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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
19/125

19. 〈騎士〉キッカ - 5

 


     [5]



「考えてみれば当たり前でしたね……」


 力なくそう漏らされた言葉は、店主であるカグヤのものだ。

 弓矢とは使用者の弓力(きゅうりょく)、即ち弦を引絞る力によって矢を放ち、飛距離と殺傷力を稼ぐ武器である。杖とは異なり、使用に際してある程度の[筋力]が要求されるのは、仕組みを考えれば当然のことだ。




------------------------------------------------------------------------------------

 □黒淺弓(こくせんきゅう)/品質[52]


   物理攻撃値:16

   装備に必要な[筋力]値:32

-

  | 魔物が落とす、見栄えは悪いが質の良い木材を黒漆で補強したもの。

  | 短弓にしては大きめでありながら、一般的な短弓よりもずっと軽い。

  | フェロンの〈木工職人〉アザミによって作成された。


------------------------------------------------------------------------------------




 三人掛かりで実に二十分近くもの時間を掛け、ひとつひとつアイテムの詳細情報を確認しながら割り出した、最も『必要筋力』の少ない弓がこれである。

 それでも要求される[筋力]は『32』もあるのだが、これはもう仕方無いと割り切る他ない。非力でありながら弓を求めようとする行為が、そもそも間違いなのである。


 店主であるカグヤの許可を得た上で、実際に弦を引かせて貰うと。なんとかシグレの力でも、矢を数メートル程度であれば飛ばせそう―――という程度までなら引っ張ることができた。

 実際には矢を打つわけではなく、【破魔矢】という〈巫覡術師〉の攻撃スペルを使うための装備条件を満たしたいだけなので、この程度であっても何とか実用に足るのではないだろうか。……というか足りて貰わないと正直困る。


「揃えの調度が必要でしたら、合わせてお安くしますが……弓だけで結構なのですよね?」

「ええ、すみません」


 ここで言う『調度(ちょうど)』とは、矢を含めた弓道具全般のことを指す。

 弓というのはちゃんと使おうとするのなら、本来は様々な道具が必要になる。とはいえシグレの場合はスペルの発射台として用いたいだけなので、差し当たり弓本体だけが手元にあれば十分といえた。


「ああ、でも弦は切れる場合があるかもしれませんので、その予備ぐらいは欲しいかもしれません。それと弦の張り替え方についても、教わることができると本当は嬉しい所なのですが……」

「すみません、うちは木工はあまり専門ではないので……その辺はさすがに。弓に関してはここから近い場所にある神社で教わることができると聞いたことがありますから、そちらで習ってみるのが良いかもしれませんね」

「……神社があるのですか? この近くに?」

「はい、あります。どうも『巫覡術師ギルド』を兼ねている施設らしいですね」

「なるほど……」


 そういうことなら、どうせシグレも遠からず足を運ぶことになるだろう。その際に弓についての心得を教われないか、直接訊ねてみるのが良さそうだ。



     *



 杖と弓の代金について、合わせて『2,000gita』しか頑なに受け取らなかったカグヤに重ねて礼を言ってから、シグレとキッカの二人は『鉄華』を出る。

 武器を物色するのに思いのほか時間が掛かってしまったこともあり、視界内に表示させている時計はもう午後の1時をとっくに回ってしまっていた。


「ウリッゴ狩りかあ……いいですねえ。できれば私も同行したかったです……」


 店を出る際に見送ってくれたカグヤは、心底残念そうにそう漏らしていた。

 店番を任せるために雇っている人も『鉄華』には居るらしいのだが、その人には主に午前中と夕方以降に店を任せており、昼間は店主であるカグヤが直接店番を務めるようにしているらしい。なので今の時間帯ではまだ店を離れるわけにはいかないそうだ。

 午前中か、もしくは夕方以降であればいつでも狩りに誘って下さいね―――と、別れ際にシグレは彼女からそのように求められた。今回は色々と世話になってしまったので、自分でも良いのであれば近いうちに何度か回復役として同行することで、少しでも恩返しをしたいところだ。


「……? 西門側に行くのではないのですか?」


 今日狩る予定のウリッゴが生息するのは、街の西門から出た先だと聞いている。にも関わらず『鉄華』を出たあとすぐ、東側に向かって歩き出したキッカにそう問うと。


「先にもう少しだけ、必要なものを買っておきたいからね」


 キッカはすぐにそう答えた上で、近くに『露店市』なるものが開かれているのだということも教えてくれた。


 先導されながら案内されたのは、掃討者ギルドや『鉄華』と同じく都市の中央部にある『ザニール広場』という場所だった。

 もっとも『広場』とは名ばかりであり、開けた場所など見渡す限りどこにも見当たらない。―――いや、本来は開けている場所なのだ。広場を埋め尽くすような形で無数の『露店』が建ち並べられている為に、広場というよりは完全に『露店市』という全く別の姿に変わってしまっているだけである。


 露店市には人垣が溢れ、心地良い喧騒が辺り一面を包んでいる。活気がある場所というのは、歩いているだけでも楽しい。思い思いに開かれた露店に目を通していれば、それだけで幾らでも時間を過ごせそうな気がする。

 それぞれの露店で扱われている商品は食料品が最も多い。次点で小道具や刃物、衣類、薬品といった所だろうか。あまり多くはないものの、武器や防具、書籍、霊薬(ポーション)などを扱う露店も所々に見られた。


(こういうのが『買っておきたい必要なもの』ということだろうか……?)


