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「それじゃあ―――〈迷宮地〉の攻略を祝って乾杯!」
「お疲れさまでした!」
掃討者ギルドの二階にある、飲食施設『バンガード』。探索を無事に終えて都市へと戻って来た一行は、ユウジの音頭に合わせて互いの無事と健闘を称え合った。
以前『ゴブリンの巣』を探索した時には、ユウジとライブラ、それにシグレを加えた三人で祝杯を交わしたものだが。今回はそれに加えてキッカやエミル、ユーリもいる。
前回の倍に賑やかさを増した宴は、その心地よさも一入というもの。
さすがにまだ昼間ということもあって誰も酒を注文したりはしなかったが、喉を潤す冷たい麦茶に溶けていくかのように、身体に蓄積していた疲労が癒えていく感覚があった。
「ユウジはもう換金したんでしょ? 今回の討伐報賞金、全部で幾らになった?」
「端数は覚えていないが、だいたい『60,000gita』ぐらいにはなったぞ。今回の探索ではかなりの数の魔物を倒しているからなあ」
「おお、良い額……! 『ゴブリンの王』さまさまだね~」
キッカはそう言いながら、嬉しそうに顔を緩ませる。
そう―――シグレ達の一行は今回の探索で〈迷宮地〉である『ゴブリンの巣』のボス、洞窟最奥の広間にいた『ゴブリンの王』の討伐に成功したのだ。
ゲームにおいて『ボス』と言えば普通、遭遇する雑魚モンスターとは比べものにならない強さを持っているのが当たり前。もともと『ゴブリンの王』について知っていたユウジを除けば、当初は全員がその畏怖に身構えたものだが。
(……まさか『ゴブリンの王』が、召喚メインの魔物とは)
ボスとの戦闘を思い出しながら、シグレは内心で苦笑する。
ゴブリンの王は戦闘中に、三種類のゴブリン召喚スペルを駆使してくる相手だった。それは【ゴブリン兵士隊召喚】と【ゴブリン弓手隊召喚】、それから【ゴブリン精鋭隊召喚】の三つだ。
兵士隊召喚は一度に6体のゴブリン・ウォリアーを、弓手隊召喚は一度に6体のゴブリン・アーチャーを呼び出し、精鋭隊召喚は3体のホブゴブリンを呼び出す。
また、ゴブリンの王はおよそ90秒前後の冷却時間毎にこれら三つのスペルを何度でも行使してきた。
つまりゴブリンの王は、90秒毎に合計で15体ものゴブリンを延々と召喚し続けてくるボスだったのだ。
かなり高い殲滅力を持つパーティで当たらない限りは、数の暴力に押し切られ、敗北してしまうのが必定だろう。しかもゴブリンの王は『16,000』という大量のHPを持った魔物であり、その耐久力を削りきるのにはどうしても時間が掛かる。
殲滅力と継戦能力。その二つを高い水準でクリアしていなければ、そうそう勝てる相手ではない。そういう意味で言えばゴブリンの王は、正しく『王』や『ボス』と呼ばれるのに相応しい強さを持った魔物だったのだが―――。
「―――いやあ、ゴブリンの王は強敵でしたね!」
悲しいかな、シグレ達の一行からすれば、ライブラからこんな風に言われてしまう程にゴブリンの王は相性の良すぎる相手だった。
こと殲滅力と継戦能力という二点に於いて、このパーティは優れすぎている。
もともとユウジやカグヤはMPを消費せずとも充分に戦えるだけの能力を持っているし、キッカだってその点では負けていない。
多天恵魔術師であるシグレとライブラはレベルに不釣り合いな量のMPを有しているし、MPが自然回復する速度も早い。
それにシグレは多数の魔術を使い分けることで冷却時間を物ともせずにスペルを撃ち続けることができるし、ライブラの放つ範囲攻撃スペルは魔物がどれだけいようとも全てを纏めて焼き払う。
