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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《魔術師と猟犬》

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45/125

45. 付与生産 - 5

 


     [5]



 ―――重要なのは立ち回りだ。


 2体以上のオークを同時に相手取らないよう気をつければ、棍棒を喰らう危険は殆どない。無理に攻撃は狙わず、でも無理でない範囲では積極的に。防御面はステップで補い、上体は常に敵に向き合う形を維持する。

 エミルが左右の手に握る脇差は軽く、今まで使っていた短剣よりもリーチ面では優れているのに、武器重量を遠心力で振り回すような戦い方はできない。

 一方で全長が増したにも関わらず、今までと同じか、もしくはそれ以上に軽量な武器は非常に扱いやすい。以前と同程度の手数を維持しながら攻撃を行えるので、戦闘スタンスを変えなくとも問題無く戦えるのが有難かった。


「―――はああっ!」


 エミルは右手に力を籠め、オークが振り下ろした棍棒を脇差で真横に弾く。

 どんなに荒っぽい使い方をしても【損傷耐性】が付与された武器は刃毀れひとつすることはない。意図しない方向に武器を弾かれて大きな隙を晒すオークに飛び掛かり、その巨体の顔に何度も斬りつけて傷だらけにする。


 昨日までよりも20cm遠くまで届く切先が有難い。頑丈さだけが取り柄だった今までの短剣よりも攻撃力に優れ、切れ味でも勝る二本の脇差は、オークの厚い胸板にさえ容易に突き刺さってくれる。

 威力の高い大振りを狙わずとも確実にダメージを蓄積できるので、自身の安全を確立しながら戦えるのが有難かった。


 オーク三体の群れを倒すのにエミルが要した時間は、10分と少々。

 これは今までオークを単身(ソロ)で討伐する際に比べ、およそ半分程度しか掛かっていないことを意味する。


(武器が変わるだけで、ここまで楽になるものなのか……)


 思わずエミルがそう実感してしまうのも、無理からぬことだろう。




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 □夕船/品質[101]


   物理攻撃値:54

   装備に必要な[筋力]値:24

   〔加護+5〕

   【損傷耐性】【加護+16】


  | 玉鋼で打たれた脇差。切先にまで連なる綺麗な刃紋を持つ。

  | 斬れ味に優れる反面、耐久性が低く血糊でも鈍りやすい。

  | 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって作成された。

  | 王都アーカナムの〈付与術師〉シグレによって付与を施された。


-

 □夕船/品質[100]


   物理攻撃値:50

   装備に必要な[筋力]値:24

   〔加護+5〕

   【損傷耐性】【加護+17】


  | 玉鋼で打たれた脇差。切先にまで連なる綺麗な刃紋を持つ。

  | 斬れ味に優れる反面、耐久性が低く血糊でも鈍りやすい。

  | 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって作成された。

  | 王都アーカナムの〈付与術師〉シグレによって付与を施された。


-

 □灰の外套/品質[69]


   物理防御値:4 / 魔法防御値:1

   装備に必要な[筋力]値:4

   【損傷耐性】【加護+6】


  | 灰色の外套。撥水性が高く、雨具として用いる。

  | 王都アーカナムの〈縫製職人〉ランツによって作成された。

  | 王都アーカナムの〈付与術師〉シグレによって付与を施された。


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 工房に籠りたいので黒鉄を預かって欲しい―――そうシグレから依頼され、昨日は彼の使い魔である黒鉄と共に露店市で様々な商品を眺めたり、食べ歩きを敢行したわけだけれど。

 エミルが遊び回っている間にシグレが工房で作っていた品とは、どうやら他でもないエミルに持たせるための武具であったらしい。


 パーティを組んだままだった為に、問答無用でエミルの〈インベントリ〉へ押し込まれた、二本の脇差と一着の外套。

 慌てて作ったせいで、外套は酷い出来になってしまいましたが―――とシグレは昨晩アイテムを押しつけた際、エミルに告げたのだけれど。今まで何の変哲もない装備品しか扱ってきたことのないエミルからしてみれば、二つもの付与が施されたそれは、十分に高い価値を持ったアイテムにしか見えなかった。


 二本の脇差と外套には、いずれも【損傷耐性】が施されている。

 これが付与された武器は、文字通り「損傷」することがない。切れ味が落ちることは無いし、刃毀れすることもない。手入れの必要自体が無くなり―――そもそも刃面に砥石を掛けようにも、砥石の側が一方的に削られてしまうので手入れのしようが無かった。

 また【損傷耐性】が付与されている防具は汚染されることがないらしく、エミルがいま身に付けている外套のほうは、至近距離でオークの返り血を浴びようとも、血の痕の染みひとつ残さず全てを撥ね除けてしまう。

 [加護]が増加するだけでも有難いというのに。この外套を着ているだけでソロの時でも血糊を浴びる不快感の大半を避けられるというのが、非常に有難かった。


『―――エミル。そちらの調子はどうだ』


 不意に、頭の中に伝えられてくるメッセージがあった。


『とても良い感じです。武器が変わるだけでここまで劇的な変化があるとは思いませんでした……。黒鉄のほうは、どうですか?』

『うむ、我もほぼ同様の感想を持った。……こんなことを言うと気を悪くするかもしれないが、痛快なこの切れ味をいちど味わってしまうと、エミルから昨日貰った短剣は最早〝なまくら〟以外の何物でも無いな』

