04. 夢の階 - 4
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視界に表示された『戦闘職』のウィンドウを眺めながら、時雨は暫しの間、静かに思い悩む。
職業の種類が多く、なかなか簡単には決められないのだ。ウィンドウ内でリスト化された『戦闘職』の総数は、実に58種類にも及ぶ。その中から選ぶように言われても、そう簡単には決められよう筈もない。
何しろMMO-RPGに於いてゲームの開始時に選択した職業というものは、そのキャラクターの今後ずっとを左右する重大なものであるからだ。多くのタイトルではレベルの成長に伴い『二次職』、あるいは『三次職』といったより上位の職業へとクラスチェンジする道が用意されてはいるものの、それだって最初に選んだ職業があってこそのものだ。
―――リストに示される『戦闘職』は5つのカテゴリに分類されている。
近接攻撃を得意とし、その多くがパーティの先頭に立って戦う高い防御能力も兼ね備えている『前衛職』。防御面には不安があるものの、弓などを用いて敵に遠距離から一方的な攻撃を仕掛けることができる『後衛職』。あるいはその両面に対応する力を有し、メリットもデメリットも両者の中間的に位置している『中衛職』。
その3つのカテゴリに加え、肉体能力値は乏しいものの、驚異的な〈スペル〉の力を―――多くのゲームで〝魔法〟と呼ばれる力を操ることができる『術師職』というカテゴリがひとつ。そして残る最後のひとつは、戦闘行為自体が不得意ながらも、戦闘以外の面に於いて他の職業とは全く別種の能力を有する『特殊職』というカテゴリだ。
全部で5つのカテゴリは、そのそれぞれが強い独自性を持つものであるが故に、どれも魅力的な職業区分であるように思える。もちろん同じカテゴリの中であっても、更に個々の職業ごとに明確な差異も設けられているようだ。
例えば〈騎士〉と〈剣士〉の2つはどちらも『前衛職』カテゴリでありながら、職業が担える役割は全く異なっている。
〈騎士〉は味方を守護してパーティを堅牢にする〝守備役〟の役目に向いているのに対し、〈剣士〉は手数に優れ高火力を叩き出す〝攻撃役〟向けの職業に該当するらしい。
その上、更に時雨を悩ませる要素もあった。それはこのゲーム―――〈リバーステイル・オンライン〉では、1人のキャラクターに複数の『戦闘職』を所持させる〝マルチクラス〟が可能になっているということだ。
例えば『前衛職』から〈騎士〉、『後衛職』から〈聖職者〉を選択すれば、高い防御能力を持つ上に回復系のスペルまで使うことができるという、極めて堅牢なキャラクターを作成することができる。
ソロ狩りを主体にするのであれば非常に向いた構成であるのは間違い無いし、もちろんパーティに参加しても確実に重用される役割を果たすことができるだろう。
もちろん他にも、例えば『前衛職』と『後衛職』のカテゴリから1つずつ職業を選択すれば、遠近距離両方に対応可能な柔軟なキャラクターを作ることもできるだろう。あるいは『前衛職』のカテゴリから〈騎士〉と〈剣士〉を両方選択して、攻防の両面に優れた前衛戦士を目指してみるというのも面白い。
とはいえ職業を複数持たせるというのは、当然メリットばかりの話では無い。
キャラクターに複数の『戦闘職』を持たせる場合には、追加で選んだ職業1つごとにゲーム中に獲得できる経験値が本来の『60%』に目減りさせられてしまうという明確なペナルティがあるのだ。
つまりキャラクターに『戦闘職』を2つ持たせる場合、本来なら『100点』の経験値を得られる魔物を討伐しても、その敵からは『60点』しか経験値を得ることが出来なくなってしまう。
更に『戦闘職』を追加して、3つ以上の職業を持たせたキャラクターを作成する場合には、このペナルティは乗算で上乗せされていく。例えば『戦闘職』を3つ選べば獲得経験値は『36%』に、4つ選べば『21.6%』にまで削られてしまうことになるのだそうだ。
