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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《掃討者の日々》

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56. 〈重戦士〉ユウジ - 4

 


     [4]



「魔物は『分裂』で数を増やすことがある、というのは知っているか?」

「はい。増えた個体は、本来の生息域とは別の場所に拡がる場合があるとか」

「その通りだ。経験が浅い割に良く知ってるな。〈迷宮地(ダンジョン)〉の場合、それほど広くないエリアに結構な数の魔物が密集しているわけだから、純粋に母体が多い分だけ『分裂』により増える個体もまた多くなる。ゴブリンなんかは魔物のレベルも低いから、尚更だな」


 ―――『王都アーカナム』の西門を出た先のエリア、『ウィトール平原』。都市から外に出て、雨で視界の悪くなった平原を歩く傍らにも、ユウジの〈迷宮地〉に関する講義は続く。

 普段より見晴らしが悪いとはいえ、雨の中でも《魔物感知》の精度が落ちることはない。街道沿いを歩く二人と一匹は、現在のところ特に魔物と遭遇することもなく目的地へと向かうことができていた。

 術師職のシグレは頑張ればできそうな気もするが、前衛職のユウジは傘を差したまま魔物と戦うのは無理がある。雨を除けて戦える『ゴブリンの巣』の洞窟へ到着するまでは、可能な限り戦闘は避けたい所だった。


「確か、レベルが低い魔物ほど『分裂』の頻度は高いのでしたね」


 最弱の魔物として名高いピティなどは、ほぼ毎日のように『分裂』でその個体を増やすのだと聞く。

 もっとも、戦闘リスクが低く、食肉や毛皮を始めとしたドロップアイテムも期待できるピティは、駆け出しの掃討者にとって最も人気がある魔物でもある。日常的に乱獲されていることもあり、増殖頻度が高いからといって、それが問題となることは無かった。


「ゴブリンは種別によって結構レベル差がある魔物なんだが、弱い個体なら数日に一度ぐらいは『分裂』するらしい。強い個体なら十数日に一度といった所か」

「十数日に一度……思ったよりも分裂の頻度は低いのですね」

「一ヶ月経てば三倍以上に増えると言うことだぞ? 低いか?」

「……撤回します。全く油断ならないですね」


 街の付近に拡がる野外エリアとは異なり、〈迷宮地〉のような場所は通りすがりの掃討者が、ついでに魔物を掃討してくれるようなことは望めない。

 〈迷宮地〉へ行って狩りをしよう―――と積極的に考える掃討者が居ない限り、放置されたまま一ヶ月が経つ程度のことは、十分に有り得る話だと思えた。


「特に〈迷宮地〉の魔物は厄介でな。増殖した個体も、基本的には〈迷宮地〉から外に出ないんだ。数が増えたぶん、そのまま現地の魔物密度が増すことになる。

 だから今回俺達が行く『ゴブリンの巣』も、誰も討伐に行かないと一ヶ月後には本当に洞窟内の魔物数が三倍に増えることになる」

「……厄介ですね」

「そうだな、厄介だ。しかも〈迷宮地〉は、いわゆる『ボスモンスター』みたいな魔物も湧くんだが……ボスモンスターは『生息日数』に応じて、同じ〈迷宮地〉に棲む魔物全体の『分裂』頻度を増加させる。増加割合はそれほど大きくないらしいんだが、倒さず残していると面倒なことにはなるな」


 誰かがボスを討伐して『生息日数』をリセットしなければ、〈迷宮地〉全体の分裂頻度にブーストが掛かり続けるというわけか。


「〈迷宮地〉の魔物は、最大で本来の『6倍』近くにまで増殖するらしい。増殖の上限に達すると、今度はなんと『ボスモンスター』が分裂して2体に増える。

 ―――ここからが非常にヤバくてな。新しい『ボスモンスター』が誕生すると、今まで〈迷宮地〉を出なかった筈の分裂個体全てを引き連れて、そのボスは野外(フィールド)で放浪を開始するんだ」

「それは……もし都市などに来れば、大惨事になりますね」

「新しいボスを中心としたひとつの集団となるから、魔物が分散しないというのが最も厄介な所だな。本来〈迷宮地〉に生息する『5倍』規模もの魔物集団ということになるし、場合によっては放浪中にさらに分裂して集団の規模が増すということもあるだろう。

 もし『中央都市(ラウリカ)』に集団が押し寄せれば、門に常駐する衛士だけで対処するのは無理だろうな……。国の騎士を中心として、軍を編成して殲滅に当たらなければならなくなるだろうし―――もし中央都市以外の街や村落に来れば、それこそ壊滅する可能性は低くない」


