112. 〈操具師〉ユーリ - 5
大変遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。
今年も何卒よろしくお願い致します。
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〈ゴブリンの巣〉に突入してからゴブリンの集団を殲滅すること五回。いずれも5体から6体程度のゴブリンで構成された魔物集団は、シグレ達一行にとって苦戦するような相手ではなかった。
斥候と戦士、弓手タイプのゴブリンだけでなく、魔物全体の防御力を引き上げると共にHPをじわじわと漸次回復させるゴブリン・ドルイドや、治療スペルを行使するゴブリン・ヒーラーといった魔物も洞窟を進むごとに姿を見せ始めたのだが―――。
ユーリの持つ〈操具師〉のスキルによりMPの安定供給を得たパーティの火力は凄まじいの一言で、カグヤやユウジの振るう攻撃スキルは、あまりに呆気なくゴブリンの集団を殲滅させてしまう。
そもそも治療スペルというものは、相手からの攻撃にある程度耐えられる相手が使ってきてこそ、始めて厄介になり得るものだ。瞬殺に近い火力を持つ今のシグレ達であれば、敵に回復役が混じり始めてた所で問題とはならない。
(とはいえ、楽が出来るのはもっと強いゴブリンが出てくるまでだろうけれど)
レベル『10』のゴブリン・ヒーラーとは既に先程戦っているので、レベルが同じ『10』のホブゴブリンとも、そろそろ遭遇する頃合いだろう。
ホブゴブリンはオークに匹敵するぐらいタフな魔物なので、このパーティの火力を以てしてもさすがに瞬殺とまではいかない筈だ。
それに―――忘れもしない。この〈迷宮地〉では以前シグレを殺した宿敵であるゴブリン・ジェネラルも出現する。
レベルが『15』と高く、HPも堂々の4桁。更に大型の盾まで使うあの魔物は、以前ユウジやライブラと共に戦った際にも、討伐するためにかなりの時間を要したのを覚えている。
もしゴブリン・ジェネラルがドルイドやヒーラーといった治療スペルの使い手を伴って出てきたなら。……この面子なら勝つこと自体は難しく無いだろうが、やはりある程度は時間を掛ける必要が出てくるだろう。
(……とはいえ、先ずはジェネラルよりもホブゴブリンの方か)
《千里眼》のスキルで洞窟を先行していたシグレの視界が、複数のホブゴブリンを交えた魔物集団の姿を捉えた。
敵の数は6体―――いや、後方に弓手が2体居るようなので、合計で8体か。こちらも黒鉄を含めて8人なので、数の上では互角ということになる。
「前方の曲り角の先にゴブリンの集団。ホブゴブリンが4体にゴブリン・ヒーラーが2体。他にゴブリン・アーチャーも2体いて、全部で8体です」
「そいつはいいな。少しは歯ごたえがありそうだ」
シグレの報告を受けて、ユウジが嬉しそうにニヤリと笑む。
反撃を主体とするユウジの戦い方は、積極的に攻撃スキルを放っていくカグヤに較べると、どうしても出遅れてしまう。ここまでの五回の戦闘が殆どカグヤの独擅場であっただけに、暴れ足りなくて鬱憤が溜まっているのだろう。
―――それに、戦闘開始直後からカグヤが3~4体のゴブリンを即座に始末してしまうために、戦闘中はゴブリンの敵愾心をカグヤが集めすぎてしまっている。
当然どのゴブリンもユウジではなくカグヤを攻撃対象に選ぼうとしてくるから、これでは反撃を主体するユウジとしては戦いにくいだろう。
とはいえ、せっかく遺憾なく火力を発揮できているカグヤに、攻撃を控えるよう求めるのも勿体ない。
