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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
3章 - 《掃討者の日々》

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49. 追跡者 - 1

 


     [1]



 暦が『5月』に入って暫く経つ頃には、シグレにもすっかり『掃討者』としての暮らしが根付き始めていた。

 毎日一度か二度は街の外に出て狩りを行い、得られたアイテムを商会に売却したり、掃討者ギルドで討伐報賞金を受け取ることで日銭を得る。食事や温泉、衣類や生活用品など、こちらの世界で暮らす上で必要となる出費に関して金に糸目を付けなかったが、それでも狩りに慣れてしまえば出費よりも収入のほうが随分と上回ってくれた。


 狩りに行くのはエミルと一緒であることが最も多い。

 というのも、エミルは毎朝起きるのが非常に早いらしく、毎朝『6時』より以前には既に目を覚ましているのだという。全員が全員というわけではないらしいが、『妖精種(キュイニー)』の中には睡眠が浅く、彼女のように体質的に早起きな人というのはそう珍しくないそうだ。

 そしてシグレは『天擁(プレイア)』なので、毎朝〈リバーステイル・オンライン〉にログインする定刻である『朝6時』きっかりに目を覚ます。

 互いに黎明のうちから活動を開始するため、これほど誘ったり誘われたりするのに都合の良い関係もない。早朝であれば『掃討者ギルド』の掲示板や窓口が混雑することもないので、非常に快適に施設を利用できるのも嬉しい所だった。


 そうした事情からだろうか。申し合わせたわけでもないのに、シグレとエミルの二人はいつしか毎朝どちらからともなく『念話』で連絡を取り合うようになり、午前の早い時間からひと狩り行くのが通例のようになっていた。

 現在『王都アーカナム』都市内にある『孤児院』で暮らしているらしいエミルは、年齢の事情から近々その施設を出なければならないらしく、今のうちに狩りの収入で金銭的な余裕を持つことを望んでいる。

 しかし生産職の天恵を持たず[加護]の能力値も低いエミルは、ソロで行う狩りでは魔物からのアイテムドロップを望むことができず、経験はともかく収入面ではあまり結果を期待することができないらしい。


 その点、生産職の天恵を揃えており、それなりの[加護]の値も持つシグレは狩りのパートナーとして都合が良かったのだろう。

 シグレからしても《背後攻撃(バックスタブ)》を使いこなすエミルの火力が加わってくれれば、より多くの魔物を倒すことができ、結果的に分配しても得られるアイテムの量は増やすことができる。互いに相手の望むものを提供することができる、良好な関係を築けていると言うことができた。


 エミル以外だと、やはりキッカと共に狩りに行く機会も多い。エミルが火力役(アタッカー)として頼れる仲間だとするなら、キッカは防御役(タンク)として非常に頼もしい〈騎士〉だ。

 シグレはまだデスペナルティを被った経験こそ無いが―――先日のルーチェから受けた『採血注射』の際、念のために使っていた【生命付与】のスペルで『1点』の追加HPを得ていなければ、ちょうど『16点』のダメージを受けて死んでいたという事実はこの際脇に置いておくとして―――その耐久力の脆さが故に、誰よりも死に非常に近しい位置に立っていることは間違いないのだ。

 キッカが《庇護》のスキルを使ってくれれば、それだけでシグレは不意の死から完全に護られる。防御力が高くHPも多いキッカが受けるダメージは、適宜シグレが治療スペルを行使すれば維持することは難しくない。エミルとはまた違った形で、キッカに対しても相互補完し合えるメリットは大きかった。


 但し、キッカは現実(リアル)からして低血圧であるらしく、朝起きるのが非常に遅い。特にこちらの世界では幾ら惰眠を貪っても学校生活に支障を(きた)さないため、大抵は正午の手前辺りまで、宿のベッドでゴロゴロと過ごしているそうだ。

 エミルよりキッカと組む機会が少ないのは、単にそれだけの理由だった。いちどキッカに朝7時頃に『念話』を送った時には、酷く眠そうな声の彼女とまるで会話にならない会話が延々と展開され続けたため、それ以降はキッカに対して午前中に『念話』を送ることはやめようとシグレは心に決めている。

 微睡みの中にある彼女の幸せは、邪魔すべきではないのだ。


 話が逸れてしまったけれど―――そのキッカとエミルの二人ともが共に戦ってくれるときには、三人パーティでありながらも、非常に攻防共に隙がない安定した狩りを行うことができる。

 最近はすっかりエミルに似た動きをするようになった黒鉄もこれに加わるので、三人という少数構成であっても不安要素はない。随分格上の魔物を相手にしたり、よほど魔物の数が多かったりすれば話は別かもしれないが―――一緒に狩りをする機会が増えたことで連携もより緊密となり、自分たちのレベル帯より少し上の魔物相手であれば、6~8体程度が群れていても問題無く倒せる程になっていた。

