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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》

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27. 夜は遙かに - 3

 


     [3]



 『バロック商会』で希少素材を除くウリッゴのドロップアイテムを全て売り払うと、所持金は『10,130gita』にまで一気に増えた。

 内訳は肉が単価40×51個、肝が単価80×29個、毛皮が単価110×40個となっていて、今日だけで収入額は『9,360gita』にも達している。さすがに1万越えの大台には乗らなかったものの、狩りをしていた時間の割に、予想していたよりも随分と多額の収入を一気に得ることができた。

 もとより、これとは別に討伐報賞金も単価60×50匹で『3,000gita』貰える筈なので、実質的な収入は余裕の1万越えとも言える。ドロップ品の売却だけで懐が随分温かくなったことだし、報賞金の受け取りは別に急ぐ必要も無さそうだ。


「シグレはこのあと、何か予定とかあったりする?」

「いえ? 全くありませんが」

「よし、じゃあ買い物行こうよ買い物!」


 キッカからそんな提案がなされたのは、商館を出てすぐのことだ。


「もちろん構いませんが……何を買いにでしょう?」

「シグレの服。今日始めたばかりなんだから、替えの服とか持ってないでしょ?」

「……持ってないですね」

「シグレは【浄化】のスペルが使えるから、もしかしたら上着やズボンは着たきりでも何とかなるかもしれないけどさ。明日も同じ下着のままっていうのは、精神的に嫌じゃない?」


 想像してみて、思わず苦笑する。―――それは嫌だ。

 仮に【浄化】のスペルが衣類の汚れを完璧に落としてくれるのだとしても、割り切れない部分というのはある。


「まだこの時間なら衣料店も開いてるからさ。お金も入ったことだし、今から買いに行っちゃおうよ。私で良ければ見立ててあげるしさ」

「ああ―――それは正直、とても助かります。恥ずかしながら、今まで自分で服を選んで買った経験というものが無いので……」

「自分で買ったことが無いって……じゃあ普段は服、どうしてるのさ?」

「妹が買ってきてくれるので、任せていますね」


 現実世界(リアル)時雨(シグレ)は下肢が悪く、入院している病棟から外出することは滅多にない。なので衣類関係に関しては全て妹の菜々希(ななき)に任せてしまっていた。

 服ぐらいはネットの通販で購入しても構わなくはあるけれど……入院生活ばかりを続けていると見知った人としか顔を合わせる機会も殆ど無く、他人(ひと)の目というものを意識しなくなるせいか、服装に関しては無頓着になってしまうのだ。


「へえ……。今時珍しい、良い妹さんだねえ」

「ええ。自慢の妹です」


 それに、妹は色彩やデザインのセンスに優れているので、下手に時雨が自分で服を選ぶよりも、任せてしまったほうが良い結果になるという単純な事実もあった。


 街の中心部にある服屋を二店舗巡って、明日から必要な衣類を一通り買い揃えていく。

 かなり多めに買っておくほうが良い、というキッカのアドバイスを受けて、下着類を中心に結構な量を買い込んだ。魔物との戦闘を意識した上での、こちらの世界で活動しやすそうな機能性の高い衣服についても、キッカに見立てて貰った上で二揃いを購入している。

 買った物を何も考えず放り込んでおける、容量に制限が無い〈ストレージ〉の存在が有難い。他にも寝間着代わりに用いる就寝時用の服や、靴下やタオルといったものも購入した。

 大量購入したことで所持金は4,000gita近く減ってしまったけれど、これは生活する上で必要な出費だろう。宿泊している宿の人に預けておけば、衣類の洗濯などはやって貰えるのが一般的らしいので、今後は適宜忘れず利用するようにしなければならない。


 買い物を終えてから露店市に戻って軽食も取った後には、時刻は既に21時30分を回っていた。

 病棟の消灯は22時となっているので、普段の生活ならそろそろ眠ることも考え始める時間ではある。しかしながらゲーム世界に飛び込んだ初日と言うこともあってか、今のところ眠いという感覚は全く無かった。

 とはいえ、そろそろ宿に帰って落ち着くには良い頃合いかもしれない。昼に初めて出会ってからの駆け足半日、すっかりキッカには色々と世話になってしまった。別れ際には改めて、もう一度しっかり礼を言わなければならない。


「あー……。ところでさ、シグレ」

「はい?」

「唐突で申し訳無いんだけど、ひとつお願いとかしてもいい?」

「は、お願い……ですか? ええ、僕にできることなら、何でもしますが」


 何だか申し訳なさそうにキッカは告げるけれど。彼女から受けた恩を少しでも返せることがあるというなら、シグレに否やはない。それがどのようなものかは判らなくとも、喜んで請ける心積もりでいる。


「あはっ、そう言ってくれるとホント助かるかなあ。―――まだ時間は大丈夫? 大丈夫ならあと一件だけ付き合って欲しいんだけど」

「ええ、宿は確保してあるので全く問題ありません。『一件』とは、どちらに?」

「お風呂。こっちの世界ってさ、宿にお風呂って付いて無いんだよ……。でもさ、やっぱりお風呂には毎日入っておきたいじゃない?」

「そう……ですね。そうかもしれません」


 キッカに訊かれて、シグレは僅かに言葉を濁す。

 実際には、シグレは風呂に毎日入るというわけではない。下肢の不自由な時雨(シグレ)は入浴ひとつとっても看護師の介助を必要とするため、あまり高い頻度で入浴を求めると看護師の方の負担になりそうに思い、遠慮しているからだ。

