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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
14/125

14. 掃討者ギルド - 6

 


「……有難いお話だとは思いますが。まだレベルが『1』で戦闘経験もない僕なんかを紹介して、相手の方が納得されますかね?」


 レベルが『1』という数字だけでもいざ知らず、実際に魔物と対峙した経験さえ無いシグレが、いきなり戦闘で上手く立ち回れるとは思えない。それは普通のコンピュータ・ゲームだってそうだろうし、ましてリアルと変わらない感覚を伴うVRゲームであれば尚更そうだろう。

 魔物を狩る行為には、当然ながら危険が付き纏う。『天擁(プレイア)』であるシグレは魔物に倒されても生き返ることができるけれど、この世界に於ける圧倒的多数者である『星白(エンピース)』の人はそうではない。パーティを組めばリスクは共有されることになるのだから、通常であれば初心者が歓迎されることは無いように思える。


 もちろん【能力解析】のスペルで天恵やステータスを全て理解したクローネさんが、防御面が絶望的なシグレに対しパーティを組むよう促すのは理解できる。

 けれど、できれば最初は誰にも迷惑を掛けない形で、ソロで狩りの経験を積みたい気持ちがシグレにはあった。


「確かにシグレさんの言う通り、レベルが『1』で戦闘も未経験―――などという人は、基本的に求められる存在ではありません。このギルドの二階にはパーティメンバーを募集する掲示板がありますが、そんな明らかに『頼りにならない』人をパーティに加えたいと考える人は居ないでしょう。

 ―――但し、例外も無いわけではありませんね。例えば『治療スペル』を扱える人などがそうです」

「ああ、なるほど……」


 治療スペルの担い手は需要が高いのだと、そうエミルも話してくれたばかりだ。


「何かの『術師職』の天恵を持つ方自体『掃討者』全体の一割ぐらいしかいらっしゃいませんし、特にその中でも治療スペルを使える方となれば当然限られてしまいます。

 治療スペルが使えて十分にレベルも成長しているような方、というのは大抵の場合かなりの人数のフレンドを既にお持ちですので、掃討者ギルドのほうで紹介できる機会など滅多にありませんから。治療スペルの使い手だけに限れば、実戦経験の乏しい……それこそレベルが『1』の方を紹介しても普通は喜ばれますね。治療行為だけを望むのであれば、相手の実戦経験なんて全く関係ありませんし」


 ―――【軽傷治療】、【小治癒】、それから【負傷処置】。

 現在シグレが行使できる治療スペルは全部で三つ。冷却時間(クールタイム)が無い【負傷処置】もあるので、戦闘後の手当なら完璧に行える。確かに実戦経験がなくとも十分役目は務まるのかもしれない。


「ただ、今回シグレさんに、とある〈騎士〉の方をご紹介したいのは全く別の理由によるものです」

「別の理由、ですか? それは一体」

「端的に言えば、その方も【天擁(プレイア)】なんですよね」

「ああ―――なるほど、納得がいきました」


 同じ『プレイヤー』を求める気持ちは、シグレにも良く判る気がした。


 この世界のNPCである『星白(エンピース)』の人達は、自分たちのような『天擁』と何も変わらない。全く見分けが付かず、全く区別する必要が無い存在であるとも言えるけれど。

 それでも―――同じ『プレイヤー』という立場同士でなければ、交わせない会話というのはあるだろう。寧ろ、こんなにも〝良く出来過ぎた〟異世界の中に身を置いていればこそ、同じプレイヤーの視点から会話を交わせる相手を欲しいと求める気持ちはシグレにも十分に理解できる。

 ゲーム内のことを現実世界で他者に話すことは禁じられているのだから、尚更だ。


「そういうことでしたら、自分としても是非紹介して頂きたいですね」


 【天擁(プレイア)】同士であれば仮に戦闘で相手に迷惑を掛け、互いに魔物に殺されるような事態に陥ったとしても、それは仮初めの『死』でしかない。きっと謝れば取り返しの付く程度のことなので、同じ立場の相手とパーティを組めるのならばシグレとしても気が楽ではある。


「それでは私と一緒に、二階のほうまで同行して頂けますか?」

「はい、お願いします」


 窓口の座席から立ち上がり、先導するクローネの後をシグレは追う。

 二階へ繋がる階段の先からは賑やかな喧騒が聞こえてきた。



     [14]



 掃討者ギルドの二階にある飲食店『バンガード』。その店内規模は、一階の掃討者ギルド全体に比べれば随分と小さいものとなる。『バンガード』で使用している面積は階下に比べれば三分の一から四分の一といった程度だろうか。

 とはいえ、それは決して店が『狭い』ということを意味しない。そもそも掃討者ギルドがある一階ホール自体、かなりの広さがあるのだから当然と言えば当然だ。少なくともシグレが今朝の朝食を摂った、宿の食堂とは比較にならないレベルの広さがある。


 階段を上がってすぐの所には衝立(ついたて)2つぶんの掲示板が置かれていた。これは事前にエミルから話を聞いていた『パーティメンバー募集』を用途とするものだろう。

 その先には背後の棚一杯にこれでもかという量の酒瓶を飾ったバーカウンターのようなものが設けられている。この店は飲食店であると同時に、酒が出される場所でもある。カウンターの中で調理している様子は無いので、料理はこことは別室で作っているのだろう。

