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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
prologue. 《夢の階》
3/125

03. 夢の階 - 3

 


     [5]



「時雨くんは、今までに何かVRタイプのMMO-RPGのタイトルを遊ばれたことはありますか?」

「あ、はい。メジャーなものを幾つかは」


 何しろ入院生活している身の上なので、時間だけは持て余している。

 今まで遊んだ経験のあるタイトルから、特にここ数年でサービスが始まったものを幾つか時雨が挙げてみせると。深見は嬉しそうに微笑みながら頷いて応えた。


「これから〈リバーステイル・オンライン〉での時雨くんの分身、つまりゲーム内で操作するキャラクターを作成して頂くわけですが。それだけのタイトルをプレイされた経験があるのでしたら、説明が楽ですのでこちらとしても助かります」

「ああ……。確かに、あまりゲームをプレイした経験の無い方にだと、説明に時間を要しそうな部分ですね」

「そうなんですよねえ……」


 苦笑気味に深見は頷く。

 プレイヤーがひとりでキャラクター作成を行うのであれば、別に何時間掛かっても構わないのだろうけれど。今回の深見のように、キャラクター作成時に開発チームの方が誰か付き添う形なのであれば、あまり時間を掛けられては先方の負担にもなるだろう。


「それでは、これから時雨くんのキャラクターの『戦闘職』と『生産職』、それから『種族』の3項目を順番に決めていこうと思います」

「……順番に、ですか? 普通はその3つを決めるのであれば、最初に決定するのは『種族』のような気がするのですが」

「別に『種族』から先に決めて頂いても構わないのですが……職業(クラス)よりも先に『種族』を決めてしまいますと、その時点で幾つかの『戦闘職』や『生産職』が選択不可能になり、選択肢を狭めることになってしまいますので。

 ゲーム内での時雨くんの生活スタイルに大きく関わる、という意味でも『職業』のほうが重要度は高いと思われます。既に時雨くんの中で『こういう種族で遊びたい』という(こだわ)りなどがあるようでしたら別ですが。……いかがでしょう?」

「戦闘と生産の両方の職業を選べるタイプのゲームなのですね。……設定するのは3項目で全部なのですか?」

「時雨くんが言わんとしていることは判ります。キャラクターの『見た目』などに関する設定項目が無いことが気になられるのですね?」


 深見にそう言われ、時雨は頷く。

 VRゲームとは「仮想」の世界を、高度な「リアリティ」を持った世界で遊ぶから意味がある。

 なればこそ一般的にVRタイプのMMO-RPGでは、ゲーム開始時に定める「キャラクターの外見」に纏わるあらゆる設定項目は非常に充実され、そのタイトルに掛けるメーカーの本気度を大いに示す部分でもあった。

 仮想世界ならではの個性あるキャラクターを、現実さながらのリアリティと共に体感する。その醍醐味はVR-MMO-RPGでこそ最も味わい尽くせるものだ。


「外見に関してはキャラクター作成時に設定するのではなく、開始した後にゲーム内で自由に変更して頂くことになっております。

 例えば―――ゲーム内世界で生活していますと、現実世界と同様に自然とキャラクターの髪は伸びていきます。伸びた髪をどのような髪型に整えるか、あるいは散髪して短く揃えるかといったことは、ゲーム内でプレイヤーの皆様が自由にお決め下さい。髪を括るための紐や髪を染めるための染料などは、店舗で安価に買い求めることもできるでしょう。

 さらには『身長を伸ばす』あるいは『縮める』といったことや、時には『体型を変更』したり『性別を反転』させるようなものまで―――大抵のことはゲーム内に、それを実行出来てしまう何らかの『アイテム』が存在します。もちろん、簡単に手に入るとは限りませんが……」

「そ、それはまた……なんとも面白そうな話ですね」

「そうでしょう? 何しろ『大変良く出来たファンタジー』ですので」


 くすくす、と可愛らしい声で深見は小さく笑う。

 確かに……大抵のゲームでは髪色やら髪型やらを細かく設定出来るようになっているけれど。本当にVRゲームを『現実感のある』ものに仕立て上げるなら、そういうのはゲーム内で調整する方が自然なことなのかもしれない。


