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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》

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26. 夜は遙かに - 2

 


     [2]



 都市に設けられた施設のうち、商会の窓口として利用されている建物は『商館』と呼ばれる。商館は行商人を相手に商品の売買を行う取引所であると同時に、魔物から得られるアイテムを売りたいと考える掃討者の為の買取窓口でもある。

 原則として商館はどの商会が運営するものであっても、早朝から深夜まで24時間体制で営業が行われているため、掃討者は時間を気にせずいつでもアイテムの換金に訪れることができた。


 『王都アーカナム』を拠点とする商会のひとつである『バロック商会』の商館は、街の中心部よりも少しだけ東寄りに位置している。

 西門先で狩りをしてきた掃討者が立ち寄るには少し遠回りになる位置だが、それは仕方の無いことでもあった。『バロック商会』に限らず、『王都アーカナム』で活動する商会というのは、その大半が街の中心よりも東寄りの場所に商館を構えているのだ。


 中央都市のひとつである『王都アーカナム』の東門から伸びる交易路は、途中で幾つかの小さな街を経由しながら、やがて『東都アマハラ』という別の中央都市に接続される。この二つの都市は、位置関係上お互いが『最も距離の近い中央都市』であるので、古くから非常に交流が盛んな都市同士でもあった。

 〈イヴェリナ〉世界に於ける『国』とは『中央都市とその周辺にある衛星都市』を一纏めにしたものを指す。

 なので『中央都市』というのは『国家の首都』でもある。中央都市同士で盛んな交流があるという事実は、そのまま『国家間の交流が密』であるのだと言い換えることができた。


 〈イヴェリナ〉には『天主六神』と呼ばれる、特に代表的な六柱の神様がある。

 街の中心部に巨大な大聖堂を有する『王都アーカナム』で信仰されているのは、主神『リュダーナ』。これは〈聖職者〉や〈聖騎士〉が信仰する神様であると同時に、平和や秩序を愛し求めるが故に、魔物との闘争を主導する『掃討者』の神様としての一面を持つ。

 リュダーナの膝元である『王都アーカナム』では、当然ながら『掃討者ギルド』の運営にもそれだけ力が入れられており、掃討者の人数規模は中央都市の中でも最大級と言われている。

 一方の『東都アマハラ』で信仰されているのは、その都市名の由来ともされている祭神『アマハ』である。こちらの神様は〈巫覡術師〉の信仰対象であると同時に、豊かさを希求することの大切さを説く、賑わい事と商売の神様でもある。

 国を挙げて商売に注力しているためため『東都アマハラ』を拠点とする商会は中央都市の中でも群を抜いて多く、規模が大きなものも少なくなかった。


 多数の『掃討者』を有する『王都アーカナム』と、多数の『商会』を有する『東都アマハラ』。この二つの都市が最も近い距離で接続されていればどうなるか―――というのは、最早考えるまでもない。

 アマハラに拠点を構える大規模の『商会』は、この二つの都市を接続する交易路を極めて重要視し、両都市の『掃討者ギルド』に資金を供することで通行の安全を脅かす魔物に多額の報賞金を掛ける。すると互いの都市に属する『掃討者』は報賞金目当てに、二つの都市を行き交いする形で、他のエリアよりも優先して接続路の魔物を討伐する。

 結果としてこの二つの都市を結ぶ交易路は、〈イヴェリナ〉の中でも最も安全な街道として有名なものとなっていた。身を護る最低限の装備さえあれば、旅人は護衛を連れなくとも互いの都市を行き交いできる―――遠方の都市でもそんな噂がまことしやかに囁かれ、実際に噂は真実でもあった。

