116. リワード - 2
金貨の中へと両手を突っ込み、宝箱底部に仕掛けられた罠の解除を試みる。
罠の構造は《罠探査》のスキルで確かめることができるので、金貨に視線が遮られていても作業に支障は無かった。
まず起爆部の爆薬とそれに衝撃を加える小型金槌による機構、いわゆる雷管に相当する部分を解除し、取り外す。
それさえ済めば爆発する危険性は無くなったと見て良いので、先程注いだ金貨を自分の〈インベントリ〉へ回収し、宝箱の中身を一旦脇に取り出し、底部に仕掛けられていた6本もの筒状の爆薬も順次回収した。
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□アンマル爆薬筒(6個)/品質[65]
| アンマル火薬が中にたっぷり詰め込まれた爆薬筒。
| 火薬が吸湿するのを防ぐ工夫が外装に施されている。
| 鉱山や石切場で需要があるため市場でそれなりの値が付けられるが
| 火薬は錬金術で作るには材料費が高く付くため、流通する爆薬の大半は
| 掃討者が〈迷宮地〉の罠から回収してきたものである。
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アンマル火薬、という名前は始めて耳にするが。おそらくはこちらの世界でのみ存在する火薬の種類なのだろう。
試しに筒の裾を開いて少しだけ手のひらの上に取り出してみると、中から現れたのは黒色火薬を思わせる色合いの黒い粒子だった。
聞いたことのない名前なので、実際に爆発した場合、この火薬がどの程度の衝撃を生み出すものなのかは想像も付かないが。中身がたっぷり詰まった火薬が6筒もあるとなれば、もし罠を発動させたならまず無事には済まなかったことだろう。
(……火薬が手に入ったのだし、マスケット銃でも作ってみようか?)
解除した罠の部品は作業者が手間賃として貰って良いのだとエミルから教わったことがあるので、有難く火薬の詰まった筒を自身の〈インベントリ〉へ回収しながら、シグレは一瞬そんなことを考えてみたりする。
マスケット銃の構造は単純らしいから、現実世界で資料を幾つか読み漁れば作ること自体は難しくは無いのかもしれない。シグレは〈造形技師〉の能力を駆使することで、金属を自分の望む形に整えることができるので尚更だ。
とはいえマスケット銃は威力は高くとも、命中精度には難があると聞く。
戦争のように多勢同士の争いで使うのであれば別だろうが、掃討者と魔物との戦闘は少数同士の争いになるから、命中精度に劣る武器はいまいち利用が難しい。
かといって現実世界で資料を読むという一種のズルができるとはいえ、さすがにライフリングのような構造まで再現できる自信は無かった。
「シグレ、中身はどうだ? 何か良い物は入ってたか?」
いつの間にかすぐ近くに来ていた、ユウジの声に気付いて思わずはっとする。
「ああ……すみません、少し考え事をしていました。
中身は主に宝石ですね。あとは瓶が何本かと、厚手の服が入っていました」
「瓶? ポーションか何かか?」
「いえ、そういう小瓶ではないです。大きさは酒瓶に近いようでしたが」
「―――金貨は!?」
「全く入っていませんでした。宝石で我慢して下さい」
ユウジと会話している途中で、身を乗り出すように横から割り込んできたキッカの言葉に、思わずシグレは苦笑する。
現在のシグレの所持金は、宝箱に金貨を注ぐ前と全く同じ数値を示している。
それはつまり注いだ金貨と同額をちょうど宝箱から回収したということであり、元々この宝箱には1gitaさえ現金が入っていなかった証左に他ならなかった。
とはいえ現金は無くとも代わりに宝石が結構入っているようなので、収入としてはそれなりに期待が持てる額になることだろう。
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□タイガーズアイ(25個)/品質[64-99]
【素材】:〈細工師〉〈錬金術師〉〈薬師〉
| 『虎眼石』とも呼ばれる筋模様の入った宝石。
| 浄化の力を持つとされ、薬や霊薬の素材として用いる。
| 但し扱いが難しく、素人が扱えば逆に毒性を撒き散らすと言われる。
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□オパール(8個)/品質[80-85]
【素材】:〈細工師〉〈錬金術師〉〈薬師〉
| 別名『蛋白石』とも呼ばれる宝石。希少素材。
| 見る角度によって変化する不思議な色彩を持った宝石で、高価。
