12. 掃討者ギルド - 4
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それから暫くの間、掃討者としての先輩であるエミルから、シグレは様々なことを教わった。
自分が説明出来るようなことは掃討者として初歩的な内容だけですが、とエミルは何度も口にしていたけれど。最低限の知識さえ持ち合わせていないシグレからすれば、寧ろその初歩的な内容こそが有難い。
例えば、エミルは掃討者ギルド内に置かれている掲示板に、三種類のものがあることを教えてくれた。
ひとつは現在シグレとエミルが話している、掃討者ギルドに入ってすぐの所にある沢山の掲示板群。これはクローネからも既に教わっている通り、魔物や報賞金の情報を掲載したものだ。
しかし一階のホール内には他に、受付窓口の左隣辺りにも衝立ひとつぶんだけ別の掲示板が設置されている。こちらは魔物の情報ではなく、ドロップアイテムの『買取希望』に関する情報が掲示されているらしい。
魔物は討伐されたときに一定確率でアイテムをドロップすることがある。アイテムの種類や確率は魔物ごとに決まっていて、倒した魔物がアイテムをドロップした場合には、自動的にパーティ内の誰かの〈インベントリ〉へと収集される。
ドロップするアイテムは、その魔物に関連のあるものであることが多い。例えば最弱の魔物である『ピティ』は外見が『少し大きなウサギ』であるため、ドロップするものも『肉』や『毛皮』といった素材アイテムが中心となる。
こちらの世界に於いて、魔物由来の素材アイテムは日常的に用いられている。現実世界に於けるウサギ肉が『柔らかい食肉』として古くから利用されてきたことと同じように、こちら〈イヴェリナ〉でもピティの肉と言えばごく一般的な調理素材であるらしい。
魔物はレベルが低いものほど『分裂』の頻度が高く繁殖力が強いこともあり、ピティがドロップする素材アイテムなどは流通も盛んである。カウンター脇に置かれた掲示板でも、ピティの肉はほぼ常設に近い状態で『買取希望』の情報が貼り出されているのだとエミルは話してくれた。
ピティの討伐報賞金は一匹当たり『4gita』と少ないものの、アイテムのドロップ率は悪くないらしい。ドロップアイテムをちゃんと換金すれば十分な収入を与えてくれることから、ピティは掃討者にとって根強い人気がある魔物であるらしい。
「掲示板に『買取希望』を出しているのは大抵、どこかの商会の方です。貼られている用紙には都市のどこにその商会の建物があるのか書いてありますので、基本的にはその商会にアイテムを持ち込んで売却する形になります」
「ギルドの窓口で買い取って頂けるわけではないのですね」
「そうだったら楽なんですけれどね。窓口で買取までしていては、ギルド職員さんの〈イベントリ〉もすぐ一杯になっちゃうでしょうし、やっぱり僕達で商会のほうまで持って行かないといけません。
特に『お肉』みたいな生鮮品は足が早いので、魔物から手に入れたその日のうちに商会へ持ち込んで売り払う方がいいですね。殆どの商会は24時間いつでも人が居ますので、買取ぐらいなら深夜や早朝でも受け付けて貰えます。別に翌日売りに行くのでもダメではないのですが、1日経つだけでも素材アイテムの品質は少なからず落ちちゃいますので、当然そのぶん買取額も安くなっちゃいますね」
掲示されている『買取希望』のアイテムは、寧ろ低レベル帯の魔物が落とすものほど需要が高い傾向があるので、今のうちに貼り出されている用紙を回収しておいたほうが良い―――そのようにエミルは教えてくれた。
用紙を回収して自分の〈ストレージ〉に収納する傍ら、軽くその内容に目を通してみると、同じアイテムに対して複数の商会から『買取希望』の貼り紙が出されていることも多いようだ。買取金額も商会ごとに1gita単位で細かく衝突し合っており、その競争の高さを伺わせる。
「そういえば―――もう一種類ある掲示板、というのは?」
「そちらは二階に上がってすぐの所にあります。掃討者ギルドの二階には『バンガード』というお店があるんですが、ご存じですか?」
「いえ、全く存じません。やはり何か、掃討者としての仕事に役立つ商品を扱っているお店ですか?」
「あはっ。なるほど、ギルドの二階にあるわけですから、そう考えるのも無理ないかもしれませんね。『バンガード』は飲食店と酒場を兼ねたお店です。ギルドの二階にあるので当然ですが、掃討者御用達のお店ですよ!」
「……食事やお酒を飲むお店の中に、掲示板があるのですか?」
「二階にある掲示板は、他の二つのように討伐やアイテム回収を『依頼』するものじゃないんです。判りやすく言えば『パーティメンバー募集掲示板』ですね。これはギルド窓口の職員さんではなく『バンガード』のマスターが管理しているものなので、二階のお店側に設けられてるんです。
掲示板に貼ってある用紙には、狩りに行く『日時』と『目的地』、それから討伐目的の『魔物』の名前なんかが書いてあって、あとは先方が求めるパーティメンバーの『役割』も書かれています。中でも圧倒的に多いのは『治療スペルが使える人募集』ですね」
治療スペルなら、当然『術師職』をコンプリートしているシグレも幾つか使うことができる。
「圧倒的、と言うほど多いのですか?」
気になってシグレがそう訊ねると、すぐにエミルのほうから「それはもう」と強い肯定が返ってきた。
「ギルドに登録されたばかりなわけですし、まだ魔物を狩ったことがないのであればご存じ無いのも当然ですが。……HPを回復させる霊薬って高いんですよ。
別に狩りをする上で治療役の人が必要というわけではないんです。霊薬を使えば傷は癒すことができますから。ただ支出額がだいぶ変わってきてしまいますので……」
