47. 銀術師ギルド - 1
『秘術師ギルド』は予想外な位置にあったとはいえ、それ以外の術師系ギルドは概ね都市の中央部からほど近い場所に用意されていた。
数日を掛けて一通りの術師系ギルドを巡ったシグレが、今回最後に訪ねようとしているのは『銀術師ギルド』だ。『掃討者ギルド』で窓口を務めるクローネの話によれば、その施設はなんと『王都アーカナム』の王城内にあるらしい。
寂れた街並みの中にあった『秘術師ギルド』とは、ある意味で対照的にも思う。
王城ともなればいきなり訪問して良い場所とも思えないので、クローネに依頼して『掃討者ギルド』経由で訪問したい旨を伝えて貰ったのが数日前。
今朝になって、クローネから『いつでも王城を訪ねてきて良いそうです』と念話で連絡を受けたので、早速シグレは王城まで歩いてきていた。
『王都アーカナム』の王城は、街の中心部よりも少しだけ北西に位置した、少し小高い丘の上にある。街のどの場所からでも全容を伺うことができるその建物は、この都市のシンボルマークとしても役割を果たしていた。
都市自体の城郭に比べれば、王城が備えている城壁は随分と背が低い。これは国家としての脅威を『他国』に対してではなく、『魔物』に対して向けている世界としては正しいことなのだろう。王城を警護する衛士の人数も、西門や東門に詰めていた門衛の人数に比べれば明らかに少ないようだ。
「止まれ。王城に何の用だね」
「『銀術師ギルド』を訪問する目的で来ました。『掃討者ギルド』から事前に連絡をお願いしてあると思うのですが」
「ああ、それなら話は聞いている。照会するのでギルドカードを提示するように」
門衛の方に質され、〈インベントリ〉からギルドカードを出して提示する。
カードに記されたシグレの天恵を見て、門衛の方の目には僅かに驚きの色が混じっていた様子だったけれど。少なくとも態度上では、何事も無いかのように速やかに案内人の手配をしてくれる辺り、さすがは相手も門衛のプロなのだなとシグレは感心させられる。
*
案内人の女性に通されたのは、王城の三階にある無人の一室だった。
王城自体がかなり規模の大きな建物であることを考えると、シグレが入院している病棟内のコンビニと同じぐらいの広さしかないこの部屋は、随分と手狭なものにも思えた。
部屋の中には数脚の椅子が置かれているものの、テーブルは部屋の隅のほうへ追い遣られている。一体何の目的で使用されている部屋なのだろう―――と、シグレは不思議に思った。
テーブルに備え付ける形であればともかく、ただ椅子だけが置かれている光景は何となく座りにくい。かといって部屋に案内された以上は勝手に出るわけにもいかず、仕方無くシグレは立ったまま静かに部屋の中で待機する。
ちょうど昨日『生産職』のレベルが『2』へ成長したばかりで、シグレの生産職全てにスキルポイントが1点ずつ与えられていた。レベル1の時と違って獲得するスキルを選ぶ自由があるので、どのスキルを修得しようか非常に悩ましい。
―――そんなわけで、幸い時間を潰すことには事欠かない。視界内に表示させたスキルツリーと向き合いながら、そろそろ十数分ほど経とうかという頃になって、部屋のドアが小さく二度ノックされた。
シグレの部屋というわけではないので、ノックされたからといって「どうぞ」と外に向かって声を掛けて良いものか判らない。対処に困って逡巡していると、すぐに向こう側からドアを開けて部屋に入ってきてくれたので有難かった。
「貴方が、シグレだね?」
「はい」
「掃討者ギルドより話は伺っている。私はルーチェ。―――魔術技官をしている、ルーチェ・スコーネと言う。よろしくお願いする」
ぺこりと、シグレの前で小さく頭を下げる女性。
―――それは見事なまでに、真っ白な髪をした少女だった。
身長は160cm弱といった所だろうか。キッカやエミルに比べれば低いが、カグヤに比べればずっと高い。ただ顔立ちが幼いせいか、印象としてはカグヤと変わらない程に、稚い少女のようにも思える。
ルーチェの側から差し出されてきた手に、シグレは握手を交わして応える。その手のひらも随分と小さなもので、一体幾つなのだろう、とシグレは疑問に思った。
「年齢なら、もうすぐ五十を数える。外見で子供と思われては困るよ。森林種なのだから、歳の割に見た目が幼いのは仕方のないこと」
「……申し訳ない。顔に出ていましたか?」
「いや? だが私を見ると、誰でも最初は歳のことを思うらしいからな。君も同じことを考えたのではないかと、当て推量でものを言っただけだ」
