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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《魔術師と猟犬》

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36. 〈盗賊〉エミル - 5

 


     [6]



「睡眠、凄いです……! こんなに楽に戦えたの久しぶりでしたよ!」

「とりあえず【浄化】を掛けさせてください」

「あ、はい」


 嬉々として喜ぶエミルの身体は、髪といい服といいオークの鮮血を浴びたことで随分と汚れてしまっている。素地が可愛らしい子であるだけに、魔物の血で汚れてしまっているのはシグレとしても見るに堪えかねた。

 エミルが《背後攻撃(バックスタブ)》で一体の首を刎ねたあとは、彼女と黒鉄の二人が挟撃する形でもう一体を処理。あとは再びエミルが眠っているオーク二体の首も掻き斬ってしまった。どうやら《背後攻撃》は眠っている魔物など、無防備な相手にも有効なスキルであるらしい。


「―――【浄化(リューチシャ)】」


 三体の魔物の(くび)から浴びた鮮血を、エミルの身体からスペルで取り除く。

 赤茶色に染まっていた髪が普段通りの綺麗な緑に戻ると、ようやくシグレも一息つくことができた。ちょっとしたホラー感さえある、あの格好のままでは見ている側としても落ち着けない。


「狩場で【浄化】を受けられるなんて……本当に助かります」

「……まさか普段は、街に帰るまで血塗(ちまみ)れの姿で?」

「〈インベントリ〉にフード付きのマントを一着入れてありますので、普段はそれを被って帰ります。王都の大聖堂か『トワド』の教会に立ち寄れば、フードを被ったままでも下の服装ごと【浄化】を受けられますから」

「なるほど……」


 斬り口が鮮やかな首刎ねを決めるものだから、エミルが浴びる返り血は並みの量ではない。ウリッゴに槍を突き立てて返り血を浴びた先日のキッカなどがまだ可愛く見える程度であり、エミルの場合には殆どスプラッタのそれに近かった。


(……なるべく今後も、彼女の狩りには同行するようにしよう)


 シグレは心の内で、静かにそんなことを思う。

 仕方の無いこととは言え、近しい年齢の女性が血に塗れている光景というのは、あまり見ていて気持ちの良いものではない。シグレが同行していれば、戦闘が終わるたびに【浄化】は幾らでも掛けられるのだから。


『六体の群れのほうも、続けてやりますか?』

『やってみましょうか』


 パーティ会話に切り替えて提案したエミルの言葉を受けて、シグレも頷く。この分であれば敵の数が二体増えた所で、それほど問題にはならないだろう。

 《隠密》を再発動させて次の群れに接近する。《千里眼》で手早く確認するが、今回も魔物はオークウォリアーが六体だけで他の魔物は混じっていない。

 エミルが慣れた足つきで魔物の群れの逆側に回り込むのを待ちながら―――不意にシグレは、先程行使した【眠りの霧】のスペルがまだ冷却時間(クールタイム)を満了していないことに気付く。




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 【眠りの霧】 ⊿Lv.1伝承術師スペル

   消費MP:120mp / 冷却時間:300秒 / 詠唱:8秒

   [杖] 誘眠効果のある霧を作り出し、範囲内の敵全てを[睡眠]状態にする。


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 【眠りの霧】は強力な範囲スペルだが、冷却時間が5分と長いのが難点だった。とはいえ大抵は戦闘がひとつ終われば5分ぐらいは経っているものなので、今まで気になることは無かったのだけれど……。

 再使用可能になるまでにはあと40秒ほど待たなければならないようだ。まだ使えないのであれば仕方が無い。いま切れる手札だけで、今度は六体を相手にするだけの話である。


「―――【銀の槍(シャイブ・ルニカ)】」


 木の背後に隠れながら、ひっそりとシグレはスペルを行使する。

 作り出した銀の槍を空へと打ち上げる。魔法によって操られている銀の槍は音もなく空中を舞うため、これに魔物が気付いた様子は無い。


 一定の高度まで浮遊させた銀の槍を、ウリッゴの時と同様に穂先を真下に向けて落下させる。狙いはもちろんオークウォリアーのうちの一体。術者の意の儘に動かせる槍は、無防備な魔物に対して狙いを違えることはない。

