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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
121/125

120. 多天恵魔術師 - 3

長らく間隔が開いてしまい、大変申し訳ありません。

もう少し投稿頻度を上げられるよう頑張ります。

 


     [3]



 先導して歩いているルーチェの説明によれば、訓練場は城内にあるのではなく、独立した施設として城の裏手側に設けられているらしい。


「城内にも小さな訓練室はあるが、騎士は馬に乗っての訓練も重要になるからな。充分な広さの訓練場所が王城の裏手に用意されているんだ」

「……別に今日は、狭いほうの訓練場でも良かったのでは?」

「いや、駄目だろう。騎士と魔術師が試合をするのだから、試合開始時にどれだけ互いの距離を離せるかは重要だ。普通に考えれば1対1の戦いで騎士が負ける筈も無いのだから、せめて魔術師有利となるよう広めに取れる場所でなければな」


 確かに騎士の人達は近接攻撃がメインだろうから、距離が離れた状態から戦闘を開始できるなら、それは魔術師にとって確実な有利となる。

 距離が開けていれば、ある程度は詠唱を必要とするスペルも行使することができるだろう。無詠唱のスペルに限定してもシグレが行使できる手札は少なく無いが、短い詠唱を必要とする【捕縛】なども選択肢に入れられるのは大きい。


 ルーチェと共に王城内を歩いていると、それだけで城内で擦れ違う兵士や文官といった人達から、深々と頭を下げられてしまう。

 さすがは門衛の人が『姫様』と呼ぶだけのことはあるのだな、と。そんなことを考えながら、ルーチェに連れられるままに裏口から王城の外へと出ると。出てすぐ目の前の位置に、大きな訓練場の建物が聳え立っていた。

 『訓練場』という名称から、シグレは漠然と学校に併設される『体育館』のような形状の建物を想像していたのだが。実際に目にするそれは円形の『闘技場』か、もしくは陸上競技で用いる『競技場』を彷彿とさせる形をしていた。


 ルーチェに先導されて訓練場の中へと足を踏み入れると、シグレのそれはより強い確信へと変わる。

 建物の内側からぐるりと360度の周囲を見渡すと、訓練スペースを取り囲むように設けられた、広大な観客席が嫌でも目に飛び込んでくるからだ。


「……なぜ『訓練場』に観客席が?」

「毎週末には興業目的でも使用している建物だからな」


 思わずシグレがそう問うと、ルーチェはくすりと小さく微笑みながらすぐに答えてくれた。


「騎士は税金に支えられた軍事力ゆえ、アーカナムや近隣都市の住民に対しては、定期的に騎士団の威容や実力を示しておかねばならぬ。

 それに、毎週末に催される騎士の演習戦(トゥルネイ)槍試合(ジョスト)競争(レース)といったものは、多くの市民が楽しむ賭博であり、同時に王城にとって貴重な収入のひとつでもあるしな」

「なるほど……」


 周囲を見渡しながら、ここは何だか競馬場のようにも見えるなと思っていたが。どうやら本当に競馬場としても利用されている施設であるらしい。

 週末ごとに開催しているなら、一度遊びに来てみるのも面白いだろうか。あまり賭け事自体に興味は無いものの、《千里眼》のスキルを用いて自由な視点から観戦できる競争(レース)などは、とても臨場感が楽しめそうに思えた。


「とはいえ安心して欲しい。客席はあっても、当然だが今日は客は入れていない。シグレの試合を見物するのは、城勤めの兵士と騎士、魔術師……。あとは私のような技官が少数ぐらいのものだ」

「その割には、人が随分と多いようですが……?」


 訓練場の中を再度ぐるりと見渡し、シグレは小さく溜息を吐いた。

 確かにルーチェの言う通り『観客席』に人はいないのだが……。訓練スペースの場内には、既に60~70人近い人達が詰めているように見えた。

 まだモルクと約束した十五時までには20分近く早いことを思えば、ここから更に人数が増える可能性もある。もちろん、これらの人達はシグレの試合とは全く関係無く、自らを訓練する目的でこの場所を訪ねてきたのかもしれないが。


「この場に集まった者達は皆、君に興味があるのだよ。ライブラの書いた論文が、それだけ王城内で話題になったという証左だな」


 そういったシグレの内心を知ってか知らずか。くくっ、と嬉しそうに笑みを深めながらルーチェは続ける。


「単身で戦う魔術師が強大な魔術で他者をねじ伏せるというのは、お伽噺としては定番のシチュエーションだ。そういった魔術師像に憧れたことが、魔術の道を志す切っ掛けであった者達も少なくは無かろう。

