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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《魔術師と猟犬》

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33. 〈盗賊〉エミル - 2

 



 待ち合わせの時間までには、まだ余裕があった。

 道中で露店市に立ち寄り、よく利用している露店で小さなパンを二つ購入する。安価で硬いパンはあまり美味しくないけれど腹持ちには優れている。狩場で食べる物に味は求めないので、特に不満も無かった。

 購入する際に手持ちの水筒を販売員に渡して、中身を【水成】のスペルで満たして貰う。何度か店を利用するうち、販売員の人から〈調理師〉の天恵を持っていることを教わって以降は、節約のために毎回ここで補充することにしていた。

 孤児院には水道が引かれているが、あれは使用量に応じて意外に安くない額が請求されているらしいので、使わないで済むならそのほうがいい。


 幾つかの店を冷やかしながら露店市を通り抜けて、エミルが掃討者ギルドに到着したのは、もうすぐ朝の8時30分になろうかという頃だった。

 待ち合わせは9時の約束なので、まだ時間はある。掲示板でもチェックしながら時間を潰したい所だけれど―――朝方の掲示板はいつも通り混雑していて、あの中に割って入る気分にはなれなかった。


 仕方無く、ギルド一階ホールの壁際に背中を預けて、エミルは休憩モードに頭を切り換える。30分ぐらいなら何もせずとも時間を潰すのは難しくない。


「おはようございます、エミルさん」


 ホールの喧騒を遠目に眺めながら、まったりと落ち着き始めた心地を―――すぐ傍から掛けられた男性の声が、急に引き戻す。


「ほぁ……!? お、おはようございます、シグレさん!」

「約束は9時の筈でしたが、随分お早いのですね」


 何でもないことのように、小さな杖を手にした男性―――シグレはそう告げてくるけれど、その言葉はエミルのほうこそが言いたい気持ちだった。


「僕はその……自分で言うことでもないのですが、結構うっかりしている所がありますので。人と約束したときには、少し早めに着くようにしてるんです」

「ああ、では同じですね。僕も時間にはルーズなほうなので」

「そうなのですか? あまり、そういう方には見えないのですが」

「読書とかネットゲ―――何かの作業とか、そういったものに熱中していて時間を忘れるというのは、よくあることですから」


 シグレが途中まで言いかけてやめた〝ねっとげ〟という単語が何を意味するものなのかは判らなかったが。何かに熱中して時間を忘れるという気持ちは、エミルにもよく理解できる気がした。


「さて―――どうしましょう。少し予定よりも早いですが、狩りに行きますか?」

「はい! えっと……今日の狩場は僕が決めて構わないという話でしたが、本当によろしいのでしょうか?」

「僕は都市周辺にある狩場を、まだ自分から提案できるほど知りませんから。エミルさんが決めて下さるのでしたら、そのほうが有難いです」

「わ、判りました。そういうことでしたら」


 事前に行先はこちらで決めて欲しいという話をされていたので、今日行く狩場の候補は幾つか既に考えてある。

 狩場を決める上で、シグレからは『エミルさんひとりでも問題無く狩れる狩場でお願いします』と、強く念を押されていた。なので今日行こうと考えている場所は普段エミルがソロで利用している狩場そのままでもある。


「そういえば……後からシグレさんのステータスを見て、思わずびっくりしてしまいました。その、こんなことを言ってしまうと、気を悪くされてしまうかもしれないのですが……こんなに凄い天恵の人、本当に居るんだなって」

「あはは、無理もないです……」


 二日前、シグレから一緒に狩りに行こうという誘いを受けた後、フレンドリスト伝いに表示させた彼のステータスを見たときに抱いた、エミルの激しい驚きをどう言い表せば良いだろう。

 凄まじい才能の持ち主であるが故に、けれど酷く勿体ない人でもある。これだけ多くの天恵を抱えている以上、おそらく今後の成長は殆ど期待できないだろう。


「ステータスを見たのなら、既にお判りだと思いますが。僕のHPはごく僅かしかありませんので、もし魔物から一発でも攻撃を受ければ即死してしまいます」

「……はい。何となく察しは付きました」

「僕は『天擁(プレイア)』ですから死んでもそれ自体は別に構いませんし、仮にそういう事態になったとしてもエミルさんが気に病む必要はありません。街で勝手に生き返るだけのことですからね。

 ただ―――死ぬと僕はエミルさんをその場に残して、居なくなってしまいます。当然その場に居る魔物の攻撃対象は、全てがエミルさんに向けられることになるでしょう。

 ですから僕が居る場合でも絶対に、エミルさんがひとりでも対処できる以上の魔物は無理に相手にしないようにして下さい。僕と違って、エミルさんにもし何かあれば取り返しの付かないことになるのですから」

「あ―――わ、判りました」


 シグレが『エミルひとりで問題無く狩れる狩場』に強く拘った理由を、その会話からようやく理解する。

 この人は当然のように、自分よりも相手のことを優先する人なのだ。


「……シグレさんは、優しい人ですね」

「優しいのはエミルさんのほうでしょう。掃討者ギルドに初めて来て、何も判らなかった僕に色々と説明して下さったのですから」


 そう言われてしまうと、エミルとしても何も言い返せなくなってしまう。

 エミルは自分のことを『優しい』人間などと思ったことはないけれど。目の前のシグレから自分を肯定して貰えることは、素直に嬉しく感じられた。


「よろしければ―――僕のことはエミルと、そう呼び捨てにして頂けませんか」

「承知しました。では自分のことも、シグレと呼び捨てにして下さい」

「わ、判りました。今日の狩場は街の東門を出た先にしようと思います。シグレの準備さえ良いようでしたら、早速移動しようと思うのですが」

「ええ、いつでも大丈夫です。行きましょう、エミル」


 ―――エミル、と。

 彼の口から呼び捨てに紡がれる自分の名前が、なんだか妙に気恥ずかしかった。



     [3]



