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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
114/125

113. 雪辱戦 - 1

 


     [5]



 以降は4~5体の魔物で構成された小規模な群れとしか遭遇することもなく、シグレ達の一行は順調に〈迷宮地〉を進んでいく。

 相変わらずゴブリンはドロップアイテムが渋く〈インベントリ〉の中を覗いても換金額の高そうなアイテムは何一つ入っていない。とはいえ討伐数は順調に稼げているので、報賞金では多少の収入が見込めるだろう。


「あと1~2戦済ませたら、一旦休憩にするか」

「そうですね。(たきぎ)はユウジにお任せしても?」

「おう。どうせ自作したヤツが〈ストレージ〉に山積みなんで、俺が出すよ」


 魔物が多く棲息する〈迷宮地〉は、人間にとってはあまり良い環境とはいえず、中に居るだけでHPの最大値が少しずつ摩耗してしまう。

 ユウジのような〈木工職人〉が生産する薪を使い、暖を取りながら休憩すれば、この自然減少した最大HPを回復させることができる。

 魔物の討伐に熱中するあまりに気が付けば最大HPがごっそり目減りしている、といった状況は珍しくもない。リスクを避けるためにも、休憩は意識して小まめに取るよう心懸けたい所だ。


「もう暫く進めば、以前見た鉱床がある筈ですから。あの辺りで二十分ほど休憩にしましょうか」

「そりゃ構わんが……。鉱床のそばで休憩を取っても、俺らはともかく嬢ちゃんにとっては休憩にならん気がするがな」

「……それは、そうかもしれませんね」


 ユウジの言葉に、シグレは思わず苦笑させられる。

 前回カグヤと二人でここを訪れた際に見た、彼女の採掘に対する熱中ぶりを思い出すに、そのユウジの懸念はもっともな話だと思えた。

 それに鉱床は、品質の悪いものほど再生が早いという。ここ『ゴブリンの巣』で採れる鉱石の品質は本当に低いので、資源回復に要する日数はかなり少ない筈だ。

 ここ暫く他の掃討者が来ていない様子から察するに、鉱床は完全に再生されていると考えて良いだろう。―――たんまりと資源が溜め込まれた鉱床を前に、歓喜と共に採掘に熱中するカグヤの姿は想像に(かた)くない。


「……休憩とは別に、採掘の時間を取ることにしましょう」

「ははっ。そのほうが賢明だな」


 あのときカグヤから貰ったピッケルは、今もシグレの〈ストレージ〉に収まっている。

 〈鍛冶職人〉の生産には未だに手を出していないので、鉱石系の素材はいまいち使い途に乏しいシグレではあるが。〈ストレージ〉に溜め込んでおく分には邪魔にもならないので、今回もきっちり回収しておくことにしよう。


(とはいえ、他の掃討者が誰もこの〈迷宮地〉に来ていないということは―――)


 迷宮路を先行させている《千里眼》の視界が、果たしてシグレの予想を裏付ける魔物の存在を捉える。

 宝箱を守るその魔物は、もし誰か他の掃討者がここに来ていたならば、真っ先に討伐されていてもおかしくないのだが。……案の定と言うべきか、その魔物は今も健在のままあの時(・・・)と全く同じ場所に立っていた。


「あっ……」


 シグレよりも少しだけ前を歩くカグヤが、何かに気付いたように小さく声を上げて立ち止まる。

 シグレだけでなくカグヤにとっても思い入れのある場所なので、彼女も気付いたのだろう。僅かに不安の入り交じった表情でシグレの方を一瞥するカグヤに、ただシグレも何も言わず頷くことで答えた。


