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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
〔 tailpiece. 〕

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30/125

30. 生産の灯

 



 ―――この世界には全部で58の『戦闘職』と、全部で10の『生産職』がある。


 それ自体は子供でも知っているような常識的な知識だった。『天恵』とも呼ばれるそれは、生まれたときに神々から与えられる才能の種だとも言われている。

 各々の『中央都市』では、戦闘職と生産職を合わせた67の職業(クラス)について、それぞれの職業専門施設―――ギルドを設置することが〝神の意志〟により義務づけられている。

 天恵を持って生まれた者が過不足なく才能を育む機会を得られるように、というのが理由とされている。ここ『王都アーカナム』でも実際に67もの職業ギルドが運営されており、当然ながら国費にもそれなりの負担ともなっていた。


 それ自体は必要な負担とも言えるので構わないのだが―――近年、急速に問題のひとつとして浮上し始めたのが『天恵』の偏りに関してである。

 例えば『生産職』。鍛冶職人、木工職人、縫製職人、細工師、造形技師、魔具職人、付与術師、錬金術師、薬師、調理師―――生産職には全部で10の天恵があり、当然これら全ての職業のギルドが『王都アーカナム』には設けられている。

 しかし、この国に限った話でも無いが、そもそも〈イヴェリナ〉の民で生産職を有する者は、全体の二割から三割程度しかいない。『戦闘職』なら〈イヴェリナ〉に生まれた者なら誰でも1つは有しているが、生産職はその限りでは無いのだ。

 その『生産職』持ちがさらに10の職業に分かたれるため、各生産職の天恵を有している人間は、全体の『2%』から『3%』しか存在しないことになる。

 実際には複数の生産職を持って生まれる珍しいケースも、僅かながら存在する。だが、それを考慮に入れたとしても平均が『3%』を越えることはないだろう。


 別に『3%』という数値自体に問題があるわけではない。100人居れば3人は才能を持った人間が期待できるというわけだから、これ自体は特段悪い数字というわけでもないのである。

 ただ、近年―――ここ百年ほどで問題となり始めたのは、この『3%』という数値が偏りを持ち始めたことにあった。


 例えば〈調理師〉や〈薬師〉の天恵を持つ者は、『王都アーカナム』に暮らしている市民のうち、昨年末の時点でそれぞれ全体の約『10%』と『8%』ずつ存在することが判っている。


 〈調理師〉持ちなどというものは、最早珍しい才能でも何でも無いのだ。街を歩いて出会う顔のうち、10人に一人はその天恵を有しているのである。『料理』というのは人々の生活に密着したものでもあるので、この天恵持ちが多というのは純粋に喜ばしいことだとも言えた。

 しかし一方で―――都合の良い偏りがあれば、その裏には都合の悪い偏りもまた存在する。幾つかの『生産職』では、深刻なほどに天恵を持って生まれる者が不足しているという事実が生まれていた。

 特に酷いのが〈魔具職人〉と〈錬金術師〉の天恵持ちである。

 この二つの才能を持つ者は『王都アーカナム』全体でも、昨年末の時点でおよそ20人ずつ程度しか存在していない。その中でも、実際に天恵を活かした仕事をしている者に絞れば、さらに半分近くにまで落ち込むことだろう。


 当然―――人が居なければ、職業の為に用意された施設(ギルド)は寂れる。

 まだ『錬金術師ギルド』のほうは、人が少ないなりに頑張っている様子が見られるのだが……。『魔具職人ギルド』に関してはもう完全に閑古鳥が啼いてしまっている。

 建物内にいるのは国で雇っている職員だけであり、ギルド内に併設されている工房を利用する者は滅多に居ないらしい。別に工房でなければ生産が行えないというわけではないが、とはいえ幾ら何でも酷すぎる利用状況ではある。


 〈魔具職人〉の生産する『魔具』とは、魔石に蓄えられているエネルギーを活用し何らかの機構や機能を動作させることのできるアイテムのことを指す。

 『王都アーカナム』の街角に立つ街灯は、全てがこの魔具で出来ている。街中に行き渡らせている水道を動かすポンプも魔具であるし、東西南北にある城郭の門を開閉する装置にも魔具が用いられている。

 〈魔具職人〉とは国にとって必要な者達だ。彼らが居なければ都市に暮らす人々の生活レベルは、誇張無しに一段も二段も落ちることになるだろう。


 ひとつの重要な生産職の()が、消えようとしている。それが判っているのに、どのような手立てを打てば良いのか、皆目見当も付かない。

 『王都アーカナム』が侯爵のひとり―――モルク・スコーネは悩んでいた。



     *



 〈魔具職人〉に比べれば現状まだマシではあるものの、()が消えようとしている『生産職』というものは他にもある。例えば〈細工師〉がそれだ。

 数年ぶりに訪ねた『細工師ギルド』の建物は、その外観こそ数年前に見た姿のまま変わらないでいるように見えるが。しかし、ギルドから毎月送られてくる報告書によれば、先月はとうとうギルド内に設けられた工房の利用者数は『1人』にまで落ち込んでしまったという。