 露店に並べられている霊薬類を見ながら、シグレはそう思う。霊薬は最も安い物で150gitaぐらいから、高いものだと四桁後半の値が付けられているようなものもある。

 消耗品でその値段だというのだから、杖と弓を買ったことで所持金が3桁にまで落ち込んでいるシグレから見れば、あまりに高額な商品であるように見えた。


 しかし、キッカは霊薬や武具などが扱われている、いかにも掃討者向けの露店の前を躊躇無く素通りする。やがて彼女が歩みを止めたのは、街に住んでいる普通の人が利用しそうな、日用雑貨を取り扱う露店だった。


「はい、シグレ。掃討者の先輩として奢っちゃうから、これ持ってって」

「これは……水筒、ですか?」

「うん、中身もただの水だよ。街の外に出るなら持って行ったほうがいいと思う。私達みたいな〈調理師〉の天恵持ちならいつでも水の補充はできるけれど。何かひとつは容器を携帯してないと、ちょっと面倒だからね」


 キッカの説明によると、〈調理師〉の天恵を持っている人は【水成】という名のスペルを使うことができるのだそうだ。

 これは文字通り『水を作成する』スペルであるらしく、〈調理師〉持ちはこれを使えるお陰で森の中だろうと砂漠だろうと、どこに居ても水の調達に苦労する事は無いのだという。


「これが、いわゆる『生産スペル』って呼ばれるヤツだね」


 シグレは午前中に自分の使用可能なスペルは全て確認したつもりだったのだが、生産スペルと呼ばれるものは通常のスペルとはかなり扱いが異なるものであるらしい。

 生産スペルは特定の『生産職』に完全に紐付けられたものであり、例えば〈調理師〉の天恵を持っている人であれば、必ず誰であっても【水成】【洗浄】【調味料召喚】などのスペルを使うことができる。もし使えないなら、その人は〈調理師〉の天恵を持っていないということだ。

 また、生産スペルは『スペルスロット』を占有せず、行使する際に『MP』を消費することもない。例えば先程の【水成】のスペルは1回で作り出せる水の量こそ少ないものの、10分ほどスペルを行使し続ければ浴槽を一杯にする程度のことは可能なのだそうだ。


 ちなみに【調味料召喚】とは文字通り、術者が知っている調味料であれば何でも『召喚』することができる便利なスペルだ。これがあれば塩でも醤油でもマヨネーズでも、何でも好きな調味料を手に入れることができる。

 但しこのスペルを使う際には、召喚しようとする調味料と同じ重さの『(きん)』が代償として必要になる。大抵の場合は『100gita金貨』を代償に用いるため、塩のように安価で手に入る調味料をスペルで召喚すれば、却って高く付くことになるようだ。


「〈調理師〉持ちなら、お隣に醤油を借りに行くことは無さそうですね」

「そういうのは現実(あっちの)世界でも、現代ではあんまり無いんじゃないかなあ……」


 隣の部屋に入院しているお爺さんが「茶葉を切らしたから分けてくれ」と、部屋を訪ねてきた経験がシグレには何度かあるのだが。病棟での生活とは異なり、どうやら一般世間ではあまりそういうことは無いらしい。


「シグレはもう、お昼ご飯って食べた?」

「いえ、まだです。……とはいえ朝に少々食べ過ぎてしまいましたので、正直まだ全然お腹は減っていないのですが」

「あー……。わかる、わかるよ。こっちの世界のご飯、美味しいよねえ……」


 しみじみと漏らされたキッカのつぶやきに、シグレも内心で同意する。

 キッカが二言目に漏らした「カロリーも気にしなくていいしさ」という発言は、なるほど女性らしい視点からの感想だ。


「だけど、今のうちに露店で何か食べ物を買っておくといいかもだね。もし狩りが長丁場になったら途中でお腹が減るかもしれないし、〈インベントリ〉に入れておけば荷物にもならないしさ」

「そうですね……。では軽めのものを、何か適当に」

「うん。必ず座って休憩できるとは限らないから、立ったままでも食べられそうなものが個人的にはお勧めかな」


 露店市の中には出来たての料理を振る舞う店も多く、そこかしこから美味しそうな匂いが大いに漂ってくる。

 中には使い捨ての容器に入れて『ラーメン』のような温かい麺ものを売っている店もあったが、この辺はさすがに街の外で食べるには向かないだろうか。


「そういえば〈インベントリ〉に温かい汁物を入れた場合って、冷めます?」

「残念ながら時間が経つと冷めるし、麺類ならスープを吸い過ぎて不味(まず)くなっちゃうね。どれだけ激しく動いても〈インベントリ〉や〈ストレージ〉に入れてるものは絶対に(こぼ)れないから、そういう意味では汁物の持ち運びには便利なんだけどさ。

 あと食べ物は時間が経つと『品質』が下がって、そのうち腐るから気をつけて。うっかり〈ストレージ〉に一週間ぐらいパンを入れっぱなしにしたせいで……私は小学校低学年の時以来、随分と久々に『カビパン』を見る羽目になった」

「……き、肝に銘じておきましょう」


 一度〈ストレージ〉に収納してしまえば、嵩張ることも重さを感じることも無くなってしまうだけに、うっかりアイテムを入れたことそのものを忘れてしまう―――などというのは、いかにも有り得そうな話である。

 食べ物を粗末にすること自体も良くないし、その辺は重々気をつけなければ。

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