「とはいえ、多少の変更でしたらこの場で希望を言って頂けましたら応じることは可能ですが。時雨くんは外見を変えてプレイなさりたいですか?」

「いえ、少々気になっただけで、特にそうしたいわけではありません」


 最近のVRゲームのタイトルでは数万円程度の専用端末を必要とするものも多く、そうしたゲームの中にはプレイヤー本人のデータをスキャンする機能を備えているものもあり、キャラクターの外見候補の1つとして『現実の自分の姿』をベースにできる場合がある。

 もちろん他にもプリセットのキャラクター外見データを沢山用意してあることが多いから、あまり現実の自分をベースにしてキャラクターを作る人は少ないらしいのだが。しかし時雨はそういったタイトルでは、ゲーム内でも積極的に自分と同じ外見のキャラクターでプレイすることを好んでいた。

 ―――どうせなら不自由なく動かすことのできる自分の姿を、仮想世界の中だけでも体感したいじゃないか。

 それは、下肢に障害を抱える時雨ならではの動機かもしれないが。今回も可能であればそうするつもりだったので、ゲーム開始時の外見設定が用意されていないからといって、時雨本人にとっては何ひとつ困るわけでもなかった。



     [6]



「……!?」


 時雨がそんなことを考えていると―――唐突に、今までに体感したことのない不思議な違和感が、胸部から背中、腕、脚に至るまで、身体中の様々な箇所で意識された。


「服が―――」


 慌てて自分の身体を確かめてみると、一瞬のうちに時雨が身に付けていた衣服が全て別のものに変わってしまっていた。

 先程まで時雨が身に付けていたのは濃紺色の作務衣で、これは入院生活で時雨が愛用しているゆったりとした格好だったのだが―――。いま時雨が身に付けているのは、どこか異国の正服(コート)を思わせるデザインの、黒に近い色を基調にした衣装だった。

 ファンタジー世界を模したゲームに登場するキャラクターらしい格好であるとも言えなくはない。触感から察するに素材はウールか何かだろうか。さすがに作務衣に比べれば窮屈感のある衣装ではあるが、着心地そのものは悪くなかった。


「ふふっ、よくお似合いですよ」

「そ、そうですか……?」

「はい、本当に良くお似合いです。さすがに現実そのままの格好でゲーム内に送るのはあんまりですので、初期服装だけはプレイヤーの皆様にプレゼントさせて頂くことになっているのですが。

 私好みに決めちゃいましたが、構いませんでしょうか? 時雨くんって男性なのにとても痩せていますから、こういう格好がとても合うような気がしたもので」

「……はい。ありがとうございます」


 別に脱がされたわけではないといえ、急に服が替えられてしまうというのは何だか変な感じがして。多少思う所もあったが……こういうぴしっとした服装は、時雨としても嫌いではない。

 それに時雨は外出時の服装から部屋で寛ぐときの衣服や下着に至るまで、衣類の全てを総て妹や志乃に任せてしまっているため、服というものを自分で選んで購入した経験が無かったりする。なので深見の見立てで最初の格好を決めてくれるのならば、それは却って有難いことかもしれなかった。


 何度か腕を回したり上体を捻ったり、実際に身体を動かすことで服の着心地を軽く確かめてみるが、どうやら快適そのもののようだ。身体を動かしているうちに窮屈感もすぐに薄れ、身体へ適度にフィットしている心地よさだけが残った。

 医療補助端末である『カリヨン』には時雨のパーソナルデータが総て記録されている筈だから、多分そのデータに基づいたサイズへ調整してあるのだろう。


「必要に応じて他の衣類などもゲーム内の市などを利用して購うようにして下さいね」

「判りました。所持金はゼロからのスタートですか?」

「いえ、最初に3,000gita(ギータ)が用意されます。ギータというのはゲーム内の世界〈イヴェリナ〉での共通通貨ですね。

 えっと―――試しに頭の中で〈インベントリ〉と〈ストレージ〉という二つの単語を『意識』してみて頂けますか? それで視界にアイテムウィンドウが2つ開くと思うのですが」