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□ヴェルデライト(7個)/品質[51-62]
【素材】:〈鍛冶職人〉〈木工職人〉〈縫製職人〉〈細工師〉
〈魔具職人〉〈錬金術師〉〈薬師〉
| 『グリーントルマリン』とも呼ばれる宝石。希少素材。
| 電気属性を蓄えた精霊石としての一面を持ち、武具素材にも用いる。
| 但し精霊石としては下級で、金銭価値は宝石自体の魅力に準じる。
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□カンパ・アンダール(2個)/品質[79-80]
【素材】:〈錬金術師〉
| 北方はムール族が製造する伝統酒。
| 芋と薬草類を主材料に用いており、薬酒としても評価が高い。
| 癖のある味わいは玄人向けとされるが、冷やせばスッキリと飲み易い。
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□鮮血を渇望するサンタ服/品質[100]
物理防御値:18 / 魔法防御値:60
装備に必要な[筋力]値:12
〔*血の渇き〕〔変形〕〔温冷調整〕
| 〈イヴェリナ〉とは別世界の聖人に縁ある衣装。
| 帽子は無いが代わりにフードが付属している。
| 悪しき血に呪われており、装備すると心が徐々に残忍なものへと歪む。
| 着用者は人や魔物の返り血を浴びるとHPとMPが回復するようになり
| 一時的に攻撃力も増加するが、同時に心をより強く病むようになる。
| 男性が着れば男性用に、女性が着れば女性用の衣装に変形する。
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(―――魔石はなし、か)
要領よく宝箱の中身を分別していくエミルの手際を脇から眺めながら、中に収められていた三種の宝石がいずれも魔石ではないただの宝石であることに、シグレは少しだけ落胆する。
魔石は武具に付与を施す際には纏まった数が必要となるし、魔符や巻物のような魔具を生産する際にも大量に消費する。
とりわけ付与のほうは下級の魔石だけで付与できる内容に限界を感じつつあり、そろそろ中級の魔石を用いた付与にも手を出したいとシグレは思っていた。
困ったことに下級の魔石とは異なり、中級以上の魔石は金を出せば購えるというものではなく、市場に供給される数は常に不安定だ。
できれば市場に頼るのではなく、こうした宝箱から少しでも自力調達できるようになりたい所なのだが。―――なかなかそう簡単にはいかないようだ。
(確か中級の魔石は、アンデッドや精霊タイプの魔物が良く落とすんだっけ……)
以前『魔具職人ギルド』を初めて訪れた際に、ギルド長であるサヴァカームから魔符の作り方を教わる傍ら、そんな話を聞かされたことを思い出す。
地下に埋まっている王城―――モルクが言っていた『堕ちた王の虚城』という名のダンジョンでは、アンデッド系の魔物が大半を占めているという話だった。
中級の魔石を欲するのであれば、どちらにせよ宝箱のような中身にランダム性が高いものを当てにするより、安定した自力調達が可能な魔物のドロップアイテムに期待を寄せる方が無難だろうか。
「僕達は戦闘に全く参加しなかったわけですし、宝箱の中身はシグレとカグヤさんの二人で分配してしまって構わないと思いますが」
「―――いえ、それは駄目です。僕とカグヤと黒鉄の三人だけで魔物と戦ったのは単に僕らの我侭によるものですから。分配は全員で公平に行うべきでしょう」
遠慮が混じったエミルの言葉を、シグレは即座に否定する。
助力を断ったのはこちらの身勝手からなのだから、ここでエミルの言葉に甘えるようでは筋が通らない。
「結構な数の宝石に、酒が二瓶。あとは……呪われた装備品か。酒は俺が貰っても良いだろうか? 代わりに宝石の分配は俺を除外してくれて構わないから」
「私はいいけど。そのお酒って、実は高級品だったりする?」
「いいや? ジャガイモを材料にした北方地域の酒だから、この辺ではあまり手に入らないが……。材料が材料だから別に高級品ということは無いな。市場で売るとしたら、せいぜい1本当たり500gitaという所か」
「ふうん、芋から作るお酒……。芋焼酎みたいな感じ? あれ美味しいよね~」
「あれは芋は芋でもサツマイモだろ。全くの別モンだよ」
キッカの言葉を受けて、ユウジが呆れたような表情でそう答えた。
現在19歳であるシグレよりも、キッカは少しだけ年下だった筈だが。なぜ芋焼酎を味わった経験があるのか―――というのは、訊かないほうがいいのだろう。
