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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
16/125

16. 〈騎士〉キッカ - 2

 


     [2]



「ギルドに登録したばかりって話だし、まだ街の外で実際に魔物を狩った経験は無いんだよね?」


 シグレの装備品を眺めながら、キッカはそう問いかける。

 何しろ彼は武器や防具というものを一切身につけていない。着ている服こそなかなか上等なものだけれど、詳細を見れば名前は『稀人の衣服』となっている。この名の衣装が、ゲームを開始する際にプレイヤーが貰える初期服を意味していることは、同じ立場であるキッカなら当然把握していることだった。

 ぴしっと決まった服は、痩身のシグレに良く似合っている。おそらくはゲーム開始時にキャラクター作成を手伝ったGMの人の趣味だろうか。


「ええ、ありません。……キッカはもう、何度も経験されているのですよね?」

「このゲームに参加してからの一ヶ月、毎日狩りはしてるからねー。レベルもそれなりに上がってるし、経験も積んでるつもりだよ?」

「この世界での『狩り』というのは、実際にやってみてどうですか? 普通のVRゲームと変わらない感じでしょうか?」

「んー……あんまり変わらない、かな? やってみて勝手が違う、ってことは多分無いと思う」


 ああ、でも―――とキッカは続ける。

 最初にゲーム感覚で街の外に出て、痛い目を見た事を思い出した。


「二つほど気をつけた方がいいことはあるかな。まずひとつめは、敵に殴られると文字通り『結構痛い』ってこと。現実のそれよりはだいぶ軽いけれど、あんまり『ゲーム』だとは思わないほうがいいと思う。加減はされてるらしいけれど、油断してる所に攻撃貰うとガッツリ痛い思いすることになるから」

「ああ、そうか……普通のゲームと違ってこちらでは『痛み』があるのでしたね。それでは前衛職の、しかも盾役である〈騎士〉というのは、かなり大変なのではないですか?」

「あ、私の職業(クラス)のこと、もうクローネから聞いてるんだね。うーん……確かに大変って言えば大変かも? やっぱり痛みがあるとそれだけで、戦闘にも随分とリアリティが出て来て、魔物を『怖い』って思っちゃうことも出て来ちゃうし」


 実際、ゲームを始めたばかりの数日間は、都市を出てすぐの所で出会うような弱い魔物にさえ、小さくない恐怖心のようなものを抱いていた自分のことをキッカは覚えている。

 今にして思い返せば、あの時に『怖い』という気持ちを抱いてしまったのは、キッカの中にまだ覚悟が出来上がっていなかったからだろう。

 自分が魔物に対して攻撃するように、魔物もまたこちらに攻撃を仕掛けてくる。そんなのは当然のことだし、判っているつもりだったのに。あの時の私には『魔物が意志を持ってこちらを傷つけようとしてくる』ということの正しい本質を、理解出来ていなかったのだ。


「でもね、痛みがあるといっても、それは耐えられない程度じゃないよ。現実のそれよりは抑えられてるって言うのもあるんだろうけれど、戦闘を数多く経験すれば慣れることができる程度のもので……痛みっていうのは、それだけで人を辛い思いにさせるけれど。今は私も、これは必要なことなんだって思ってる。

 掃討者ってお仕事はね、命懸けの職業なんだ。少なくとも、この世界に生きている『星白(エンピース)』の人達にとってはそう。でも私達『プレイヤー』はこの世界で、殺されても死なない生き物だから。せめて『星白』の人達と同じように『痛み』だけでも、戦いのリスクは背負うべきなんだと思う」

「リスクを……」


 キッカはこの世界に来てからの一ヶ月、実に色んな人とパーティを組んで狩りをしてきたけれど。それらは全て、この世界のNPCである『星白』の人達とのものだった。

 彼らは魔物との戦いに対し、極めて高いリスクを背負っている。もし魔物に殺されてしまえば生き返ることはできず、そのまま失われてしまう儚い存在なのだ。最初にゲームを開始する際、キャラクター作成を助けてくれたGM(スタッフ)の人からその話を聞いた時には、単にNPCというキャラデータが消えるだけだと、そう思ったものだけれど。今は……とてもではないけれど、そんな風には思えない。