 急加速しながら落下した槍は、そのままオークウォリアー一体の頭へ真っ直ぐに突き刺さる。頭部という判りやすい急所に当たった割に、一撃で倒すことは叶わなかったようだが。それだけでオークウォリアー1体のHPを9割近く削ることに成功した。


「魔力を支配する〝銀〟よ、彼の魔物を捕えよ―――【捕縛(マルバーハ)】!」


 何が起こったのか判らず混乱するオークウォリアーの群れに、木陰から飛び出してシグレはスペルを詠唱する。【捕縛】は詠唱付きのスペルではあるが、その詠唱時間は4秒と短く、この状況ならば使うことは容易い。

 中空に現れた銀のロープが、意志を持つ縄のように蠢きながら無傷のオーク1体を絡め取っていく。状態異常系のスペルで最も成功率の高い【捕縛】は、オークウォリアーにも十分に有効なようだ。

 とはいえ【捕縛】は成功率が高い代わりに、拘束はたったの10秒しか持たない。―――しかし10秒もの時間があれば十分な味方が居てくれるのだから、今回に限っていえばそれは何の問題にもならなかった。


『拘束は10秒しか持ちませんので、よろしくお願いします』

『了解です!』


 シグレに注意が向いているオークのうち、一体の頸を背後から掻き斬りながらエミルが応える。彼女の刃は無防備な相手の命なら一瞬で刈り取ってしまうのだ。


「【金縛り(シェムバル)】!」


 続けざまにシグレは敵を『麻痺』状態にするスペルを放つが、こちらは抵抗されたのかオークウォリアーには何の効果も与えられなかった。

 その間に黒鉄は魔物に駆け寄って接敵し、脳天に銀の槍が刺さった儘のオークウォリアーの喉笛を食いちぎり、絶命へと追い込む。同時にエミルもまた【捕縛】の影響下に置かれている魔物へ短刀を振るい、光の粒子へと変えていた。


 ―――これで残るは半分の三体。

 そのうち一体のオークは巨体が災いしてか、自分の足下で動き回る黒鉄に向けて幾度となく棍棒を大振りさせているものの、機敏な魔犬をなかなか捉えきれずにいるようだ。


「ぐうっ……!」


 残る二体は、瞬く間にオーク二体の命を刈り取ったエミルを最大の脅威と判断したのか、二体掛かりで彼女に対して攻撃を仕掛けている。

 さすがに二体を同時となると厳しいのだろう。痛烈な棍棒の一撃がエミルの右肩に命中し、苦悶の声を上げながら彼女の身体は数メートル近く吹っ飛ばされた。


「―――【軽傷治療(ファナ・ハロウズ)】! 【小治癒(ファナ・ミニス)】!」


 詠唱の不要な治療スペルを連続行使して、減少したエミルのHPを即座に全快させる。さらにシグレは【生命付与】も追加で行使してエミルと黒鉄のHPを補う。


 【生命付与】は〈付与術師〉のスペルで、任意人数の味方に4分間だけ持続する『追加HP』を付与することができる。本来のHPとは別に敵から受けるダメージを余分に受け止めることができるようになるため、掛けておくことで多少の保険にはなる。―――今にして思えば、まず戦闘を始めた時点で掛けておくべきだった。

 付与される『追加HP』の量は対象者の最大HPの『10%』に固定されるため、黒鉄にはいまいち恩恵が少ないものの、最大HPの多いエミルには有効に働く。

 ……言うまでも無く、シグレ自身に掛けても殆ど意味が無いのが悲しい。


 短剣の二刀流でオーク二体を相手にエミルは懸命に応戦しているものの、相手の筋肉が硬いからなのか、刃はオークの身体に浅くしか傷を付けられない。

 ―――ここまで何度か、オークの首を見事に刎ね飛ばした鮮やかな短剣の切れ味は一体どこへ消えたのだろう。《背後攻撃(バックスタブ)》の時にだけ有効な、防御無視効果などでも有るのだろうか。


