34. 〈盗賊〉エミル - 3
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「なるほど―――では、防具が無くともある程度は身を守れるのですね」
「はい。《軽業》という〈盗賊〉や〈忍者〉などが修得可能なスキルなのですが。このスキルがあると、身軽な格好をしているほど自分の[敏捷]に応じた防御力を得ることができるんです。
このスキルのお陰で、下手に革鎧を着ると却って防御力が下がってしまったりしまして……というか、本当は裸でいるときが一番防御力が高いのですが。さすがに裸で外をうろつくわけにもいきませんので」
「それは、そうでしょうね……」
ゲームシステムをデザインする際に、一体何のゲームを参考にしたのか目に浮かぶようだ―――とシグレは思ったが、それは口には出さなかった。
口にした所で、その話がエミルに通じよう筈もないからだ。
『王都アーカナム』の東門を出たあと、目的地の『オークの森』へ向かうために針路を北東にとって歩く傍ら。エミルが防具を何も身につけていないことを見てシグレがぶつけた問いに、エミルが告げた回答がそれだった。
防具を身につけていないのはシグレも同じなのだが、どうやらシグレとは違ってエミルはスキルで一定の防御力を確保できているらしい。それならば仮に魔物から彼女が攻撃を受ける場合があっても、回復スペルは余裕で間に合うだろう。
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エミル/妖精種
戦闘職Lv.13:盗賊
生産職Lv. 0: -
最大HP:659 / 最大MP:246
[筋力] 48 [強靱] 55 [敏捷] 83
[知恵] 51 [魅力] 47 [加護] 9+4
-
◇ HP回復率[5]: HPが1分間に[+32.95]ポイント自然回復する
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何しろエミルのHPは『659』と高いので、多少の防御力でもあるのなら魔物の攻撃数発程度ですぐにどうこうなるほどヤワではない。
防御役であるキッカと比べても僅かにしか劣らないそのHPの多さは、彼女の『13』と高いレベルによって得られているものだろう。
(レベルの割に、[加護]だけが随分と低いような―――)
ステータスを見てシグレはそうも思ったが、人のことを言える立場ではないのでそれも口にはしなかった。[筋力]が『0』の人間からそんなことを言われても、エミルだって困るだろう。
おそらく[加護]が低いのは、彼女の『妖精種』という種族特性か何かが影響した結果だろう。種族によってはステータスの一部が随分と極端になる場合がある―――と、昨日夕食を共にした際にキッカも話していた。
[加護]に『+4』の補正が入っているのは、シグレが渡した装飾品を身に付けてくれているからだろうか。
―――だとするなら嬉しい。生産に慣れる目的で作ったものなので世辞にも出来が良い物ではないし、師匠からもさんざん馬鹿にされたりしたけれど。エミルの役に少しでも立つのなら、渡した甲斐があるというものだ。
「……そうか、シグレは〈召喚術師〉でもあるのですよね」
移動の傍らシグレのステータスを確認していたのだろう。視界の前に開いた幾つかのウィンドウを見ながら、不意にエミルがそう零した。
「あ、はい。そうです。……正直、あまり活用できていませんが」
〈召喚術師〉とは、戦闘中に自分の味方となってくれる『召喚獣』を呼び出すことのできる術士職である。
シグレの場合には【魔犬召喚】と【大鴉召喚】の2つの召喚スペルを行使することができ、これらは名前通り、その場に『魔犬』や『大鴉』の召喚獣が現れて戦闘を助けてくれる効果を持っている。
ただ―――シグレはこの〈召喚術師〉のスペルを使用したことが無かった。
というのも、キッカと組んで狩りをする場合には、シグレとキッカの二人だけで役割が完結しており、他の助力をあまり必要とは感じなかったからだ。
『召喚』系のスペルで呼び出した召喚獣は、術者が召喚状態を解除するまでの間ずっと味方として戦ってくれるが、召喚している間はずっとMPを消費し続けてしまう。
しかもこのMP消費はかなりキツいらしく、最初に読んだ〈召喚術師〉に関する解説書内でも幾度となく警告が記されていた。
