17. 〈騎士〉キッカ - 3
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一時間と少しばかりを『バンガード』で過ごし、それからシグレ達二人は掃討者ギルドを後にする。
珈琲を楽しみながら協議した結果、初めての狩りはペアで行うことに決まった。場所は街の西門から外に出てすぐのエリアである『ウィトール平原』。今日はそこに生息する『ウリッゴ』という名前の魔物を狩りに行く。
「最初はまず何より収入を確保したいでしょ? このウリッゴって魔物は主に調理素材になるお肉を落とすんだけど、これが結構人気があるんだ。それなりのお値段で売れるから収入になるし、特に私達みたいな〈調理師〉持ちにはとっても美味しいんだ」
キッカは今日狩る魔物について、そのように説明してくれた。
確かにキッカの言う通り、とにかくお金を安定して稼げるようになりたいというのが正直な所ではあった。どうせ獲得経験値に大きなペナルティを抱えている身なのだから、レベル上げを早く進めたいという意欲はシグレには無い。収入さえ何とかなるのであれば、時間を掛けてこの世界を楽しみながら、ゆっくりとレベルを上げていくぐらいで良いとさえ思っている。
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《調理基礎素養》 - 最大Rank:[1]
スキル修得 : [魅力]が10%増加する。
あなたが所属するパーティが魔物を討伐した際に
「調理素材」をドロップする確率が50%増加する。
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/ 〈調理師〉は食材を加工し、料理を完成させる技術に長けている。
/ 目利きにも優れ、倒した魔物からより多くの食材を得ることができる。
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今朝シグレが宿の自室でスキルポイントを割り振って得た、〈調理師〉スキルツリーの根本部分に配置されていたスキルの詳細を思い出す。
生産職を持っていると『その生産職で使用する素材アイテム』を魔物から獲得しやすくなるメリットがある。〈鍛冶職人〉であれば鉱石系の素材を、〈縫製職人〉であれば布や毛皮などの素材をドロップしやすくなる利点があり、同様に〈調理師〉の天恵を有していれば倒した魔物から食材系のアイテムを得られやすくなる。
キッカは生産職に〈調理師〉を選んでいるらしいし、シグレはそもそも全ての生産職を揃えていることから、今回は二人共が〈調理師〉の天恵を有していることになる。ドロップ率アップの恩恵を二重で受けることができるのは、素材アイテムを収集する上で大きな利点と言えるだろう。
「ウリッゴのお肉は売り込みに行って喜ばれる素材だから、今日獲れるぶんは全部売っちゃってもいいし。〈調理師〉のレベルを上げたいのであれば、一部は自分用に取っておくのもいいんじゃないかな。
ただお肉は生物だから、時間経過でアイテムの『品質』が落ちて、買取価格もそれに合わせて下がっちゃうから。売るつもりでいるのなら、今日獲れる分の素材は全部、今日のうちに手放しちゃうほうがいいと思う」
「なるほど……。生産にも興味はありますが、とりあえず今日の所は全て売ってしまおうかと思います。調理をしてみたいときは、またキッカと一緒に狩りに来れば良いでしょうし」
「ん、そだね! 私で良ければいつでも付いてくし」
ウリッゴを狩ること自体は、別にキッカひとりでも問題無くできるらしい。但しウリッゴの肉は人気素材ではあるものの、良くも悪くも一般家庭にも利用される『食品』素材であるため、買取り価格自体はそれほど高いものではないそうだ。
ソロでも狩れるけれど、ポーションを飲んでいては余裕で赤字になるのだと。そうキッカは苦笑気味に話してくれた。つまり今日のシグレに最も求められるのは、キッカがポーションを使わないようで済むための、やはり『回復役』としての役割になるだろう。