「現実的なラインとしましては、多くても2~3クラスまでぐらいに留めておく方が無難と思われます」
そう告げる深見の言葉はもっともだ。
職業を1つ追加する度に『獲得経験値が60%に減る』というのは、ひっくり返せば『必要経験値が3分の5倍になる』ということに等しい。即ち『戦闘職』を2つ選べば必要経験値は『1.66倍』、3つ選べば『2.77倍』になるのだと考えることができる。この段階でも成長はかなり遅くなるだろうが、キャラクターに複数職の強みを与えられることを考えれば悪くない範囲だろう。
けれど職業を4つ設定すれば実質的な必要経験値は『4.62倍』に、5つ設定した場合は『7.71倍』にも達してしまう。さすがにここまで重いペナルティを課せられるとなると、マルチクラスの利点以上に経験値面の厳しさの方が重くのし掛かってくることは明白であった。
RPGに於いてキャラクターの成長というのは、プレイヤーが最も楽しむべき重要な要素のひとつでもある。幾つもの『戦闘職』を持たせることは戦い方の幅を拡げてくれるかもしれないが、その為に本来キャラクターを成長させることで得られたであろう楽しみを失っては元も子もない。
(こういうのは何事も、バランスが重要だったりするしな……)
ゲーム内での活動を続けていれば、そのうちフレンドなどが出来る機会にも恵まれるかもしれないが。やはり当面はソロでの活動が中心となることだろう。
だとするならば、やはり重視すべきは継戦能力である。遠近両方に対応できるようにして魔物からの被ダメージを極力抑えるようにするか、もしくは回復スペルが使える前衛戦士といったタイプのキャラクターを作成するのが、やはりソロ向けキャラクターのセオリーだろうか。
個人でも隙のないキャラクターを組むためにマルチクラスを活用したいが、かといってあまり成長が遅くなるようでは、途中でプレイの意欲を欠くといった事態も有り得るかもしれない。
何事も、こういった時に重要となるのはバランスだ。求めすぎてはいけないし、かといって不足しすぎていてもいけない。
―――そんな具合に、時雨の頭の中で無難な方向に思考が纏まろうとしていた、まさにその瞬間のことだった。
全ての『戦闘職』を網羅するウィンドウ。58もの職業が並べられているリストの中で『術師職』にカテゴライズされているものだけが、全部で9種類しか存在していない事実に時雨は気付いてしまったのだ。
『前衛職』には13職が、他の3つのカテゴリにはそれぞれ12職が分類されているため、明らかに『術師職』だけが一回り少ない職業数で構成されている。
「このゲームって、幾つまでなら『戦闘職』を選択することができるのでしょう?」
「……えっ?」
時雨の問いに、深見が驚きの声を上げる。
無理もない。何しろそれは、先程深見が「多くても2~3クラスまでに」と警告した言葉の意図を、全く理解していないかのような発現であるのだから。
「い、一応、『戦闘職』と『生産職』は、どちらも最大で〝10〟種類まででしたら選択可能となっておりますが……」
「なるほど。では、例えば『術師職』のカテゴリにある、9種類の職業全てを選択することも可能ですか?」
「…………か、可能ではある、と思います」
やや歯切れの悪い深見の返答。
無茶を言っている自覚はあるので、提案した側である時雨も微かな苦笑いを浮かべた。
「可能であっても、お勧めはできかねますよ? 職業を選択すればするほど、レベルアップに要する労力は指数関数的に増大していくことになります。九つも職業を選ぶとなりますと、その獲得経験値は―――」
「0.6の8乗ですので、およそ『1.7%』ですよね?」
「………………合ってはいますけどー」
ひきつったような笑顔を浮かべる深見の頬に、一筋の汗が浮かぶ。
判っていてどうしてそんなことを? ―――と、言葉には出さずとも深見のその表情が雄弁に語っていた。
「……本気、なのですね? 今までに開始されたプレイヤーの方で、最も多かった方でも『戦闘職』に選択なさった数は5つでした。