『あはは……。うん、僕もその通りだと思う……』


 昨日黒鉄に手渡したのは投擲用の安物なので、そう思うのも無理はない。

 それどころか―――黒鉄と違い、それなりの値段がする良品の短剣を使っていたエミルでさえ。一度この脇差の切れ味を体感してしまえば、もう昨日まで使っていた短剣には戻れないな―――と、そう痛感せざるを得ない。


(多分この脇差、結構お値段が張ると思うんだよね……)


 フレンドの店でかなり安くして貰った物だから、とシグレは言っていたけれど。極めて高いその性能を実際に体感してみれば、この脇差が十分に高価なものであることは容易に推察できることだった。

 ましてや貰った脇差は二本なのだから……多少の値引きがあった所で、かなりの金額をシグレが払ったことは間違い無いだろう。


『ただ、これも決して悪くは無いのだが。我としては、もっと得物が長くとも良いかもしれんな。いっそ普通の刀というのも……そういえば《背後攻撃(バックスタブ)》というのは、短剣でなくとも使えるのかね?』

『―――あ、うん。使えたと思う。《短剣修練》は無意味になっちゃうけど』

『ふむ、なるほど……。普通の刀の修練スキルも取れるようであれば、主人に頼んでそちらを伸ばして貰うのも良いかもしれんな。ありがとう、参考になった。

 さて、我はもう十分に試し切りができた。街に戻りたいので合流せぬか?』

『ん、わかった。黒鉄が居る側に向けて移動するね』

『頼む。ではまた、後ほど』


 今回、シグレから貰った武器の試し切りを目的に、エミルは黒鉄と共に街を出て森にまで足を伸ばしているわけだけれど。街の東門は『魔犬』である黒鉄だけだと衛士の方に止められてしまうので、門を通行するにはエミルが同行している必要がある。

 ちなみにシグレは今日も黒鉄をエミルに預けて、幾つかのギルドで『術書庫』を漁る予定らしい。工房にしても書庫にしても、使い魔である黒鉄にとっては退屈な場所だろうから、同行させるのはシグレも気が引けたのだろう。


(……なんで、シグレはこんなにも僕に良くしてくれるんだろう)


 パーティを組んでいれば、互いの位置は感覚で理解出来る。黒鉄が居るであろう方向へゆっくりと歩く傍ら、エミルはそれが不思議に思えてならなかった。

 脇差二本。外套。そして以前貰った銀盤(タリスマン)。―――いずれひとつ取っても安いものではなく、少し狩りを共にした程度の相手に手渡すような品ではない。

 にも関わらず、シグレはそれを惜しみなく人に与えてしまう。


 ―――気がつけば、エミルの手元にある[加護]装備はこれで4つ目。


 [加護]の能力値(パラメータ)に乏しく、何かにつけて不運な目に逢いやすい妖精種(キュイニー)にとって、装備者の[加護]を底上げする品は『幸運の御守り』とされ、特別な意味を持つ。

 とりわけ幸せな妖精種の女性は、人生の中で三度『幸運の御守り』を手にする機会に恵まれると言われている。―――ひとつは男性から愛を告げられた時に。二つ目は結婚指輪として。三つ目は結婚後十年目に、変わらぬ愛の証として。


(じゃあ同じ男性から、既に四つ目を受け取っている僕は何なんだろう……)


 ふとそう考え、思わずエミルは苦笑する。

 絶対に無いことだけれど。有り得ないことだろうし、期待してはいけないことなのだろうけれど―――。それでも、もしも仮に、シグレが自分を求めてくれるようなことが、この未来(さき)あろうものなら。

 きっと―――僕はそれを断れないだろうな、とエミルは思う。


 妖精種にとって[加護]装備は特別な意味を持つ。それは贈る側にとってもそうだし、受け取る側にとってもそうだ。相手に対してその気(・・・)が全く無い場合には、例え贈られる機会があったとしても気軽に受け取って良いものではない。

 なのに、エミルは―――既に四つも受け取ってしまっている。これで相手を拒否するようなことをすれば、アイテムを散々貢がせる『悪女』のレッテルを同族から貼られても仕方無いほどの振る舞いだった。


 迂闊にエミルが漏らした言質を持ち出され、拒否権も無いままにシグレから渡されてたアイテムが大半とはいえ……妖精種が[加護]の品を幾つも受け取った以上、そこに釈明の余地はない。

 ……とはいえ、『天擁(プレイア)』であるシグレに下心はない。そんなことはエミルだって百も承知しているし、だからこそ残念に思ったりするのだ。


(それでも―――恩返しだけは、きっちりやらないとだね)


 『生産職』の天恵を持たないエミルには、〈盗賊〉の才を活かして戦うことだけしかできない。

 ―――ならば、それで少しでもシグレへの恩を返そう。

 もう一匹の『猟犬』としてで構わない。誰よりも自分のことを上手く使ってくれるシグレと共に戦い、僅かにでも彼の力になりたい―――と。

 そう、エミルは胸の(うち)で静かな決意を抱いていた。




                - 2章《魔術師と猟犬》了

 

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