MPに関しては随分と余裕を持っているシグレではあったが、召喚獣を活用するようになれば、そうはいかなくなるかもしれない。要らぬ苦労を背負うかもしれない以上、必要の無い状況でまで召喚しようとは思わなかったのだ。
「契約している『使い魔』はいないのでしょうか?」
「ああ、そうか―――そういえばまだ、契約とかもしていませんね」
〈召喚術師〉は自分がスペルによって呼び出した召喚獣と『使い魔』という関係を結ぶことができる。
『使い魔』として契約した召喚獣は、召喚したままでも術者はMPを全く消費しなくなる。このため、常に味方として傍に置いておくことが可能になるのだ。
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〈召喚術師〉Lv.1
- スペルスロット:4枠
- 未使用スキルポイント:0
- 使い魔契約可能数:1体
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《使役術》Rank.1(max)
[魅力]が20%増加する代わりに、[筋力]が15%低下する。
[MP回復率]が5増加する。使い魔を1体契約できる。
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【魔犬召喚】
消費MP:180mp / 冷却時間:なし / 詠唱:16秒
命令に忠実な『魔犬』を1体召喚して使役する。
召喚中は1分毎にスペル行使時と同量のMPを消費する。
【大鴉召喚】
消費MP:180mp / 冷却時間:なし / 詠唱:16秒
命令に忠実な『大鴉』を1体召喚して使役する。
召喚中は1分毎にスペル行使時と同量のMPを消費する。
【蘇生召喚】
消費MP:120mp / 冷却時間:120秒 / 詠唱:6秒
契約している全ての使い魔を術者の近くに召喚する。
このとき死亡している全ての使い魔は蘇生される。
【短転移】
消費MP:60mp / 冷却時間:120秒 / 詠唱:なし
術者自身、もしくは術者が触れている対象を16m以内で転移する。
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ステータス画面でも『使い魔』を1体まで契約可能なことが確認できる。
『使い魔』として契約した召喚獣には他にも幾つかの特別な能力が与えられ、例えば戦闘などで死亡した場合でも【蘇生召喚】のスペルですぐに復活させることが可能になる。
他にも『使い魔』に言語能力が付与されることで直接意志の疎通が可能になったり、戦闘で得た経験値や術者の余剰魔力で『使い魔』自身が成長できるようになったりと、多くのメリットがあった。
〈召喚術師〉は戦闘中に敵を直接攻撃するスペルはあまり覚えない職業なので、この『使い魔』を早めに契約し、戦闘に活用することがレベルアップの為の近道だとも解説書には書かれている。
「そうですね―――いま契約しちゃいましょうか、使い魔」
「そ、そんな簡単に決めちゃって、よろしいのですか?」
「《背後攻撃》を狙うのであればエミルは遊撃がメインになりますから、当然僕が敵に狙われる役割を担わなければなりません。
しかし、ご存じの通り僕は打たれ弱いので―――この場は『使い魔』と契約して助けて貰うほうが賢明だと思います。どうせ遠からず契約するつもりでしたので、それを今やって悪い筈がありませんし」
実を言えば、当初は(使い魔を契約すると、召喚獣の分も宿代が掛かるのでは)というのが気がかりで、『使い魔』との契約を渋っていたという部分もある。
しかしながら、カグヤに預けた生産品が全て売れたことで、現在シグレの懐にはかなり余裕ができていた。今なら『使い魔』と契約して宿代が2人分掛かるようになったとしても、全く問題にはならないだろう。
(―――前衛として頼みにするなら『魔犬』のほうがいいかな)
魔術師の使い魔、という意味では『大鴉』のほうがイメージに合うような気もするが、さすがに鴉に前衛を担わせるのは無理がある。
「明光を喰らう不浄の従僕。荒廃と烙印に塗れし、血肉に飢えた自然ならざる獣。我が望みに応え、昏き幽明の淵より出でよ―――《魔犬召喚》!」
16秒も掛かる長い詠唱を経てスペルを唱えると、シグレの目の前に周囲から光の粒子が集束してゆき、すぐに一匹の犬の姿を形作っていく。
それは、討伐した魔物が光の粒子となって消滅する光景を、ちょうど逆再生した