(この件については、僕もあまり人のことを言えないしなあ……)
そう思い、シグレは内心で苦笑する。
同じ階に入院している高齢のおじさんやお爺さん方が、病室内の一体どこに隠し持っているのか、たまに将棋で勝つと喜びのあまりにやたらとシグレに酒を飲ませたがって来るのだから困りものだ。
未成年なのだから、当然のように二度までは固辞することにしているが。三度も勧められたら断るのも失礼かと思い、少しだけ有難く頂戴することにしている。
芋焼酎いいよね……あの独特の臭みと、濃厚な味わいが癖になるよね。うん。
「コイツはいわゆるアクアビットとか、そっち系の酒だが。友人にコレに目が無い奴がいるんで、そいつへの手土産にでもしようかと思ってな」
「なるほど」
皆で簡単に話し合った結果、酒は無事に二瓶ともユウジのものとなり、残る宝石類のうちタイガーズアイは全てユーリのものとなった。他の二種類の宝石は、後で換金して残りのメンバーに等分配する。
個数で言えば今回手に入った宝石の大半をユーリが受け取ることになるが、宝石の価値は種類によってピンキリであり、オパールやヴェルデライトに較べればタイガーズアイは遙かに廉価で、1個あたり200gita程度の価値しかない。
「売って端金に換えるぐらいなら、私が霊薬の材料として使いたい」
カグヤの〈鍛冶職人〉としての腕前にも並ぶほどの、熟練の〈錬金術師〉であるユーリにそう言われれば否もなく、全て彼女が引き取ることになったわけだ。
「これで残りは、明らかに呪われているサンタ服だけですが……」
余り物なので誰か希望者がいれば喜んで譲る所なのだが。やはりと言うべきか、誰もこんな呪われた装備品なんかを欲しがる人は居なかった。
「こういう時はどうするんです?」
様々な人とパーティを組んだ経験を持つ、熟練の掃討者であるユウジにシグレがそう問うと。ユウジは「そうだなあ」と一言漏らして、ゆっくり頷いてみせた。
「特に明確な決まりがあるわけではないが。分配で余ったアイテムは原則として、宝箱を開けた〈盗賊〉や〈斥候〉が貰うのが掃討者の慣例になっているな」
「……すると、今回の場合は」
「おめでとうシグレ。この呪いのアイテムはお前さんの取り分だ」
くくっと笑いを忍ばせながら、そう言ってユウジは『鮮血を渇望するサンタ服』をぐいっとシグレの側へと押しつけてくる。
―――正直、全く要らない。
「【浄化】のスペルで呪いを解けたりしないものでしょうか……」
サンタ服の品質値は『100』と高く、布製の割に防御性能はかなり高い。
呪いを解くことができるなら、いっそのこと分解して、生地だけを別の防具の材料として転用するのも悪くないとは思う。
というか―――そもそも、どうして宝箱から『サンタ服』などという突拍子もない装備品が出てくるのだろうか。
いや、この世界を『オンラインゲーム』だと割り切るのであれば、こうした特徴的な見た目の装備品などは珍しくも無いのかもしれないが。
以前プレイしていた某MMO-RPGでも、イベントなどで手に入る装備品には和服に水着、学生服にメイド服、チャイナドレスにウェディングドレスと、正統派ファンタジーの世界観をまるきり無視したかのような装備品が大量にあったし。
「呪いを解くなら【解呪】のスペルが必要になるから【浄化】ではちと無理だな。それに、この手のは呪いを解くとアイテムごと消滅しちまうぞ?」
「う、なるほど……。何か使い途とか、ありませんかね?」
「そうだなあ、呪いのアイテムを収集する好事家を探して売り払うとか……。
もしくはアレだな、コイツに掛かっている呪いは精神作用の類だから、精神系の状態異常に抵抗できるヤツになら問題無く使いこなせるだろう」
「つまり、そういうスキルを持っている人を探せば?」
「いや、それだと大変だから種族で探すのが良いと思う。
例えば『吸血種』であれば種族特性として精神系の状態異常を無効にできる能力を持っているから、誰でも装備して大丈夫な筈だ。
というか確か―――『銀血種』も似たような感じじゃ無かったか?」
「……そうなのですか?」
「いや、お前さんの種族だろ。自分で確認してみろよ」
露骨な呆れ顔を示しながら、ユウジがばっさりとそう告げた。
種族に付随する特性については、視界内にステータスウィンドウを開いた状態で種族欄に意識を集中させれば、詳しい情報を表示させることができるらしい。
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■銀血種
血液の代わりに「涙銀」と呼ばれる魔法の銀が体内を巡る種族。