「杖と弓を買いたいって話だったよね? この近くに友達がやってる武具店があるから、まずはそこに行こっか。友達は〈鍛冶職人〉だから金属製品がメインのお店になるけど、木工品も委託販売してるものがあったと思う」
「予算的に安物しか買えないと思いますし、杖と弓の扱いがあればどこでも。そのお店はここから近いのですか?」
「うん。ギルドからは裏手側になっちゃうけれど、結構近いかな。立地が良いからやっぱり『掃討者』のお客さんが多いらしいよ?」
街を一歩出れば『魔物』が珍しくもない世界である。武具自体は街を護る騎士や衛士の方にとっても必要だろうし、そうでない人も護身用に買い求めることはあるだろう。
とはいえ金を得る手段に直結しているという意味では、やはり掃討者こそが最も武具に依存した生業であるとも言える。掃討者ギルドから近い場所に店を構えれば客層がそちらに偏るのも無理はない。
キッカに案内されるままに掃討者ギルドの大きな建物をぐるりと裏手に回ると、背中合わせに隣接する形で、そこには『鍛冶職人ギルド』という看板が掲げられた施設があった。
和風の趣があるその施設は、掃討者ギルドの建物に比べればだいぶ小さく映るものの、こちらも十分な広さがあるようだ。平屋作りにされた建物の瓦葺き屋根から幾つもの煙突が突き出しており、そこからもうもうと煙が上がっている様子は、なるほど中で『鍛冶』が行われている光景を想像させてくれる。
遠からず利用することがあるかもしれないな―――そう思い、シグレは視界内に今も開いている『王都アーカナム』のマップに、鍛冶職人ギルドの位置を記録する。〈鍛冶職人〉の天恵は持っているし興味もあるけれど、何かとお金が掛かりそうな『生産』に手を出すのは、まず生活に余裕を持ててからだ。
「洋風の建物が多い中で急に日本的な建物を見ると、少しびっくりしますね」
「そう? でも今から行くお店も和風の建物だよ? ほら」
そう言ってキッカが指さす先にも、確かに瓦葺きされた和風の建物があった。
二階建ての木造建築。軒先に取り付けられている看板には『鉄華』の二文字が達筆で書かれている。なるほど、鉄を扱う〈鍛冶職人〉らしい店名だなとシグレは納得した。
おそらく武具店であることを示すものであろう、丸で囲った中に『武』という文字が染め抜かれた、丈の長い暖簾を押し分けてシグレが店内に足を進めると。まず商品よりも先に気になったのは、店内に漂う独特の匂いだった。
沈香か何かだろうか。香には詳しくないので判別は付かないものの、馥郁とした良い香りが店内には溢れている。心を落ち着けることのできる温かな香りだ。店先の暖簾に丈の長いものを使っていたのは、風や陽を除けるだけではなく、店内に焚き染めた香りを逃がさない為でもあったのだろう。
剣に槍、鎧に盾。店内には所狭しと、実に様々な商品が並べられている。
店主が〈鍛冶職人〉であるためか、その商品の大半は金属製のもののようだ。目利きができるわけではないが、素人目のシグレから見ても、どれも丁寧に作られた良い物であることが判る。
特に力を入れている商品なのか、陳列された武器の中には『日本刀』の類が多いように見受けられた。
和風の装いをした店構えなのだから、店主は刀に造詣が深い人なのかも知れない。短刀の合口から脇差、打刀、更には大太刀のような長大なものまで揃っている。特に打刀以上のサイズのものは、鞘に緻密な意匠が施された立派な拵えを持つものもあり、それらには総じて立派な額の値札が付けられていた。
「こちらの店主は、いわゆる『刀匠』の方なのでしょうか。随分と見栄えのする立派な商品が多いようですが……この店の主と友達というのは、結構凄いことなのではないですか?」
「んー、刀を打つのが好きだとは本人も良く言ってるし、確かに〈鍛冶職人〉としては結構名が知れてるほうかも?」
「な、なんだか……自分のような素人が利用するには、非常に場違いなお店という気もしてくるのですが」