開発側としましては、こういう極端な例から良いデータが取れる場合がありますので、ある意味では有難くもあるのですが……。獲得経験値が『1.7%』になるということは、レベルアップにおよそ『59倍』の努力が必要になるんですよ?」
「あ、いえ。どうせなら『術師職』以外からも1つ取って、上限の10職業にしてしまおうと思っています。ここまで来たら9職だけというのも、なんだか中途半端な気がしますからね」
上限の10職業を選択すると、獲得経験値はほぼ『1%』になる。
レベルアップに必要な労力も単一職業時のほぼ『100倍』となり、却ってこのほうが判りやすい。
「私共はプレイヤーの皆様がゲーム内で追求されるプレイスタイルを否定致しません。時雨くんがそれでやってみたいと思われるのでしたら、良いと思います。
―――但し、予めひとつだけ。〈リバーステイル・オンライン〉では、レベルが初期値の『1』にリセットされても宜しいのでしたら、キャラクターの作成をやり直すことも可能となっております。もしもプレイしていて無理だと感じられるようでしたら、その際は『システムヘルプ』でスタッフまでご連絡頂けますか?」
「判りました。その時はお世話になろうと思います」
自分なりの楽しみ方を模索すること自体は悪くない行為かもしれないが、それに拘るあまり、開発の方がゲームに盛り込んでいる本来の楽しさを味わえなくなってしまっては意味が無い。
深見の言う通り、もし無理だと感じたなら。すっぱり諦めて1からやり直すのも大事なことだろう。
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「そのお答えを聞いて安心致しました。それでは『術師職』の9職総てを選択するとして……あと1つ選べる職業には何を設定致しましょう?」
「それが特に思いつかないのですよね……。何か深見さんのほうで、お勧めの職業とかはありますか?」
「お勧めですか? そうですね……」
暫し深見は目を閉じて考え込む。
「総ての『術師職』のスペルが使用可能になりますから、遠距離攻撃の手段には事欠かないと思います。また、キャラクターのステータス傾向は選択した職業に影響されて増減しますので……おそらく『術師職』を9種類も選択した時雨くんの能力値は、極めて魔法面に偏ったものとなるでしょう。
『中衛職』や『後衛職』を選択して遠距離から射撃を行う手段―――例えば弓を扱う技術などを会得したとしても、結局は武器よりも素直にスペルで攻撃した方が威力が高くなると思われますので、意味は薄いかもしれません」
「なるほど……。ステータスが魔法寄りになる以上は、やはり『前衛職』も難しくなりますか?」
「仮に『前衛職』の〈剣士〉などを選んだとしても、[筋力]や[強靱]などの能力値が低すぎるため、剣を持って魔物と接近戦を行うのは少々無謀であると思います。
ただ、残り1つの職業を『前衛職』から選ぶことで、防御面の能力値を少しでも補っておく、という考え自体は悪くないとも思いますが」
確かに防御面の不安は、取り除けるなら取り除いておきたい。
ゲーム開始直後はフレンドもおらずソロ狩りがメインになるだろうから、魔物から攻撃を受けてしまう機会も自然と多くなるだろう。
魔術師系の職業が〝紙装甲〟なのは大抵のゲームでのお約束とはいえ、多少でも補えるものなら補っておきたい所ではある。
「とはいえ『特殊職』のほうも有用ですので悩ましい所ではありますね……。
『特殊職』にカテゴライズされている職業は、直接戦闘で役立つスキルはあまり覚えないのですが、代わりに戦闘外でとても有用なスキルを修得できます。
元々マルチクラスを前提に、2番目以降のサブ職業としてに選択するのに適したカテゴリですので―――。そうですね、時雨くんの場合ですと〈斥候〉などがお勧めになるでしょうか」
斥候というと、いわゆる偵察兵などを指す言葉のことだろうか。
「どのような職業なのでしょう?」
