06. 王都アーカナム - 2
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読み終えた解説書を〈ストレージ〉の中へ仕舞い込む。
二枚目から十一枚目までの『戦闘職』を解説する用紙には、まずそれぞれの職業の大まかな特徴についてが記されていた。レベルアップなどの手段で『スキルポイント』を獲得することで、どんなスキルを覚えることができるかについてが記され、職業ごとにどんなスペルを扱うことができるのかも触れられている。
十二枚目から二十一枚目までの『生産職』の用紙では、それぞれの職業で生産を行うためにどのような生産道具が必要かということや、序盤に生産可能なアイテムのことについても記されていた。また生産職は当然『戦闘』自体に活用できるスキルなどを殆ど覚えないものの、生産職を持っていることで『その生産職で使用する素材アイテム』を魔物から獲得しやすくなることも書かれている。
生産に使う素材は市場などで買って済ませても良いようだが、アイテムドロップ確率にボーナスが付加されるのなら、自力調達してみるのも悪くないだろう。
『中央都市』のような大都市であれば、大抵は街中に各職業に対応した専門の施設もあるらしい。
例えば〈付与術師〉の場合には「付与術師ギルド」がそれにあたり、〈聖職者〉であれば「大聖堂」が該当する。生産職の場合でも同様で、「木工職人ギルド」のような施設があるようだ。
職業に対応した施設を訪問することで便宜を受けることができ、その職業ならではの『クエスト』も受けることができる。『クエスト』を達成するとその職業の『スキルポイント』を得ることができるようなので、積極的に活用したい所だ。
『術師職』のギルドであれば、訪問することでスペルを教わることもできる。
但し初心者用のスペルは無料で教えて貰うことができるようだが、ある程度よりランクが上のスペルを教わる場合には相応の対価を求められるのが一般的なようだ。
枚数は多いものの、それほど内容の詰まった解説書ではなかったので、一度読むだけで大体のことは頭に入れることができたと思う。
シグレは「ステータス」という単語を意識して、ウィンドウを視界内に開く。
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シグレ/天擁・銀血種
戦闘職Lv.1:聖職者、巫覡術師、秘術師、伝承術師、星術師、
精霊術師、召喚術師、銀術師、付与術師、斥候
生産職Lv.1:鍛冶職人、木工職人、縫製職人、細工師、造形技師
魔具職人、付与術師、錬金術師、薬師、調理師
最大HP:37 / 最大MP:453
[筋力] 3 [強靱] 8 [敏捷] 82
[知恵] 126 [魅力] 92 [加護] 86
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◇ MP回復率[10]: MPが1分間に[+45.3]ポイント自然回復する
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―――何というか。
判っていたことながら、随分と魔法寄りに傾倒しすぎた能力値である。
スペルに重要な[知恵]と[魅力]の二つは、キャラクターのレベルが『1』というのが嘘であるかのように高く、とりわけ[知恵]の値は三桁にまで到達してしまっている。
逆に近接戦闘などで重要な『攻撃力』と『防御力』に影響する[筋力]や[強靱]の能力値は、もう目も当てられない惨状になっていると言っていい。
術師職にあまり重要でない[敏捷]と[加護]といった能力値が高めなのは、シグレが全十種類の『生産職』を網羅してしまっているからなのだろう。
なぜなら[敏捷]とはキャラクターの『素早さ』を示す数値であると同時に、『手先の器用さ』を示すものでもあるからだ。[加護]のほうは『運の良さ』を示す数値であり、この能力値が高いほどアイテムを生産する際に『逸品』と呼ばれる、頭一つ抜けて性能の高いアイテムを作り出せる確率が高くなるらしい。
どちらも『生産職』を活かす上では非常に重要な能力値だ。
それらの極端な能力値に影響されたせいか、スペルを使用する為に必要な『最大MP』は随分と多いものの、代わりに自分が敵から受けるダメージにどれだけ耐えられるかを示す『最大HP』はかなり乏しくなっている。
おそらくは魔物の攻撃を数回受けるだけでもアウト。あるいは魔物からの攻撃を一発受けるだけで死に至る、などということも十分に有り得そうだ。
ステータス画面の名前の横に記された『銀血種』という文字はシグレの種族を、その隣の『天擁』というのはシグレが『プレイヤー』であることを示している。
この世界に住むNPCである『星白』の人達とは異なり、死んでも生き返ることができるからまだ良いけれど……深見が『魔法能力が高い反面、身体能力は衰えている』と称した種族特性も相俟ってか、随分とピーキーな能力値を持つキャラクターになってしまったものだ。
そこまで考えてから、深見が『銀血種』という種族の説明をする際、その外見的特徴についても触れていたことをシグレは思い出す。