 シグレやキッカと違いエミルは『星白(エンピース)』なので、万が一にも彼女を危険に晒すような真似はできない。リスクを十分に抑えながら、それだけ格上の魔物に挑めるというのだから、三人の相性は非常に良好なものといえた。


 ―――その一方でシグレは、カグヤと共に戦う機会を未だに持てずにいる。

 顔を合わせる機会が無い―――というわけではない。むしろ彼女が経営している武具店『鉄華』には殆ど毎日のように顔を出しているし、その度に30分から1時間ほどは色々と会話も交わしたりしているのだ。

 ……但しその会話の内容は、いつも『鉄華』に並べる商品の話に終始する。店の棚の一角にシグレが『自由に商品を並べて良い』スペースを貰ってしまった為に、そこに何を並べようか―――といった内容を、常日頃からカグヤと相談しなければならなくなったからだ。お陰でシグレが『念話』で会話を交わす時間が最も長いのは、断トツでカグヤ相手のものだ。


 カグヤもまた、シグレが施すことができる『損傷耐性』の付与に注目したことで様々な着想を得ているらしく、最近は何かと(せわ)しない。

 例えば先日、カグヤはまるで柳刃包丁をそのまま伸ばしたかのような、非常に細長い刀を何本か試験的に打ってきた。

 刃面は薄っぺらい上に鎬も無く、見ただけで耐久性に難があることがすぐに判る作りをしているそれは、何か硬いものにぶつければ立ち所に折れてしまうことが明白で、商品として価値のあるものには見えなかったが。

 しかしそんな薄っぺらい刀も『損傷耐性』を付与すれば―――なるほど、個性を持った面白い武器として成立するのだから面白い。『損傷耐性』を付与した武器は絶対に(・・・)壊れることがなくなるため、刀として明らかに無理がある形状をしたものでさえ成り立ってしまうのだ。


 色々と『損傷耐性』を前提とした武具を拵えることが楽しいらしく、そのせいで最近のカグヤは店頭に立つときと眠る時以外は、常に『鍛冶職人ギルド』の工房に籠っているらしい。

 実は数度、シグレの側から狩りに誘ってみたこともあったのだが、けんもほろろに断られてしまった。結局の所、カグヤにとって最大の関心事は『掃討者』としてのものよりも、やはり『職人』としての生業にあるということだろう。

 熱中している今は、無理に誘うこともない―――そう考え、シグレはもう彼女を狩りに誘うことは半ば諦めてしまった。

 狩りのことがなくとも、カグヤとは『念話』でいくらでもコミュニケーションを取ることができる。『生産』とは孤独な作業であるだけに、カグヤはいつ『念話』をシグレから送っても、嬉々としながら会話を楽しんでくれるからだ。

 シグレもまた『付与』や『細工』のみならず、最近は『魔具』の製作や『調理』にも手を広げ始めたため、生産に従事している時間が多い。いつ『念話』を繋いでも喜んでくれる相手が居ることは、シグレにとってもまた有難いことだった。



     *



『その鳥系の魔物―――『バルクァード』は鋭い爪を持っています。急降下からの一撃が強烈ですが、基本的に一度攻撃するだけで急上昇して距離を取る傾向があるため、連続攻撃はしてきません。……もっとも、そのヒットアンドアウェイばかりを徹底して狙う嫌らしさのせいで、掃討者からは嫌われているのですが』

『なるほど……。勉強になります』


 いまシグレと『念話』による会話を行っている相手は、カグヤだ。

 といっても、彼女はシグレとパーティを組んでいるわけではない。カグヤは例によって『鍛冶職人ギルド』の工房に籠っており、今日のシグレは珍しくソロで狩りに来ていた。

 狩場は『王都アーカナム』の北門を出てすぐにある『アリム森林地帯』。街を出てすぐ森林の中へと入っていく街道は、そのまま真っ直ぐ北に進めば『フェロン』という名の街へ辿り着く。都市と呼べるほど大きくはないが、村落というほど小さくもない、森林種(エルフェア)の人が多く住む森林の街だという話だ。


 シグレがソロで狩りをするのは、その森林に入ってすぐの辺りに生息する鳥系の魔物『バルクァード』だ。

 『王都アーカナム』には街全体を取り囲む高い城郭(じょうかく)があるとはいえ、当然ながらその護りは空を飛ぶ魔物に対しては全く役に立たない。だというのに街のすぐ北に生息する『バルクァード』は、最近になって(とみ)にその個体数を増やしており、アーカナムで街の護りに従事する人達の間では、なかなかの問題事として捉えられているらしいのだ。

