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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
115/125

114. 雪辱戦 - 2

 


     [6]



 シグレとカグヤと黒鉄。軽装備の三人は、まだこちらに気付いていない敵集団に向かい、タイミングを合わせて曲り角から一気に駆け出す。

 予め【韋駄天】のスペルを掛けておくことで、移動速度が大幅に引き上げられたカグヤがすぐに三人の中で突出する。逆に最後尾のシグレは立ち止まり、スペルの詠唱を開始した。


「緻密なる魔力よ、望まぬ穢れを阻む障壁を形成せよ―――【魔力壁(エルテ・カカロン)】!」


 敵が行動してくる前に、シグレは初手で【魔力壁】のスペルを行使する。

 ゴブリン・ジェネラルに率いられた魔物は『宝の番人』なので、いちど撤退して応援のゴブリンを呼んでくるようなことはしない。

 なのでシグレがいま行使した【魔力壁】は、これまでの戦闘で幾度となく行使してきたものとは異なり、魔物の退路を断つものではない。純粋に『壁』による防御を期待としてのものだ。


 行使した【魔力壁】は、シグレのすぐ正面に半透明の障壁を形成する。

 シグレは戦闘が開始する前に予め【杖は盾に】のスペルを行使することで、杖の先端部に傘状のシールドを展開している。けれど、これだけではまだ防備に不安があった。


 ゴブリンのような最低限の知性を持つ魔物は弓矢などで遠距離攻撃を行う場合、基本的には前衛に立つ戦士系の者より、後衛に立つ魔術師系の相手を優先して狙う傾向がある。

 これは前衛に立つ戦士が防御力やHPに優れている場合が多いのに対し、後衛に立つ魔術師には全く逆のことが言えることを、ゴブリンが正しく理解している証左に他ならない。

 今回、防御を重視した『晴嵐』に武器を持ち替えて貰ったカグヤは、ここまでの戦闘のように魔物の敵愾心(ヘイト)を荒稼ぎするほどの火力は出せなくなるだろう。

 ならば当然、3体のゴブリン・アーチャーはいずれも後衛に立つシグレを狙ってくると考えて良い。とはいえ、それだけなら―――。その矢を防ぐだけで良いのであれば、あるいは【杖は盾に】のシールドだけで充分なのかもしれないが。


「―――ゴアアアアアアアッ!!」


 洞窟の中に響き渡るゴブリン・ジェネラルの咆吼。

 殆どオークと見分けがつかない巨躯に相応しい、かなり大きな怒号が狭い空間内で幾重にも反響して、びりびりとシグレの鼓膜を震わせた。


(……来る!)


 ゴブリン・ジェネラルの武装は『片手剣と盾』という前衛としてごく有り触れたスタイルだが。剣も盾も巨躯に見合うサイズであるため、片手剣というよりも両手剣に近い大きさをしている。

 高い腕力をもって大きく振りかぶられた巨大な剣が空を裂き、ひとつの衝撃波を生み放つ。

 ―――《剣閃》のスキルだ。ユウジも多用するこの攻撃スキルは、前衛の戦士にも『遠隔攻撃』を可能にする便利なものだが。

 一方で、魔術師であるシグレにとっては、非常に厄介な存在でもあった。それは当然のように前衛に立つカグヤや黒鉄に対してではなく、最後方に立つシグレに向かって撃ち出されたからだ。


 高速で迫り来る《剣閃》の衝撃波を前に、シグレは腰を落として【杖は盾に】で生成してあるシールドを構える。

 《剣閃》は便利な攻撃スキルだが、特段威力に秀でるものではない。

 正面に設置した【魔力壁】の障壁と、【杖は盾に】のシールド。二枚重ねの防壁で立ち向かえば、防ぎきることも充分に可能だろうとシグレは判断していた。


 そして―――果たしてシグレの読み通りに、ゴブリン・ジェネラルの《剣閃》は【魔力壁】こそ一撃で粉砕したものの。その時点で消滅してしまい【杖は盾に】のシールドまでは届かなかった。

 《剣閃》は燃費にも優れたスキルで、MPを少量しか消費せずに使用できるが、一度使用すると再使用には『180秒』もの冷却時間(クールタイム)が必要になる。

 二発目の《剣閃》を【杖は盾に】のシールドで防ぎきれるかは判らない。ならば作戦としては二発目を『撃たせない』ことが肝要となる。


『3分以内に決着を付けます!』

『……! 判りました!』


 念話でカグヤと黒鉄にそう伝えながら、シグレは口頭で別のスペルを詠唱する。

 カグヤに防御役(タンク)を任せているのだから、ゴブリン達にダメージを負わせるのはシグレの役目だ。後衛を狙う厄介なゴブリン・アーチャー達に対処しつつ、かつ3分以内に敵を全滅させ得るだけの火力を捻出しなければならない。