確か『肌の色味が薄くなり、髪も銀髪または白髪っぽくなる』ということだったが―――自分の腕などを見確かめてみるものの、肌の色の違いはあまり良く判らなかった。病室に閉じこもりきりで非健康的な生活を送るシグレは、もともと肌の色自体があまり濃い方でないからかもしれない。
部屋には鏡が無いようなので、窓に映り込む自分の姿を覗き込んでみると―――髪の毛のほうは確かに、全体の色合いが白っぽくなっていることが判った。
試しに自分の髪の毛を頭から数本抜き取ってみると、普段の黒髪とは全く異なる、銀とも白ともつかない複雑な色味の髪の毛がそこにはある。
(自分の髪が黒くないって、なんだか変な気分だなあ……)
思わずそう思ってしまうのは、日本人ならではの感性だろうか。
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(……ああ、そうだ。いまのうちにスキルを振らないと)
このゲーム―――〈リバーステイル・オンライン〉では各職業ごとに与えられる『スキルポイント』を消費することで、新たなスキルを修得したり、あるいは既に覚えているスキルのランクを上げて成長させることができる。
この『スキルポイント』は各職業に対応した施設で受領できる『クエスト』を達成することでも得ることが可能なのだが、最もお手軽に『スキルポイント』を稼ぐ方法はレベルを上げることである。
『戦闘職』のレベルが1つ上がる度に、そのキャラクターは自分の持っている全ての『戦闘職』の『スキルポイント』を1点ずつ得ることができるからだ。もちろん同じことは『生産職』のほうでも言える。
全てのキャラクターはゲーム開始時のレベルが「0」ではなく「1」からである為か、ゲーム開始直後から使用可能な『スキルポイント』を、全ての『戦闘職』と『生産職』に1点ずつ保有しているらしい。
フィールドに出て魔物と戦うよりも先に、まずその最初から持っているスキルポイントを振っておいたほうが良いと解説書には記されていた。
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〈聖職者〉Lv.1
- スペルスロット:4枠
- 未使用スキルポイント:1
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※修得スキルなし
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【衝撃波】
消費MP:60mp / 冷却時間:100秒 / 詠唱:なし
敵1体に衝撃によるダメージを与えて大きく弾き飛ばす。
【軽傷治療】
消費MP:60mp / 冷却時間:100秒 / 詠唱:なし
味方1人のHPを小回復する。
【浄化】
消費MP:[対象数]×60mp / 冷却時間:なし / 詠唱:なし
任意数の人や物に付着している、好ましくない毒性や汚染を取り除く。
【防腐】
消費MP:[対象数]×30mp / 冷却時間:なし / 詠唱:なし
任意個数アイテムの時間経過による品質劣化を一定時間大幅に抑制する。
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〈聖職者〉クラスに関する情報画面を開くと、確かに未使用のスキルポイントが1点余っていることが判る。
スペルスロットとは、自分が同時にスペルを覚えておくことができる個数を示す。これは各職業ごとに最初は『4枠』ずつに制限されており、つまりシグレは〈聖職者〉のスペルを一度に4種類まで覚えておくことができる。
5つ目の新しいスペルを覚えるためには、既に修得している何れかのスペルを忘れなければならない。
忘れたり覚え直したりといったスペルの入れ替え行為は自由に行えるらしいが、同じスペルを覚え続けて使い込むことで『ランク』を引き上げ、熟練によってスペルの性能をより向上させることもできる。
その為あまり頻繁に入れ替えていると、修得しているスペルを成長させることが難しくなる弊害もあるようだ。
ゲーム開始時から持っている『スペルスロット』の4枠には、その職業で覚えることのできる初級のスペルがランダムに宛がわれる。
シグレの場合には【衝撃波】【軽傷治癒】【浄化】【防腐】の4つを最初から覚えているらしい。
RPGで〈聖職者〉のような神官系のキャラクターに求められる役割といえば、やはり何を置いてもまずは「回復魔法」だろう。
もし回復に使えるスペルを何も覚えていないようなら、すぐにでも『大聖堂』を訪ねて修得しているスペルの入れ替えを検討する所なのだろうけれど。幸い【軽傷治癒】のスペルがあるお陰でその必要は無さそうだ。
攻撃に使える【衝撃波】のスペルも良さそうなので、この2つのスペルは末永く修得して『ランク』を成長させて行きたい所だ。残り2つの【浄化】と【防腐】は……使える状況が限定されそうなので、あまり重要性は高くないかもしれない。
他に覚えたいスペルができた時には、忘れてしまうのも手だろう。
もっとも、既に修得しているスペルを忘れずに、新しいスペルを修得する方法も無いわけではない。
