46. 秘術師ギルド
この世界の『中央都市』では、全ての『戦闘職』と『生産職』に関する施設を用意することが〝神の意志〟により義務づけられている。
全部で67にも及ぶそれらの施設は国費により運営されるため、当然ながら都市に小さくない負担となっているらしい。
『王都アーカナム』でもさすがに全ての職業に対して『専門施設』を準備するというわけにはいかず、例えば『聖職者ギルド』であれば大聖堂が、『騎士ギルド』であれば騎士団の詰所がといった具合に、関連性のある施設が職業ギルドの役割を担っているケースが少なくないようだ。
とはいえ専門施設であれ、あるいは別の施設に役割を担わせている場合であれ、どちらにせよ各職業のギルドはアクセス面に優れる、都市中心部に近しい場所に設けられている場合が殆どではある。
それだけに―――今、シグレは(こんな所に本当にギルドがあるのか?)という疑問を抱かずにはいられなかった。
現在シグレが居るのは『王都アーカナム』の北東部。『掃討者ギルド』で教わった位置情報を頼りに、今回向かっているのは『秘術師ギルド』の施設だ。
予想外に増え過ぎたスペルスロットを無駄にはできない―――そう思い、シグレの中では現在、各術師職のギルドを巡りスペルを充実させることは最も優先順位の高いタスクのひとつとなっている。
毎日どこかのギルドを訪問し、その都度自分のレベルで覚えられる範囲のスペルを得ることで、既にシグレが修得しているスペルの数は『60種』を越えていた。
スペルの多さに関してだけなら、現時点でもかなり充実しているのは間違いないのだが。スペルスロットが『13枠』×『9職業』で合計『117枠』もあることを考えると……まだ半分近く埋まっていないスロットがあるのもまた、違いない事実ではあった。
今までシグレは『王都アーカナム』の中央部以外にも、西部と東部の辺りは多少見た事があった。というのも、外のフィールドで魔物を狩るためには、都市の東西南北いずれかの門から外に出る必要があるからだ。
都市の西部と東部は実際に目にしたことで、中央ほどではないにしても『十分に栄えている』という印象をシグレは抱いていた。さすがは『中央都市』と呼ばれるだけはあり、きっと都市内のどこも相応に栄えているのだろう―――と、いつしかシグレはそんな風に思ってもいた。
……つい先程までは、だが。
初めて目にした『王都アーカナム』北東部の街並みの印象は、『寂れている』という一言に尽きた。
道が妙に狭く、不揃いな高さの建物が入り組むように並んでいる。人影はまばらにしか見られず、巡回する衛士の方も殆ど見かけられない。建物は年季が入った古いものが多く、中に誰も人が住んでいないのか、嵌め殺しのガラス窓が割れている家屋も幾つか見受けられた。
この辺りはあまり、治安も良く無さそうだな―――とシグレは思う。
〈インベントリ〉に入れているアイテムは本人にしか取り出せないので、治安が悪くとも物取りなどに遭う危険は無いのだろうけれど。正直、落ち着いて過ごせる環境であるとは、お世辞にも言えない場所だった。
(ここ、なのかな……?)
活気のない街並みの一角。いかにも普通の家、といった印象の家屋の前でシグレは立ち止まる。『掃討者ギルド』の窓口でクローネから聞いた情報によれば、この場所で間違い無いと思うのだけれど……。
シグレの目の前にあるのは、いかにも小さな石造りの民家。扉は硬く閉ざされ、ここがギルドであることを示す看板ひとつ掲げられていないその建物が、『秘術師ギルド』という重要な施設を担っているとは到底思えなかった。
けれど他に、周囲にそれらしい建物は見当たらない。
情報も信頼できるものである以上、おそらく間違ってはいない筈で―――仕方無くシグレは、民家のドアをコンコンと二度ノックして待ってみる。
すると、暫くの間があってから。随分と伸びた無精ヒゲを湛えた、三十台後半ぐらいの男性が、小さく開かれたドアの隙間からじっとこちらを覗き込んできた。
「……何だ?」
「え、ええっと……。こちらは秘術師ギルドで、合っていますか……?」
そのぶっきらぼうな物言いに少々混乱しながらも、シグレはそう訊ねる。
訊いておいて何だけれど。この男性がギルドの関係者だとも全く思えなかった。
「天恵は持っているのか?」
「はい」
「……なら入れ。ここがギルドで合っている」
どうやら、合っていたらしい。
ドアを開けてくれた男性に促され、建物の中に入ると。そこは……建物の中までもが紛うことなく、ただの『民家』以外の何物でも無かった。
入ってすぐの八畳ほどの広さがある部屋には、一卓のテーブルと幾つかの椅子が置かれ、そのテーブルの上には洗っていない食器と鍋とが無造作に置かれている。部屋の隅には乱雑に脱ぎ散らかされた衣類が無数に散らばっており―――いかにも男の一人暮らしといった趣の、生活感のある部屋がそこには拡がっていた。