「―――すみません。皆にひとつ、お願いがあるのですが」


 静かに決心し、(はら)に力を入れて吐き出したシグレのその声は、思っていたよりもはっきりと通る声で迷宮の中に響く。


「ん、急にどしたの?」

「ああ、いえ。お願いというか―――。申し訳ありませんが、皆にひとつ我侭(わがまま)を言わせて貰っても構いませんか?」

「……へっ? シグレが、我侭を……?」

「ははっ。お前さんの口から我侭だなんて、珍しい言葉を聞いたもんだ」


 呆気に取られるキッカとは対照的に、呵々と笑ってみせるユウジの姿は、どこか嬉しそうにも見える。


「いいさ、何でも言ってみろよ。俺達に一体何をして欲しいんだ?」

「では次の戦闘だけで構いませんので、手出ししないで頂けますか。何もせずに、後ろから見ていて欲しいのですが」

「……はあ? 何だそりゃあ」


 言葉の意味が判らない、といった調子でユウジは首を傾げてみせるが。

 けれどもユウジに向けて告げた言葉は、同時にカグヤと黒鉄に向けてのものでもある。シグレの言葉の真意を察したカグヤは一瞬だけ驚いたように目を瞠ったが、やがては静かに、こくりと頷くことで応えてくれた。


「この先に居る魔物だけは。僕とカグヤと黒鉄、三人だけで倒したいんです」


 緩い曲り角をあと二つ超えた先。

 そこに布陣している魔物は、ゴブリン・ジェネラルが1体。加えてホブゴブリンが3体と、ゴブリン・アーチャーが3体。

 合計で7体の魔物。あの時(・・・)と全く同じ―――シグレが初めての『死』を経験させられた時と全く同じ布陣で、魔物は今もそこにいる。


「シグレさん。……今もまだ、あの時の魔物がいるのですね?」

「います」


 《千里眼》で得ている視界を確認しながら、カグヤの言葉にシグレは即答する。


『ならば避けては通れんな。予てよりの宿怨(しゅくえん)、晴らさずにはおれぬ』


 黒鉄もまた〈インベントリ〉から取り出した打刀を口に咥え、この先に待つ魔物に対する戦意を露わにした。


 カグヤは今でも、シグレが死に至ったあの時のことを引き摺っている。

 何度でも生き返ることのできる『天擁(プレイア)』にとって、死はさして重いものでもないのだが―――何故かシグレの代わりに『星白(エンピース)』であるカグヤがその記憶を留め、引き摺ってしまっている。

 あの時にデスペナルティで喪失した経験値を今日の〈迷宮地〉探索で取り戻し、レベルをひとつ成長させた自分の姿を示すことで、シグレはカグヤにその時の記憶を忘れて貰おうと考えていたわけだが―――。


(……あの時の魔物が、今も居るのであれば、話は別だ)


 もう一度、今度は逃げずに真っ向から戦い、あの時の敗北を勝利で(そそ)ぐ。復讐(リベンジ)は短絡的な手段だが、敗北の悔いを打ち消す特効薬ともなり得るだろう。


 無論、三人だけで挑むなんてリスクの高い行為は、本来であれば慎むべきものだろう。高レベルの掃討者であるユウジの力を頼りとし、多勢で挑めば確実に勝利を得ることができるし、そのほうが賢明であることは判っている。

 けれども、それでは意味が無い。―――それ以上の意味が、欲しい。

 あの時と同じ、三人だけの力で勝ちたい。自己満足の欲求であることは、判っているつもりだけれど―――そうすることに、きっと意味があるのだと思えた。


「三人で挑むとはいえ、カグヤに危険を冒させるわけにはいきません。

 キッカ、僕への《庇護》は切って構いませんので、代わりにカグヤへのダメージを受け持って頂けますか」


 シグレの言葉を受けて、カグヤが少し悲しそうな表情をしてみせたが。それでもカグヤの安全だけは最優先で確保しておく必要がある。


「それはいいけど……。ホントに私達は戦闘には参加しなくていいの?」

「ええ、《庇護》だけで充分です。この先にいる魔物は僕とカグヤと黒鉄にとって思い入れのある宿敵です。できることなら三人の力だけで倒したい」


 《庇護》を貰う以上、厳密に言えばそれは『三人の力だけ』では無いのかもしれないが。こういうのは気持ちの問題だ。


「……ん、判った。でも危なそうだったら、私たちも戦闘に参加するからね?」

「それはもちろんお願いします。特に、もし僕が倒されてしまった場合は、すぐにでも加勢して頂けると有難いです」


 すっかり手慣れた〈付与術師〉の生産で自分の装備品を強化したことで、HPの最大値は昔ほど致命的では無くなっているが。それでもシグレのHPは、まだまだ並みの魔術師に較べると大きく劣る。

