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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
18/125

18. 〈騎士〉キッカ - 4

 


     [4]



 『鉄華』の店内、奥寄りの隅に纏めて陳列されている木工品の揃えは、思っていたよりも悪くないものだった。杖や弓はどちらも10種以上の品が置かれており、十分に選択の余地がある程度には揃えられていた。

 とはいえ、シグレの表情はあまり優れない。金額的なものとは別の、全く想定していなかった問題がここにきて浮上してきたからである。


「そのう、お値段はなるべく勉強させて頂きますので……できれば先程お見せしてしまった醜態は、早めに忘れて頂けると……」


 顔を真っ赤に染めながら、消え入りそうなか細い声でカグヤはそうつぶやく。

 二人の仲睦まじいやりとりは、(はた)から見ていてとても楽しく心地良いものとして記憶されたので。残念ながら彼女の期待には当分の間は応えられそうに無かった。


「お店にある木工品は確か、委託で預かってるものなんだよね?」

「うん、キッカは一度会ったことがあるでしょう? 木工品はコウゾウお爺ちゃんからの預かりもの。武器にしても防具にしても、本当に金属だけで作れる商品って案外少ないから。お爺ちゃんには散々お世話になっちゃってるし、このぐらいは恩返ししないと」

「ああ……あの頑固なお爺ちゃんだね。会ったことあるある」


 なるほど―――言われてみれば確かに、金属だけで出来ている製品というものが案外少ないことにシグレは気付かされる。

 武具と言えば『金属』というイメージが先行していたものの、頭の中で幾つかの武器や防具を思い浮かべてみて、シグレは木工の価値というものを思い知らされるような気がした。


 この店で一番力を入れているであろう『刀』にしても、鞘や柄といった部位は当然ながら木でできている。槍などの長柄武器が、もし全て鉄などの金属で作られていたなら、きっと重すぎて持ち上げるだけでも一苦労だろう。盾にしたって内張りは木製であることが多いし、鎧の場合には木材こそあまり使われずとも、下地には布や革が使われていることが多い筈だ。

 そう考えると、大抵のゲームで地金(インゴット)だけを材料に武器や防具が作れてしまうというのは、案外正しくないことなのだな―――とも思う。


「シグレ、どう? 何か良さそうな杖や弓はあった?」

「ええっと……手持ちのお金で買える物なら、特に拘りなどは無いのですが。ただその、少し困ったことになりまして……」

「困ったことに、ですか? 先程も申しましたが、お値段でしたら出来る限り勉強致しますよ?」

「いえ、金銭的な問題ではなくて……。すみません、武器に関することでひとつ質問があるのですが」

「あ、はい。何でも遠慮無く訊いて下さいね。―――それと私のことは、宜しければ〝カグヤ〟と呼び捨てにして下さい。店に来て下さるお客さんからは、気軽にそう呼んで頂くことにしていますので」

「判りました。では―――カグヤにひとつお訊きしたいのですが。武器や防具には『品質』や『攻撃値』の他に、『装備に必要な筋力値』という数値がありますよね?」


 商品のひとつを実際に手に取り、そのアイテムの『詳細』を視界内に表示させながらシグレはそう問う。




------------------------------------------------------------------------------------

 □年紅樹の杖/品質[67]


   物理攻撃値:6

   スペル[知恵]補正:+10 / スペル[魅力]補正:+6

   装備に必要な[筋力]値:20

-

  | 高地に生える年紅樹を加工して作った、美しい赤色に映える杖。

  | スペル威力を増幅する力を持ち、多くの術者に用いられる。

  | 王都アーカナムの〈木工職人〉コウゾウによって作成された。


------------------------------------------------------------------------------------




「あ、はい。いわゆる『必要筋力』と呼ばれるものですね。文字通りこれは、その武器を十全に扱う為に必要となる[筋力]の要求値を示したものになります。金属製の武器や防具は高い性能と引き換えに重量が重いため、この『必要筋力』の値が高くなってしまいますね」

