13. 掃討者ギルド - 5
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シグレが『意志』操作によって自分のフレンドリストを視界に表示させると、そこには初めてのフレンドを示す『エミル』という文字列が確かに存在していた。
リスト内の名前を注視していると、すぐに彼女の詳細なステータス情報を示したウィンドウも表示される。見た目は普通の人間と変わらないように見えるが、彼女の種族は人間種ではなく『妖精種』と言うらしい。レベルは『13』の〈盗賊〉で、『生産職』の天恵は持っていないようだ。
フレンドリストに登録している相手は位置情報が判るようになっているらしく、視界に開かれたウィンドウにはエミルの現在位置が『掃討者ギルド1階』であることも表示されていた。
「シグレさーん」
色々とフレンドリストから得られる情報を確認していると、窓口の側から呼びかけてくる声があった。
いつの間にか戻って来ていたクローネが、ギルド窓口に立ってこちらを手招きしている。
「無事にギルドカードも出来たみたいですね。それでは僕もこれで、失礼致します」
「色々とお世話になりました、エミルさん」
「お世話などとんでもないです。僕は調べればすぐに判る程度のことしか、お話してませんし……」
後頭部を掻くような仕草をしながら、照れくさそうにエミルはそう謙遜してみせるけれど。シグレからすれば、そんな特別でも何でも無い内容を、時間を割いて判りやすく説明してくれたことこそが有難いのだ。
ゲームであるとはいえ彼女のような人は―――いや、ゲームであるか否かを問わず、エミルのような親切で誠実な相手は間違い無く得難い人物である。折角友誼を結べたのだから、この縁は大切にしたい。
「僕が持っている天恵は〈盗賊〉だけですので、前衛を張るような役目はできませんが……こんな僕でも宜しければ、いつでも狩りに誘って下さいね。どうせ普段はソロばかりで暇していますので」
「ええ、頼りにさせて頂きます。素人ですので、色々とご迷惑を掛けてしまいそうですが」
「僕も大して慣れているわけではありませんから、それはお互い様というものですよ」
そう言ってエミルは、くすくすと可愛げに笑い声を漏らす。
優しく、気持ちの良い人物である。戦闘や『掃討者』という生業のことに限らず、自分が彼女から学ぶべきことは多いに違いない。
これから『盗賊ギルド』のほうへ一度顔を出す用事があるらしいエミルと別れ、シグレはクローネが待つ窓口のほうへと向かう。
こちらを急かすこともなくカウンターの向こうで待っていてくれたクローネにシグレが小さく頭を下げると、彼女もまた頭を下げて応えた。
「ご歓談中だったのに、すみません」
「いえ、こちらこそお待たせしてしまってすみません。―――そちらが『ギルドカード』でしょうか?」
シグレが『カード』という単語から連想していたサイズよりは一回だけ大きい、カウンターの上に置かれた何かの金属で作られたプレート。
それを指し示しながら問うと、クローネはゆっくり頷いて肯定する。
「そうなります。身分証を兼ねるシグレさんの為だけのカードになりますので、紛失しないようになるべく〈インベントリ〉に入れて持ち歩くことをお勧めします。失くしてしまった場合でも再発行は可能ですが、相応のお金も必要になりますので」
「判りました。気をつけることにします」
ギルドカードを手に取ると、作りは薄くとも金属ならではの重みが感じられる。
(中に『銀』も含まれているな……)
複数の金属が混ざった合金でカードは作られているようだけれど、シグレには何故かその中に少なくない量の『銀』が含まれていることが感覚的に理解できてしまう。おそらくは『銀血種』というシグレの種族の持つ特性か何かによるものだろうか。
カードの表面には様々な情報が全て日本語で記されている。シグレの名前と、種族が『銀血種』であることや『天擁』であるということ。『戦闘職』と『生産職』の天恵についても、それぞれ十種類ずつ全てのものが明記されている。
さすがに能力値までは記載されていないようだけれど、カード下部のほうには『八等掃討者』という文字列が印字されていることも見て取れた。
「その『八等』というのは掃討者ギルド内でのシグレさんの等級を示しています。ギルドに登録した直後は誰でも『八等』から始まって、そこから順々に等級が上がっていく感じですね」
「等級……ですか? 魔物を倒せば上がるのでしょうか?」
「もちろんです。掃討者としての本分はやはり『掃討』すること―――つまり『魔物を討伐』することですので、それが第一の評価点になります。
カードをお作りする前に申し上げた通り、ギルドカードというのは討伐した魔物をカウントする装置を兼ねています。この討伐記録を元にギルドから『報賞金』をお支払いするわけですが……。
実はギルドカードの中では討伐記録とは別に、シグレさんが討伐した全ての『魔物のレベル』の合計値を『貢献度』としてカウントしているんです。シグレさんがギルドで討伐報賞金の清算をなさる際に、この貢献度が一定値まで貯まっていた場合には、その時に等級をひとつ上のものに変更させて頂きます」
「なるほど……」