 最大HPは戦闘職や生産職の『レベル』が大きく影響するステータスなので、付与だけで補おうにも限界があるのだ。現状でもゴブリン・アーチャーが放った矢に一発ぐらいなら耐えられるかもしれないが、[筋力]に優れるホブゴブリンに殴られたなら即死は免れないだろう。


 それでも―――きっと、大丈夫だ。


「カグヤ。刀は『飛燕(ひえん)』ではなく、『晴嵐(せいらん)』に替えて下さい」

「……! わ、判りました!」


 カグヤは一瞬だけ驚いた表情を見せるが、すぐにシグレの意を察してくれた。

 ここまでの道中でカグヤが使っていた『飛燕』は、正確には『飛燕・試作六型』と名付けられた刀で、名前が示す通りシグレが付与する【損傷耐性】を前提としてカグヤが試作した6本目の刀のことだ。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □飛燕・試作六型/品質[109]


   物理攻撃値:249

   装備に必要な[筋力]値:26

   〔攻撃値+59〕〔敏捷+44〕

   【損傷耐性】【筋力+35】【敏捷+35】


  | 斬れ味のみが追求された精緻技術の結晶と言うべき一振り。

  | 刀の本質を理解せぬ者が扱えば、刃は忽ち折れることだろう。

  | 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって作成された。

  | 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって鍛えられた。

  | 王都アーカナムの〈付与術師〉シグレによって付与を施された。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 試作刀とはいえ、6本目ともなればカグヤも製作のコツを完全に掌握しており、その完成度は高く攻撃力も凄絶の一言に尽きる。

 シグレもまた、とりわけ下級魔石を用いた付与には大いに熟達しており、最近は能力値を増強する付与では安定して【+35】ポイントの効果を与えることができるようになっていた。これは下級魔石で付けられる限界値の効果だ。

 カグヤの鍛冶技術とシグレの付与技術。二つが合わさって製作されたこの刀は、数値上のステータスだけで語るならば、一般的の刀に較べて完全な『上位互換』と言えるだけの性能を有しているのだが―――。


 けれども『飛燕』は、攻防の『攻』にのみ特化しすぎていて『防』を目的とした扱い方が一切出来ないという難点があった。

 薄い刃は衝撃を分散する余地を持たない。【損傷耐性】の付与があるから壊れることこそ絶対に無いものの、斬れ味を追求するあまり薄くなりすぎた鋼の重ねは、敵の攻撃を受け止める用途はもちろん、逸らす目的で用いるのにさえ不適格だ。




+----------------------------------------------------------------------------------+

 □晴嵐/品質[120]


   物理攻撃値:180

   装備に必要な[筋力]値:60

   〔筋力+35〕〔強靱+32〕〔敏捷+34〕

   【損傷耐性】【強靱+35】【敏捷+35】


  | 研鑽が重ねられた高品質の玉鋼で作られた和刀。

  | 鎬と刃紋が描く綺麗な二重流線は、芸術品としても評価が高い。

  | 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって作成された。

  | 王都アーカナムの〈鍛冶職人〉カグヤによって鍛えられた。

  | 王都アーカナムの〈付与術師〉シグレによって付与を施された。


+----------------------------------------------------------------------------------+




 一方の『晴嵐』は、カグヤが長年打ってきた普遍的な『日本刀』らしい形状をした打刀だ。

 芯鉄(しんがね)を充分な厚みを持つ皮鉄(かわがね)に包まれた、典型的な蛤刃(はまぐりば)。有り触れた形状の刀なればこそ、熟達した職人であるカグヤが丹精を込めて仕上げたその一振りは、素人目から見ても別格の出来であると判る。


「『晴嵐』装備ということは、私が防御役(タンク)でしょうか?」

「ええ。攻撃役は僕が代わりますので、カグヤは黒鉄と共に敵の前衛を食い止めて下さい。強力なゴブリン・ジェネラルもいますので難しいとは思いますが―――」

「いえ、大丈夫です! シグレさんのお役に立ってみせます!」

『もとより主を護るのは我の本分。委細承知した』


 カグヤと黒鉄、二人の戦意は揚々として高い。

 そしてシグレにもまた―――。自分の胸の裡で燻っていた熾火が、ゆっくり熱を増していく実感が伴っていた。

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