ならば―――カグヤがゴブリンの敵愾心を集めるのは仕方ないと割り切り、その状況を前提とした戦い方を模索してみるべきか。
「……ユウジ」
「ん? なんだ、嬢ちゃん?」
「あなたは背が高くて、体が大きい。それに持っている盾も大きい」
「お、おう。身長はともかく、盾はデカいほうが俺の好みに合うんでなあ」
「端的に言って、邪魔。……ユウジが前に立っていると、とてもやりにくい」
「……へ?」
抗議の言葉が示す意味が判らず、あんぐりと口を広げるユウジに。ユーリは手に持っている短弓をユウジのほうへ軽く振ってみせた。
「ああ、なるほど……。射線が取りづらいのですね」
「……ん。ユウジの背中や盾に当たりそうで、とても撃ちにくい」
「嬢ちゃん……守備役にその言葉はないぜ……」
ユーリの告げた言葉の意味を理解すると同時に、膝を折ってユウジは地面にがくりと項垂れる。
確かにそれは、身体を張って魔物を引き受けている守備役のユウジに対して、あまりにも酷な一言だった。
(とはいえ……判らないでもないなあ)
二人の様子を眺めながら、他の仲間と同じように苦笑を浮かべながらも。しかしシグレは内心で、ユーリに一定の理解を示す。
〈迷宮地〉の中は、どうしても空間の広さが限られるからだ。
〈ゴブリンの巣〉は所々に広めの部屋もあるが、基本的には幅5メートルもない通路ばかりが延々と続いている。そんな場所で前衛が三人も並び、そのうえ中央に体格の良いユウジが立っていれば、後ろから仲間に当たらないように矢を放つのはどうしても難しくなる。
これが野外の戦闘であれば、前に立つ仲間に射線が被らないよう、射手の側で立ち位置を調整すれば良いだけなのだが。狭い〈迷宮地〉ではそうもいかない。
そもそもユーリは、ユウジに較べると30cm近く身長が低いのだ。目の前で大柄なユウジが盾を構えていれば、その身体と盾に視界の多くが遮られ、その先にいる魔物の状況を掴むことさえ難しくなるだろう。
後方から矢を撃つだけとはいえ、ユーリにとって難儀する部分が多いだろうことは想像に難くなかった。
「ではいっそ、カグヤが前衛の真ん中に立ってみませんか?」
「えっ? 私が……ですか?」
「……それはいい。私もそのほうがやりやすい」
カグヤとユーリなら、ユーリのほうが少しだけ身長も高い。カグヤが中央に立つ分には、ユーリが視界や射線を妨げられることも無いだろう。
それに―――魔物はカグヤを狙ってくると判りきっているのだから。
ならば彼女を中央に配置し、それを生かした戦術を狙うのも悪くない。
*
ユウジやキッカが着用している金属鎧は、歩くだけでもガチャガチャと洞窟内に響き渡る音を立てる。
距離を詰めれば当然ゴブリン達にもその音は聞こえることになるため、不意打ちなど望むべくもない。逆にこちらも《魔物感知》や《千里眼》のスキルがあるため敵から不意を打たれる危険はないので、この〈迷宮地〉での戦闘は常に対等な状況から火蓋が切られる。
「緻密なる魔力よ、望まぬ穢れを阻む障壁を形成せよ―――【魔力壁】!」
こちらに向かって押し寄せてくるゴブリン8体の群れ。その集団が前衛を務めるカグヤと接敵する前に、シグレは手早く【魔力壁】のスペルを詠唱する。
魔物集団の背後側に魔力の壁を形成して、ゴブリン達の退路を断つ。ゴブリンは状況が不利になれば一度撤退し、仲間を集めたのちに反撃を試みてくる狡猾な魔物なので、初手で退路は塞いでおかなければならない。
「―――発現せよ、【眠りの霧】」
シグレが【魔力壁】を行使する間に、ユーリが《廻用魔具》のスキルを駆使して消費せずに【眠りの霧】の巻物からスペルを行使する。