 もちろん、看護師の方にとってはそれが仕事なわけだから、介助を求めた所で嫌な顔ひとつされることはないのだが。入浴介助というのはあれでなかなか重労働なので、介助を受ける側としても申し訳ないという気持ちが先に立つことでもあるのだ。


 ―――けれど、こちらの世界であれば。もちろん誰に面倒を掛けることもない。

 言われれば確かに、湯に浸かることで一日の最後に疲れを落としたい欲求というものが、ふつふつと沸きあがってくる思いがした。


「行きましょう。僕も銭湯の場所は把握しておきたいですし」

「おっ、乗り気だねー。行こう行こう!」


 『王都アーカナム』に唯一の浴場が、現在地からそれほど離れていない場所にあるらしいので、キッカに案内されながらそちらへと向かう。


「大きな都市なのに、銭湯は一箇所しか無いのですか? もっとあっても良さそうなものですが……」

「こっちの〈イヴェリナ〉に住む人達には、どうもお風呂に入るって風習自体があまり無いみたい。水やお湯で身体を拭いたりとかはするらしいんだけどね」

「なるほど……」

「だから、こっちの世界で『お風呂』っていうと、普段仲の良い人と一緒にお湯に浸かってさっぱりする、一種のリフレッシュ施設みたいな扱いになってるのかな。

 今から行く所も『共同浴場』みたいに人が入り乱れる場所じゃなくて、個室みたいに区切られたお風呂を二時間幾らで借りる、みたいな感じで……料金システム的には、個人にじゃなくて部屋全体に料金が掛かるカラオケみたいな?」


 そう言われても、カラオケに行ったことがないシグレには、いまいちピンと来なかったが―――要は室料制であるということなのだろう。


 先導されるままに街を歩くと、然程も経たないうちに『貸湯温泉・松ノ湯』という看板を掲げた建物へと辿り着く。

 日本的な瓦葺きが為された屋根を持つ大きな建物が、ファンタジー色の強い街並みの中から唐突に現れると、相変わらず妙な違和感を覚えずにはいられない。

 ……正直、少し慣れつつもあるけれど。


「ただの銭湯かと思ってましたが、温泉なのですか?」

「あ、ゴメン言ってなかったかも。―――うん、温泉なんだ。だからお高くてね」


 キッカはそう苦笑しながら答える。


「店内に浴場が、大小合わせて十四個ぐらいあってね。その中のひとつを、浴場ごと二時間単位で借りる感じの『貸湯』ってシステムになってるんだ。

 たまにフレンドの誰かが一緒に来てくれるとき以外は、普段私ひとりで利用してるんだけど……そうなると貸湯料金をひとりで払わなきゃいけないから、正直結構負担がキツくってっさあ……」

「ちなみに幾らぐらいするものなのでしょう?」

「一番狭い浴場だと、二時間借りて1,400gitaぐらい」

「高っ」


 物価を考えるまでもなく、そう断言できた。

 何しろ、宿に部屋を一週間借りられる程の額である。安かろう筈がない。


「うん、高いんだよね……。でもお風呂だけは毎晩欠かさず入りたいし。

 ……そんなわけでさ、都合が合う時だけでもいいから、今後は良ければシグレも一緒に来て半額を受け持って貰えないかな? 700gitaなら毎晩払ってもそこまでキツい負担じゃないと思うし」

「ああ、そういうことですか……。なるほど、合点がいきました」


 確かに、1,400gitaと言われるとちょっと辛いが。700gita程度であれば、毎日の出費として許容できない範囲では無いだろう。

 週に一度でも、今日のようなウリッゴ狩りに付き合って貰えるなら。その収入だけでも余裕でペイできる数字ではある。


「僕も風呂は、入れるなら毎晩でも入りたいですし、料金を半額持つのも全く構いませんが。ただ、その……僕は見ての通り、男ですので。浴場を一緒に使う、というのは些か問題があるのでは……?」

「あ、それは大丈夫だと思うよ? こっちのお風呂は現実(リアル)のと違って、湯船にタオルを付けるのがどうこう……とか、そういうの厳しく言われないし」

「ああ、まあ……。それなら大丈夫、でしょうか……?」


 バスタオルを身に付けた女性が風呂に入る映像ぐらいは、温泉を紹介するテレビ番組などで映る機会も普通にある。

 露出もそれほど多く無いだろうし、大丈夫……な気もしなくもない。多分。


「ただ、脱衣所を利用するときと、あとは身体を洗うときだけは色々見えちゃうかもしれないから。なるべく見ないように気をつけて欲しいかな?」

「ぜ、全然大丈夫じゃないじゃないですか……!」

「あははっ、気にしない気にしない! 見られたらその時はその時。どうせお互いに本物(リアル)の身体じゃなくて、あくまでゲーム内のアバターなんだしさ」


 ―――確かに、それ自体は間違いではないのだろうけれど。

 顔の造形や体格に関して、完全に現実の自分と一致したアバターが用意されるこの世界で……その言い訳に果たして意味などあるのだろうか。

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