 この『1人』というのが誰かは、モルクにもすぐに察しが付いた。

 『王都アーカナム』の『細工師ギルド』には、都市に〈細工師〉が関わってきた歴史の全てを知っている、生き字引ともいえる森林種(エルフェア)の老婆がひとり、我が家も同然といった具合に住み着いているのだ。

 いくら『細工師ギルド』の建物自体は終日開かれているとはいえ、工房から全く帰りもしない彼女の存在は、当然ギルドの職員から煙たがられていた―――のも、最早過去のこと。

 工房を利用する人がめっきり姿を消した今となっては、逆にいつでも居てくれることを職員連中から有り難がられているというのだから、何とも奇妙な話である。


 施設のドアを開けても、ドアベルは錆び付いているらしく鳴らなかった。

 入ってすぐの部屋にはギルドの窓口があり、脇には掲示板が置かれている。奥にある階段は二階の工房に上がるためのものだ。


「スコーネ卿、いらっしゃいませ」


 今日訪問することは事前に伝えてあったため、窓口に立っていた職員の男がそう声を掛けてきた。


「婆さんは工房か?」

「はい、いつも通りに」

「そうか。邪魔をするぞ」


 本来であれば生産職のギルドというものは、天恵を持たない人間が建物内に立ち入ることをあまり好ましく思わないものなのだが。閑散としてしまっている現状となっては、職員から引き留められることもなかった。


 階段を上がって二階に上がると、それほど広くもない工房の中で、すぐに老婆と目があった。

 こちらへ一度視線をやったにも関わらず、何事もなかったかのように細工作業に戻る婆さんを見て、思わずモルクは苦笑する。それは数年前にここで婆さんと会ったときの対応と何ら変わらないものだった。


 ―――王都アーカナムの〈細工師〉リュドミーラ。

 『リューダ婆さん』の愛称で呼ばれるこの老婆が、この『細工師ギルド』の住人であり(ぬし)だった。

 精巧な作りの銀細工を弄りながら、ぽつりとリュドミーラが問う。


「スコーネの若造が、何しにきた」

「若造って……私はもう、それなりに良い歳なのだがな」

「はんっ! そういうことは百歳(ももとせ)ぐらいは過ぎてから言いな!」


 長命で知られる森林種(エルフェア)の婆からそんなことを言われてしまうと、モルクとしては最早何も言い返す言葉は思いつかなかった。

 人間種(ノルン)であるモルクはせいぜい200歳までしか生きることはできないが、森林種は最大で1,000歳ほどまでは生きることがあるという。

 森林種の女性は、500歳や600歳生きた程度では、その外見の中に老いを見せることはない。そんな長命の種族であるにも関わらず、しっかりと老いを感じさせる見た目をしているこのリュドミーラが、一体現時点で幾つの(よわい)を数えるのかはモルクにも皆目見当が付かなかった。


「ちょっと見て欲しいものがあるのだが」

「……ふん。どこぞで珍しい御守り(タリスマン)でも手に入れたか?」

「なんだ、やはりリューダ婆さんに関係のあることだったか」


 モルクが〈インベントリ〉から取り出すのは、リューダ婆さんの言う通りひとつのタリスマンだ。

 そしてもうひとつ、モルクは〈インベントリ〉からではなく懐からもタリスマンを取り出す。見た目は先程のものと殆ど変わらないが、こちらのタリスマンにはかなり年季が入っており、その銀盤の輝きも鈍って久しい。




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 □狩猟者のタリスマン/品質[32]


   魔法防御値:3

   〔加護+4〕〔ドロップ率増加+3%〕

-

  | ウリッゴの隠し牙と崩石をあしらった小さな銀盤。

  | 狩猟を生業とする者に小さな幸運を齎すとされる。

  | 王都アーカナムの〈細工師〉シグレによって作成された。


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 □狩猟者のタリスマン/品質[120]


   魔法防御値:12

   〔加護+16〕〔ドロップ率増加+12%〕

-

  | ウリッゴの隠し牙と崩石をあしらった小さな銀盤。

  | 狩猟を生業とする者に小さな幸運を齎すとされる。

  | 王都アーカナムの〈細工師〉リュドミーラによって作成された。


------------------------------------------------------------------------------------