「野外活動に特化された職業で、索敵や調査系のスキルが豊富に備わっています。特に狩場を問わず常時発動できる〈魔物感知〉のスキルが便利で、これはスキルのランクに応じた範囲内に居る敵の存在を、常に把握することができます」
「ああ……それは確かに、狩りでとても役に立ちそうですね」
VRゲームではプレイヤーはキャラクターの正面側にしか視界を持たず、俯瞰して状況を把握することができないため、どうしても自分の側面や背後の方向には警戒が薄れてしまう。そのため常に周囲を見回していないと、無警戒な背後から敵に攻撃されてしまう、といった状況はしょっちゅう起こり得るのだ。
けれども〈魔物感知〉のスキルがあれば、それを防止することができる。これは複数人で周囲を警戒できるパーティを組んでいる時よりも、むしろ一人で気を張らなければならないソロでこそ役立つだろう。
「他にも意識することで遠くへ視界を飛ばすことができる〈千里眼〉のスキルや、視認した敵のレベルやステータスを把握できる〈魔物解析〉のスキルもあります。
また、このゲームでは『オートマッピング』の機能を誰でも利用することができるのですが、〈地図製作〉のスキルを持つ斥候であれば他人よりもずっと精緻な地図を作ることができ、さらには自分の持つ地図情報を他人に提供したり共有したりすることもできます。
他には〈盗賊〉と同じくダンジョン探索なども得意で、罠を解除したり宝箱や扉の鍵を開けたりといった技術を―――」
「斥候にします」
思わず時雨はそう即答してしまっていた。
深見が説明してくれたどのスキルも、それぞれ便利そうだが―――それ以上に、ダンジョンなどで発見した宝箱を開けることができるというのは、やはりRPGの醍醐味のひとつだと思うからだ。
「では、最後の職業は〈斥候〉で決まりですね。
色々と便利なことばかり申し上げましたが、〈斥候〉は探索面での多芸な才能を与えてくれる代わりに、戦闘では基本的に全く役に立たない職業です。また、その多芸なスキルについても、スキルポイントなどを費やしてスキルランクをしっかり伸ばすようにしなければ、罠を解除したり宝箱を解錠するのに失敗してしまうことが少なくないと思います。
スキルポイントを獲得する手段は幾つかありますが、最も手軽なのは『レベルを上げること』です。そして時雨くんの場合にはそのレベルアップに難がありますから、スキルランクを成長させるのは他の人よりも難しいと思います。……それでも構いませんか?」
「はい。成功率が低くても、全くできないよりは絶対にいいですから」
例え成功の目が小さくとも、自分で挑戦出来ることに意味があるのだ。
目の前に宝箱があるのに、リスクを避けてそれを開けずに立ち去るようなことはしたくはない。
挑戦した結果で失敗するのなら―――例えば罠などを暴発させて痛い目を見たりすることになっても、その失敗も含めて楽しむのもまたプレイスタイルのひとつだろう。
一度ぐらいは彼の著名なゲームのように、宝箱の罠で『石の中』に飛ばされて死んでみるのも悪くない。
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「それでは、これで時雨くんの『戦闘職』は10職全て選び終わったわけですが……二点確認させて下さい。『術師職』の中には〈付与術師〉と〈銀術師〉というものがありますよね?」
「はい、ありますね」
全58職が記されたウィンドウを眺めながら、時雨もその二つの職業を確認する。
「このうち前者の〈付与術師〉は『戦闘職』であり『生産職』でもあります。この職業を選択すると、自動的にこの後に決める『生産職』でも〈付与術師〉を選択することになりますが、構いませんか?」
「それは全く構いません」
既に深見から『生産職』のほうでもマルチクラスが可能であることは説明を受けている。『戦闘職』で上限の10職を選んだ以上、時雨は既に『生産職』のほうでも上限の10職まで選択するつもりでいた。