〈操具師〉であるユーリに至っては、パーティの継戦能力を最大限高めるためのスペシャリストとさえ言えるだろう。ユーリが飲んだポーションのMP回復効果は仲間全員へ伝播するし、弓矢の扱いに長ける純血森林種である彼女が放つ矢は《武具性能発揮》スキルにより威力が高められ、ちょっとした攻撃スキル並みの威力さえ持っている。
率直に言って、シグレ達にとってゴブリンの王は相性が良すぎたのだ。
その結果、どうなったのかと言えば―――。
「探しに行かなくても魔物を幾らでも生み出してくれるんだから、楽だよね~」
「はっはっ、全くだな! 迷宮のボスさま万々歳だぜ!」
……可哀想なぐらいカモにされた。
ゴブリンの王本体にはなるべくダメージを与えずに、王が召喚してくるゴブリンだけを延々と討伐する。そんな一種の稼ぎプレイが行われてしまったのだ。
お陰でパーティ全員の〈インベントリ〉にはゴブリンから得たドロップアイテムが大量に確保され、また同様に各々のギルドカードにも大量のゴブリン討伐数が記録された。
もちろん獲得した経験値も馬鹿にはならない。つい先程レベルが上がったシグレや、昨日レベルが『39』になったばかりのユウジは、さすがにそれ以上レベルが上がることも無かったが。それ以外の四人は、各々が1つ以上のレベルアップを果たしたようだ。
「……いっぱいスキルポイントが手に入ったのは、素直に嬉しい」
普段から変化に乏しいユーリの表情は、そう言いながらも無表情のそれだったりするのだが。けれど声色だけは確かに、いつもよりも少し嬉しそうに聞こえた。
今回の『ゴブリンの巣』の探索だけでユーリのレベルは『8』から『12』にまで大幅に成長している。
都合『4』レベルも一気に上がったわけだが、そのうち三回分のレベルアップはボス戦の最中に発生したようだ。伸ばしたいスキルの候補を沢山持っているユーリにとって、スキルポイントが一度に『4』ポイント手に入った意味は大きい。
「それで、シグレはこのあと王城に行くんだろ?」
「ええ、十五時より少し前頃には王城に。ライブラが王城に提出した論文の検証とでも言いますか……。実証実験の手伝いのようなものを依頼されまして」
「ほほう。そりゃまた妙な依頼事をされたもんだなあ」
シグレの回答に、ユウジが僅かに驚きながらそう言葉を漏らす。
一方、そんなユウジの隣では、ライブラが酷く申し訳なさげに肩を竦めていた。
「うう……すみません、師匠。まさか師匠に面倒を掛けることになるとは……」
「いえ、気にしないで下さい。ライブラが論文に書いた通り、僕の戦い方が普通の魔術師の方に較べて変わっていることは事実でしょうし」
以前ライブラが王城へ提出したのは『多天恵魔術師の戦闘技術』という論文で、内容を掻い摘んで言えば「今までのように長い詠唱を必要とする大魔術を行使する魔術師とは別に、多天恵を武器に多様な低レベルのスペルを行使する、全く新しい魔術師の戦闘スタイルが今後は確立されていくかもしれない」というものだ。
つまりそれは、紛れもなく普段からシグレが実践している戦い方に他ならない。
また、シグレに王城へ来るよう求めてきたモルクは、とりわけ多天恵術師ならではの特徴として論文内に記載されていた「魔術師単身での戦闘力」について、とても興味を持っている様子だった。
最近ではライブラもかなりシグレに似た戦い方を好むようになっているが……。単身での戦闘力を実際に見ることで評価や判断をしたいというのであれば、やはり日常的にソロでの狩りも行っているシグレが出るべきだろう。
「城に行くのであれば、もしかしたら午後も俺と会うかもしれないな」
「ユウジも何か王城に行く用事が?」
「いや、城自体に用事は無いが。コイツを友人に届けたいんでな」
そう言ってユウジは〈インベントリ〉から二本の酒瓶を取り出す。
