25. 夜は遙かに - 1
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「―――よう、少年。無事に戻って来たか、何よりだな」
「お陰様で。ご忠告頂いた通り、無理はしませんでしたので」
「うむ、それがいい。無理なんかしても何も良いことはないさ。門衛なんかやってると特にそう思う。外に出て行くのを見た最初の姿が、そのまま見納めだなんていう悲しいこともあるからな。……割合早めに戻って来たようだが、一体何を狩ってきたんだ? 怪我はしてないか?」
二人合わせてウリッゴを100体討伐したのち、戻って来た『王都アーカナム』の西門。通過して街の外に出たときと変わらず、その場の責任者として西門に立っていた衛士頭の人に、シグレはそんな風に話しかけられる。
〈ウィトール平原〉から戻ってくる間にすっかり陽も暮れて、辺りは夜になってしまっていた。さすがにこの時間ともなると門を通行しようとする人もあまりいないのか、西門を守る衛士の人達には暇を持て余している様子が窺える。
門の脇で突っ立っているシグレに積極的に話しかけて来る辺り、どうやら衛士頭の人も例外ではないらしい。
「ウリッゴを狩りました。キッカが―――狩りに同行してくれた仲間が護ってくれましたから、ご覧の通り怪我ひとつしていませんよ」
「ほほう、ウリッゴか。掃討者として不慣れなうちは、厄介な魔物として有名なんだがな。戦果はどうだ? 肉や毛皮は十分な量が獲れたか?」
そう訊かれて―――その辺の事情を他人に素直に開かして良いものか、シグレは一瞬迷ってしまう。
キッカがいれば判断を仰げるのだが、彼女はいま詰所を借りてそちらへ着替えに行っているため、この場にはいない。衛士頭の人に話しかけられたシグレのほうも、キッカを待っていてちょうど手持ち無沙汰にしていた所なのだ。
パーティ会話でキッカに確認を取っても良いけれど―――相手は責任ある立場の人なのだし、別に隠し立てせず正直に話してしまっても問題無いだろうか。
「討伐数は二人合わせてちょうど100匹、収集品は……肉が70に毛皮が40といった所ですね。他にも細かいのが幾つか」
「おお、短時間の割に大戦果じゃないか! いいよなあ、ウリッゴの肉。適当に塩を揉み込んで焼くだけでも上手いんだ。……というか、討伐数の割に本当に大戦果だな。〈調理師〉の天恵持ちか?」
「ええ。自分も仲間も、どちらも持っていますね」
「なるほどなあ、それなら納得もいくってもんだ」
二人とも〈調理師〉の天恵を持っていることで、調理素材のドロップ率に掛かるボーナスは合わせて『+100%』にも達する。
通常の倍ものドロップアイテムが期待できるわけだから、二人で狩っているにも拘わらず〈インベントリ〉に分配されている量は多い。街に戻ってから換金すれば、とりあえず何日かは宿代を気にせず過ごすことができるのではないかと、シグレも内心では期待していた。
「なあ、少年。ええと、確かギルドカードに書いてあった名前は『シグレ』だったか? ものは相談なんだが―――その食材、俺に少し格安で融通しちゃくれないか」
「融通……ですか?」
「だいぶ引いてきたとはいえ、まだこの季節の夜はそれなりに冷えるからな……。部下の皆に美味いもんでも喰わせてやりたい。その点、狩ってきたばかりの鮮度の良いウリッゴの肉なら、絶対に外れようがないからな。
―――ああ、勘違いしないでくれよ? これはあくまで俺の個人的な交渉であって、衛士頭という立場は全く関係ない。気乗りしないなら自由に断ってくれて構わんぞ?」
なるほど。上司として部下に美味いものを、か。
そういう事情を聞かされれば、シグレにも否はない。魔物を狩って手に入れたアイテムは各々の〈インベントリ〉へランダムに分配されるので、狩場からの帰路の最中にキッカとは『お互いの〈インベントリ〉に入ったアイテムは自分のもの』にするということで、分配に関しては既に話がついている。