 この世界に住む『星白(エンピース)』の皆は、住むべき世界を〈イヴェリナ〉ひとつしか持たないという事実を除けば、なんら自分たちとは変わらない人達である。

 なればこそ私も〈騎士〉として。彼らとパーティを組み、その痛みを自分が引き受けられることを、いつしか自分自身の誇りであり喜びとして感じるようになった。自分が傷ついたぶんだけ、誰かが傷つく機会を減らすことができるのだ。


「強いのですね、キッカは」


 まだこちらの世界で生きた日々が浅い人には、きっと理解されないだろうなと。そう思った上での発言だったのだけれど、シグレはキッカの言葉に頷き、そんな風に言ってみせた。


(ああ―――この人はきっと、聡明な人なのだ)


 キッカはそう思い、正面に座るシグレに感心する。

 私は〈イヴェリナ〉に来てからの最初の一週間は、この世界に住む『星白(エンピース)』の人達をただの『NPC』だとしか考えなかったというのに。この人は―――シグレはもう『星白』の人達が自分たちと何も変わらない存在であるのだということを、正しく理解している。


「シグレは、すごいね」

「……? 何がでしょう?」

「ううん、気にしないで。えっと……とりあえずお互いに自己紹介が必要だよね。えっと、これが私のギルドカード。シグレのも見せて貰っても?」

「あ、そうですね。―――どうぞ、こちらを」


 〈ストレージ〉からギルドカードを取り出し、シグレと交換する。


 名前は『シグレ』で、種族は『天擁(プレイア)』の『銀血種(シェリテ)』。

 銀血種……どんな種族だったかキッカはイマイチ覚えていなかった。キャラクター作成の時に見た種族の一覧には、確かにその名前があったような気もするのだけれど。たぶん〈騎士〉には向かない種族だったので、真っ先に選択肢から外したような気がする。


「なるほど……。キッカは〈騎士〉と〈槍士〉のマルチクラスなのですね。やはりこちらの世界でも『槍』は扱いやすい武器ですか?」

「うん、かなり使いやすいと思う。その辺は他のVRゲームと変わらないかな」


 シグレの問いに答えながら(判ってる人だなあ)とキッカは思う。というのも、こと『VRゲーム』タイプのオンラインRPGに限るならば、大抵のゲームで『槍』は万人にお勧めできる扱いやすい武器になっているからだ。


 VRゲームでは戦闘に爽快感を出すためか、両手剣や斧、槍といった本来ならば『重い武器』であっても、プレイヤーの操作するキャラクターは軽々と振り回すことができるよう調整されている。そのためリーチが長い得物を使う方が、単純に攻撃のチャンスが多いのだ。

 またVRゲームならば普通、プレイヤーはモンスターの攻撃を物理的に『回避』して防ぐことができるようになっている。リーチが長い槍を持ち、間合いを取って戦えば当然モンスターの攻撃はそれだけ『回避』しやすくなるし、体勢を崩さずに『刺突』で攻撃ができる槍は、遠心力で威力を稼がなければならない剣や斧よりも隙を晒さずに済みやすい。


 VRゲームを幾つか経験していれば、体感として誰でも知っている程度のことではある。けれど、同じ『ゲームプレイヤー』としての視点をシグレが持っていてくれることが、キッカには嬉しい。


(シグレは一体、どういうビルドにしたんだろ?)


 『ビルド』とは要するに、どういった職業(クラス)やスキルを取得して『何を任せられる』キャラクターに仕上げるか、ということを意味するゲーム用語である。

 まだシグレはレベルが『1』のままだろうから、スキル面は参考にならないだろうけれど。マルチクラスが可能になっているこのゲームでは、どういった職業を選択したかを見れば、そのキャラクターが目指す大体の方向性は判る。


 ギルドカードの『種族』欄の、その次に記された『戦闘職』と『生産職』の欄。

 そこを目にして―――キッカが固まったのは、言うまでも無かった。


「―――はあっ!?」


 上げてしまった驚きの声が、思い掛けず大きなものとなって。近くのテーブル席を利用していた何人かの客から注目を集めてしまい、キッカは慌てて自分の口元を抑える。

 『戦闘職』と『生産職』の欄に並んだ10種類ずつの職業名。それぞれの職業名は判るし、沢山の天恵を積むことのメリットだって理解できる。だけど―――いくらなんでもこれは、やりすぎではないだろうか。