 シグレが『装備している武器の攻撃力を増加』させる【鋭い刃】のスペルをエミルと黒鉄に向けて行使すると、エミルの武器は一瞬光を纏ったのに対し、黒鉄に対しては何のエフェクトも発生しなかった。

 どうやら武器を装備せず、己の牙だけで戦っている黒鉄には何の効果も齎さないスペルであるらしい。

 しかし黒鉄とは対照的に、シグレが掛けたスペルの影響を受けたエミルのほうには、すぐに大きな変化が生じた。短剣の攻撃力が引き上げられたことにより、エミルの攻撃がオークの肉体に対して、明らかに深く刺さるようになったからだ。

 【鋭い刃】は術者の[知恵]に応じた追加の攻撃力を武器に与える。固定値を攻撃力に加算することになるため、元々の武器攻撃力が低く、手数に優れる短剣装備の味方には特に有効なスペルなのかもしれない。


『ありがとうございます!』


 エミルから感謝の声がパーティ会話で届くが、まだシグレにできることはある。

 【生命吸収】のスペルをエミルの短剣に行使し、彼女に短剣で与えたダメージの一部を自分のHPとして吸収できる効果を付与する。さらに【堅牢】のスペルも続けて行使し、エミルと黒鉄の二人に『被ダメージ軽減』の効果も配る。

 【生命付与】【鋭い刃】【生命吸収】【堅牢】の4つはいずれも〈付与術師〉のスペルである。敵に状態異常を与えるスペルのように、決まれば一発で敵の脅威を削ぐような大きなリターンは見込めないが、掛けておくだけで堅実に味方を強化できるスペルというのは使い勝手が良い。


 事実、スペルによる支援を受けたエミルはオーク二体を相手に、いつしか優勢に立ち回るようになっていた。

 【鋭い刃】の補助を受けた短剣が魔物の身体に刺さる度に、オークは僅かにではあるが痛みに怯む様子を見せる。その怯んだ隙を見逃さず、エミルは更なる攻撃をオークに加えていく。


「―――【低速化(ルフト・アニアス)】!」


 持ち前の機動力でオークを翻弄している黒鉄を支援すべく、黒鉄が戦闘しているオークに向けて、シグレは【低速化】のスペルを行使する。

 オークの動きが少しでも鈍れば、さらに黒鉄が有利に戦うことができるだろうと考えての行動だったが。スペルが成功したのか、オークの身体に紫色のエフェクトが一瞬纏わり付き―――すぐに魔物の動きが、露骨なぐらいに遅くなった。




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 〔オークウォリアー〕


   亜人 - Lv.8 〔120exp〕

   最大HP:455 / 最大MP:0


   [筋力]  63  [強靱]  68  [敏捷]  37-55

   [知恵]  35  [魅力]  33  [加護]  46


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 《魔物解析》でスペルの効果を確認すると、[敏捷]に大きなペナルティが付加されたことで、オークの[敏捷]がマイナス側に振り切れている。

 行動速度が著しく遅くなった結果、オークは棍棒を一回振るうのにも今までの倍近い時間が掛かるようになっている。こうなればもう黒鉄の敵では無く、オークの喉笛に黒鉄は見事な噛み付きを浴びせ、数十秒と掛からずに相手を屠ってみせた。


 二体を同時に相手取りながらも優位に振る舞っていたエミルに、更に黒鉄が加勢したことで戦況の天秤は一気に傾いた。

 次は【衝撃波】のスペルを行使しようと準備していたが、圧倒的な優勢に転じた状況を見てシグレはその行動を取りやめる。あとはもう時間の問題だろう。

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