「えっと……自分の[筋力]がこの『必要筋力』の数値に足りていない場合には、やはり『その武器は装備できない』ということになるのでしょうか?」

「いえ、装備自体は可能です。但し、自分の[筋力]を越える武器や防具を装備する場合には、武具の重さで動きが鈍ってしまいます。具体的には[筋力]の能力値が不足している分だけ、装備者の[敏捷]が下がってしまいますね。武器であれば更に[筋力]が足りていない分だけ『攻撃値』も低下してしまいます。

 ―――ですが、木工品の場合はあまり気にしなくても大丈夫だと思いますよ? 金属製品に比べると随分軽いですから、あまり『必要筋力』も求められませんので」


 カグヤからそう言い切られてしまい、思わずシグレは苦笑する。


 この世界では、パーティを組んでいたり『フレンド』に登録していれば、相手の天恵や能力値といった情報は自由に閲覧することができる。

 シグレの極端な能力値について既に知り及んでいるキッカは、そのカグヤの発言を聞いて溜まらず吹き出してみせた。


「あはははっ……! そうだよねえ、普通はそう思うよねえ……!」

「……どう説明すれば良いものでしょうか」

「そうだねえ、口頭で説明するのはちょっと難しい……というよりは、口で言ってもなかなか信じて貰えないだろうから。

 いっそカグヤをフレンドに登録したらいいんじゃない? そうすれば直接シグレのステータスを見て貰えるから商品を選んで貰いやすいと思うし、カグヤも回復職(ヒーラー)のフレンドが増える分には別に嫌じゃないでしょ?」

「―――も、もちろん! 絶対嫌なんかじゃないです!」


 シグレとしても武具に詳しい相手と縁を持てるのは心強い。


 カグヤの言葉を受けて、シグレはカグヤをフレンドに登録しようと『意志』操作により試みる。エミルの時もキッカの時もフレンド登録の要請は向こうから送ってもらっていたので、こちらから能動的にフレンド登録を試みるのは初めてだった。

 とはいえ『意志』による操作は、ただ自分のやりたいことを明確に『意識』さえすれば良いだけなので、何も難しいことはない。カグヤをフレンドに登録しようと意識すればすぐに、シグレの視界には『カグヤにフレンド申請中です…』と進行状況を伝えるウィンドウが表示される。


 さほどの時間も置かずに申請は受理され、シグレのフレンドリストには三人目の名前が刻まれた。




------------------------------------------------------------------------------------

 カグヤ/人間種(ノルン)


   戦闘職Lv. 7:侍

   生産職Lv.39:鍛冶職人


   最大HP:2501 / 最大MP:453


   [筋力] 125  [強靱] 101  [敏捷]  73

   [知恵]  61  [魅力]  53  [加護]  77


-

   ◇ HP回復率[5]: HPが1分間に[+125.0]ポイント自然回復する


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(レベル高っ……!)


 フレンドリストからカグヤのステータス詳細を見て、シグレはあまりのレベルの高さに思わず驚かされる。

 なるほど、中央都市のひとつである『王都アーカナム』の中心部、それも掃討者ギルドにも程近い立地に店を構えるだけのことはある一廉(いっかど)の人物なのだと、改めて思い知らされる気がした。


 生産職のレベルが高い為か、戦闘職のレベルはキッカよりもひとつ低い『7』であるのに対し、能力値はキッカのそれを大きく上回っている。特にHPの高さは相当なもので、防御役(タンク)であるキッカの実に3倍以上にまで達している。

 もちろんHPが僅か『16』しかないシグレとは、文字通り比べものにならない。


(本当に、凄い人なのだなあ……)


 そう思ってカグヤのほうを見ると、彼女もまたシグレのほうへ視線を向けてきていた。

 カグヤに対し深い畏敬の念を抱いたシグレと、全く同じ目をした彼女の目とが、不意に重なって交錯する。どうやら常識外れな量の天恵を有するシグレのステータス情報を見て、カグヤもまた同じような気持ちを抱いたらしい。