 シグレがその話を聞いたのは、都市の西門を護る衛士頭のガウスからだ。一応、都市としても『掃討者ギルド』での『バルクァード』に対する討伐報賞金を増額する形で対応は行っているらしいのだが、魔物の増殖を食い止める目処は全くと言って良いほど立っていないらしい。


『高速で移動する魔物なので、HPが低いシグレさんが相手にするには、少々辛い魔物のような気もしますが……。ですが、前衛の方と一緒に狩りに来るには、向かない敵でしょうからねえ』


 カグヤが念話で告げる、その一言が全てを物語っていた。

 キッカにしてもエミルにしても地に足の付いた『前衛職』であり、遠距離攻撃はあまり得意とする所ではない。キッカはまだ弓を用いて攻撃することも可能だろうけれど、彼女の弓は動く的に対してはあまり当たらないのだと本人の口から聞いている。それこそ―――真っ直ぐに『猪突』だけを繰り出してくる、ウリッゴが相手であれば話は別なのだろうけれど。

 シグレが今回ソロでこの魔物を狩りに来ようと思ったのは―――逆にソロでもなければ、狩りの対象にすることは無いだろうと思える魔物だったからだ。

 この世界では、スペルによる投射には強い誘導効果が発生する。相手が高速で動く魔物だろうと、捉えることは十分に可能だろう。


『……僕が多少数を減らした所で、意味なんて無いと判ってはいるのですが』

『ふふ。そんなことありません。ご立派です、シグレさん』


 カグヤにそう言って貰えるだけでも、頑張る価値はあるだろう。


 街道が森林に入ったときから、既にシグレの《魔物感知》は多数の魔物を捉えている。それらの反応全てが『バルクァード』というわけではないが、《千里眼》のスキルを併用することで狩猟対象の位置は既に確認済みだ。

 『アリム森林地帯』の樹木は密度が高いものの、まだ森の浅い部分であるこの辺りであれば、林道部分の空は開けている。空を飛ぶ魔物の姿を視界内に捉えたシグレは、すぐに杖を握り締めて詠唱を開始した。


「魔力を支配する〝銀〟よ、彼の魔物を捕えよ―――【捕縛(マルバーハ)】!」


 短い詠唱こそあるものの拘束の成功率が非常に高い【捕縛】は、シグレが最も信頼を置くスペルのひとつでもある。

 中空に現れた銀のロープが、遠くで飛行する『バルクァード』の身体を見事に絡め取るのがシグレからも視認できた。初手で魔物の動きを封じ込めるのは戦闘での常套手段でもある。あとはすぐに追撃の攻撃スペルを―――。

 ―――行使しようと思ったら。急速に高度を落としたバルクァードの姿が、森林の天蓋へと墜落するように落ちていった。

 範囲系のスペルを除き、魔物に対してスペルを行使するためには、相手の姿を正しく『視認』していなければならない。視界から消失してしまった魔物に対して、シグレが行使できる攻撃スペルは存在しなかった。


(……不味いな)


 冷たい汗がシグレの頬を伝う。

 ―――冷静に考えれば、スペルで拘束すれば落ちるのは当たり前だ。

 もし魔物が拘束スペルを行使したシグレの位置を把握している場合―――空から落とされたのをいいことに、魔物が森の中を抜けるように飛行しこちらへ迫ってきた場合、圧倒的に不利なのはシグレのほうだ。

 スペルは相手の姿を捉えなければ行使できない。こちらへ急速に迫る敵が居れば《魔物感知》で把握することができるとはいえ、距離が開いた状態から仕掛けられないのは遠距離職としては相当な痛手だ。


(―――そうだ、ここは一旦隠れるべきか)


 そう思い、シグレは慌てて《隠密》のスキルで身を隠すことを思いつく。

 手近な樹木の下に広がる草叢(くさむら)の中に身体を潜ませた所で―――唐突に、シグレの視界の隅にひとつの小さなウィンドウが表示された。


『……あれっ?』


 そこには、シグレが経験値『1』を獲得したこと。及び『バルクァード』がドロップした幾つかの素材アイテムが〈インベントリ〉の中へ手に入ったことが示されていた。


『どうしました? シグレさん』


 訝しむようなカグヤの声が念話で伝わってくる。

 どうやら先程の声を、思わずシグレは念話で発してしまっていたらしい。


『ああ、いえ……バルクァードに拘束系のスペルを掛けたのですが……』

『……ですが?』

『その。何故か、それだけで魔物を倒せてしまったようで……』

『それだけで、ですか……。もしかして……墜落死でもしたのでは?』


 ―――墜落死。

 そういうのもあるのか。

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