 都市の東門を通過して、一行は『朝風街道』のエリアに入る。

 一時間ほど歩けばすぐに『トワド』という小さな村落へ辿り着けるこの街道は、〈イヴェリナ〉にある各都市を繋ぐ無数の街道の中でも、屈指の安全が約束されている場所として名高い。

 というのも、この街道が『王都アーカナム』から『東都アマハラ』までを繋ぐ交易路のひとつであり、この街道やその付近のエリアに存在する魔物の討伐には、通常のものよりも多額の報賞金が掛けられているからである。


「街道で狩りをする、というわけではないのですよね」

「はい。魔物はどれだけ倒しても『生息数』を割り込む数までは減ることはありませんので、街道上を歩いていても元々このエリアに生息する魔物と遭遇することは間々ありますが。とはいえレベルの低い魔物ばかりを相手にしていては、稼ぎも期待できないですから」


 街道とは、弱い魔物の生息域を縫うようにして作られるものだ。他のエリアから移動してきた魔物が存在しない限り、街道上でレベルの高い魔物と出会う可能性は殆どない。

 魔物を積極的に狩ろうと思うなら、街道に隣接するエリア―――『朝風街道』の北側にある『オークの森』か、南側にある『ネード湖畔』のどちらかに逸れて移動する必要がある。


「南北どちらのエリアも、僕は普段からソロ狩りに使っていますが……今回は北側にある『オークの森』で狩りをしようと思います」

「判りました。……ちなみに、そちらを選択なさった理由というのは何かあるのでしょうか?」

「どちらに行っても、人間を見ると即座に襲い掛かってくる『アクティブ』タイプの魔物ばかりのエリアになるのですが。南の『ネード湖畔』は視界が開けているのに対し、北の『オークの森』は森林ですので、視界が遮られますから―――」

「なるほど。僕らであれば、そちらのほうが有利というわけですか」


 一通りの理由を説明するつもりでいたエミルは、予想外なほどに早い段階で理解を示したシグレに、少なからず驚かされる。


 エミルの職業(クラス)は〈盗賊〉であり、シグレは〈斥候〉の職業を有している。

 片や〈盗賊〉は戦闘能力も備えた職業であり、片や〈斥候〉は探索や探知に特化した職業であるという明確な違いはある。けれど、この二つの職業は似通っている部分も多く、それぞれの職業で修得可能なスキルにも共通しているものが多い。

 例えば《魔物感知》は〈盗賊〉か〈斥候〉の人であれば、誰でも最初から修得しているスキルである。自分を中心に一定範囲内に存在する魔物を感知できるこのスキルは、迷宮地(ダンジョン)では効果範囲が減少してしまう場合が多いものの、地上(フィールド)であればどんなに入り組んでいる場所であっても、申し分なくその能力を発揮できる。

 ―――例えばそれが、森林のような場所であってもだ。


「森の中で視界が通らなくなるのは、掃討者だけでなく魔物も同じですから。私達なら視認する前から《魔物感知》で魔物の位置を把握できますし、遮蔽の多い森林内であれば《隠密》も活用して立ち回ることができます。

 それに〈盗賊〉には《背後攻撃(バックスタブ)》というスキルもありますから、魔物の不意を突いて各個撃破していくのは大得意ですので」


 《隠密》も感知スキルと同様に〈盗賊〉と〈斥候〉なら誰でも共通して持っているスキルで、これを使うと自分の気配を殺して動き回ることができるようになる。

 姿を消す効果は無いので、魔物の視界に捉えられればスキルがあっても簡単に見つかってしまうものの、このスキルがあればどんなに草が生い茂る場所を掻き分けて動こうと物音ひとつ立つことはない。

 開けている場所では殆ど役に立たないスキルながら、森のように遮蔽の多い場所では無類の強さを発揮できる。


「それでは、今日は森に入ったら《隠密》狩りですね。どの程度の時間狩りを続けるかについても、もう決めてあるのでしょうか?」

「いえ、そこまでは決めていません。ただ……今日は『オークの森』エリアの浅い部分だけで狩りをしようと考えていますので、北に移動して森に入ったら『朝風街道』との境付近を東に移動しながら狩りをしようと思っています。

 ですので、狩りをしながら街道先にある『トワド』村の近くまで来ましたら、いちど森を抜けて村で休憩にしましょう。そのあとは体力があればもう一度森に入って復路で狩りをしても良いですし、疲労が溜まっていれば適当な荷馬車にでも乗せて貰いながら『王都アーカナム』まで戻ろうと思います」


 安全で有名な街道は往来する荷馬車が多く、交易路の中継地である村落で『王都アーカナム』を目指す行商人を捕まえることは難しくない。

 そして少しでも荷台にスペースの余っている行商人であれば、荷馬車に乗せて欲しいと頼む掃討者を拒むことはない。掃討者は荷馬車を足代わりに利用するのと同じように、商人は掃討者を護衛代わりに利用する。互いに得をする関係が成り立つこの街道は、掃討者にとっても非常に都合の良い場所でもあるのだ。

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