つまり、等級を上げることだけを重要視する場合には、討伐した魔物の『報賞金額』は重要でないことになる。
レベルの高い魔物を倒した方が1体辺りの貢献度は大きいことになるが、これも場合によってはレベルの低い魔物を沢山討伐する方が、効率という面で見れば良いのかもしれない。
「パーティを組んで魔物を討伐した場合には、どうなるのでしょう?」
「あ、ご説明してませんでしたね。カードに記録される魔物の『討伐数』ですが、これはパーティを組んでいるかどうかを問わず、魔物を討伐した時点で付近に『ギルドカード』を携行した人が他にも居る場合には、討伐数が頭割りされて記録に残ります。
つまり二人掛かりで魔物を討伐した場合には、二人のギルドカードにそれぞれ『0.5体』ずつ討伐数がカウントされます。五人掛かりで倒した場合にはひとり『0.2体』ずつの記録になるわけですね。当然『報賞金』と『貢献度』も、ギルドでの清算時にはこれに応じた割合に分配されます。
それとパーティを組んでいなくてもギルドカードを持った人が近くに居ると討伐数が分配されちゃいますので、もし魔物を狩っている最中に他の掃討者の人と狩場が被った場合には、お互いの為にも少し距離を離すようにしたほうが良いですよ」
「判りました、気をつけるようにします」
クローネの話を聞いてシグレは頷く。魔物の『討伐数』はそのまま換金できる要素なのだから、確かに気をつけなければならない。
シグレにとっては『ゲーム内のお金』であっても、こちらの世界に住む『星白』の人々にとっては紛れもない正規の通貨である。お金が絡むトラブルというものは得てして起こりやすく、そして厄介なことになりやすいのだから。
「……そういえばギルドカードの等級って、上げることで何か役立つものなのでしょうか?」
「直接的な特典がある、というわけではないのですが。やはり等級が高いことで得られる信用というのはありますね」
この世界は魔物を狩り続けなければ維持出来ないようになっていますから―――と、クローネは続ける。
「危険を顧みず、魔物を狩ることで増殖を防いでくれている人の存在というのは、それだけでどんな人に取っても有難いものです。特にここのような『中央都市』と違って魔物を防いでくれる立派な『城壁』を持たない、普通の町や村落に住む人にとっての『掃討者』というのは、とても頼りになる良き戦士でもあります。
ギルドカードの等級が『八等』から『七等』程度ですと、大した討伐実績も無いことが判りますので、それほど意味は無いかも知れませんが。等級が『五等』辺りにもなれば、その人が『日常的に魔物を狩っている』ことの証明として十分に機能することでしょう。
等級が高いギルドカードは、自分が社会に貢献していることの証明書となります。手に職を有しており、お金を十分に稼いでいる人間であることも示すことができます。即ち、他人から信用を得るための証としての価値を有することになりますので―――」
「なるほど。だから『身分証明』として機能することになるわけですね」
「ええ、その通りです。逆に言えば相応の『等級』があってこそ、初めて『身分証明』として機能するということでもありますね。
討伐経験が少なく、実力を信用出来ない掃討者を荷馬車の護衛に雇う商人はいません。収入が信用出来ない掃討者に自分の家を貸そうと考える家主はいません。等級が低い掃討者というのは、街の人から見れば『大して魔物も狩らないのに武器を持って街を闊歩する人達』ということになりますし……」
「それではただの危険分子ですね……」
話を聞いて、思わずシグレは苦笑する。
『掃討者』とは武器を持ち、力を振るう才能を有する人達である。実績が認められていれば『公益性のある人物』として社会から受け容れられるだろうが、そうでなければ普通の人からはただの怖い人間としか映らなくて当然である。
「そうそう、今のうちにご説明しておきますが。もし『掃討者ギルド』に登録している方が何らかの罪を犯した場合、ギルドカードにはそのことが印字されてしまいますので、気をつけて下さいね。
とはいえ、シグレさんのような『天擁』の方は、不思議と高い道徳心を備えている方が多いようですので。正直これについてはあまり心配しておりませんが」
「あー……」
天擁とは『プレイヤー』であり、中身は日本人である。
もっとゲーム感がハッキリ判る世界であれば、あるいはロールプレイの一種として、率先して悪を為すようなプレイヤーも出てくるかもしれないのだが。〈リバーステイル・オンライン〉内の世界は、細かい部分ひとつとっても現実と遜色ないレベルで完成されているせいで、どうしてもここが『仮想の世界』であるという実感を持つことができない。
そんな、現実さながらの世界に『もうひとつの人生』を貰ってしまっても。たぶん殆どの人は、そうそう悪いことなんてできないだろうな―――と。日本人のひとりとして、シグレはしみじみとそんなことを思う。
「ところで、シグレさんを『天擁』の方だと見込んだ上で―――実は紹介したい人が居るのですが」
「紹介……ですか? 僕に?」
「はい。相手は〈騎士〉の天恵を持った方なので、シグレさんとパーティを組むには相性も悪くないと思うのですが。ちょうどいま二階のほうにいらっしゃいますので、よろしければいかがでしょう?」