とてもじゃないけれど、ここがギルド施設だとは思えない、
正直を言って、あまり長居をしたくない感じの場所でさえあった。
「悪いな、汚い場所で。おまけに茶も出せやしない」
「それは構いませんが……ここが本当に、秘術師ギルドで合っているのですか?」
「ふむ。変なこと言う奴だな、ここがギルドだと知っていたから来たんだろう? ま、もっとも―――お前さんの言わんとしていることもよく判るがな」
くつくつと声を上げながら、男性は愉快そうに笑ってみせる。
話していて少し酒臭いのだが、正午に近いこの時間から呑んでいたのだろうか。
「俺はカーバンと言う。一応、この街の秘術師ギルドを管理している」
「シグレです、よろしくお願いします」
「悪いがギルドカードを見せてくれ。天恵の有無だけは確認しとかなきゃならない決まりになってるんでな」
要請通り〈インベントリ〉からギルドカードを取り出して手渡すと。カーバンはそれを見て、ほう、と感嘆の声を漏らしてみせた。
「名前はシグレか。―――随分と愉快な天恵をしているな。苦労も多いだろう?」
「よく言われますが、自分は楽しんでいますので」
「楽しんでいる……か。なるほど、そう思えるのか……」
―――何か変なことを言っただろうか。
シグレの言葉に、僅かにカーバンは複雑そうな表情を見せる。
少ししてから、カーバンは〈インベントリ〉から4冊の小さな冊子を取り出すと、それらをテーブルの上に投げ置いた。
「他所のギルドとは違い、秘術師ギルドには登録料が掛かる。2,000gitaだが払えるか? 厳しいなら後日ある時に払ってくれれば構わんが」
「あ、大丈夫です。いま払えます」
「なら、この4冊を持って行くといい。……この冊子に見覚えはあるか?」
カーバンの言葉に、シグレはただ頭を振ることで答える。
冊子のサイズはB6ぐらいだろうか。シグレは全く見たことの無いものだ。
「そうか、なら説明が必要だな。これは『封印された秘術書』というアイテムだ。とりあえずアイテムの詳細を見てみるといい」
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□封印された秘術書/品質[100]
〈秘術師〉の天恵を持つ術師だけが開封できる秘術書。
開封するとランダムな『秘術』が記された魔術書に変わる。
| 『秘術』はあらゆる術学の中で最も自由であり、混沌でもある。
| 体系化されていない『秘術』は、例え同じ名を冠したスペルであっても
| その効果まで同一であるとは限らない。
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言われるまま冊子の説明を確認してみると、どうやらこのアイテムが〈秘術師〉にとっては『魔術書』を得るためのものであるらしい。
ランダム、というのが多少気になるが……。
「ギルドに登録した〈秘術師〉には、支援としてまず4冊の『封印された秘術書』が支給される。アイテムの説明にある通り、これは〈秘術師〉の天恵を持っている奴が開封すれば、スペルを修得できる『魔術書』へ変化する。
これらの冊子に一体どんなスペルが書かれているのかは、開けてみるまでは全く判らない。つまり、他の術師系ギルドのように誰でも『術書庫』から同じスペルを手に入れることができるわけではない。〈秘術師〉が手にできる『魔術書』の内容は、人によって全く別物になるからだ」
「なるほど。正に、ランダムというわけですね……。このギルドには『術書庫』が無いと考えて良いのでしょうか?」
「そう理解して貰って構わない。〈秘術師〉は自分が手にしたスペルを『自分だけの武器』として、独占を当然とする職業だ。他人と知識を共有することを良しとしないので『術書庫』などという設備はここにはない。
……まあ、実際にはそこまで厳密ではないがな。フレンド同士のような気安い関係の相手にであれば、自分の持つ魔術書の『写本』を作って提供する場合もあるだろう。あるいは金に困れば、自分と同じ〈秘術師〉に魔術書を売ることもある」
実際、俺もよく同業者に売り捌いて酒代の足しにしてるしな―――と、カーバンは豪放に笑いながら言ってみせた。
ギルドの管理者がそれでいいのか……とも、シグレは一瞬思うが。このギルドの在り様を見てしまった以上、それは今更というものだろうか……。
『封印された秘術書』については―――なるほど、一種の『魔術書ガチャ』みたいなものなのだな、とシグレは理解する。
実際に開封してみるまでどんな魔術書が手に入るのか判らないというのは、ある意味で面白そうにも思える。