貼られたラベルに記されている文字は『カンパ・アンダール』。今日の探索で宝箱から手に入れたお酒の瓶だ。
「放蕩貴族の友人でな。基本的には街をブラブラしてることが多いヤツなんだが、偶には城で真面目に働いてることもある。そういう時は城まで届けてやるのさ」
「なるほど。貴族のご友人とは、さすが〈大盾〉の名は伊達じゃありませんね」
「その呼び名はマジやめて……」
相変わらず二つ名を口にされるのは気恥ずかしいらしく、シグレの言葉を受けてユウジは力なく項垂れた。
その様子を脇から見たカグヤが、不思議そうに小首を傾げる。
「言われて恥ずかしいんでしたら、二つ名なんて捨ててしまえばいいのでは?」
「いやあ……。これがそうもいかなくてな」
カグヤの率直な問いに、ユウジは苦笑しながらも答える。
「俺の二つ名は一応、掃討者ギルドの支部マスターから貰ったヤツだからな。多少恥ずかしいからといって、簡単には捨てられないんだよ」
「ああ、そういうものなんですね……」
「それに二つ名を有していることで得られるメリットも多くてな。掃討者として活動する上で助けられてる部分もあるから、手放すには惜しい」
「メリット、ですか?」
他者から『二つ名』で呼ばれて、何か良いことがあるのだろうか?
カグヤに次いでシグレも首を傾げると、それを見たユウジが愉快そうに笑った。
「教えてやってもいいんだが……。どうせシグレやカグヤは、遠からず何かしらの二つ名を誰かから贈られることもあるだろう。メリットについていま俺が説明してしまうと、その時の楽しみを奪ってしまうかもしれないからな」
「私やシグレさんがですか? 二つ名を?」
「ああ、そうだ。二つ名ってのは他のヤツとは違う独自の『特色』を持った掃討者に贈られるものだからな。お前ら二人はその要件を余裕で満たすと思う」
思わずカグヤと顔を見合わせてしまうが。少なくともシグレに、そうした実感は皆無だった。
「まあ、今は判らなくてもいいさ。お前らが他人事じゃなくなった時に、せいぜい俺もお前らのことをからかってやるとしよう」
そう告げてからユウジは、くつくつと堪えきれない笑いを漏らす。
確かに自分はともかくとして、カグヤは高レベルの優れた〈鍛冶職人〉であり、とりわけ『刀鍛冶』という専門分野に関しては他者の追随を許さない突出した技倆を持っている。
二つ名というものが戦闘能力に限らず、生産能力に対しても贈られるものであるならば。ユウジの言う通り職人としてカグヤが持つ『特色』は、きっとその要件を満たすことだろう。
「じゃあ、私が二人に立派な『二つ名』を付けてあげないとだね!」
愉快げに笑いながら席から立ち上がったキッカが、唐突にそう宣言する。
最初は紅茶を飲んでいた筈なのだが……いつの間にかキッカの手にあるカップは酒用のグラスに変わっており、彼女の近くには既に半分以上が空けられた蜂蜜酒の瓶が置かれていた。
どうやら既に出来上がっているらしい。
「お前が付けるのかよ……。だったら試しに、シグレに『二つ名』を付けてみ?」
「んー、じゃあね! シグレの二つ名は〈一家に一台〉とかでどうかな!」
「……まあ実際、シグレが居てくれるとポーション代が全く掛からないし、便利なのは否定できないか」
「あはは、気持ちは良く判りますよね。シグレは何でもしてくれますから」
「二人とも、キッカに共感せず否定して下さいよ……」
面白そうに笑いながらも、うんうんと何度も頷いてみせるユウジとエミル。
『二つ名』などという、他人が勝手に決める呼称はどうでも良いのだけれど。
……とはいえ、さすがに〈一家に一台〉だなんていう家電製品みたいな二つ名は勘弁して欲しいなあと、シグレは少しやるせない気持ちになるのだった。