なのでシグレが手に入れている分の食材に関しては、自分の判断で譲ってしまっても構わないはずだ。
「衛士の方の人数が判らないので、必要数量の見当が付かないのですが……お幾つぐらい入り用でしょう? よろしければ『肝』も37個までならお譲りできますが」
「そいつはありがたい! 肝は酒に合うんで俺の好物なんだ。そうだなあ……肉を20に肝を8ほど譲って貰えないか? 安めで申し訳ないが、単価は肉が30gita、肝が60gita程度でどうだろう」
「では、肝はサービスします。肉20個で600gitaということで」
「いいのか? なんだか済まねえなあ、少年。その額なら隊の晩飯予算から足も出ないし助かるぜ」
600gitaあれば、とりあえず宿に3日は泊まることができる。これだけ貰えればシグレとしても不満は無かった。
唐突にシグレの視界に表示された『取引』のウィンドウには、『ガウス』という相手から『600gita』が提示されていることが記されている。ガウスというのは、おそらく衛士頭の人の名前なのだろう。
ウリッゴの肉を20個、肝を8個、どちらも品質の良いものを『意志』による操作で抽出した上で、『取引』ウィンドウにシグレの側からの提示品として並べる。すぐに取引は成立へと至り、シグレの〈インベントリ〉には600gitaが加算され、所持金が4桁に戻った。
「応、お前ら! 掃討者殿から晩飯に新鮮なウリッゴの肉をかなり安く提供して頂いたぞ! 丁重に感謝を申し上げろ!」
衛士頭の人が張り上げるような声量でそう告げると、周囲に居た衛士の人達から一斉に『あざーっす!!』と声が上がり、辺りに喝采が湧き起こる。
自分が受け取った額が安いのかどうか、シグレにはいまいちピンと来ていなかったけれど。肉を提供する程度のことでこれだけ喜んで貰えるなら、提供した側としても悪い気はしない。
「……え、なになに? どしたの?」
とはいえ―――ちょうど着替えから戻って来たキッカは、急に賑やかさを増した西門の光景を目の当たりにして、随分と怪訝そうな目をしていたけれど。
*
街を歩きながら西門であった一件について話をすると、キッカはなるほどねえと呟き、二言目には「いいんじゃない?」と賛同を示してくれた。
「ほら、私達は掃討者なわけだから、自然と門衛の人達とは顔を合わせる機会も多くなるわけだし。食材をちょっと融通する程度のことで仲良くできるなら、良いことだと思うよ?」
「そうですね……。幸い、喜んで頂けたようですし」
「そりゃあ喜ぶだろうねえ。門衛の人達はいつも夜の20時ぐらいになると、門を出てすぐの所で夕ご飯の煮炊きを始めるんだけどさ。ウリッゴの肉は焼くだけでもかなり美味しいから、今夜はきっとみんなでバーベキューでもするんじゃないかな?」
「ははっ、なるほど」
バーベキューか。やったことは無いけれど―――それは確かに、想像してみるだけでもテンションが上がりそうだ。
「お互い〈調理師〉持ちなわけだし……今度ウリッゴを狩りに行くときには、少し現地で焼いて食べちゃうのもいいかもだね。調理中や食事中でも、シグレが居てくれれば周囲の警戒はお任せできちゃうし、野外調理用の器具は私が持ってるからさ」
「ああ、それは楽しそうですね……。もう次回が待ち遠しいです」
「あはっ。ま、でも今日の所はとりあえず手持ちの食材は全部売り払っちゃおう。色々と先立つものも必要だろうし」
キッカの言葉にシグレも頷く。生産などに使う為に食材が欲しくなったら、また二人で狩りに行けばいいだけの話なのだから、いまの手持ち分は全て売り払ってしまって問題無い。今回でだいぶ慣れることができたから、次回はもっとペースを上げて狩ることも可能だろう。
ゲームの仕様上、通常のオンラインゲームとは異なり、自分がこちらの世界―――〈イヴェリナ〉にログインしている時には必ず、相手もログインしているという事実が有難い。