 当然ながら、それほど高いレベルで安全が確立されている街道などというものは、いかに〈イヴェリナ〉広しと言えども他に類を見ない。


 そんな事情もあって『王都アーカナム』の中でも特に東側は、アマハラに対する玄関口として機能する『商業区』として賑わっているのだ。

 商店や宿が多く、露店が並んでいる通りも多い。街路には馬車の通行が多く、都市に属する商会が多くの商館を構えている。


 『バロック商会』が都市の東側寄りに商館を構えているのも、その慣習に従ってのものだ。

 同商会の主要取扱品目は食品と生活用品。アーカナム都市内での商店や飲食店の経営に重きを置く商会であり、実はアマハラとの交易にあまり積極的な商会というわけでも無いのだが。取引のある商会がこぞって都市の東地区に商館を構えている都合上、やはり同じ地区を拠点としていたほうが取引上で有利な面というのは多い。



     *



 ―――といった内容の話を、街中を移動しながらキッカから教わる。


「だから魔物の報賞金だけなら、東門を出た先で狩りをしたほうが美味しかったりするかな。他の方角の魔物に比べて、報賞金が3割から4割ぐらい多い額になってるから」

「ふむふむ……3割の差は大きいですね」

「シグレも知ってるかもだけど、こっちの『星白(エンピース)』の人は『生産職』をひとつも持ってないことが少なくないからさ。ドロップアイテムを目的に狩りをする、っていうのは旨みが少ない場合があるんだ。

 その点、最初からドロップを期待せずに報賞金だけを目当てに狩りをするなら、『生産職』を持っているかどうかで有利不利が生じることも無いからね。掃討者ギルドの二階にある『パーティ募集』の掲示板でも、アーカナムとアマハラの間で報賞金重視の狩りを目的した、パーティメンバー募集の貼り紙は結構多いみたい」


 生産職をひとつも持っていないということは、種類を問わずアイテムのドロップ率にボーナスを得られないという不利を意味する。そういう人に取っては、魔物を1体倒す事に固定額で支給してくれる報賞金の方が、安定収入にも繋がるし重要視されやすいのだろう。

 ウリッゴを狩る人が少ないのも道理である。ウリッゴは討伐報賞金が『60gita』とあまり多く無いので、肉や毛皮などをどれだけドロップしてくれるかが収入に直結してしまう。〈調理師〉持ちにとっては美味しくとも、そうでない人にはあまり食指も動かないだろう。


「供給が少ないからこそ、喜んで貰えるわけだけどね」


 一方で、そう告げるキッカの言葉もまた真実ではある。

 事実、キッカが先程『バロック商会』の知り合いに念話で連絡を取り、ウリッゴの肉や毛皮を今から持ち込む旨の話をした所、先方からは大いに喜ばれたそうだ。


 街の中心部にある広場、そこに開かれている露店市は夜になっても賑わいが衰えることはないようだ。喧騒の中を潜り抜けるようにして街の東側に出ると、今度は中心部から連なる街路の幅が途中から明らかに広くなった。

 商業関係の建物が中心となる東地区の街路には、行き交いする馬車が安全にすれ違えるだけの広さが必要なのだろう。街灯の(いろ)を華やかに映す瀟洒な街並みを歩いて行くと、ほどなく『バロック商会』の看板が吊り下げられた建物へと辿り着く。


 商館は三階建ての煉瓦造りで、建物自体は意外なほど小さい。

 ―――と思っていると、隣のキッカから「倉庫は隣ね」と教えられる。

 なるほど、すぐ隣には幌馬車がそのまま入れるような、いかにも『倉庫』らしい大きな建物がある。どうやらシグレの目の前にある小さな建物は、交渉事の窓口や事務処理にだけ使うものであるらしい。


 先導するキッカが商館のドアを開けると、備え付けのドアベルがカランカランと小気味の良い音を立てた。

 都市の街路には一定間隔で街灯が備え付けられているため、ここまでの道中も決して暗かったわけでは無いのだが。立派なシャンデリアが取り付けられた商館の室内は、その外の景色が霞みそうになるほどに明るかった。

 小さめの外観に即して中はそれほど広くはなく、部屋の全容はすぐに見通すことができる。室内には商談をするためのものか、三人ぐらいまでなら座れそうな幅の広いソファーが二つ、間に小さな座卓を挟んで置かれている。

