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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
116/125

115. リワード - 1

長らく間隔が空いてしまい、申し訳ありません。

 


     [7]



 カグヤが最後に斬り伏せたゴブリン・ジェネラル。その骸が光の粒子へと変わり消滅するのとタイミングを同じくして一瞬、シグレの視界の中で真っ白な光が眩く弾けた。

 過去に一度だけ体験したことのある感覚。それはシグレがレベルアップしたことを示す視覚効果(エフェクト)に違いなかった。




------------------------------------------------------------------------------------

 シグレ/天擁(プレイア)銀血種(シェリテ)


   戦闘職Lv.3:聖職者、巫覡術師、秘術師、伝承術師、星術師、

         精霊術師、召喚術師、銀術師、付与術師、斥候

   生産職Lv.5:鍛冶職人、木工職人、縫製職人、細工師、造形技師

         魔具職人、付与術師、錬金術師、薬師、調理師


   最大HP:339 / 最大MP:1498


   [筋力]   0    [強靱]   2+21  [敏捷] 130

   [知恵] 314+48  [魅力] 229+55  [加護] 116+4


-

   ◇ MP回復率[60]: MPが1分間に[+898.8]ポイント自然回復する


------------------------------------------------------------------------------------




 自身のステータス情報を視界に表示させると、戦闘職のレベルが『3』へ間違いなく成長していることが確認できた。


 ―――長かったなあ、と思う気持ちが無いと言えば嘘になる。

 こちらの世界でもうひとつの人生を始めてから、およそ二ヶ月。雨期の間は生産に没頭していたので、精力的に掃討者として活動したのは正味一ヶ月程度だが。

 それは逆に言えば、バルクァードのような自分よりもレベルが格上の魔物を狩り続けてさえ、レベルが2つ上がるまでに一ヶ月を要したということでもある。

 戦闘職を最大数の『10』保有していることの便利さこそ、普段から感じる機会は幾らでもあるのだが。こうして時間の移ろいを改めて振り返ると、それに伴う枷の重さもまた、シグレは改めて痛感させられる思いがした。


「シグレさん! やりました、勝てました!」


 ゴブリン・ジェネラルの骸が消えた後も、刀を手にしつつ緊張を解かないまま、暫しの残心を続けていたカグヤだったが。ようやく緊張を緩めた様子で、嬉しそうに満面の笑みを浮かべながらこちらへと駆け寄ってきた。

 落ち着いた様子でゆったりとこちらへ歩み寄ってくる黒鉄に較べると、カグヤのあどけない振る舞いがどこか対照的にも見えて。なんだか、どちらが自分の愛犬なのか、一瞬シグレにも判らないような気がした。


「ありがとうございます、カグヤ」

「―――ふぇ!? し、シグレさん!?」 


 すぐ目の前にまで来たカグヤの後頭部に、杖を持たない左手で優しく触れながら軽く彼女の上体を引き寄せるようにすると。

 シグレのその行動が予想外だったのだろうか。一度は緩めた筈の緊張を瞬く間に取り戻してしまい、シグレの左腕の中でカグヤの全身がピンと張り詰めたように硬直した。


「今の戦闘で僕のレベルが3に上がりました。これも皆の―――そして、カグヤのお陰です。ありがとうございます」

「……!! お、おめでとうございます!!」


 緊張に固まっていたカグヤの表情が、頬に朱を交えたまま忽ち破顔する。


 レベルが14も格上のゴブリン・ジェネラルが率いる集団を相手にしながら危なげなく勝つことが出来たのは。もちろん黒鉄の力も大きいが、やはりカグヤの卓越した戦闘センスに拠る所が大きいだろう。


 いつかの日のデスペナルティにより、シグレが経験値を喪失したことをカグヤが酷く気に病んでいたことを知っている。

 もちろんそれは、言うまでも無くカグヤのせいでなど無いのだが。何度シグレがそれを否定した所で、自責の念に囚われているカグヤには届かなかった。

 それでも―――共同で達成した事実は、絶対に否定できるものではない。

 強敵を相手に勝ち取った今回のこの勝利に、カグヤが寄与した部分が大きいのは疑いようも無いことであり、彼女の力がシグレのレベルアップの助けとなったのは間違いない事実だ。


