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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
2章 - 《魔術師と猟犬》

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32/125

32. 〈盗賊〉エミル - 1

 


     [1]



 それは銀盤がとても綺麗に飾られた装身具(アクセサリ)だった。

 真新しい銀細工は、その光沢が美しい。窓の外から入り込んでくる陽光を返して映す、その燦めきにじっと見入るようにしながら。エミルはもう何度目か判らない溜息を吐いた。


(―――どうしよう)


 テーブルに頬杖をつきながら、エミルが抱いた感情は困惑だった。

 銀は貴金属の中では最も価値が低く、加工も容易なので細工物の値段もそれほど高くはない。けれど―――こんなに金銭価値の高そうなものを男性から貰うのは、エミルにとって初めての経験だった。


 装身具(アクセサリ)は掃討者にとって重要な装備品のひとつである。鎧や盾といった単純な防具では補いにくい『魔法防御』を補うことができるし、所持者の能力値(パラメータ)を引き上げる特殊な力を持っているものも多い。

 但し、とりわけ後者の力を有する装身具は〈細工師〉の天恵を持つ職人が生産したものか、もしくは〈迷宮地〉の宝箱から出土したアイテムに限られる。

 〈細工師〉の天恵を持つ人は希少で、その供給量には限りがある。人があまりに居ないものだから〈細工師〉のギルドが既に寂れつつある……というのは、この都市で活動する掃討者であれば一度は聞いたことのある話だった。

 にも拘わらず、ある程度腕利きの掃討者ともなれば、ひとりで幾つもの装身具を所持して『魔法防御』や能力値を補うのは当たり前のことになってくるらしい。

 つまり、需要の高さに供給が追い付いていないのだ。そうなると当然、市場での取引価格も高騰することになるわけで―――。


 ……だというのに。

 どうしてそんな一品が、いまエミルの手元にあるのだろうか。




------------------------------------------------------------------------------------

 □狩猟者のタリスマン/品質[32]


   魔法防御値:3

   〔加護+4〕〔ドロップ率増加+3%〕

-

  | ウリッゴの隠し牙と崩石をあしらった小さな銀盤。

  | 狩猟を生業とする者に小さな幸運を齎すとされる。

  | 王都アーカナムの〈細工師〉シグレによって作成された。


------------------------------------------------------------------------------------




 エミルの種族である妖精種(キュイニー)は、二つの能力値を除いて全体的に人間種(ノルン)よりも一段秀でた能力値を持つ。但し[筋力]は平均並であり、そして―――[加護]だけは、全種族の中でも一二を争うほどに低いという特性を持っていた。

 [加護]とは即ち、運の良さを示す。掃討者であれば[加護]の低い者は状態異常を避けられる可能性が低くなり、魔物を討伐したときにもアイテムドロップを得られにくくなるという明確な重荷を抱えることになる。

 もちろん掃討者をやっていない者にとっても[加護]は重要な能力値であり、例えば生産をする場合には「逸品」と呼ばれる、優れたアイテムを作り出せる確率にも関わってくる。生産をしない場合でも、その人の「運の良さ」が実生活に与える影響が決して小さくないであろうことは、容易に想像できるだろう。


 何かと不運に恵まれやすい妖精種にとって、装備者の[加護]を底上げしてくれる装身具は『幸運の御守り』と呼ばれ、特別な意味を持つ。

 特に妖精種同士の関係で用いられる場合が多いのだが―――恋人同士の贈答品として、この手のアイテムが同族の中で非常に高く評価されるのだ。

 相手が少しでも幸多い人生を歩めるよう願うのは、恋人であれば当然のことでもある。恋人になりたい相手に自分の想いを伝えるために、あるいは恋人からさらに一歩進んだ関係になりたいという求婚のために。

 『幸運の御守り』は古い時代から今に至るまでずっと変わらず、妖精種の女性にとっては憧れの品なのだ。


 あくまでも男性から『貰う』ことに意味があるので、自分で買い揃えてしまうようなことは、同じ妖精種の女性からやや恥ずかしい行為として見られてしまう。

 とはいえエミルの場合は掃討者なので、自分の低い[加護]を補う必要性は魔物と戦う日々の中で常々感じていることでもある。自分の生業を優先するのであれば、遠からず『幸運の御守り』を自前で買い揃える日が来るだろうとも思っていた。

 何しろ、貰える相手の心当たりなど、全くないのだから。


 ―――だというのに、貰ってしまった。

 しかも、間違いなく男性からの贈り物である。


(シグレさんは別に知ってて僕に渡したわけじゃないから……! 他意あって僕に下さったんじゃないから……! 勘違いしちゃ駄目! 絶対駄目だよ、僕……!)