 狭いながらに手入れが行き届き清潔感のある部屋を見て、シグレは率直に好印象を抱いた。

 商人としての財力を示すような、無駄に広く華美に富んだ部屋に案内されるよりは、手狭であっても心地よさが伴う部屋に迎えられる方が、客の側としては良質な歓迎を受けているような気持ちにもなる。


「―――いらっしゃい、キッカ。今日は素敵な紳士がご同伴なのね?」


 ドアベルで来客に気付いたのだろう。帳簿のようなものを片手に抱いた、大人の女性が奥の部屋から姿を見せる。

 細い眼鏡を掛けた女性で、長い亜麻色の髪を後ろで束ねている。相当に目が悪いのか、眼鏡のレンズには強めの度が入っていることが見て取れた。


「あはっ、いいでしょ。今日はウリッゴの素材を持ってきたよ」

「念話で言っていた物ね、もちろん買い取らせて頂くわ。―――でも、先にそちらの方を紹介して頂いて構わないかしら?」


 女性はキッカに向けてそう告げたあと、まじまじとシグレのほうへ値踏みするかのような視線を寄せてくる。

 実際、取引相手としてどうなのか見定められているのだろう。今は杖も〈インベントリ〉のほうに仕舞っているから、防具も何も身に付けていないシグレは、あまり『掃討者』らしい格好に見えていないに違いない。


「この人はシグレ。私と同じ『天擁(プレイア)』の掃討者だから、私の時と同じように、色々判らないことは教えて上げてくれないかな」

「まあ……。『天擁』の方はどうしても、こちらの世界の知識に疎い部分がありますからね。―――初めまして、(わたくし)は『バロック商会』の副代表をしております、ゼミスと申します。私でお役に立てるかは判りませんが、いつでもどのようなことでも、ご相談に乗りますわ」


 ゼミスと名乗った女性はそう告げて、片手をシグレのほうへ差し出してくる。

 『プレイヤー』である所の『天擁』は、こちらの世界では『異界からの旅人』として知られている。他の世界からの来訪者なので常識に疎い、という事実は『星白(エンピース)』の人達の中でも一般的に知られていることだった。


「えっと……初めまして、シグレと言います。どうぞよろしくお願いします」


 差し出された手に握手をしながら、シグレは小さく頭を下げてそう告げる。

 背は自分よりも少しだけ低く、歳は二十代の後半ぐらいだろうか。浮かべている笑顔は柔和なものでありながら、しかし商人らしい怜悧な目をした女性だった。


「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。―――本日、キッカと一緒にウリッゴを狩りに行っていたお話は伺っております。素材の持込みはいつでも大歓迎ですので、どうぞ商会共々よろしくお願い致しますね。

 ご迷惑で無いようでしたら、シグレ様をフレンド登録させて頂いてもよろしいでしょうか? 掃討者の皆様のことは、私共も何かと頼りにさせて頂く機会が多いですので」

「勿論です。自分でもよろしいのでしたら」


 速やかにゼミスから送られてきた『フレンド申請』のウィンドウに、シグレもすぐに意志操作で了承を示す。

 まだこの世界に来た初日だというのに、フレンドリストに列挙されている名前は早くも四人目に達していた。


「ありがとうございます。商会に素材を持ち込んで下さる際には、よろしければ私のほうへ事前に『念話』にてご一報下さいませ。もちろん連絡無しに来て頂いても大丈夫ではあるのですが、その場合には私ではない別の者が買取を担当する場合が多くなるかと思います」

「承知しました。連絡を入れてから伺うように致します」


 素材を持ち込む際に同じ人が対応してくれるほうが、シグレとしても有難い。


「ええ、よろしくお願い致します。さて……一応慣習としまして、掃討者の方から初めて素材を持ち込んで頂く際には、ギルドカードの写しを取らせて頂くことになっております。シグレ様のギルドカードを拝見させて頂いても構いませんか?」


 ゼミスの言葉に首肯し、〈インベントリ〉から取り出したカードを手渡す。

 このあとギルドカードに記された天恵の一覧を見て、ゼミスに随分と驚かれてしまったけれど。自分の天恵を知った人が一様に示すその反応には、さすがにシグレも少し慣れ始めていた。

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