スペルの修得上限数は『戦闘職』のレベルが10上がる度に、自動的に1枠ずつ拡張される。また解説書によれば『スペルスロット』を増加させるスキルも存在するようなので、『スキルポイント』を支払うことで枠数を増やすということもできるようだ。
(修得可能なスキルの表示を―――)
未使用のスキルポイントを消費すべく、シグレは『意志』による操作でスキル修得画面を自分の視界内に投影させる。
視界内に開かれたウィンドウには、多数のスキルが〝樹形図〟状に配置された、いわゆる『スキルツリー』が表示される。
ツリー式なので、殆どのスキルはその根本に当たる『前提スキル』が修得済みでなければ覚えることはできない。しかも〈聖職者〉の場合には全体が巨大な1本のツリーで構成されているらしく、ツリーの大本に当たるスキルはたった1つのみである。
つまり、今回はスキルポイントの使い途に選択の余地は無い。
前提無しに修得可能なスキルそのものが、1つしか存在しないからだ。
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《奇蹟の代行者》 - 最大Rank:[1]
スキル修得 : [魅力]が20%増加する代わりに、[筋力]が15%低下する。
[MP回復率]が5増加する。
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/ 〈聖職者〉は主神『リュダーナ』の力を借り、その奇蹟を代行する。
/ 主神とのより強い結びつきを得る為に[魅力]は重要な能力値である。
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シグレが網羅している『術師職』は、職業ごとに使用できるスペルの効果に、術者の[知恵]が影響するものと[魅力]が影響するものとがある。
解説書によれば『術者本人が持つ魔力』を用いて行使するタイプのスペルには[知恵]の能力値が影響し、『他者からの力を借りて』行使するタイプのスペルには[魅力]が強く影響してくるらしい。
そして〈聖職者〉の場合には『神の力を借りて』スペルを行使するという括りになるようで、後者の[魅力]が重要になるようだ。
(ここからさらに[筋力]が減るのか……)
つい先程眺めた自分のステータス画面を思い出しながら、シグレは小さく嘆息を漏らす。
《奇蹟の代行者》のスキルを修得することで〈聖職者〉に重要な[魅力]を伸ばせるのは嬉しいものの、ただでさえ低い[筋力]の数値がさらに酷いものになってしまうペナルティが併存するのは痛い。
とはいえ……スキルを取らない、という選択肢は存在しない。『スキルツリー』はまずツリーの大本に配置されたスキルを修得しないことには、次のスキルの修得に進むことができないからだ。無理にいま取得する必要は無いが、いま取らなくとも結局は後で取る羽目になる。
仕方無い。
―――そう割り切り、シグレは『スキルポイント』を1点消費して《奇蹟の代行者》スキルを修得する。
すると案の定、シグレの[筋力]の値は[3]から[2]へと下がってしまった。……どうやら端数は切捨てられてしまったらしい。
代わりに[魅力]のほうはといえば、一気に[92]から[110]にまで大きく増加してしまっている。元々の数値が大きいだけに、単に20%の増加を加えるだけでも変化量は著しい。
更には何故か『最大HP』も[37]から[36]へ減少し、逆に『最大MP』は[453]から[490]に増えてしまっている。[筋力]と[魅力]の能力値変化が影響しているのだろうか。
(……もう、あまり深く考えないようにしよう)
『術師職』に特化したキャラクターなのだから、スペルの扱いに重要な能力値が増加したり、『最大MP』が増加するのは基本的に大きなメリットである。……デメリットはこの際スルーしよう。
何にしても〈聖職者〉のスキルは取り終わったのだ。次にシグレが〈巫覡術師〉のウィンドウを表示させると、やはりこちらの職業でも未使用の『スキルポイント』が1点余っていた。
スキル画面を開くと、こちらも同様にスキルツリー形式になっている。そしてやはりツリーの大本に配置されたスキルはただ1つだけしかなく、最初に修得するスキルに選択の余地は無い。
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《祀神》 - 最大Rank:[1]
スキル修得 : [魅力]が20%増加する代わりに、[強靱]が15%低下する。
[MP回復率]が5増加する。
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/ 〈巫覡術師〉は己の信仰する祭神『アマハ』や、あまねく森羅万象を司る
/ 八百万の神々をその身に降ろして奇蹟を起こす術を学んでいる。
/ 神と人間とを取り結ぶ上で[魅力]は最も肝要となる能力値である。
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……。
もしかして、各職の最初に取れるスキルはこんなのばっかりなのか。
シグレの頬を一筋の冷たい汗が伝う。
そしてシグレは、こうした「悪い予感」が得てして的中するものであることもまた、今までの人生で既に学んでいたのだった。