「な、なるほど……。シグレさんのステータスは理解致しました。まさか[筋力]がゼロの方がいらっしゃるなんて……道理で『必要筋力』を気にされる必要があるわけです」

「先程、[筋力]が不足していても装備すること自体は可能だと言っておられましたが。スペルの使用のみを目的とするなら、あまり『必要筋力』は気にしなくても大丈夫でしょうか?」

「そうですね……大丈夫ではあると思いますが。ただ、当然ながら[敏捷]が落ちたぶんだけ機敏な行動は取りづらくなりますので、なるべく軽めの杖を選んで[筋力]不足を最小限に留める方が良いと思います」


 そう答えたあと、木工製品が陳列された棚を前にカグヤは暫し考え込む。

 やがて少ししてからカグヤは棚の隅に追い遣られていた一本の小さな杖を取り、ぱんぱんと何度か埃を払うような動作をしたのちに、それをシグレのほうへ手渡してみせた。




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 □赤子杉の細杖/品質[70]


   物理攻撃値:0

   スペル[知恵]補正:+1 / スペル[魅力]補正:+4

   装備に必要な[筋力]値:4

-

  | 赤子杉を削りだして作られた細く長い杖。

  | 性能は別にして見栄えは良いので、儀礼用の杖として用いられる。

  | アマハラの〈木工職人〉アザミによって作成された。

  | アマハラの〈細工師〉ムラサキによって加工された。


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「これは……かなり軽い、ですね」


 一見して目を引く程に真っ白な杖だった。胴体が細い割に長さがある杖なので、見ただけなら他の杖と同程度の重さはありそうに思えるのだが―――実際に持ってみれば、不思議なほどに軽い。


「性能は微妙なので完全に見た目だけの杖ですね。スペルを使う為に用いるというよりは、商人や貴族の方が見た目に箔を付けるために用いる、一種のステッキのような扱いになるでしょうか。

 たぶん手元にある商品では、これが最も軽い杖になると思います。軽いぶん耐久性には難がありますので、魔物の攻撃を受け止めたりするのには全く役に立ちませんが……」

「―――これにします。手持ちのお金で足りれば、ですが。なかなか良い品に見えますが、お幾らほどになりますでしょう?」


 杖としての機能を果たしてくれるならば何も問題は無い。

 値札が記されていなかったのでシグレがそう問うと、カグヤは再び少し考え込むような仕草をしてみせた。


「そうですね、1,500……。いえ、1,300gita程度でいかがでしょう?」

「……この性能なら、もうちょっと安くってもいいんじゃない? この棚でかなり埃を被ってたみたいだし、不良在庫みたいなものでしょ?」

「う、それは、そうなのですが……」


 キッカに突っ込まれ、カグヤはやや気まずそうに目を逸らす。

 つい先程まで、盛大に埃を被っていたことは事実だった。


「その……赤子杉はこの辺では全く手に入らない素材ですので。相場よりも法外に安くしてお売りする、というわけには……。

 代わりに弓のほうを限界までお安くさせて頂きますから、できれば杖のほうは1,300gitaということで納得して頂けませんでしょうか?」

「元より自分に不満はありません。その額なら手持ちでも足りますので、喜んで買わせて頂きます」


 そう答えて、店主の少女にシグレは小さく頭を下げる。

 こう言っては何だけれど、シグレの場合は元々の能力値自体が極端に高い数値になってしまっているため、杖の武器性能は殆ど気にならない。軽いという一点に於いては非常に優秀な杖なので、文句などあろう筈も無かった。


「ありがとうございます! では―――次は弓ですね。杖よりは弓の方が取り揃えもありますから、もう少し色々と選ぶ楽しみがあるのではないでしょうか」


 納得する商品を勧められたことに満足してか、笑顔を綻ばせたカグヤは嬉々としながらすぐ隣の、弓矢が陳列された棚のほうへと案内してくれる。


 ―――陳列された多数の弓に目を通し、シグレ達三人が『筋力の要らない弓』なんて存在しないのだという至極当たり前のことを理解するまでには、今少しの時間が必要だった。

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