「若造が、このアイテムをどうやって手に入れた?」

「私がとある〈鍛冶職人〉に貸している店で見かけて購入した。ちょうどその日に入荷されたばかりの委託預かり品だと、店員の娘が親切に教えてくれたよ。」


 『王都アーカナム』の城郭内にある土地と建物は、商店であろうと住宅であろうと、基本的には貴族の所有物である。例外は大聖堂や神社といった建物ぐらいのもので、それ以外は民に貸し付けることで代わりに『税』を徴収している。

 そして『掃討者ギルド』などが建つ、アーカナムの中でも中心部に位置する一帯はモルクが所有する土地であった。武具店『鉄華』もその中に含まれ、店主の腕前を見込んだモルクが貸し出しているものだ。


「店頭でこの商品を見かけて、私は酷く懐かしい思いがしたよ。ああ、リューダの婆さんがまた、掃討者のためのアイテムを作り始めたんだな―――とね。

 私が婆さんにこのタリスマンを作って貰ったのは、確か三十年ほど昔だったか。当時『掃討者』としてはまだまだ未熟だった私に『ウリッゴを相手にレア素材を2つずつ拾ってくるまでは帰ってくるな』と言った、婆さんのスパルタは今でも忘れられんよ」

「フン……。なるほど、昔語りの多さだけは一丁前(いっちょうまえ)に年寄りらしくなったじゃないか」

「はは、婆さんにはまだ当分及びそうにないがね。

 さて……市場に流通する生産品には二種類ある。レシピがギルドによって公開されている生産品と、個人ないし少数の人間によって秘匿されている生産品だ。前者は流通量が多いぶん価格が安く、後者は流通自体が殆どないために価格は馬鹿高くなる傾向がある。

 ―――このタリスマンは後者だった筈だ。少なくとも昨日、私がとある武具店でこの商品を見かける瞬間までは。アイテムに記された生産者の名を見て驚いたよ。そこにある名が、リューダ婆さんでは無かったのだからね」

「小僧、話が長い。言いたいことを手短に言え」

「とうとう弟子をとって、自分の技を後代に伝える気になったのかね」

「そんな大層なもんじゃあない」


 モルクの言葉を、酷くあっさりとリュドミーラは否定する。


 もしリューダ婆さんが弟子を取ったというのであれば、それは歓迎すべき事態であると言えた。人手不足の〈細工師〉界隈に於いて、積極的に生産活動に勤しんでくれる人間がひとりでも増えるというのは、それ程に大きな意味を持つ。

 だが、嘘を吐くような人ではない。否定するのであればそうなのだろう。


「では何故? 自分の持つレシピは墓まで持って行くと、常日頃からそう言って憚らないアンタが何故、この『シグレ』という〈細工師〉にレシピを教えたのだ? 是非とも心変わりの理由を聞かせて貰いたいのだがね」

「大したことじゃないさ。同情だよ」

「……は? 同情?」


 リュドミーラの返答があまりに意外だったので、思わずモルクは目を見開く。


「お前さんも、その『シグレ』って奴のギルドカードを見てみれば判るだろうよ。どう考えても生産職には致命的に向かない―――んだが、本人が妙に意欲的でね」

「ほう?」

「ま、若いヤツは堪え性が無いからね。どうせ長く続きゃあしないんだろうが。

 ただまあ―――その痩せ我慢の意欲がどこまで続くか、試してみるのも一興かと思ってね。折角なんでアタシの持ってる初歩的なレシピを1つ教えてやったのさ。……どうだい、酷い出来だったろうよ?」

「まあ、世辞にも良い出来とは言えないが」


 苦笑しながらモルクはそう答える。

 シグレという〈細工師〉が作ったアイテムは、その品質は僅か『33』しかない。

 アイテムの品質は、その性能に直結するものだ。品質が低いと言うことは、アイテムの性能もまたそれだけ低いということに他ならなかった。


「だが、最初のうちは皆こんなものだろう?」

「そうだね。一ヶ月後には品質『60』、三ヶ月後に『100』ぐらいが作れる程度に成長できるのが目安って所だろうね。―――普通(、、)の職人なら」

「……? それは、どういう意味だね?」

「判らないなら、判らないでいいさ。……さて、三ヶ月経ったらシグレは一体どうなっているのかねえ」


 老婆はそう口にしてから、何かを思うように目を細める。


 シグレという名の〈細工師〉は弟子ではない―――と。リュドミーラはつい先程確かにそう言ったし、事実それは嘘ではない筈なのだが。

 この場に居ない誰かに向けられたその眼差しは、師として弟子に対して向けるものであるかのような、厳しさと温かさとが綯い交ぜになったものに見えた。

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