 横にかなり広いバーカウンターには座席が二十ばかり。あとは店内いっぱいに犇めくように、無数のテーブル席が配置されていた。


 『バンガード』の座席は半数ほども埋まっていないものの、それでも広い店内にはかなりの客数を見ることができた。

 店内には実に様々な人達が入り乱れている。人種からしてそうで、尖った耳を持つ長身の割に随分と細身の人も居れば、頭から長い兎耳を二本生やしている人、あるいは背中から大きな二本の翼を突き出している人もいる。

 肌の色も様々で、髪の色も様々。老年と言っても良さそうな男性も居れば、稚い少女にしか見えないような子までいる。


 酒を供する店ということもあり、店内はそれなりに騒がしい。

 ―――騒がしいけれど、それは不快な喧騒ではなかった。掃討者という生業そのものを管轄する建物の二階にあるせいか、利用客の誰もが節度を持って楽しんでいることが判る。


 場所柄もあって、利用客には帯剣している人や鎧を着込んだ物騒な人が多い。だというのに、店内からは『無法感』というものが全く感じられないのがシグレには興味深かった。むしろ店内にはどこか一定の規律で保護されているかのような、何となく心を落ち着けて安心できる雰囲気さえ感じられる。

 もっとも―――こんな場所で酷い酔い方をして、他人に迷惑を掛ける乱暴な行動に出るような人が仮に出たとしても。おそらく周囲の皆から一瞬で封殺されるだろうから、その安心感はある意味当然と言えるのかもしれなかった。

 何しろ、この店を利用している客は、ほぼ全てが『掃討者』なのである。

 日常的な生業として『戦闘』を経験している人間は強い。実力者だけが集っている場所なればこそ、この店は酒場であるのに一定の秩序を維持していられるのだろう。


 クローネは店内に入ると、暫くはカウンターのほうを眺めていて。それから今度は店内全体を何度かぐるりと見渡したあと、やがて彼女の視線は店内の奥まった場所にあるひとつのテーブル席へと辿り着く。


「いたいた―――探しましたよキッカ」


 歩み寄り、そのテーブルで寛ぐ女性にクローネは声を掛ける。

 クローネを追いかけてシグレもそのテーブルの傍に立つと、ふわりと珈琲(コーヒー)の良い香りがした。


「なんでテーブル席のほうへ移動してるんですか……さっきまでカウンター席に居たじゃないですか」

「だって、人を紹介してくれるんでしょ? だったらカウンターよりも向かい合って話せる座席の方がいいと、クローネも思わない?」

「それは、そうかもしれませんが……」


 二人は既に気心の知れた関係なのだろう。互いに呼び捨てで名前を口にしあうその語調からは、相手に対する親しみのようなものが感じられる。

 キッカと呼ばれた女性は、整った顔立ちの中に利発な瞳を備えていた。髪はオレンジに近い色合いをしていて、頭の後ろ側でポニーテール状に束ねている。椅子に腰掛ける彼女の姿勢はピンと立っていて美しく、女性であるのに座高も身長もシグレと同程度であるように見えた。

 痩せてはいるけれど、シグレのような不健康さが目立つ痩せ方ではない。運動を嗜んでいる女性特有の、均整のとれた体躯といった印象であり、身に付けている衣装も行動性を重視したシンプルなものだ。


 紹介してくれる相手が〈騎士〉という話だったから―――多くのMMO-RPGに於いて『騎士』というものが代表的な『防御役(タンク)』の職業(クラス)であるように、ガチガチに筋肉質な見た目の相手をシグレは想像していたのだけれど。

 男性ではなく女性であったこともさることながら、いかにもアスリートっぽい見た目の女性であったことにシグレは少なからず驚かされる。


 しかし先程クローネは紹介相手のことを、シグレと同じ『天擁(プレイア)』であると言っていたのだから。職業から想像する見た目と齟齬があるのは当然のことなのかもしれなかった。

 『天擁』に関してだけ言えば、ゲーム内でのキャラクターの姿というものは、そのままプレイヤー自身の見た目でもあるのだから。ゲーム内の職業(クラス)が持つ印象と一致するものとは限らない。


「ええと―――キッカ、って言います。よろしくね?」

「シグレと言います。こちらこそ、よろしくお願いします」


 席から立ち上がりキッカが差し出してきた手を、シグレはすぐに握り返す。

 やはり背丈は自分と殆ど変わらない。けれど握手を交わしたキッカの手は、自分のものよりも少しだけ小さかった。


「シグレはやっぱり、漢字だと『通り雨』を意味する『時雨(シグレ)』なのかな?」

「ええ、合っています。キッカさんは菊の花と書いて『菊花(キッカ)』でしょうか?」

「あ、私のことは呼び捨てにして欲しいな。私もそうしちゃうし。んー―――残念だけど、字はちょっと違うかな。私は『(たちばな)』に『(はな)』って書く感じで」


 つまり、彼女の名前は『橘花(きっか)』と書くらしい。

 本来ならオンラインゲームでは名前のような個人情報は伏せるべき所なのだろうけれど。出会ったその場で互いに本名を教え合うという行為は、なんだか少しだけ不思議なことのようにも思う。


橘花(きっか)、か―――)


 言われた通り呼び捨てにしながら、心の中でいちど彼女の名前を口にする。

 なるほど―――鮮やかな橙に熟れた、タチバナの果実を思わせる彼女の綺麗なオレンジの髪には。その名前がとても良く似合っているようにシグレには思えた。

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