「万象の(かたち)を持つ夢幻の精霊達よ、良き友に力を貸せ―――【妖精の輪(マゴット・サンガ)】!」


 スペルを行使すると同時に、シグレの足下に半径1メートル程のぼんやりと光る白い円環(サークル)が浮き上がった。

 よく観察すれば、その円環が淡い光を帯びた『(きのこ)』によって結ばれた輪であることが判るだろう。いわゆる『菌輪』に似たそれは【妖精の輪】のスペルにより作成される結界で、この円環の内側に立って〈精霊術師〉のスペルを行使すると、その効果を向上させることができる。


「やあああ―――っ!」


 裂帛の気合を乗せたカグヤの一撃がホブゴブリンの振るう鎚鉾(メイス)に正面からぶつけられ、派手な火花を撒き散らしつつも、それを大きく弾き飛ばした。


 刀と鎚鉾であれば、衝撃の威力を稼ぎ易いのは圧倒的に後者である筈なのだが。カグヤが気合を籠めた一撃は、その優位性さえ鮮やかに跳ね返す。

 必要に応じて無茶な戦い方ができるのは【損傷耐性】が付与された刀の持つ明確な利点のひとつでもある。後方に飛ばされた武器を回収しに走るホブゴブリンの1体をよそに、カグヤと黒鉄の二人は残る3体もの前衛を相手にしながら、充分に負けない戦いを繰り広げていた。


 こちらの前衛と向こうの前衛。人とゴブリンとが入り交じった激闘の頭上を越えて、3体のゴブリン・アーチャーが放つ矢がシグレ目掛けて飛んで来るが―――。


「【突風(アガロス)】!」


 その矢を(はた)き落とすべく、シグレも定石通りのスペルを行使して対処する。


 とはいえ、いつも通りのスペルも【妖精の輪】の中から行使すれば、その威力は桁違いになる。〈精霊術師〉のスペルである【突風】は、ダメージを与えないのが不思議に思える程の強烈な暴風が洞窟内に忽ち巻き起し、屈強なゴブリン・ジェネラルを含めた全てのゴブリン達を残らず数メートルは吹き飛ばした。

 暴風は味方に影響を与えないが、驚きのあまりにカグヤと黒鉄が揃ってシグレの側をちらと振り返る。【妖精の輪】の効力の高さを正しく把握していたシグレは、ただ二人に頷くことで応えた。


「―――【濃霧の浅瀬(レイマス・テルー)】!」


 続けて行使するこれも、【突風】と同じく〈精霊術師〉のスペルだ。

 術者であるシグレを中心に、半径20メートルほどの広範囲に渡って『濃霧』を発生させる効果を持つこのスペルを、シグレは今まで実戦では一度として使ってきたことが無かった。

 というのも名前に『浅瀬』と入っている通り、このスペルで発生する『濃霧』は地面から30cm程度の高さまでしか覆い隠してはくれないのだ。【妖精の輪】により効果が向上している今回でさえ『濃霧』の高さはせいぜい60cmしかない。

 つまり【濃霧の浅瀬】は魔物の視界を遮る役割は全く果たさない。妨害スペルとして単体で評価するならば、紛れもなく『役立たず』のスペルなのだ。


 けれども【濃霧の浅瀬】は魔物を直接妨害できない代わりに、とても濃い霧を溢れさせて効果範囲内の地面を全く見えないように隠してくれる。

 単体では生きないスペルも、他のスペルと絡ませれば活かせる道がある。そしてシグレは決して自惚れでなく、ことスペルの引き出しの多さに関しては誰にも負けない自負があった。


「優しき植物の精霊よ、かの魔を縛る戒めとなれ―――【足縛り(ニディル・ザンド)】!」


 魔物たちがまだ体勢を回復させていないうちに、シグレは矢継早に次のスペルの行使する。

 続けて行使したこの【足縛り】も、同じく〈精霊術師〉のスペルに該当する。初期から修得していたスペルのひとつで、地面から伸ばした沢山の植物の蔓を魔物の足元に絡みつかせて拘束するものだ。

 蔓が上手く絡みさえすれば魔物の移動を確実に封じることができるスペルだが、急成長する蔓が地面を少し揺らしてしまうものだから、一定の知性を持つ魔物には察知されて避けられることが多いという難点を持つ。


