20. 狩猟 - 1
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「うむ、掃討者ギルドの正式なカードに間違い無いようだ。作成日は……今朝作ったばかりだな。今日が初めての狩りか? 頑張れよ」
「ありがとうございます、精一杯やってみます」
「無理はするなよ。……そこまで極端な天恵をしている奴は俺も初めて見た。同行する先輩の指示に従い、まずは自分の身の護り方から学ぶといい」
どうやら堅苦しそうな顔つきの割に、案外気の良い男性であるらしい。衛士頭の男性はシグレに対してそうアドバイスを送ると共に、ニッと笑いを零した。
―――街の西門。
『王都アーカナム』は、外敵である魔物から市民を守るため、街全体をぐるりと取り囲む巨大な壁が張り巡らされた城郭都市である。およそ10メートル程の高さはあろうかという巨大な城壁は到底乗り越えられるようなものではなく、街の出入りは東西南北にひとつずつ設けられた門からしか不可能だ。
西門に詰めている十数人ほどの衛士を束ねる衛士頭の人に、魔物を狩るために門を通行したい旨を伝え、シグレとキッカの二人が身分証であるギルドカードを提示すると。掃討者の対応は慣れたものなのだろう、衛士頭の男性は手早くシグレ達のカードを検めた上で、すぐに通行の許可を出してくれた。
「いつも通り、外の詰所を使わせて貰うね?」
「構わんぞ。今はちょうど、中でアーチャという者が休憩に使っている」
「ん、ありがとう」
通行の際に、キッカはそんなことを衛士頭の人と話す。
門を出てすぐの場所―――城壁の真下には、それほど大きくはない平屋の建物が建てられていた。入口部分には『衛士詰所』と書かれた看板が立て掛けられている。
なるほど、これがいまキッカが言った『詰所』なのだろうが―――。
「今の〝詰所を使う〟というのは?」
「そのままの意味だよ? ちょっと更衣室代わりに建物使わせて貰うねってこと。見ての通りまだ鎧も何も身に付けてないからさ。着替えてくるから、ちょっと待ってて貰ってもいい?」
「ああ、そういう事ですか……。判りました、ごゆっくりどうぞ」
門を出て街の外に出れば、そこはもう魔物の棲む領域である。
この先に進めば、いつ魔物との戦闘になってもおかしくはない。防具と言えるものをまだ何も持っていないシグレはともかくとして、〈騎士〉である彼女には準備が必要だろう。
アイテムは〈インベントリ〉や〈ストレージ〉に入れておけば嵩張ることはないものの、収納したアイテムを取り出すことができるのは右手か左手にだけである。武器や盾であれば手に出したものをそのまま使えば良いが、防具となると〈インベントリ〉に入っている鎧を取りだした後、当然着替えが必要になる。
(景色が広いな……)
門を通過して街の外に出たことで、視界の隅に開いたままのマップに示された現在地名は『ウィトール平原』へと変わっている。
平原という割に多少の起伏はあるようだが。門よりも向こう側、見渡す限りに建物の姿は無く、かなり遠い所まで景色を眺めることができた。
どこまでも草原が続く中、点々と立つ樹木が時折、群れをなすかのように小さな林地を形成している。緑の自然が溢れた光景は、見ているだけで心を楽しませてくれる。
「ごめんね、シグレ。お待たせ」
「いえ、もっとゆっくりでも大丈夫ですよ」
10分と掛からずに着替えを終えて詰所から姿を見せたキッカは、概ね『軽装』と言ってよい格好をしているように見えた。金属で補強されているのは胸当てだけであり、その保護面積もあまり広くはない。あとの大部分は皮革で構成されており、堅く締めた皮革で要所を守っている。
この程度の格好であれば、動きはそれほど阻害されないだろう。重量もそれほど重くはなさそうに見える。もちろん防御力もそのぶん控えめではあるのだろうけれど。
「どう? 似合ってる?」
「ええ、とても良くお似合いです。―――ですが実は、もっと重装備をされるのかと思ってました」
殆どのMMO-RPGに於いて〈騎士〉と言えば最も防御役に向いた職業であり、敵の攻撃を一手に引き受けるパーティの要でもある。
〈騎士〉に求められる役割はとにかく『硬いこと』であるため、殆どのプレイヤーは防御に傾倒し限界一杯にまで重装備を選択する、というイメージがシグレにはあった。
「防御力重視の時はそういうのも着るよ? ダンジョンとかに潜るときなんかは、魔物の攻撃に耐えることがメインになるから重い防具を選ぶし。