本来であれば【眠りの霧】は8秒間の詠唱を経て行使できるスペルだが、巻物を利用する場合には詠唱句を諳んずる必要も無い。〈操具師〉であるユーリがただ『発現せよ』と命ずるだけで、巻物は秘められた力を直ちに解放し、スペルを発現させる。
淡い紫の光に導かれて現れた、白い霧がゴブリンの集団を呑み込んでいく。
「………」
数秒ほどで霧散する魔法の霧は、正しく【眠りの霧】のスペルが発現した証左でもあるのだが―――その光景を眺めるユーリの表情は渋い。
霧が晴れた中で、地面に倒れ伏しているゴブリンはたったの1体だけだった。
全部で8体もいるのだから、これではユーリの表情が渋くなるのも無理はない。
(でも、片方の回復役を脱落させられたのは良い)
ユーリにより眠らされた個体がゴブリン・ヒーラーであることを《千里眼》の視点から確認し、シグレはそう思う。耐久力のあるホブゴブリンが4体もいる以上、それを治療する魔物は厄介な存在となり得るからだ。
動きを封じられた魔物は、エミルか黒鉄のどちらかが接触した瞬間に首を刈り取られる運命下にある。放っておいてもそのうち排除されるだろうから―――これで残りの魔物は7体だ。
「―――やあああああああっ!」
こちらに詰め寄ってくるホブゴブリン達を待ち受けながら、空を斬ったカグヤの剣筋が複数の風の刃を生み出す。
攻撃スキルの《鎌鼬》によるものだ。全部で三つ産まれた風の刃は、その悉くが魔物集団の先頭に立っていたホブゴブリンの一体に命中する。
だが―――ホブゴブリンは倒れない。ホブゴブリンの最大HPは『652』だった筈なので、カグヤの攻撃スキルでも流石に一撃とまではいかないようだ。
とはいえ、ホブゴブリンの頭上に示されたHPの残量を示すバーは、一気に7割近くが削られた状態にある。
ホブゴブリンが十歩の間合いにまで踏み込んできた時点で、カグヤが繰り出した《瞬速閃》による追撃が綺麗に決まり、そのホブゴブリンは呆気なく光の粒子へと姿を変えた。
「……凄い」
シグレの隣で、ユーリが感嘆の声を上げる。
「私も、負けてられない」
そう告げたユーリは手に持っていた短弓を収納すると、野外の狩りで普段使っている長弓へと持ち替え、ゴブリンの集団に向けて構える。
ホブゴブリンにさえ致命的な一撃を入れるカグヤの勇ましさを目の当たりにし、それに感化されたのだろう。取り回しの良さには難があっても、やはり短弓よりも長弓のほうが威力には優れている。
ホブゴブリンの背は173cmのシグレより少し高く、180cmのユウジよりは低い。
身長が150cmにも満たないカグヤを前衛三人の中央に据えたことで、後衛に立つシグレやユーリの位置からでもホブゴブリンの頭部がよく見えた。
(これなら僕の技量でも、射つチャンスがありそうだ)
弓矢を扱うためのスキルは何一つ修得していないが、今も〈巫覡術師ギルド〉の神社で欠かさず訓練は受けており、神主のセイジから『実戦でも多少は使いものになるだろう』との評も貰っている。
隣のユーリに倣い、シグレもまた身の丈よりも大きな練魔の笛籐を、ゴブリンの頭部に向けて構える。敵の動きは単調で、狙いを定めるのも難しくはない。
「……私は向かって右側の眼を狙う」
「では、当たらないと思いますが僕は左を。―――【金縛り】!」
杖が必要な〈伝承術師〉のスペルや、片手が空いている必要がある〈精霊術師〉のスペル以外であれば、弓を構えながらでも行使に支障は無い。
〈巫覡術師〉スペルの【金縛り】が成功し、カグヤの目の前に立つホブゴブリンの身体が、武器をまさに振りかぶらんとしていた屹立姿勢のまま硬直する。