 エミルは必死に頭の中で、自分自身にそう言い聞かせる。

 シグレは『天擁(プレイア)』である。天擁は遙か遠くの地より〈イヴェリナ〉にやってきた稀人(まれびと)であり、この世界の常識にさえ明るくない人達なのだ。そんな人が、どうして妖精種独自の風習にまで知り及んでいることがあるだろう。


「んん? 姉ちゃん、どうしたのその銀細工」

「―――!?」


 思考の中にすっかり囚われていたエミルを、不意にすぐ脇から掛けられた声が現実へと引き戻した。


「ろ、ロイド……。おかえり、い、いつ帰ってたの?」

「ついさっき。なんだよ、隠しちゃうことないじゃんかよー。そこそこ価値のありそうな銀細工に見えたけど、どうしたのさそれ」

「あ、こ、これはね……」

「……? もしかして盗品? 故買屋なら紹介するけど」

「―――違うよ!?」


 いくら〈盗賊〉の天恵持ちだからといって、そんな風には見ないで欲しい。


 エミルの手にある銀盤を、矯めつ眇めつロイドは脇から眺めてくる。別に隠すようなものではないので―――下手に隠したりすると却って盗品ではないか疑われるようにも思って―――そのままにしていたら。

 1分ほど眺めたあと、「うん」と一息置いてからロイドは告げる。


「たぶん、8,000から10,000gitaぐらいだと思う」

「え……。これ、そんなにするの!?」

「する。だって[加護]と『ドロップ率』の向上だよ? 妖精種じゃなくたって、掃討者なら誰だって欲しいと思う効果付きのアイテムじゃないか」

「そ、それは……確かに、そうかも……」


 シグレはこれを『手習い』で製作した品だと言っていたし、アイテムの品質値はまだ生産に慣れていないことを思わせる低い数値で。

 だから―――金銭価値のあるものとは思いつつも―――せいぜい4,000gitaぐらいの品だと。エミルはそう思っていたのだ。


「で、これどうしたの? 盗んだんじゃなきゃ、買ったの?」

「ううん、これは最近知り合った掃討者さんが作ってくれたもので……」

「へえ……。もしかして、男だったり?」

「………………うん」

「―――えっ、マジで!? 凄えじゃん! 姉ちゃん当たり引いたなあ!」


 ロイドは妖精種(キュイニー)である。なので当然ながら妖精種の風習についても知り及んでいるし、[加護]を向上させる装飾品を贈る意味も知っている。

 その上で、ロイドはこれを贈られたことを手放しに喜んでくれるわけだけれど。

 当然ながら、この贈り物に一切の下心が籠められていないことが判っているだけに、エミルとしては素直に喜べないものがあった。



     [2]



 〈インベントリ〉の中に、狩りに必要な一式のアイテムを違いなく揃えていることを確認してから、エミルは『オルタード孤児院』の建物を出た。


 『王都アーカナム』には貴族の出資により運営される幾つかの孤児院があり、その待遇は孤児院によりやや違いがある。けれど、どの孤児院にも共通していることとして、種族を問わず35歳になった時点で『成年した』と見なされ、幾許かの成年祝い金を持たされた上で孤児院から叩き出されるのが慣例となっていた。

 これは長命の種族にとっては悲劇以外の何物でも無く、特に森林種(エルフェア)の子などは大抵の場合、身長が110cmぐらいの頃にはもう孤児院から追い出される羽目になってしまう。

 エミルの場合には、人間種(ノルン)と同じで寿命が短く早成な『妖精種』ということもあり、34歳の現時点で背丈も170cmに足りない程度にまで伸びているのだから、恵まれているほうなのだろう。

 ……とはいえ、女性としては少し背が高すぎるような気もするので、個人的にはもう少し低いぐらいのほうが良かった気もするのだけれど。


 エミルが迎える次の誕生日は、もうすぐそこにまで迫っていた。

 既に孤児院を出て生活している先輩からは、追い出される際に孤児院から与えられる祝い金の相場が3,000gita程度だと聞かされている。

 頂けるだけでも有難いものではあるのだけれど、それ以降は宿を取って生活しなければならなくなるので、宿泊費に食費も含めて考えると、その金額だけでは二週間と暮らせない。

 幸い、エミルは半年前から始めた『掃討者』稼業が思いのほか好調で、週のうち二度ほどしか狩りをしないにも拘わらず、戦闘職のレベルは現在『13』にまで上がっている。

 『生産職』を持たず、[加護]も低い為にアイテムのドロップ率が悪く、レベルが着実に成長を重ねていく割に、なかなか収入が伸び悩んでいるのが困りものなのだけれど……。この分なら、自分ひとり食わせることぐらいは難しくないだろう。


(でも、場合によってはロイドの面倒も見てあげたいからなあ……)


 ロイドはエミルのことをよく「姉ちゃん」と呼んだりもするけれど、別に二人は血の繋がった姉弟(きょうだい)というわけではない。単に同じ孤児院の中に住み種族も同じだから、親しみを込めてロイドがそう呼んでくれるだけである。

 年齢がエミルよりもひとつ幼いロイドは、いまは『王都アーカナム』にある魔具を扱う商店で働いている。計算が速い利発な子なので、その辺を買われたらしい。実際、それなりに日々の仕事も上手くこなしているらしいのだが―――。

 もう結構な老齢に達している経営者(オーナー)が、余生を母国の『アマハラ』で過ごしたいのだと、最近しきりに口にするようになったのだという。そうなると土地を貴族に返して店を閉めることになるだろうから、店員として雇われているロイドは当然クビになってしまう。

 器用な子なので再就職先は自力で見つけられるだろうけれど、もしその時点で既に孤児院を追い出されている場合には、一時的にお金に困ったりする場合もあるだろう。その時はエミルが、それを助けてあげなければならない。


 ―――だって、お姉ちゃんなのだから。

 お姉ちゃんが弟を助ける責務を持つのは、当然のことなのだ。

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