「あははっ、そんなに萎縮する必要は無いってば。〈鍛冶職人〉としての腕は良い店主だと思うけど、『掃討者』としてはあんまり大したことないし。何しろ『掃討者』を始めてまだ一ヶ月の私に、もう掃討者としてのレベルも等級も抜かれちゃってて―――」
「……キッカ?」
そんな話をしていると―――不意に背後から、第三者の声が差し挟まれてきて。
慌ててシグレがそちらのほうを振り向くと。そこにはひとりの、小さな和装の女の子が立っていた。
「新しいお客さんを連れてきてくれるのは嬉しいですけど……。あんまりそういう話を、他の方に言いふらさないで貰えませんか」
「んー。でも私、嘘は言ってないし」
「それはそうかもしれないですけど……そういう問題じゃなくて、ですね?」
困惑した表情で、苦笑気味に和装の少女はそう漏らす。
薄い桜色に染められた上衣に、紺色の袴。腰に差された、黒塗りの鞘に収められた大小二振りの刀が目を引く少女だった。ボブカット調に整えられた綺麗な黒髪は、着こなされた和装も相俟って、まるで日本人形のような可愛げな美しさを醸し出している。
背丈はシグレやキッカに比べれば随分と低く、おそらく身長は150cmにも満たないだろう。見た目はどう見ても子供でありながら、けれど背筋がぴんと伸びた姿が少し大人びた印象も抱かせた。
「あ、シグレにも紹介するね。この子は『カグヤ』って名前で、ここの店主さん。腕利きの〈鍛冶職人〉で、自分の打った刀を使って『掃討者』としての仕事もやっちゃう〈侍〉の天恵持ちでもあるんだ。
―――もっとも、レベルのほうも私にあっさり抜かれちゃったわけだけれど」
「ぐぬぬ……! 昨日レベルがあがって『7』になりましたから! これでキッカのレベルには追い付いた筈です!」
「残念! 私は一昨日の狩りでレベルが『8』に上がった!」
「な、なんですと……!」
ちびっこ和装少女は、なるほどキッカとはとても親しげな間柄であるらしい。言葉を交わし合う二人の間に流れる空気感は、確かに友達同士のそれに他ならなかった。
掃討者ギルド二階の『バンガード』で話した際に、キッカは自分と同じ『天擁』の知り合いにこれまで巡り会う機会が無かったのだと嘆いていたから。このカグヤという少女は、おそらく『星白』の子であるのだろう。
〈リバーステイル・オンライン〉を始めてまだ一ヶ月程度という話なのに。既にこの世界の住人である『星白』に、こんなにも親しい友人を持っているキッカに対し、改めてシグレは敬意を抱く。
「ぐうう、馬鹿にして……! 確かに私は生産がメインですし、掃討者として活動する時間はそれほど多く取ってないけど! でも私だって頑張ってるんですよ!? キッカと違って防御面に不安があるから、狩りに行ってもすぐ帰る羽目になることも多いですけど!」
「だから前から言ってるじゃない。いい加減ソロで狩りするのやめて、誰か回復スペル使える仲間を連れて行けばいいのに」
「ギルドでも万年人手不足の回復役をそんな簡単に都合できるなら、いくら防御面に不安のある〈侍〉だからって、こんなにレベル上げに苦労したりしてませんよ!」
―――ふむふむ。〈侍〉っていうのは、防御面が弱い前衛職なのか。
二人の会話を傍で聞きながら、シグレはそんなことを思う。個人的には『侍』と言うと無骨で重い鎧を着込んだ戦士という印象なのだけれど……。こちらの世界では防御よりも攻撃に比重が置かれた戦士、みたいな扱いなのかもしれない。
「もー、そんなことは私も重々判ってるってば。だからこそカグヤは、今回ばかりは私に感謝してもいいと思うんだけどなあ」
「はあ!? 何ですかそれ、全ッ然意味がわかりません!」
「だから、カグヤが前から欲しがってた回復役を連れてきたんだってば」
「………………へっ?」
間の抜けた声を上げたカグヤは、たっぷり数秒ばかりの間、硬直してみせて。
それから―――キッカの隣に立つシグレのほうへ、ゆっくり視線を向けてくる。
正直、気まずい。
「あー……。自分はシグレと言います。えっと……一応、回復スペルは使えます」
「……うわぁ」
唇の端を引きつらせながら、酷く気まずそうにカグヤはそう漏らす。
その「うわぁ」の一言に、実に複雑な感情が込められているような気がした。