 【足縛り】は敵1体のみに効果があるスペルだが、【妖精の輪】の内側から行使した場合に限り、目標の近くにいる魔物も纏めて絡め取ることができる。

 蔦は移動している敵には上手く絡ませづらく、どうしても【足縛り】の成功率は低くなるが、逆に動かず立ち止まっている敵を狙えば成功しやすい。

 とりわけ現状のように【濃霧の浅瀬】が足元を覆い隠している状況では、蔦を見て回避するようなことも非常に困難だ。


 ―――シグレが行使した【足縛り】のスペルは、魔物集団の後方に固まっていた3体のゴブリン・アーチャー全員を、いとも簡単に纏めて蔦で絡め取る。

 もちろん、それで終わりではない。弓矢を使って攻撃に参加できる魔物の移動を封じた所で、それ自体に意味など無いのだから。


「苛烈なる炎の精霊、我が友サラマンダーよ力を貸せ―――」


 【妖精の輪】は〈精霊術師〉のスペルを強化してくれるが、この恩恵は最大でも四度までしか受けられない。四つ目のスペルを行使すると、やがて【妖精の輪】は自然に消滅してしまう。

 だから、四つ目のこれが『結び』のスペルだ。


「―――【炎の壁(ヒムカ・カカロン)】!」


 6秒間の詠唱を通し、シグレは二つ目の『壁』系スペルを行使する。

 【妖精の輪】の恩恵を受けて厚みが3倍近くにも増した【炎の壁】は、出現させた位置そのままで3体のゴブリン・アーチャーを丸ごと呑み込む。

 『魔法の火』は術者の意図する対象だけを燃やしてダメージを与える。シグレが行使した【炎の壁】はゴブリン・アーチャー達を傷つけるが、一方で彼らの足元に絡みついた『蔦』は燃やさない。

 身動きを封じられた儘にHPが尽きるまで火葬されていくゴブリン・アーチャー達の数秒後の未来は、もはや想像するまでもなく明らかだった。


「―――【衝撃波(レゾレット)】!」


 その骸が光の粒子に変わる様を見届けながらも、すぐにシグレはカグヤと黒鉄の援護へと意識を切り替える。

 必中スペルの【衝撃波】を行使して、ゴブリン・ジェネラルの体勢を崩す。すると、それを視認したカグヤがすかさず《紅蓮斬》による連携追撃を加えてくれた。


 精強なるゴブリン・ジェネラルと、屈強な3体のホブゴブリン。合計4体もの魔物を同時に相手にしているカグヤと黒鉄は、さぞ苦労していることだろう―――とシグレは思っていたのだが。

 実際の光景を目の当たりにして、思わずシグレは息を呑む。苦労するどころか、4体全ての魔物のHPを二人は既にかなりの部分まで削り取っているではないか。

 だというのに、カグヤが負う筈のダメージを《庇護》のスキルで引き受けているキッカはHPをせいぜい最大値の2割弱程度しか削られていない。そのうえ黒鉄はHPを僅かにさえ失ってはおらず、完全なノーダメージ状態だった。


(凄いな……)


 善戦するどころか、二人だけで完全に魔物を圧倒していたことを理解し、シグレは内心で深く感嘆する。

 随分とレベルが成長しているから、二人とも戦闘能力が上がっていることは理解しているつもりだったが。これほどの腕前になっていようとは思わなかった。


 加勢が無用であることを察して、シグレは何もせずに二人の戦闘光景を後ろから見守ることにする。

 黒鉄と二人だけで4体もの屈強な魔物を相手にしながらも、間隙(かんげき)を置かずに繰り出されてくる魔物の攻撃の悉くをカグヤは難なく()なしていた。

 一つの攻撃を刀の(しのぎ)を上手く使って逸らす傍らで、二つの攻撃を【韋駄天】による移動速度向上の恩恵を活かし、軽快なステップでひらりと躱す。

 一切の無駄が排された軽装の〈侍〉ならではの立ち回りの美を、シグレはそこに見るような思いがした。舞のようにさえ見える優美な動きが、けれどゴブリン達に残酷な鮮血の華を咲かせていく。


 結局シグレが攻撃スペルで加勢する必要も無く、カグヤと黒鉄の二人は刀によるダメージだけで『1020』ものHPを持つ屈強なゴブリン・ジェネラルを含めた4体の魔物全員を、いともあっさり倒しきってみせたのだった。

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