 意志による操作は、普段から愛用している『カリヨン』の基本的な機能のひとつなので、それがゲーム内にも組み込まれているということなのだろう。

 深見の指示通り〈インベントリ〉という単語を『意識』してみると、4列×5枠ぶんの合計20種類までのアイコンが並びそうな、インベントリ・ウィンドウが時雨の視界内に表示された。

 またインベントリ欄の下端部には『3,000gita』と数値が記されており、最初から所持金を時雨が既に有していることも判る。


「MMO-RPGのプレイ経験がお有りなのでしたら感覚的に判るかと思いますが、見ての通り〈インベントリ〉の中には最大で20枠までのアイテムを収納することができます。

 同じ種類のアイテムは100個までなら『1枠』の中に収納することが可能です。また、所持金はこの枠数とは別に幾らでも〈インベントリ〉に収納できます」

「ふむふむ……。〈インベントリ〉にアイテムやお金を入れ出したり、取り出したりするにはどうすれば?」

「取り出すときには、単に取り出したいアイテムを『意識』して下さい。収納するときには、収納したいアイテムやお金を手に持って『意識』して頂くことで、そのアイテムは時雨くんの手から消滅して〈インベントリ〉の中へ収まります。

 それでは―――試しに、お金を『222gita』だけ出してみて頂けますか?」


 深見からの指示された通り、時雨は自分の〈インベントリ〉から『意識』して、右手に『222gita』を取り出そうとしてみる。

 するとすぐに、時雨の右手の中に六枚のコインがどこからともなく現れた。

 金色に鈍く輝くコインが二枚と銀色のコインが四枚。ただし銀色のほうには大小二枚ずつ、二種類のコインが混在しているようだ。


「いま時雨くんが取り出した硬貨は、金貨のものが『100ギータ金貨』、銀貨で大きいほうが『10ギータ銀貨』で小さい方が『1ギータ銀貨』になります。それぞれ二枚ずつ取り出せていますね?」

「大丈夫のようです」

「では、それを一度〈インベントリ〉に収納したあと、今度は『3,000gita』全額を取り出してみて下さい」


 言われた通りに今度は『収納』を意識すると、六枚の硬貨は全て時雨の手の中から消え、代わりに〈インベントリ〉に示されている所持金の額が『2778gita』から再び『3,000gita』ちょうどへと戻る。

 続けて全額を取り出そうと『意識』してみると。〈インベントリ〉内の表示額が『0gita』に減少すると同時に、時雨の手の中には三枚の金貨が現れた。

 先程見た金貨よりも一回り大きく、そしてきめ細かい意匠が彫り込まれた、強い輝きを持つ金色のコインだ。


「その三枚がゲーム内で最も高い価値を持つ『1,000ギータ金貨』です。

 いま体感して頂きました通り、取り出したい金額を意識すればいつでもピッタリの金額を〈インベントリ〉からは取り出すことができます。ですので、どの硬貨が幾らの価値を持っているかは、あまり覚えなくても何とかなると思われます」

「なるほど―――そして両替も不要、ということですね?」

「ふふ、お話が早くて助かります。〈インベントリ〉に一度入れたお金は、どれでも好きな硬貨で取り出すことができます。特に何も考えず単に『3,000gita』を取り出そうと思えば金貨三枚で出るでしょうし、あるいは全て『1ギータ銀貨』で取り出そうと思えば、そうすることも可能です。

 もっとも―――確実に両手から溢れることになると思いますので、あまりお勧めはしませんが」


 現実世界でだって、三千枚もの一円玉を両手に載せれば溢れてしまう。

 それと同じこと、というわけだ。ちまちまと積立てた貯金箱ではないのだから、意図的に小銭を大量に出す行為に意味など有りはしないだろう。


 金貨3枚を〈インベントリ〉に収納し、ウィンドウ下端部に示される金額を『3,000gita』に戻してから。今度は〈ストレージ〉のほうを『意識』して時雨は開いてみる。