「あはは……。お恥ずかしい限りです……」


 僅かに頬を赤らめながら、シグレは気まずそうにそう漏らす。

 全ての『術師職』と『生産職』を網羅した、多すぎる天恵。当然のことながら、それはプレイヤーであるシグレ自身が望んで選択したものに違いない筈で。


「……な、なんでまた、こんな極端なキャラクターに?」

「なんでと訊かれると僕も困ってしまいますが……。強いて言うなら、楽しそうに思えたから、でしょうか」

「た、楽しそう、って……」


 シグレの言葉に、キッカは思わず唖然とする。


 キャラクターを作成する際に、シグレだってGMの人から職業を『積みすぎる』ことの弊害については説明を受けただろうに。どうして―――こんなにも極端なキャラクターに仕上げたのだろう。

 まるでキャラクターを成長させることを、最初から諦めているようなものだ。オンラインであるか否かを問わず、RPGでは成長要素こそ一番楽しむべき所であるはずなのに。


「……こ、これってさ。魔物を倒して、経験値どのぐらい入るの?」

「スタッフの方の話では、端数が切捨てられてちょうど『1%』になるそうです」

「い、いちパーって……。普通の人の100倍大変ってことだよね……?」

「ええ。なのでレベル上げも100倍楽しむつもりでいます」


 苦笑混じりのキッカの問いに、シグレはそんな風に言ってみせる。

 100倍楽しむつもりで、だなんて。簡単に言ってみせるけれど……それはとても重い言葉なのではないだろうか。


 ―――でも、そんな風に言い切れてしまえるというのは。

 なんだか不思議と、格好(カッコ)良いことのようにもキッカには思えた。


「100倍かあ。楽しむのは結構だけどさ、レベル上げ全部ソロでやるのだと、途中で気がおかしくなりそうじゃない?」

「う……。そうですね、可能な限りパーティも組んでレベル上げをしたい所です」

「ん。じゃあさ、私も手伝うよ。ちょくちょく一緒にやろ? レベル上げとかさ」


 キッカの提案の言葉を受けて、シグレは僅かに驚いたような表情になって。

 けれど―――すぐに嬉しそうに、表情を綻ばせてみせた。


「よろしいのですか? すぐに僕とはレベル差が開いてしまうと思いますが」

「それは別にいいんじゃない? パーティ組む時にレベル差があったらダメ、みたいな話はこっちの世界で聞いたことがないし」

「あはっ。そうですね―――キッカが気にしないのならいいんでしょう」

「む。なんでそこで笑うのかな。何がおかしいのさ、全く」

「ふふ、すみません。あはっ、あははっ……!」


 とうとう目の前で笑い声を上げ始めたシグレに、思わずキッカは憮然とする。

 おもむろに席を立ったシグレから、真っ直ぐに差し出されてくる右手。先程キッカのほうから求めた筈の握手が、今度はシグレのほうから求められていた。


「改めて、よろしくお願いします。見ての通り『術師職』に職業(クラス)が偏らせすぎてしまったせいか、僕は魔物に一発殴られるだけで余裕で死ねる程度のHPしか持ちませんので。パーティを組むことを、すぐに後悔するかもしれませんよ?」

「味方を護るのは〈騎士〉の本分なんだから、そこは侮って貰っちゃ困るかな。まだレベルはそんなに成長してないけど、役割を全う出来るだけのスキルは修得済なんだから」

「それは頼もしい。ではせめて傷の治療だけでも任せて頂きましょう」


 二度目の握手は先程のものよりも長く、そして力強く。

 シグレの手を握りながら『意志』操作でパーティ勧誘とフレンド申請を送ると、どちらにも即座に了承が返されてくる。


 ―――彼が私と同じ『天擁(プレイア)』であるからなのか。あるいはそれとも、何か別の理由があるからなのか。

 気付けばキッカの心は、今までにどんな人達とパーティを組んだ時よりも、不思議なぐらいに興奮と期待とで沸き立っているようだった。

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