そのうちの1つが自動的に決定されるからといって、別に困ることもない。
「判りました、それでは二点目ですが―――。
〈銀術師〉は種族制限のある『戦闘職』でして、この職業を選択する為にはそのキャラクターの種族が『銀血種』である必要があります。種族が自動的に決定されてしまいますが、それでもよろしいでしょうか?」
「構いませんが……。その『銀血種』とは、一体どのような種族なのですか?」
生憎と『銀血種』という種族名に、時雨は心当たりが無い。
ファンタジー世界を舞台にしたRPGでは、エルフやドワーフといったおなじみの種族が登場するケースが多いこともあり、名前を聞けばどういった種族なのか、想像が付くことも多いのだが。この『銀血種』という種族は、おそらくこのゲーム独自で設定されたものだろう。
「銀術師は古代に栄えたとある魔術師の王国が、秘術により身中にある血液の総てを『涙銀』と呼ばれる魔力を高密度で循環させる液体状の銀に置き換えた一族のことです。元々の種族は『人間種』に当たるのですが、人間種に比べて魔法能力が大きく向上している反面、身体能力は著しく衰えてしまっている為に別種族として扱われています。
外見的な特徴としましては肌の色味が少し薄くなり、髪も銀髪または白髪っぽくなる傾向がありますね」
「なるほど……。その種族で結構です」
総ての『魔術職』を揃えたキャラクターになるのだから、魔法能力が高い種族であればメリットも生かしやすいだろう。身体能力面はより顕著に酷い状態になってしまうだろうが、こちらはもう割り切るしかない。
「では時雨くんの『戦闘職』はこれで決定ですね。経験値の獲得倍率はおよそ『1.0077%』ですが、小数点第三位以下を切捨てることになっていますので、こちらはちょうど『1.00%』となります。
え、ええっと、それで……次は『生産職』を決める、のですが……」
「……?」
説明する深見の口調が、妙に歯切れが悪いものになって時雨は首を傾げる。
気持ちの整理をつけるかのように、コホンと彼女は小さな咳払いをひとつしてみせてから。
「生産職って、実は全部でちょうど『10職』しか無かったりするんですが……」
「全部取ります」
「ですよねー……」
『戦闘職』に合わせて『生産職』も上限まで取るつもりだったので、全部纏めて取れるというのなら迷うこともない。
「……わかっていると思いますが、途中で無理だと思われた場合は」
「ええ。その時は『システムヘルプ』でご連絡致しますので」
「くれぐれもお願いしますね。では『戦闘職』と『生産職』、『種族』が決定しましたので、後は最後に時雨くんのキャラクターの『名前』だけ決めて頂きます。
プレイヤー名に使用できる文字はカタカナだけです。あと……一応開発側としましては、ゲームにより感情移入して頂くためにも、プレイヤーの本人の『名前』でプレイして頂くことを、推奨させて頂いているのですが」
「本名で、ですか? そういうのは珍しいですね……」
本名でプレイすることを推奨するゲームというのは、聞いたことがない。
そういった個人情報に関してはむしろ、なるべくプレイヤーがゲーム内で公開してしまわないように、運営側は警告を促す側だと思うのだが。
「別の名前でダメというわけではありませんので、もちろん普通に決めて頂いても構いませんよ?」
「いえ、判りました。では『シグレ』でお願いします」
本名とはいえ『名前』だけであり、それもカタカナなのであれば。それほど個人情報がどうこう、と神経質になる必要も無いだろう。
「承知しました。では時雨くんのキャラクターを『シグレ』で登録させて頂きます。
―――ようこそ〈リバーステイル・オンライン〉へ! もうひとつの新世界が、シグレくんにとって良き夢の通い路となりますことを」
最初は夜闇ばかりで満たされており、いつしか明るみを帯びていた世界が。そう告げる深見の声と共に、直視できないほどに眩い、更なる光に満たされていく。
これが、時雨が〈イヴェリナ〉へと足を踏み入れる、初めての瞬間だった。