 ユウジの言葉を聞いてシグレが思い浮かべるのは、『王都アーカナム』から東、街道を暫く進んだ先にある『トワド』の村落のことだった。

 畜産が盛んな『トワド』は、街道を通る行商馬車が多いこともあり、村落という割には随分と賑わいのある場所だったが。村を覆う防柵は非常に頼りなく、大量の魔物が押し寄せれば抵抗は難しいだろう。

 『天擁(プレイア)』とは異なり、この世界の住人である『星白(エンピース)』の人達は、一度魔物に殺されてしまったが最後、二度と生き返ることはない。村落ごと壊滅―――などという憂き目に一度でも遭えば、容易に立て直せるものではない。


「道理で村落などでは、掃討者の訪問が歓迎されるわけだ……」


 訪問する掃討者が多い街や村落は、接近する魔物集団などをそれだけ察知できる可能性が高くなる。場合によっては街や村落で掃討者を雇用し、魔物集団の掃討を依頼したり、あるいは掃討とまでいかずとも、撃退などの手段を講ずることは可能かもしれない。

 元々掃討者の往来が多い『トワド』でさえ、村を訪問してくる掃討者に対して、住民は明確に『下にも置かない』扱いをする。それもその筈で、彼らにとっては日常を護るために『掃討者』というのは、きっと必要不可欠な存在なのだ。


「あー……。シグレ、色々と考えに耽っている所を悪いのだが」

「はい?」

「お前のファンが、街を出たのに追いかけて来ている気がするんだが」


 ユウジのその言い回しに、一瞬シグレは言葉の意味が判らなかったが。

 数秒の間があってようやく理解し、すぐに《千里眼》を飛ばして自分の後方を確認すると。そこには―――確かにユウジの言う通り、こちらを今も尾行し続けている三角帽子の姿を確認することができた。


「この辺りならまだ何とでもなるが、もうすぐ『ゴブリンの巣』に到着してしまうからな……。さすがに〈迷宮地〉の中まで着いて来るようであれば、ある程度近くに居て貰わないと俺も護れる自信がないぞ?」

「……すみません、彼の上司と念話で話しますので、少し待って頂けますか」

「ストーカーの上司と面識があるのか? ますますもって、お前さんの置かれている状況や事情というものが、俺にはさっぱりわからんなあ……」


 苦笑しつつも、どこか愉快そうにユウジはそう告げる。

 そう言われてしまうと、シグレとしても何とも言い返せない。


『……すみません、ルーチェ。少し困ったことになりました』


 白髪(はくはつ)の少女を頭の中に思い浮かべながら、シグレは念話を送る。


『シグレか? ―――どうした、何があった』

『先程、都市の西門から外に出たのですが。ライブラが追いかけて来ています』

『……私が本人と直接話そう。少し待て』

『すみません、お願いします』


 頭の回転が速いルーチェは、話が早くて有難い。


 今まではライブラの尾行に対して気付かない振りをしていたものの、こうなっては最早それを続けることに意味はない。街路で振り向いたシグレが、50メートルほど離れた距離にいる尾行者の姿をじっと見据えると、それに気付いたライブラはびくりと肩を震わせた。

 それでも今更隠れようとしないのは、おそらく上司であるルーチェからいま正に念話で色々と言われているからなのだろう。


 ユウジと共に3分ほど佇みながら後方を眺めていると、やがて露骨に肩を落としたライブラが、ゆっくりとこちらのほうへ歩み近づいてきた。


「い、色々、っ……! ご迷惑を、お、お掛け、しましたっ……!」


 シグレの正面に立った彼は、まず謝罪の言葉を口にする。

 そこには、三角帽子の中に表情を隠すようにしながら。嗚咽に声を詰まらせて、さめざめと涙するライブラの姿があった。


『……ルーチェ。厳しく言いすぎではないですか。彼、泣いていますよ』

『私は事実と常識論を端的に述べただけだ。それを責められても困る』


 念話でシグレは苦言を呈するが、ルーチェの回答はにべもない。

 良くも悪くも、ルーチェは何事も率直に口にすることを好むところがある。おそらくは、そんな彼女に『尾行』という行為の是非について、常識論を以て咎められでもしたのだろう。

 好意を向ける相手から厳しく言われるのは、さぞかし堪えたことだろう。仕方の無いことだとは思いつつも、シグレは彼に同情せずにはいられなかった。


 三角帽子に優しく触れながら、泣いている妹に接するときと同じような気持ちでシグレは彼に相対する。


「気にしないで下さい。監視されることには慣れていますので、別に迷惑に思ったわけではないのです。ただ、その……これ以上は、危ないですから」

「うう……も、申し訳ない、です……」


 こちらが全く怒っていないことが伝わったのか、ライブラも震える声を少し落ち着かせてくれた。

 その様子を脇で眺めながら「監視に慣れてるって、どういう慰め方だよ……」とユウジが漏らしていた言葉は、聞かなかったことにしたい。

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