 されど魔術について学び、理解を深めてゆけばゆくほどに、大抵の者達はそれが所詮『お伽噺』に過ぎぬ、非現実的な魔術師像であることを思い知ることになる」

「……そういうものですか?」

「普通はそういうものだな。行使に長大な詠唱時間を必要とするスペルは別だが、詠唱時間が短いか、もしくは無詠唱のスペルはどれもこれも効力が弱く、その割に冷却時間(クールタイム)だけは長いので連射が利かぬ。

 そもそもスペルはスキルに較べてMPの消費量が圧倒的に多く、豊富なMP量を有する魔術師であっても、気軽にスペルを多用していてはあっという間に枯渇してしまう。

 ―――ゆえに、魔術師にできる仕事はたったひとつしかない。長い詠唱を必要とするスペルを、ここぞという場面で複数の味方に護られながら完成させ、圧倒的な火力の一撃で敵集団を粉砕する。この重要な役が担えるのは『魔術師』だけだが、しかしこの方法以外では火力を出せないのもまた『魔術師』なのだ」

「なるほど……」

「無論、これは魔術師が相手を『ねじ伏せる』役を―――。即ち、火力で殲滅する役を担うという前提の上での話だがね。

 実際には、魔術師はパーティ全体を支援する裏方を担うことの方が多いだろう。自分の後ろに回復役(ヒーラー)強化役(バッファー)敵集団の妨害役クラウドコントローラーとして長けている魔術師が控えていてくれる安心感は、他のパーティメンバーに多大な恩恵を齎す。それは時として、火力役として魔術師が担えるものよりも意味が大きい」

「それは……判る気がします」


 ルーチェの言葉に、少し考えた後にシグレも首肯する。

 実際シグレも、攻撃スペルを乱射する砲台役を担当するより、カグヤに火力役を任せて別の方向からパーティ全体を支援しているときの方が、より貢献できている実感が伴うことが多い。


「だが、ライブラの執筆した論文『多天恵魔術師の戦闘技術』の中では、シグレのような『多天恵術師(オリュニス)』を全く別格の魔術師と定めている。

 シグレは既にライブラの論文を読んだかね? 論文中でシグレの戦闘スタイルがどう描かれ、どのように評価されているか知っているか?」

「生憎とまだ読んではいませんが……。モルクさんから聞きましたので、書かれている内容は少しだけ知っています」

「ふむ、既に父上が話していたか。ならば話は早いが、ライブラの書いた論文中で多天恵術師(オリュニス)は『単身でも並みの戦士程度は容易にねじ伏せる』と書かれている。

 これは今までの魔術師の常識から考えれば有り得ない話だが―――なればこそ、皆、興味があるのだよ。ライブラが論文中に書き記した、絵空事ではない、現実に存在しうる『お伽噺』のような魔術師にね」

「……僕はそんな、大したものではないと思いますが」

「ふむ……。私はシグレが実際に戦うところを見たことが無いので、それについては判断しかねるが。但し―――私は、シグレの才能を論文に著したライブラの目が信用に足るということは知っている。また同様に、君が何かにつけて謙遜が過ぎる人間であるということもね」


 どこか少し嬉しそうな語調でそう告げると、ルーチェは真っ直ぐシグレと視線を重ね合わせてくる。

 蒼く透き通った伶俐な双眸に見つめられ、思わず心臓が高鳴った。

 体躯と顔立ちだけで判断するなら、まだ幼い少女の筈なのだが。しかしルーチェの纏っている大人びた雰囲気の中に、もはや幼さの面影はない。


「楽しみにしている、シグレ。君の実力を直接見ることができるのを」

「……自信はありませんが、やれるだけはやってみましょう」


 淑女(レディ)から期待の言葉を掛けられて、心が奮わない男などいるだろうか。

 もとより、自分の戦い方を肯定してくれているライブラを裏切らないためにも。シグレとしてもそう簡単に負けるつもりは無かった。


「さて、この場の主役をいつまでも私の話相手に留め置いては、後で父上から恨み言のひとつでも頂戴してしまいそうだ。

 ほら―――あそこで近衛師団長と父上が談笑しているから、シグレも少し会話に混ざってくるといい。今なら〈大盾〉も居るようだし、ちょうど良いだろう」

「……大盾?」

「君と懇意の仲間なのだろう? ライブラからはそう報告を受けているが」


 ルーチェが指差すほうを見ると、訓練場の中央付近で談笑している四人の男性の集団があり、その中には確かにモルクとユウジの二人の姿が見て取れた。

 二人とも180cmは有りそうな長躯なので、遠目からでも判別が付きやすい。


「ユウジとは先程も一緒に昼食を食べましたが……。ですがユウジは、今日は放蕩貴族の友人に酒を手渡しに行く用がある、と言っていたのですが」

「―――ふ、ははっ! 流石は〈大盾〉だな。父上のことを『放蕩貴族』だなどと呼べる相手を、私は〈大盾〉の他には知らぬよ。

 ふふ……どうやらユウジ殿は昔、父上から〈大盾〉の二つ名を贈られたことを、随分と根深く思っているらしい。その『放蕩貴族』という呼び方は、ユウジ殿から父上に対して贈る、二つ名の意趣返しといった所だろう」