かのような演出で―――最後に眩い光を発した後には、体高が60cm程があるだろうか。大型犬と呼んで差し支えないサイズの、真っ黒な一匹の魔犬が姿を現した。
召喚された魔犬はまず、周囲を何度かキョロキョロと手早く見回し―――付近に敵の存在がないことを確認してから。魔犬はその場に蹲るかのように『伏せ』の体勢を取り、シグレに向けて頭を垂れてみせた。
(大きくて格好いいのに、可愛いなあ……)
魔犬の挙動をつぶさに眺めていたシグレは、そんなことを思う。
毛並みは綺麗に真っ黒で、風格を湛えた凛とした顔立ち。体格も牙も、いかにも獰猛さを思わせるものだが。しかし頼もしくもあり、同時に可愛くもある。
シグレは『使い魔』を1体しか契約できないが。実際に魔犬を前にして、この子を自分の『使い魔』にしたいと―――そう強く思った。
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使い魔として契約すると、以下の恩恵を総て得られます。
・召喚獣の維持にMPを消費しなくなる。
・召喚獣と『念話』で意思の疎通が可能になる。
・死亡しても《蘇生召喚》のスペルで何度でも蘇生できる。
・召喚獣は戦闘などで経験値を獲得してレベルアップが可能になる。
獲得したスキルポイントは術者が自由に割振ることができる。
・召喚獣は術者の余剰魔力を糧にして経験値を獲得できる。
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―――召喚獣『魔犬』をシグレの使い魔として契約しますか?
契約するには、召喚獣に『名前』を与えて下さい。
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すると『意志』に反応してか、シグレの視界内に『使い魔』に関しての説明を記載したウィンドウが表示された。
説明文を読み―――『念話』ができるというのが特に有難い、とシグレは思う。
シグレはペットの世話をした経験がないので、あまり良い飼い主になれる自信は正直無かったが。それでも、何かあれば魔犬の側から直接言ってくれるのであれば何とかなるだろう。
経験値を獲得して成長が可能というのも嬉しい要素だ。
シグレと違って獲得経験値に厳しすぎるペナルティを負うようなこともないだろうから、おそらくシグレのレベルなどはすぐに追い抜いてしまうだろう。
自分の成長機会があまりなくとも、共に居てくれる『使い魔』にレベルアップの機会があるのなら、そちらを楽しむことができる。それにレベルアップにより獲得したスキルポイントを、シグレの好きに割り振れるというのも嬉しい。
ただ―――困ったことも、ひとつだけあった。
「……? 『使い魔』として契約されないのですか?」
「いえ、契約はします。しますが、その―――名前が決まらなくて」
訝しむように横から訪ねてきたエミルに、困り顔になりながらシグレは答える。
ゲームでキャラクターに名前を付けたりする際には、結構悩んでしまったりする方なのだ。この世界に来た時には『本名』が推奨されたこともあり、『シグレ』という名前を決める際に迷うことも無かったのだけれど―――。
しかし自分で飼うと決めた以上は、名付けだけをエミルに押しつけるわけにもいかない。『使い魔』とする以上は、名前を考える責任は自分が背負うべきだ。
(折角、毛並みがこんなに綺麗な黒なのだから―――)
どうせなら、それに因んだ名前を付けたい所だ。
街道からやや逸れたフィールドで、エミルを待たせながら考え込むこと数分。
「―――黒鉄」
魔犬の瞳がシグレを見据える。
シグレもまた、静かにその瞳を見つめ返した。
「使い魔として契約する。君の名前は『黒鉄』。もし名前に納得がいかなければ、もう一度考え直すけれど―――」
『斯様に熟慮してくれた名に、不満などあるものか』
渋い声色で発された言葉は、もちろんエミルのものではない。
頭の中にはっきりと聞こえた『念話』の正体が誰からのものであるかは、考えるまでもなかった。
『契約に応じ、使い魔としてお仕えする。この身を以て万難を排し、主人を護り、忠実な牙となろう。―――願わくば主人もまた、我の良き導き手たらんことを』
「頑張ります。よろしく頼むね、黒鉄」
シグレが頭を優しく撫でると、目を細めて黒鉄はそれを受け容れてくれる。
針金のように尖った黒い毛並みは、触れてみると柔らかくて心地良かった。