「カグヤのお陰です。……ありがとうございます」


 内から溢れた感謝の気持ちが、そのまま言葉として吐き出された。

 カグヤの耳元近くで囁くように告げたその言葉に反応して、シグレの左腕の中で彼女の身体が微かに震える。


『我も頑張ったぞ』

「もちろん黒鉄も。ありがとう」

『うむ……。主人からの賞賛に勝る誉れはない』


 杖を〈インベントリ〉の中へ収納し、空いた右手で黒鉄の頭を優しく撫ぜる。

 ぶんぶんと尻尾を激しく振り乱しながら、黒鉄が嬉しそうに目を細めた。


(いつの間にか、あまり二人の高さが変わらなくなってるなあ……)


 左手でカグヤの頭の後ろに、右手で黒鉄の頭の上に触れながら、シグレは内心でそんなことを思う。


 使い魔である黒鉄はシグレの余剰MPを吸収して成長の糧とする。

 生産活動ばかりで殆どMPを消費しなかった雨期の間ずっと高速で自然回復するシグレのMPを吸い続けた結果、雨期前の時点で既にシグレの腰より少し低い程度だった黒鉄の体高は現在、1メートルを少し超える高さにまで成長していた。

 ちなみに『体高』とは犬が四本脚で立っている時の地面から背中までの高さを、より正確に言えば首の付け根までの高さのことを示す。

 そこに頭部の高さが加わるため、シグレがいま撫ぜている二つの頭の高さは殆ど変わらないように思えた。


「あぅ……。し、シグレさん、あんまり撫でられると……恥ずかしいです」

「え? ―――す、すみません。つい無意識に」


 カグヤの言葉に、慌ててカグヤの頭から手のひらを離す。

 少しだけ淋しそうに目を細めて、両の頬に色濃い紅が差すカグヤの蕩けたような表情は、彼女が酒に酔った時に見せるものによく似ていた。


「シグレ。宝箱を開けますので、暇なら手伝ってくれませんか?」

「あ、はい。判りました」


 ゴブリン・ジェネラルが護っていた宝箱の近くから、エミルがそう声を上げる。

 その声には、いつも朗らかな彼女の声にしては珍しく、どこか少し拗ねたような調子が混じっているようにも聞こえた。


 以前ユウジやライブラと共にゴブリン・ジェネラルを倒した時とは異なり、今回の宝箱は1つだけ。

 但し1つしか無いせいか今回の宝箱はなかなかに大きい。ちょっとした電化製品ぐらいなら、そのまま箱の中に収まってしまいそうなサイズの箱だった。


(……充分に気をつけないとな)


 宝箱のサイズが大きい場合には、仕掛けられている罠もまた、それだけ大掛かりなものである可能性が高い。そんな話を以前、ユウジから聞いたことがある。


 エミルの隣に立ち、シグレは宝箱に触れて《罠探査》スキルを行使する。

 目を閉じて意識を集中させれば、箱の中にどのように罠が仕組まれているのか、あたかも透視するかのようにシグレはその構造を『()る』ことができた。

 但し今回は箱のサイズが大きいせいか、一度にその構造の全てを把握することはできない。透視できるのはシグレが宝箱に手を触れさせている付近だけのようで、箱の様々な箇所に手を触れながらシグレは全体の構造を確認していく。


 すぐに気付いたのは、宝箱の上部、蓋の裏に仕掛けられたクロスボウの存在だ。

 蓋を開けると同時に三本の釘矢(ボルト)が射出されるだけの単純な罠。これは以前にも見たことがあるタイプの罠であり、対処も容易だ。

 けれども、これは―――。


見せ罠(ダミー)ですね」

「はい。ちゃんと全体が見えてますね」


 シグレの言葉を受けて、感心したようにエミルが頷く。


 この宝箱に仕掛けられた罠は二つ。

 クロスボウは見せ罠であり、本命は箱の底部に仕掛けられた爆薬のほうだ。

 宝箱の中身を取り出して重量が減少し、箱の底面部に嵌め込まれたスプリングが箱の一部を持ち上げると、それを引き金(トリガ)として箱の中で金槌が振り下ろされて着火用の爆薬を起爆し、それが全体を誘爆させる仕組みになっている。


 クロスボウの罠を解除し、安心して中身に手を付けた所でドカン―――という、上辺の罠だけにしか気付けなかった相手を嘲笑うかのような仕掛けは、なるほど、いかにも罠らしい陰湿なものだとも思えた。