「………」


 幾つかの驚きが同時に溢れて、シグレはただ言葉を失う。

 ユウジがモルクと知り合いというだけでも驚きなのに、まさかユウジに二つ名を贈った相手が、そのモルク当人だとは。


「ああ―――シグレ、済まないが最後にひとつだけ」

「はい? 何でしょう、ルーチェ」

「私は以前に、ライブラからこんなことを問われたことがある。『この国の騎士とシグレが1体1で戦った場合、どちらが勝つと思うか』と。

 本人を前にして言うのも申し訳無いが、私はその問いに『我が国の騎士が圧勝するだろう』と即答した。何故なら魔術師とは、多数対多数の戦場でのみ活躍しうる兵科であり、こと1対1の戦いに限れば最弱の存在だからだ」

「はい」


 この世界での一般的な魔術師像を理解した今となっては、ルーチェがそう考えたのも当然だとシグレには思える。


「だが、私の回答を聞いたライブラは、胸を張ってこんな風に言ってみせた。

 ―――間違いなくシグレが勝つ、と。少なくとも普通の騎士程度では、シグレの相手にもならないだろうと。更には―――もしかすると、この国の騎士で最精鋭を誇る近衛騎士にさえ、シグレは勝利してしまうかもしれない、と」

「……ライブラが、そんなことを?」


 ルーチェの言葉を聞いて、少なからずシグレは驚かされる。

 パーティをよく組むようになり一緒に居る時間が増えて理解したが、ライブラは自分の意見をそれほど強く口にする方ではない。少なくとも、他者が告げた言葉を否定するようなことは滅多にしないのだが。

 その彼が―――自らの上司であるルーチェの推察を真っ向から否定して、その上『間違いなく』と断言してまで、自らの意見を主張するだなんて。


「どうやらライブラは余程、君に惚れ込んでいると見える」

「………」


 反射的に否定の言葉が喉元まで出掛かったが、シグレは静かにそれを飲み込む。

 憧憬と尊敬。その二つが綯い交ぜになった視線を、ライブラ本人から真っ直ぐにいつも向けられているのだ。

 彼が寄せてくれている憧れの程を、肌に感じていないといったら嘘になる。


「まあ、ライブラのことはいい。今は君の話だ。それで、シグレ本人に問いたいのだが……。君の実力は本当に、この国の騎士に拮抗するほどに高いのか?」

「それは……。何とも回答しかねます。そもそも僕は、この国で働いている騎士の一般的な強さを知りません。自分が戦って勝てるかどうかの判断は、相手の実力を把握していないことには何とも」

「……む。それもそうか。済まない、変なことを訊いてしまったな」


 天恵としての〈騎士〉についてであれば、シグレにも多少の知識はある。

 共に戦う機会が最も多い仲間であるキッカがそうだからだ。レベルが上がる度にどのスキルを伸ばすべきか頭を悩ませている彼女の相談にも逐一乗っているので、〈騎士〉が取得可能なスキル群については知悉していると言ってもいい。


 けれども、王城で『騎士』として務めている人物が、必ずしも〈騎士〉の天恵を有しているかといえば、そうでは無いのだ。

 戦うことを求められる生業ではあるので、何らかの『前衛職』カテゴリの天恵を持っている必要はあるらしいのだが。別に『騎士』となる為に〈騎士〉そのものの天恵を持っている必要は無いらしい。

 だから『騎士』の人達の天恵は人によって様々であり、武器も槍であったり剣であったり、中には斧や鎚鉾(メイス)、刀や拳鍔(ナックル)などを愛用する『騎士』もいる。

 一括りに『騎士』といっても実体は様々であり、戦い方も実力も様々だ。そんな相手と「戦って勝てるか?」と問われたところで、シグレには判断のしようが無いのだが―――。


「そうですね……。ひとつだけ言わせて頂けるなら」

「む。何だ? どんな意見でも聞かせて欲しいものだ」

「ルーチェがライブラのことを信じているように、僕もまた仲間として彼のことを信頼しています。その彼が―――僕が騎士にも勝てる(・・・・・・・・・)と評するのでしたら、きっとそうなのでは無いでしょうか」


 同じ魔術師ということもあり、戦闘中に近い位置からライブラを見る機会の多いシグレは、彼が後衛に求められる観察眼や判断力といった資質を十全に備えていることを知っている。

 自分自身についてはあまり自信を持てないシグレでも、気心の知れた仲間のことであれば無条件に信頼できた。


 ―――ライブラが『勝てる』と言うのなら。

 たぶん、それは事実なのだ。

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