「この『封印された秘術書』は、どこで入手できるのでしょう?」
入手できるスペルがランダムである以上、欲しいスペル最大の近道は、とにかく沢山開封してみることに他ならない。となれば、やはり重要なのはその入手方法だろう。
まさか1冊毎にリアルマネーで300円―――とは言わないだろうが。ある程度手軽に集められる方法であれば良いのだが。
「シグレは今までに『スペル』を使ってくる魔物と戦った経験はあるか?」
「……いえ、ありません。『オークの森』で狩りをしたことはあるのですが。結局オークメイジとは遭遇しませんでしたので」
「無理もない。あいつは森の少し奥側に行かないとなかなか会わないからな……。スペルを使ってくる魔物ならば種類を問わず、討伐した際に『封印された秘術書』をドロップする可能性がある。今後は少し積極的に狩ってみるのも良いかもな」
「なるほど。欲しいスペルは、同業者を倒して奪えということですか」
「ははっ、違いない」
くつくつと、噛み殺したような笑い声を漏らしながら、カーバンは愉快そうにその表情を緩めてみせる。
「ああ、そうそう―――他のギルドと同様に、このギルドでも〈秘術師〉に対してクエストを発行している。内容は『封印された秘術書』を納品せよというものだ。
このギルドまで規定数の『封印された秘術書』を持ってきてくれれば、代わりにお前さんの『スキルポイント』を1点増やしてやれる。最初の納品数は10冊、以降は5冊ずつ増えて15冊、20冊……といった具合だな。判りやすいだろう?」
「それは、入手方法は不問ですか?」
「―――ほう、察しの良い奴だな。ギルドとしては規定数の冊子を納めてくれれば入手方法なんざどうだって構わん。セオリー通り魔物を倒して集めても構わんし、あるいは他の掃討者と取引して買い集めてきてもいい。〈秘術師〉の天恵を持ってない奴からすればゴミアイテムだしな。
但し、納品可能なのはあくまで未開封の『封印された秘術書』だけだ。開封済の魔術書を持ってこられても、ギルドでは引き取れんから気をつけてな」
「判りました。当面は『スペルスロット』に空きがありますから、納品するよりも自分の為に使おうかと思いますが。そのうちスロットが埋まりましたら、こちらへ納品に来ようと思います」
「ああ、それで十分だ。―――さて、ここまでの説明が理解できたなら、とりあえずその4冊の『封印された秘術書』を今ここで開封してみるといい」
カーバンの言葉に頷いて応え、シグレは渡された4冊を順に『開封』していく。
開封の方法は、普通に冊子を開こうとするだけで良かった。〈秘術師〉の天恵を有するシグレが開けようとすれば、冊子は苦もなく開かれて中身を明らかにする。
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【万能言語】 ⊿Lv.1秘術師スペル
消費MP:100mp / 冷却時間:なし / 詠唱:なし
術者は4分間、あらゆる言語の会話と読み書きを行うことができる。
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【魔力の枷】 ⊿Lv.1秘術師スペル
消費MP:200mp / 冷却時間:120秒 / 詠唱:4秒
敵1体を魔力の枷で捕えて拘束し、10秒間その動きを封じ込める。
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【禁止】 ⊿Lv.1秘術師スペル
消費MP:70mp / 冷却時間:90秒 / 詠唱:なし
敵1体が詠唱中のスペルを中断させ、4分間の冷却時間を与える。
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【死霊術】 ⊿Lv.1秘術師スペル
消費MP:250mp / 冷却時間:360秒 / 詠唱:なし
60秒以内に付近で倒された魔物をアンデッドとして復活させ、
4分間自分の味方として戦わせる。
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(また、随分と色モノのスペルが多いような……)
シグレとしては攻撃でも治療でもなんでもいいので、普通に使い勝手の良さそうなスペルが増えてくれると嬉しかったのだけれど。状況を選ばず使えそうなのは、この中だと【魔力の枷】ぐらいだろうか。
全てのスペルの『推奨レベル』が『1』になっているのは、おそらく偶然ではないだろう。〈秘術師〉のスペルにレベルによる制約自体が存在しないのだとするなら、レベルを上げづらいシグレにとっては有難いことだった。




