そういうことなら心当たりがあります」
確かに以前、シグレは生産職のレベルが『2』に上がった際に『素材感知』系のスキルを一通り修得していた。
例えば〈薬師〉のスキルである《調薬素材感知》は、自分の半径5メートル以内に存在する〈薬師〉で利用可能な素材を、自動的に感知することができるようになるスキルだ。
素材は魔物を討伐して得るばかりが手段ではなく、野外で採取することでも集めることができる。感知系のスキルはその為に非常に有用なスキルで、修得していれば普通に街道や森の中を歩いているだけでも、様々な種類の素材を見つけることができるのだ。
森の中を歩く際に《調薬素材感知》があれば『薬草』系の素材を発見することができるし、〈調理師〉の《調理素材感知》なら『野菜』系の食材などを見つけることができる。
シグレが『唐揚げサンド』を調理する際に用いた野菜も、元々はバルクァードを狩る際に『アリム森林地帯』で採取したものだった。
となると、今シグレが反応しているこれは、おそらく《鍛冶素材感知》のスキルだろうか。鉱床の中に埋まっている鉱石素材などを感知しているのだろう。
「少し掘っても構わないぞ? どうせそろそろ休憩を取るつもりだったしな」
「いえ。生憎と、掘る道具を持っていませんので」
ユウジの提案を、けれど頭を振ってシグレは否定する。
鉱石素材に興味はあるし、鉱床を掘るという行為もやってみたくはあるのだが。『鍛冶職人ギルド』を未だ訪問したことがないシグレは、鉱石を掘るための道具というものを、何一つ持っていなかった。
「掘る道具? それなら、さっき拾ったじゃないか」
「え?」
「ワーカーのドロップアイテムだよ。別にあれでいいんじゃないか?」
ユウジが告げる『ワーカー』というのは、先程新たに出現したワーカータイプのゴブリン、『ゴブリン・ワーカー』のことだ。
レベルが『11』の魔物で、[筋力]が高い上にHPも多いなど、その性質は『ホブゴブリン』と良く似ている。但し武器に剣や槍などではなく、必ず『ツルハシ』を装備しているという点で、少し変わった魔物だった。
『ゴブリン・ワーカー』は討伐時に鉱石素材などをドロップしてくれるのだが、同時に武器として使っている『錆びたツルハシ』も一緒にドロップする。
確かに、それを使えばこの鉱床を多少なりに掘ることも可能だろうか。
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□錆びたツルハシ(2個)/品質[45-48]
物理攻撃値:45
装備に必要な[筋力]値:90
| 魔物【ゴブリン・ワーカー】が武器に用いるツルハシ。
| 錆びきっているので本来の鋭利さは失われてしまっているが
| 重量がある両手武器なので、威力はそれなりに高い。
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「―――わわっ」
〈インベントリ〉に2つ手に入っていたツルハシのうち片方を取り出すと、そのあまりの重さにシグレの身体は大きくふらつく。
何しろ、シグレの[筋力]は未だに『0』なのだ。苦労しながらなんとかツルハシを持ち上げると、それだけで必要筋力『90』相当のペナルティが掛かり、シグレの[敏捷]が『121』から『31』にまで急落する。
「し、師匠! 大丈夫ですか!?」
「あんまり、大丈夫じゃない、かも……!」
殆ど体全体を前後にふらつかせるようにしながら、なんとかシグレはツルハシを鉱床面に打ち付ける。
「おいおい、危なっかしいなあ……」
ユウジに溜息を吐かれるが、非力が過ぎる身からすればどうしようもない。
それでも鉱床にツルハシの先端を打ち付けることには成功し、鉱石素材がひとつ〈インベントリ〉の中に手に入ったことが判った。
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□鉄鉱石/品質[33]
【素材】 :〈鍛冶職人〉〈錬金術師〉
| 鉄の原料となる鉱石。
| 〈鍛冶職人〉か〈錬金術師〉が加工して地金にする。