 けれども、視界内に表示された〈ストレージ〉のウィンドウには「*何も入っていません*」とただ書かれているだけだった。

 ウィンドウには〈インベントリ〉のようにアイコンを並べるための罫線が掛かっているわけでもなく、収納されている金額を示す欄も備わってはいない。


「〈ストレージ〉には〈インベントリ〉とは異なり、無制限にアイテムを収納することが可能です。また〈ストレージ〉に入っているアイテムはアイコンではなく、全てリスト化されて表示されます」

「無制限というのは有難いですが……。では〈インベントリ〉と〈ストレージ〉とで、収納する場所を2つに分けているのは何故なのでしょう?」


 片方には20枠しか入らず、片方には無制限にアイテムが入る。

 ―――となると、そもそも前者は全く必要無いもののように思えるが。


「それに関しましては、申し訳ありませんが『ゲーム的な都合』としてご容赦頂けましたら……。と言いますのも〈インベントリ〉は『星白(エンピース)』の方でも利用できるのですが、〈ストレージ〉は『天擁(プレイア)』の方だけが特別に利用出来る機能になっておりますので」

「なるほど、プレイヤーの特権というわけですか」

「ええ。〈リバーステイル・オンライン〉には幾つか『天擁(プレイア)』の方だけが優遇されている特典というものがございます。代表的なものは主に2つ有りまして、ひとつは〈ストレージ〉を利用できるということ、そしてもうひとつは『復活』ができるということです。

 ゲーム内世界で魔物に倒されるなどして『死』を迎えた場合でも、『天擁(プレイア)』の方であれば最後に立ち寄った街の近くで復活することができます。ですが、これはあくまでも『天擁』の方だけに与えられた権利であり―――『星白(エンピース)』の方が命を落とせば、二度と生き返ることはできません」


 もっとも、ゲーム内に死を防止する手段自体は有りますが―――と、そのように深見は話を続ける。


「逆に言えば、そういったもの以外の機能であれば『天擁(プレイア)』の方でも『星白(エンピース)』の方でも、違いなく利用することが可能です。

 例えば……先程もお話ししましたが、魔物と戦う際に『パーティを組む』ということ。これは『天擁』と『星白』の両者が混在していても組むことができますし、一緒に戦って魔物を倒せばその経験値は全員に均等割で分配されます。

 また、大抵のMMO-RPGに有るようにこのゲームにも『フレンド』という機能がありますが、これも天擁と星白の違いなく利用することができます。時雨くんのフレンドリストに『星白』の方を登録することは可能ですし、『星白』の方もご自身のフレンドリストを持っていますから、あるいは逆に時雨くんのほうが登録されるということもあるでしょう。

 他にも―――例えば『顔と名前』の両方が判っている相手に対しては、いつでも『念話』という機能で遠距離会話をすることができます。ゲーム内の世界ではごく一般的に利用されておりますので……現実世界での携帯電話などがこちらの世界に持ち込まれても、まず流行ることは無いでしょうね」


 可笑しそうに、くすくすと声を上げて深見は笑う。

 確かに、通話料金が掛からない通信手段が根付いている世界に、携帯電話など普及しよう筈も無い。


「そうそう、時雨くんは察しが良いようですので説明するまでもないかもしれませんが。相手を『パーティ』に誘ったり『フレンドリスト』に加えたり、『念話』を繋げて会話することなどは、全て『意志』の操作で実行が可能です。また、大抵のことは感覚的に行えるように調整してありますので、特に説明などを受けなくとも利用上困ることは殆ど無いでしょう。

 あ、でも一応ゲーム内では『システムヘルプ』という単語を『意識』することで、その時に手が空いている開発チームのスタッフと『念話』を繋ぐ機能もご用意してあります。もしもゲーム内で何か不明なことが出て来た場合には、遠慮無く何でも訊いてみて下さいね」

「承知しました。しっかり覚えておきます」

「はい、それでは脱線しちゃいましたがキャラクターの作成作業に戻りましょう。まず最初に『戦闘職』から決めちゃいましょうか」

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