「治療スペルの使い手をひとり入れたほうが、却って安く済む?」
「そういうことですね。僕もそうですが、ソロで狩りをする機会が多い人は特に苦労していると思います。自分で【負傷処置】のひとつでもスペルが使えたなら、だいぶ楽が出来たのだと思いますが……」
エミルは溜息混じりにそう愚痴を零す。
彼女が口にした【負傷処置】という名のスペルに、シグレは心当たりがあった。
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【負傷処置】 ⊿Lv.1伝承術師スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:なし / 詠唱:なし
術者が直接触れている味方1人のHPを10秒間掛けて回復させる。
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それはシグレが最初から修得している〈伝承術師〉のスペルである。
対象に直接触れなければ治療出来ず、しかも10秒間触れたままでいなければならないので、戦闘中に使うには明らかに適さない。
宿の部屋から出る前に、最初から持っているスペルを一通り確認した時には、自分が行使可能な治療スペルの中で一番使い勝手が悪そうな印象をシグレは持ったものだが。
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【軽傷治療】 ⊿Lv.1聖職者スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:100秒 / 詠唱:なし
味方1人のHPを小回復する。
【小治癒】 ⊿Lv.1巫覡術師スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:100秒 / 詠唱:なし
味方1人のHPを小回復する。
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しかし、よくよく考えてみれば。シグレが他に行使可能な二つの治療スペルはどちらも、一度使うと100秒間の冷却時間が発生するために連続では使用できない欠点を持っている。
【負傷処置】は冷却時間がゼロであるため、傷を癒す相手のHPが最大値に回復するまで何度でも連続で行使することができるし、味方の人数が多くても問題無く対処できる。
「なるほど……。【負傷処置】は戦闘後の回復に使うのが有効なわけですね。道理で戦闘中には微妙に使いにくそうな制限があるわけだ……」
戦闘中に使うのには向かなくとも、戦闘後の手当に使うぶんには、これほど便利な回復スペルというのもないだろう。術者のMPさえあればパーティ全体を短時間で全快させられるのだから。
「……あの。もしかしてシグレさんって【負傷処置】のスペルが使えたりされます?」
「ええ、一応は。【負傷処置】も使えます」
「―――!? もしかして、複数の治療スペルを使えるのですか!?」
少し大きなトーンで発せられたエミルの声が、だいぶ人も減ってきたホールの中では地味に響く。
掲示板の周囲に居た何人かの人達の視線が、ぐいっとシグレのほうへと向けられてきて。お陰でエミルの問いに、なんとなくシグレも答えづらい。
「ああ……も、申し訳ありません! つい熱くなってしまって……」
周囲の視線を集めてしまったことにエミルも気付いたのだろう。
酷く申し訳なさそうな顔で、エミルは何度もぺこぺこと頭を下げてみせる。
「気にしないで下さい。その……別に、間違ってはおりませんし」
「わわ、凄いです……! きっとシグレさん、掃討者ギルドでは引く手数多だと思いますよ!」
テンションはそのままに、可能な限り声を窄めながらエミルはそう喜ぶ。
人のことなのに。まるで自分のことのようにエミルが満面の笑顔で喜んでくれるものだから。それを見ていると、シグレもまた自然と笑顔にさせられてしまう。
伏し目がちな挙動から、多くの人はエミルを見たとき、彼女を暗い人間だと思うことだろう。喋る調子も少しぼそぼそとしたものだし、実際それはそれで間違いでは無いのかもしれないが。
しかし、人の喜びを自分のことのように喜べる人というのは、得難いほどに希有な存在である。それは回復スペルを使えることなんかよりも、余程価値がある希少性であるとも思うのだが。
勿体ないな、と今一度シグレは思ってしまう。俯きがちな所さえなければ、本当に『引く手数多』なのは、初心者に世話を焼くことを躊躇せず、人のことで笑顔になれてしまうエミルのほうだと思う。
「エミルさんは先程、ソロで狩りをすることが多いと言っておられましたが。では近いうちにいつか、宜しければ一度一緒に狩りに行ってみませんか。知っての通り自分は初心者ですが、回復アイテムの代用にぐらいはなれると思いますので」
「い、いいんですか!? ぜ、是非お願いします!」
提案の言葉にすぐさま反応し、シグレの両手を掴んでエミルは真っ直ぐにこちらのことを見つめてくる。
先程まで俯き勝ちだったのが嘘みたいに、近すぎる距離からまじまじと見つめられて。恥ずかしくなって思わず視線を逸らしてしまったのはシグレのほうだった。
「で、では。もし良ければ、フレンド登録とかお願いしても……?」
「自分でもご迷惑でなければ、ぜひ。ただ自分はフレンド登録というものをやったことがないので、やりかたを教えて頂いても構いませんか?」
「もちろんです! で、では、僕が最初のフレンドですね。ふふ」
このゲームに於ける『フレンド』の仕組みをまだ理解していないため、何となくこちらから誘うことは躊躇ってしまっていたけれど。エミルのような出来た人と関わりを持てるというのは、シグレからしても願ってもない話だった。