時間を決めて約束などを予め取り付けなくとも、キッカと共に狩りをする機会は今後幾らでも簡単に作ることができる。
「そういえば……食材と毛皮をどこで売るかは、もう決めてあるのでしょうか? 一応掃討者ギルドの掲示板で『買取希望』の用紙は一通り回収してありますが」
内容の詳細までは確かめていないが、回収した用紙の中にはウリッゴから得られるアイテムの買取について記されたものも、幾つかあったことは覚えている。
用紙には『買取希望』を出している商会の地図が必ず記されているので、これから地図を頼りに訪ねてみるのも良いだろう。
「あ、素材を売りに行く商会はもう決めてあるんだ。『バロック商会』っていう所なんだけど、この世界に来てからの一ヶ月、私が随分と仲良くさせて貰ってる商会でね。食材系は何でも買い取ってくれる商会で、たぶん毛皮の買取も受け付けてくれると思う。
商会の副代表の人が買取を担当してるんだけど、この人が親切な良い人でさ。まだこの世界のこと何も判らなかった頃から、随分とお世話になっちゃってるから。今回、シグレのことも私と同じ『天擁』として紹介しておきたいんだよね」
「なるほど……。それは、わざわざすみません」
「ううん、私が紹介したいだけだから。それにきっと向こうも喜ぶだろうし」
キッカが持っている生産職は〈調理師〉だけなので、彼女と共に今後狩りをする時には、やはり食材系のアイテムをドロップする魔物がメインになるだろう。
調理素材を何でも買い取ってくれる商会ということであれば、今のうちに紹介して貰った方が、狩りを終えたあとキッカと一緒に足を運ぶ機会が多くなりそうなので、確かに有難い。
「そうそう。―――これ、良かったら貰って?」
端的にそう告げたキッカが、目の前に表示させたウィンドウを見ながらちょっとした仕草をすると。直接シグレの〈インベントリ〉に何かのアイテムが入ってきた。
どうやら一緒にパーティを組んでいる相手なら、近くに居れば『取引』ウィンドウを開かずとも、直接アイテムを〈インベントリ〉間で渡し合うことが可能であるらしい。自分の〈インベントリ〉を表示させて確認してみると、キッカから渡されたのは『ウリッゴの隠し牙(13個)』と『ウリッゴの崩石(7個)』の二種類だった。
どちらも希少素材であり、売ればそれなりの値段になるのだと既にキッカからは聞かされている。
「お気持ちは有難いですが、受け取るわけには……。これから『バロック商会』に行くわけですし、そちらで一緒に売られては?」
「んー……『バロック商会』は食品と生活用品関係の扱いがメインの商会だから、素材のカテゴリ的にたぶん買い取って貰えないかなあ。仮に買い取ってくれたとしても、相場より随分安くなっちゃうと思うんだ。
だからさ、この素材はシグレにあげる。『生産職』を全部持ってるシグレになら、使い途はきっとある筈でしょ? 代わりにさ、この材料を作って今後何かを生産することがあったら、完成品から少しお裾分けして欲しいな。そういうのがあればさ、少しは『生産職』を上げる意欲も湧くでしょ?」
「それは……そうかもしれませんが」
シグレとしては、少なくともお金に余裕ができるまでの当分の間は『生産職』に関してノータッチでいるつもりだったのだが。
確かに……フレンドから『投資』されている素材アイテムを持っていると思えば、多少なりとも生産を進めようかという意欲も湧きそうではある。
「判りました、そういうことでしたら……。但し、ひとつ条件が」
「うん? 条件?」
「これで何かを造った場合、お裾分けの受け取り拒否は認めないですからね?」
「―――あはっ、そんなこと? うんうん、喜んで貰うよ!」
自分の作ったアイテムが仲間の為に役立つなら―――それは面白そうではある。
近日中に何かの『生産職』のギルドを訪ねてみるのも、悪くないかもしれない。