でも今日やるのは地上狩りだからね。開けた場所で戦うのなら槍も柄が長いものを振り回せるし、間合いを取って『受流し』に『回避』を混ぜて戦うほうがやりやすいから」
「なるほど……」
―――戦う場所に応じて武器や防具を選ぶ、ということか。
ダンジョンのような閉所で戦うなら、槍には柄が短めのショートスピアを選ばなければならなくなるだろう。長い武器では取り回しが悪くなり、戦いにくくなってしまうからだ。
柄が短い槍に持ち替えれば武器のリーチもそれだけ短くなり、魔物相手に取れる間合いも短くなる。近い距離で戦えば『回避』しきれない攻撃が多くなるので、そのぶん防御力の重要性も増す。開けた場所と閉所とで装備を変え、合わせて戦闘スタンスも変えてしまうというのは、なるほど理に適っている。
「あと、あんまり重い防具を装備しちゃうと、[敏捷]だけでなく移動速度も下がっちゃうからね。フィールド狩りの時にはそれなりの距離を歩かないといけないことも多いから、重い鎧はちょっと選びにくくて」
重い鎧を装備していても移動速度が下がらなくなるスキルというのは有るらしいのだが、キッカはそれを修得していないらしい。
軽装と重装―――複数の戦闘スタンスを持つことは戦闘の幅を拡げてくれるだろうけれど、柔軟に戦えるキャラクターを作ろうとすれば、それだけ取りたくなるスキルも多くなる。
本当に必要なスキルにはきっちりスキルポイントを割り振りつつも、妥協出来る箇所では諦めることも必要になってくるということだろう。
「被弾したらそれなりにダメージを貰うと思うから、回復はお願いね?」
「ええ、それは任せて下さい」
今日の狩猟対象である『ウリッゴ』という魔物が生息するエリアまでは、徒歩で二十分ほど掛かるらしい。
西門から続く街道を歩きながら、シグレとキッカの二人はそれぞれ相手のステータスウィンドウを開き合い、お互いに修得しているスキルやスペルの情報を交換し合う。
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キッカ/天擁・人間種
戦闘職Lv.8:騎士、槍士
生産職Lv.1:調理師
最大HP:742 / 最大MP:219
[筋力] 65 [強靱] 75 [敏捷] 45
[知恵] 42 [魅力] 51 [加護] 49
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◇ HP回復率[10]: HPが1分間に[+74.2]ポイント自然回復する
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〈騎士〉であるキッカが持つスキルの中でも、何よりシグレにとって有難いのは《庇護》というスキルで、これは味方を1人だけ選んで『スキルを解除するまで被ダメージを肩代わりする』という効果を持っている。
ウリッゴの魔物レベルは『7』であり、キッカはともかくシグレから見れば格上の相手である。レベル1の魔物である『ピティ』から殴られても死ぬかも知れない―――とギルド職員のクローネに言わしめたシグレが、この格上の魔物から1発でも攻撃を受ければどうなるかは、最早考えるまでもない。
しかし、その危険性をキッカが同行してくれる場合に限り、丸ごと無視できてしまうというのだから凄まじい。シグレが受ける全てのダメージはキッカに移し替えられてゼロとなり、キッカは〈騎士〉らしく『742』と高いHPでこの攻撃に容易に耐えることができる。
そして先に退場させられる危険性さえ無ければ、シグレは回復スペルでキッカを助けることができる。これによりキッカは目の前の敵に専念することができ、ポーション代も抑えることができる。
―――更に、キッカは『修道騎士』というスキルを持っている。
これは〈騎士〉または〈聖騎士〉だけが修得できる常時発動スキルで、スキル習得者が味方の〈聖職者〉から回復スペルや支援スペルを受けた際に『MPを回復できる』という効果を持っている。
このゲームでは、MPの自然回復は『MP回復率』というステータスによって管理されている。しかし、このMP回復率というステータスは、魔法効果が付与された装備品などで補強していない限りは『術師職』の人だけしか持っていないらしい。大半の掃討者のMP回復率は『0』となっている。
つまり『術師職』でない人は普通『MP』が自然回復することはない。唯一、誰でも例外的にMPが全回復できるのは、朝に目を覚ましたとき―――つまり『天擁』にとっては、ゲームにログインした瞬間だけである。