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「………」
苦労した割に、それは判りやすいぐらいに粗悪な『鉄鉱石』だった。
『鉄鉱石』ならオークが品質『70』前後のものをよく落としてくれるので、ここで掘るよりもエミルを誘って『オークの森』へ行くほうが賢明な気がする。
「シグレ。薪の準備が出来たから、火を点けて貰えるか?」
「薪、ですか?」
シグレが採掘作業を行っている間に用意したのだろう。ユウジは洞窟の一角に、ちょっとした量の薪を揃えていた。
「【着火】のスペルだ。使えるだろう?」
「あ、はい。それはもちろん」
物体に火を点ける【着火】は生産スペルで、〈鍛冶職人〉か〈調理師〉の天恵を持っていれば誰でも使うことができる。
言われた通り薪に火を点けると。すぐに炎はそれなりの大きさに拡がり、周囲の気温がにわかに暖かくなった。
「洞窟の中で焚き火って。一酸化炭素中毒とかそういうの、大丈夫なんですか?」
「別に大丈夫だよ……っていうか、そういう現実の事情持ち出すの今更だろ……。シグレの使う【炎の壁】とかライブラの使う【火球】とか、あんなもん洞窟の中で使ったら、普通なら酸欠に向かって一直線だと思うぞ?」
「……それは、確かに」
当然ながら『燃焼』とは本来、酸素を激しく消費する反応だ。
特に【炎の壁】などは、通路を通行できなくする規模の炎が2分間も燃え続けるわけだから、現実であれば膨大な量の酸素を消費することになるだろう。
一般的な空気中の酸素濃度はおよそ21%。ここから3%減って18%になっただけで、人は簡単に酸欠―――つまり酸素欠乏症に陥ることになる。
ファンタジーの世界に現実感なんてものを持ち出したら、閉所で炎のスペルなど怖くて使える筈も無かった。
「もう少し色々割り切ったほうがいいぞ? こっちの世界は、お前さんが思ってるよりもちゃんと『都合良く』できてると思うからな」
「そうかもしれません……」
「周囲に魔物の気配は無いか? 大丈夫そうなら、とりあえず二十分ばかりは火に当たって休むとしよう。〈迷宮地〉に長時間居ると、最大HPが少しずつ目減りしてくるんだが。〈木工職人〉の作る薪には、それを癒す効果があってな」
「ああ―――そういえばユウジの生産職は〈木工職人〉でしたね」
「おうよ。こいつも当然、自作したものだ」
にんまりと笑みながら、ユウジはそう告げる。
〈木工職人〉というと槍や弓などを手掛ける職業とばかり思っていたが。案外、それ以外の消費アイテムなども作れたりする生産職なのだろうか。
〈木工職人〉にしても〈鍛冶職人〉にしても。興味はあるのだが……現状で手を出している四種類の生産職だけで、既に手一杯なのが悲しい所だった。
にしても―――『ゴブリンの巣』に入り、もう二時間は経過しているだろうか。
〈迷宮地〉の中に居ると最大HPが徐々に減るというのは、今初めて知った事実だった。確認のためにシグレは自分のステータスを視界内に表示させてみる。
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シグレ/天擁・銀血種
戦闘職Lv.2:聖職者、巫覡術師、秘術師、伝承術師、星術師、
精霊術師、召喚術師、銀術師、付与術師、斥候
生産職Lv.2:鍛冶職人、木工職人、縫製職人、細工師、造形技師
魔具職人、付与術師、錬金術師、薬師、調理師
最大HP:1 / 最大MP:1084
[筋力] 0 [強靱] 2 [敏捷] 121
[知恵] 290 [魅力] 212 [加護] 107+4
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◇ MP回復率[60+2]: MPが1分間に[+672.8]ポイント自然回復する
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―――今なら、箪笥の角に小指打っただけでも死ねそうな気がした。
少なくともルーチェに注射針刺されたら、確実に死ぬ。
26日から風邪を引いております。
数日間、投稿が少し不安定になるかもしれません。申し訳ないです。