それを視認した瞬間、シグレとユーリの二人が同時に矢を放った。
「―――ガアアアアア!!」
ホブゴブリンの喉から一際激しい苦悶の声が上がる。
シグレの撃った矢はホブゴブリンの眉間に命中し、そしてユーリの撃ち放った矢は寸分も狙いに違わず、ホブゴブリンの眼に突き刺さっていた。
スキル補正のない射撃であることを思えば、ちゃんと魔物の頭部に命中しただけ充分かもしれないが。さすがにユーリほど正確には射抜ける気がしない。
「……シグレは、すごい」
「ユーリのほうが凄いではないですか」
「純血森林種なら誰でも、産まれたときから弓に触れている。長く生きてもいるのだから、このぐらいの技芸は持っていて当然。
……たった数ヶ月の訓練で、それだけ正確に撃てるシグレのほうが凄い」
世辞で言ってくれているのかとも思ったが、そう告げるユーリの表情は真剣そのものだった。
(もしそうなら、きっと[敏捷]の高さのお陰なんだろうな)
[敏捷]は行動の機敏さだけでなく、手先の器用さにも影響する能力値だ。
戦闘職と生産職をフルに選択しているシグレは、[敏捷]の能力値も相応に高い。思いのほか上手くできたのは、おそらく能力値が高いことで射撃に何らかの補正が働いた結果ではないだろうか。
「師匠もユーリさんもお見事です。これでホブゴブリンは残り二体ですね」
ライブラが近くに駆け寄り、そう教えてくれる。
【金縛り】を受けた挙句に二本の矢羽を頭部から生やしたホブゴブリンは、更にカグヤからも追撃を受け、胴部から大量の血飛沫を上げながらその場に倒れた。
出血は攻撃スキルの《紅蓮斬》によるものだろう。これでカグヤは修得している攻撃スキル三種を、一通りこの戦闘でも使ったことになる。
『カグヤ、5歩ほど後退して下さい』
『……! 了解です!』
念話でそう指示を出し、前衛三人の中でカグヤだけを少し下がらせる。
後退したカグヤを狙う二本の矢が、すぐに敵後方から放たれてくるが―――
「―――【突風】!」
《千里眼》で天井付近から俯瞰視点でも魔物を監視しているシグレは、もちろんそのゴブリン・アーチャーの挙動も把握している。即座に行使した【突風】のスペルでどちらの矢も叩き落とした。
『キッカとユウジは攻撃重視の装備に切り替えを。弓手と回復役の対処はエミルと黒鉄に任せて、二人は残りのホブゴブリンをお願いします』
『オーケー!』
『おうよ、任せろ!』
二体のホブゴブリン立て続けに倒したことで、残りのゴブリンの敵愾心は、その大部分のダメージを稼いだカグヤに集まりつつある。
相手がカグヤを狙うと判っている以上、わざわざ相手の刃が届く位置にカグヤを留め置くこともない。
それにゴブリンはあまり頭が良い魔物ではないので、後ろに下がっていてもなおカグヤを狙おうとする。
これを利用すれば、残りのホブゴブリン二体をこちらの布陣の中へ引き込むことも容易い。
「オラァアアア!!」
カグヤを狙おうと突出してきたホブゴブリンを、右からユウジが、左からキッカが挟撃する。
既にユウジはいつもの片手剣+盾のスタイルから巨大な両手剣に、キッカも長柄の先端に鋭い刃を備えた槍斧へと装備を切り替えている。
高い[筋力]を有する二人が、充分に遠心力を稼いで振るう一撃は強烈だ。
結局それからものの1分と掛からないうちに、ユウジとキッカの二人は残るホブゴブリンも討伐してしまう。
また、二人がホブゴブリンを倒すより更に早く、敵の後衛に控えていた弓手と回復役はエミルと黒鉄が始末してしまっていた。