「ポーションとかを飲んでMPを回復させることはできるけどね」
そうキッカは補足したけれど、当然ながらそれは『ポーション代が掛かる』ということを意味している。
しかし―――シグレが同行していればその出費はゼロになる。シグレが治療スペルを行使してキッカのHPを回復させれば同時に、シグレがスペルを使うために支払った『消費MP』と同じ量だけ、『修道騎士』のスキルによりキッカは自分のMPを回復させることができるからだ。
もちろん回復に限らず、シグレが強化を与える支援スペルを掛けた場合でも、彼女はMPを回復することができる。シグレが使用可能な全『36種』と幅広いスペルの中には、味方に回復や強化を与えるスペルが幾つも存在しているので、このスキルの恩恵を活かさない手はなかった。
更に更に言えば―――シグレが使えるスペルは回復や支援に留まらない。
敵に状態異常を与えたり、能力を低下させるような弱体化効果を持つスペルも使うことができるし、キッカの後ろから攻撃スペルで援護して、火力を更に積み増すようなこともできる。
『敵の攻撃に脆い』という最大の弱点をキッカが完璧に補ってくれる限り、彼女の後ろからシグレが支援出来る領分というものは、およそ『魔術師』の枠に留まらないほど手広いものでもあった。
その上、シグレが持っている天恵は『術士職』のものだけではない―――。
「―――ああ。なるほど、あれがウリッゴですね。確かに猪に良く似ている……。およそ200メートル先に2体居ます」
「え、もう見えるの? まだ私には全然見えないんだけど……」
「自分には《魔物感知》と《千里眼》のスキルがありますので」
「ああ……そういえば〈斥候〉の職業も持ってるんだっけ……」
そう、シグレは『術士職』のみならず〈斥候〉の天恵も有しているのである。
《魔物感知》と《千里眼》は、スキルポイントを使わずとも〈斥候〉の天恵を持っていれば誰でも最初から修得しているスキルなので、当然シグレもそれを使うことができた。
前者の《魔物感知》があれば、自分を中心に『半径200メートル』以内に存在する魔物の位置を、文字通り感知することができるようになる。視界に開いている『マップ』にも魔物の位置が表示されるようになるので、事前にマッピングが済んでいればより正確に位置を知ることもできるだろう。
但し《魔物感知》だけでは、魔物の『存在位置』しか判らない。存在している数は判るので、魔物の個体数については判別できるのだが、それがどのような魔物であるのかまでは判らない。―――そこで役立つのが《千里眼》のスキルである。
《千里眼》のスキルを使えば、意識することで自分の視界を『飛ばす』ことができるのだ。カメラを搭載した飛行ドローンを自在に操るかのように、かなり自由な位置から視点を得ることができるようになる。既に《魔物感知》のスキルで魔物の位置を割り出していれば、《千里眼》で飛ばした視界で魔物を捉えるのは簡単だった。
魔物を捕捉すれば、今度は《魔物解析》というスキルが役立つ。これも〈斥候〉なら誰でも初めから持っているスキルで、このスキルがあれば『視認』している魔物のステータスを、いつでも視界内に表示させることができるようになる。
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〔ウリッゴ〕
魔獣 - Lv.7 〔84exp〕
最大HP:310 / 最大MP:0
[筋力] 51 [強靱] 55 [敏捷] 51
[知恵] 32 [魅力] 30 [加護] 35
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猪に似た魔物なのだから当然かもしれないが、タフで力が強く、しかも素速い。
十分に距離を取ってからスペルで攻撃を仕掛けたとしても、すぐに距離を詰められてしまいそうなので、あまりソロでは相手にしたくない魔物だ。
「二体かあ。そのぐらいなら余裕だし、最初は私ひとりでやってもいい? いちど先に戦い方を見て貰った方が、シグレも後ろから援護しやすいと思うんだ」
なるほど―――それはキッカの言う通りかもしれない。
「確かにそうですね……では拝見させて頂くことにします」
「うん、じゃあ先にやらせて貰うね」
そう言って、キッカは〈インベントリ〉から自分の武器を取り出す。
―――虚空より出現したそれは槍ではなく、本日シグレが『鉄華』で買ったものよりも随分と大型の『弓』だった。