「箱の上側だけを《罠探査》でチェックして、クロスボウの罠だけだと早合点してしまうようだと、後で爆発の罠で痛い目を見ちゃうわけですね」

「なるほど」


 とはいえ―――気づきさえすれば、これも対処が難しい罠ではない。


「罠の解除は、僕が挑戦してみても?」

「あ、はい。それはもちろん。……でも、大丈夫ですか? シグレは罠の解除って確かまだ未経験ですよね? 初めてが爆発罠は難易度が高くありませんか?」

「この構造であれば対処できる自信はあります。それでも一応、保険は用意した上で臨みたいと思いますが」


 エミルを含めた皆には宝箱から一旦離れて貰い、その上でシグレは【魔力壁】のスペルを行使して、宝箱と皆との間に防護壁を張る。

 罠被害を一手に引き受けるのは〈盗賊〉や〈斥候〉の役目でもある。パーティの皆に被害が及ばないよう、事前に対策するのも当然のことだ。


 クロスボウの罠であれ爆薬の罠であれ、うっかり罠を発動させたなら、どちらの場合でもシグレはどうせ耐えきれはしない。装備で多少補強しているとはいえ、至近距離で発動した罠に耐えられる程の防御力やHP量は持たないからだ。

 けれども、今ならば。仮に罠の解除に失敗して倒れても、デスペナルティは問題にもならない。

 シグレは今しがたレベルが上がったばかりなので、次のレベルに向けての経験値の積み立てを全喪失(ロスト)した所で、それは些細な痛手にもならないのだ。

 ならば―――むしろ今こそが、初めての罠解除を経験する絶好の機会だ。


 つい今しがたのレベルアップで得た〈斥候〉のスキルポイントを、シグレは迷うことなく《罠解除》のスキルへと割り振る。

 〈インベントリ〉から『盗賊道具(シーフツール)』の箱を取り出し、まずはその中から(ノミ)と木槌を手に取った。


 シグレは《解錠》のスキルを有していないので鍵開けはできないが、エミルから以前教わった話によれば、こと『宝箱』に関してだけ言うなら《解錠》のスキルは全く必要無いものであるらしい。

 というのも、馬鹿正直に宝箱を正面側から開ける必要がそもそも無いからだ。

 特にクロスボウのような罠は大抵、宝箱の前面側に向かい射出するよう仕掛けられているため、前面から開けるのはリスク面から考えても賢い選択ではない。


 ではどうするのか―――といえば答えは簡単だ。前面ではなく、後方から宝箱を開けるようにすればいい。

 宝箱は大抵、上蓋がパカッと開けられるように出来ている。つまり宝箱の蓋は、開閉機構を持った蝶番(ヒンジ)によって後方側で本体と接続されているわけだ。

 今回の宝箱の場合、蝶番は宝箱の内側に装着されているため、そこに直接触れることはできない。ただ支点が内側になる都合上、開閉をスムーズ行えるよう宝箱の上蓋と本体との間には僅かな隙間が空いている。

 シグレはその隙間から鑿の先端を挿し込み、箱の内側にある蝶番の背に押し当てながら、その後方を木槌で何度も叩く。

 この世界で用いられている蝶番は通常、釘か接着剤のどちらかで固定されているが、どちらの場合であれ接着面の裏側から掛かる圧力には脆い。

 非力なシグレでも何度か木槌を振るうだけで、上蓋を支えている三箇所の蝶番を順番に破壊していくことは容易だった。


 宝箱の両側面へ楔を打ち込む。

 箱の蓋と本体の間に充分な隙間ができたら〈インベントリ〉から沢山の100ギータ金貨を取り出し、そこからジャラジャラと投入していく。

 宝箱の底に仕掛けられた爆薬は『宝箱が一定重量以下になる』のを引き金(トリガ)として発動する罠のようなので、事前に宝箱の中へ充分な重量を足しておけば罠の発動を阻止することができる。


 この世界で実際に触れてみればすぐに判ることだが、金貨というものは見た目のサイズ以上に重量のあるコインだ。

 金は銀や銅、鉄なんかよりもずっと重い金属なので、考えて見ればそれは当然のことなのだが。実際に体験すれば、それはとても簡単に理解できる。

 手っ取り早く重量を稼ぐ必要のある今の状況下では、最善の選択だろう。


 充分な量の金貨を投入したら楔をさらに木槌で深く打ち込んでいき、盗賊道具に入っていた小型の鉄梃(バール)も併用することで上蓋を完全に破壊し、取り除く。

 梃子(てこ)の力を利用できるので、非力なシグレにもそれは難しくない。


「おお、凄い……!」


 照明光を受けて宝箱の中身がキラキラと幾重にも眩く輝き、それを目の当たりにしたキッカが嬉しそうに歓声を上げる。


 ―――言うまでもなく、いま光を反射して輝いているのは先程シグレが投入した金貨なので、これを宝箱の中身だと思って期待されると困るのだが。

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