もっともその返答から察するに間違いでは無かったらしいが―――と、ルーチェは穏やかな口調で告げる。別に子供に間違われることを、不快と思うわけではないらしい。
大人しい童顔で、しかも静かな語調で言葉を発するのに。貴族的な物言いとでもいうか、随分とはっきりとした言い回しをする少女だなあとシグレは思う。
「好きな椅子に掛けて欲しい。別に、先に座っていて良かったのだよ?」
「はあ……」
促され、シグレは手近な椅子に腰掛ける。
意匠が彫り込まれた、立派な背もたれを持った椅子は随分と高価そうに見えて。それがシグレが勝手に椅子を使わなかった理由のひとつでもあった。
部屋のドアが再びノックされ、ルーチェが「どうぞ」と外に向けて告げる。
すると胸甲と額当てを身に付けた、見た目からして騎士らしい女性が、湯気を湛えた二つのティーカップを手に入ってきた。
「シグレは紅茶は好きか?」
「ええ。人並み程度には」
「それなら良かった。私の好みで決めてしまったからな」
騎士の女性から受け皿ごとカップを受け取ると、中には水色こそ色濃いながらも、透明度の高い液体が入っていた。
柑橘系の香りが強いそれは、しかし口に含んでみるとアールグレイのような良くある着香茶とは異なり、思いのほか渋味の強い味わいをしている。これはこれで、シグレにとっては好みに合致するものだった。
「美味しいです」
「そうか、それは良かった。手ずからに淹れた甲斐があるというものだ」
「ルーチェさんが淹れたのですか? そちらの騎士の方ではなく?」
「私からはシグレを呼び捨てにしているのだから、私が『さん』付けされる道理はないだろう。……子供と思われても困るが、変に隔意を置かれるのはもっと困る。私のことはどうか、気軽に呼び捨てにして欲しい」
「……わ、わかりました。ルーチェ」
「うん、それでいい」
むふん、と満足げに息を漏らして、ルーチェは頷く。
大きな背もたれに預けた小さな背中。静かに落ち着いた佇まいの少女が、紅茶を口にしている様子は優美だった。
「話を戻すが、この紅茶は一階で湯を分けて貰い、間違いなく私が淹れたものだ。運ぶのは使い魔にやらせたので、シグレが勘違いをするのも無理はないがね。
―――ああ、そうそう。訂正しておくが、彼女は別に『騎士』ではない。〈召喚術師〉である私の『使い魔』だよ。名前は『イレルル』と言う」
ルーチェがそう告げると。部屋の隅に立っている、先程シグレにティーカップを手渡してくれた女性が、ひらひらとこちらへ軽く手を振ってみせた。
改めてその姿を見確かめてみるが……シグレには、どうしてもそのイレルルという名の女性が『騎士』であるようにしか見えなかった。
彼女が身に付けている立派な胸甲と額当てには、戦いの場で実際に使っている様子が窺えるし、それに何より―――彼女は人間にしか見えないのだ。『使い魔』などと言われても、容易には信じられなかった。
「彼女は戦乙女だから、見た目的には人間と殆ど変わらないがね。分類的には魔物の一種だよ。この辺りでは全く発見例が無いが、もっと北の方では地上で遭遇することもあるらしい。
〈槍士〉に匹敵する槍捌きをみせ、〈騎士〉にも劣らない強靱さを持つ。さらに治療を始めとした幾つかのスペルまで使ってくる、非常に厄介な魔物だと聞いているよ」
『―――ふふ、お褒めに与り光栄ですわ』
主人から『厄介な魔物』と言われたことに、イレルルはくすくすと微笑む。
なるほど。『使い魔』契約をしているわけだから、黒鉄と同じようにイレルルも念話でなら会話ができるのだろう。
……人間と同じ姿で、口も付いているのに。直接会話するのではなく、念話で話すというのは少し変な気もするが。
「―――済まない。話が逸れてしまったな、本題に戻るとしよう。私はこの国に勤める『魔術技官』だが、一方で『銀術師ギルド』を管理する役割も担っている。
今後シグレが『銀術師ギルド』を訪ねたいと思う時には、来る前に私に念話で連絡してくれればいい。そうすれば門衛には話を通しておこう」
「判りました、ありがとうございます。……ルーチェは〈召喚術師〉であると同時に、〈銀術師〉でもあるのでしょうか?」
「うん? ああ―――私が白髪だからそう思ったのかな」
シグレの言葉を、ルーチェは頭を振って否定する。
「私は〈銀術師〉ではないし、そもそも『銀血種』でもない。
……先程言ったろう? 私は森林種なのだから〈銀術師〉にはなれる筈も無い。この国の『銀術師ギルド』に〈銀術師〉の職員はいないし―――」
そもそも、とルーチェは続ける。
「現在、この国に『銀血種』は居ない。―――例外は君だけだ、シグレ」
彼女は静かに、その真実をシグレに突き付けた。