厳密には先天性・後天性・人工種の3つに分類され、
『天擁』の初期種族として選択したあなたは『先天性』に該当する。
[筋力]と[強靱]に劣り、他種族より遙かに脆弱な身体である代わりに
スペルを扱うことに関しては絶対的な優位性を有する。
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□種族特性
・最大HPが『50%』減少する。
・MP回復率が『10』増加する。
・スペル行使時の熟練度蓄積に『+100%』のボーナス。
・あらゆる毒の種類を『判別』でき、更に『無効化』する。
・精神系の状態異常を『反射』する。
・吸血種から受けた支配を『相手の抵抗を無視して反射』する。
・種族固有のクラス〈銀術師〉を有する。
・体内で涙銀を製造できる。(先天性のみ)
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(おお……。ホントに表示された)
言われた通り意識してみると、即座に視界に表示された『銀血種』に関する情報を目の当たりにし、シグレは少なからず動揺する。
こんな情報が表示できるなんてことは今まで全く知らなかったし、想像したことさえ無かった。
シグレのHP量が異常に低いのは、やはり種族的なペナルティが大きいらしい。
とはいえMP回復率が『10』も増えるのは大きなボーナスだから、メリットとデメリットの釣り合いは取れているのだろう。
それにスペルの熟練度が溜まりやすいというのも―――。
(ああ……。そういえば、スペルって『熟練』によって強化できるんだっけ)
すっかり失念してしまっていたけれど。この世界に来た当初に読んだ各職業ごとの『解説書』に、そんな内容が記載されていたのを覚えている。
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【衝撃波】 ⊿聖職者Lv.1スペル
消費MP:60mp / 冷却時間:100秒 / 詠唱:なし
敵1体に衝撃によるダメージを与えて大きく弾き飛ばす。
○スペル熟練度:6,044pts
-> ダメージの強化 (300pts)
-> 衝撃力の強化 (100pts)
-> 消費MPの軽減 (200pts)
-> 冷却時間の短縮 (300pts)
-> 攻撃範囲の拡大 (800pts)
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試しに、自分が最も便利に多用していると思われる【衝撃波】のスペルの詳細を視界に表示させてみると、案の定と言うべきか大量の熟練度が蓄積されていた。
(二ヶ月分だし、そりゃ貯まってるよなあ)
その蓄積量を見て、思わずシグレは苦笑する。
詠唱が不要で、即座に敵に命中し、回避されることが無く、まずまずのダメージを与えることができ、しかも衝撃で弾き飛ばすから相手の体勢を崩しやすい。
などなど、数多くの使い勝手の良さを持つ【衝撃波】はシグレにとって、戦闘になれば必ず多用している相棒と言っても良い程のスペルだ。
熟練度の割り振りに上限はないらしく、現在貯まっているポイントを全て注ぎ込めば20段階の『ダメージの強化』を行うことも可能らしいが―――。
「どうだシグレ、見れたか? 『銀血種』の種族特性はどんな感じだ?」
ユウジにそう問われ、シグレは慌てて【衝撃波】スペルのウィンドウを閉じる。
スペルの強化内容について色々と考えるのは、後ほどちゃんと時間を取った上ですべきことだろう。
「そうですね……精神系の状態異常を『反射』する、と書いてあるようですので、ユウジの言う『無効化』とはちょっと違うような気がしますが」
「ああ、それなら問題無い。『反射』ってのは『無効化』した上で、更にそれを仕掛けてきた相手に『撥ね返す』って意味なんで、完全な上位互換だからな」
「つまり、このサンタ服は僕であればリスク無しに装備できるわけですか?」
「そうなるな。試しに着てみちゃあどうだ? 案外似合うかもしれんぞ」
「嫌ですよ……。夏場に着るような服ではありませんし」
揶揄するような声色でユウジから提案された言葉を即座に却下し、シグレは『鮮血を渇望するサンタ服』を自身の〈ストレージ〉の中へと仕舞い込む。
説明を読む限りだと、男女問わずに着用できるサンタ服らしいが。クリスマスの気配など微塵も感じられない初夏に着るのは、さすがに時期違いも甚だしい。
必要を感じる機会があるまでの間は、当面『タンスの肥やし』のような物として〈ストレージ〉の中で眠っていて貰うことにしよう。