110. 〈操具師〉ユーリ - 3
「あ、そうだ、ユウジさん。ユーリさんが同行して下さる時は、MPをあまり温存しなくても大丈夫ですよ」
「おっ、そうなのか? 何か味方のMPを回復するスキルが?」
カグヤの言葉を受けて、ユウジが嬉しそうにそう返した。
この世界では術師職の天恵を持たない限り、普通MPは自然回復しない。
だからカグヤやユウジのような前衛職の掃討者は、普段から常にMPを節約する戦い方を強いられている。
「……《薬効増幅》と《薬効伝播》というスキルがある。詳細の情報が必要なら、私のスキルを直接視て欲しい」
ユウジの言葉に頷きながら、ユーリが小さな声でそう告げる。
フレンドに登録していなくとも、パーティを組んでいればお互いのステータスは閲覧することができる。
各々が修得しているスキルの情報も閲覧可能な中に含まれるので、口頭での説明が難しいスキルなどは、直接視て貰う方が手っ取り早いことも間々ある。
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《薬効増幅》 - 修得Rank:[1/25]
ランク1効果 : 服用するアイテムの効果が+100%増加する。
ランクアップ : 増加割合が更に+25%向上する。
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| 〈操具師〉は他者よりも際だって道具の扱いに優れるが
| それは技巧の違いではなく、彼らが奇蹟の体現者であるからだ。
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《薬効伝播》 - 修得Rank:[1/10]
ランク1効果 : 最後に服用したアイテムで得たHPやMPの回復効果を
近くの味方全員に20分掛けて徐々に付与する。
ランクアップ : 効果時間が2分短縮される。
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| 〈操具師〉が口にする霊薬は、本人のみならず仲間をも癒す。
| 貴重で高価値な霊薬があるなら〈操具師〉が持つべきだろう。
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ユーリは二つのスキルを組み合わせることで、飲用薬の効果を倍に高めることができ、更にはその回復効果を仲間にも与えることができる。
例えばユーリが『HPが100回復する』ポーションを飲めば、実際にはユーリのHPは倍の『200ポイント』回復することになる。そしてユーリ本人だけでなく、仲間全員のHPもまた『200ポイント』ずつ回復させることができるのだ。
但しこの時、仲間のHPは『20分』の時間を掛けて徐々に回復する。つまり仲間は1分間あたり『10ポイント』ずつの割合でゆっくりと回復することになるので、怪我を負わされた味方を救助するような使い方には不向きなスキルだと言えた。
けれどHPとは異なり、MPであればゆっくりとでも味方全員を回復させられるというのは大きなメリットになる。MPを回復させるアイテムは非常に高価だが、一人前で全員を補えるのだから、その節約効率は非常に高い。
特に、ユーリの場合には―――。
「なるほど、ユーリ嬢ちゃんのスキルが優秀なのは良く判った。1本分のコストで全員のMPが回復できるってのは、確かに便利そうではある。
だが―――別に今日はMP回復ポーションを使わなくて構わないぞ? 安いモノじゃないんだし、ゴブリン討伐程度に使うのは勿体ない」
ユーリに向けてそう告げるユウジの言葉は、一般的には真実だ。
市場価格で言えば、MPを回復させるポーションは、HPを同量だけ回復させるポーションの二倍から三倍近い金額にも達する。
MPを回復するアイテムの生産材料には、入手性が悪いものが多く要求される。そのせいで、生産の難しさが市場価格として反映されてしまうのだ。
けれども、ユーリの使うポーションに、その危惧は無用というものだった。
「……心配はいらない。自分で作った霊薬しか使うつもりはない」
「自分で……? ああ、嬢ちゃんの生産職は〈錬金術師〉なのか?」
「そう」
ユウジの言葉に、こくりとユーリが小さく首肯する。
「材料の安定確保も、今のところは問題無くできている。遠慮は無用」
「へえ、そうなのか……。材料に貴重な植物素材が必要だと聞いたことがあるが、調達に苦労してないのか?」
「今は全く問題無い。……昔は、それなりに大変だったが」
しみじみと、ユーリはそう言葉を漏らした。
本人から教わったことでシグレは既に知っているが、ユーリはMPを回復させるポーションの材料として、『アルミタの葉』と『アルミタの花』という素材を主に用いている。
名前の通りどちらも『アルミタ』という樹木から取れる素材なのだが、これは高山帯―――つまり、かなり標高がある場所にしか根を下ろさない木であり、しかも群生せずまばらにしか見かけることが無いものだ。
そのためアルミタの素材は纏まった量が流通することは滅多に無く、市場に供給される量はいつも限られているのだが。
ユーリはそのアルミタの木を、とある場所で自ら育てている。
その場所とは、シグレがユーリと初めて出会った〈アリム森林地帯〉の中にあるあの小さな植栽地だ。
【偏向結界】を用いることで魔物からも人からも隔絶したあの狭い領域の中で、本来であれば標高が高い場所でしか育成できない筈のアルミタの木を、ユーリはちょっとした裏技を使い16本も育てていた。
霊薬の作成に必要な清水は同じ森にある渓流で調達し、霊薬を容れる容器は使い回している。このため、ユーリが自分用に作成する霊薬の原価はゼロだ。
だからなのか、ユーリは普段から自作の霊薬を惜しみなく使う。
勿体ないので節約したほうがいい、という説得をシグレやカグヤから何度かしたこともあるのだが、ユーリの意志は変わらなかった。
「20分毎にMPが『360』ぐらい回復するから、そのつもりで消費して」
「そ、そんなに回復するのか……?」
ユーリの言葉に、ユウジがより一層の驚愕を露わにする。
驚くのも無理はない。『360』という回復量はそれ程に大きく、多天恵術師であるライブラのMPさえ、一度に半分以上を満たす数値でもあった。
「……ん、待てよ? スキルで倍になって360も回復するってことはだ。元々その半分だけなら、普通に回復できるポーションを持ってるってことだよな?」
「当然、そうなる」
「あー……。良ければソレ、売って貰えないか?」
「別に構わない。シグレが望むなら、無料で譲っても構わないが……」
そう告げて、ユーリがちらりとシグレのほうを伺う。
魔符を始めとして、シグレはユーリに多くのアイテムを無償譲渡している。その返礼のためなのか、ユーリから霊薬などで必要がものがあれば、幾らでも無償で提供する旨の言葉を既に貰っていた。
ユウジに渡すことがシグレの希望であるならば、ユウジに対しても無償提供する心積もりなのだろう。だが、そんなことはユウジだって望みはしないだろう。
「余っているようでしたら、是非分けてあげて下さい。ユウジは稼いでいますから相場通りの額を請求していいと思いますよ」
「……ん、判った。では1本当たり2,000gitaで譲る」
「在庫は幾つある? あと、それでも相場より大分安いんだが……」
「……売るときには、いつも商会にこの値段で買い取って貰っている。在庫は80本あるが、自分用に幾らかは残しておきたい。半分までなら遠慮は無用」
「なるほど、卸値で買えるとは有難い。じゃあ40本を8万gitaで頼めるか?」
「手持ちに幾らか余裕が欲しかったので、ちょうどいい」
商談が纏まったようで、ユウジとユーリの二人は互いに『取引』のウィンドウを開き、相手に渡すアイテムや金額を調整し合う。
ユウジはMP回復ポーションの対価だけでなく、〈ストレージ〉内に貯まっていた幾つかの〈錬金術師〉向けの素材も、ユーリに渡そうとしている様子だった。
普段のユウジは《応撃》スキルによる自動反撃をメインに、MPを節約しながら戦うことが多いが。高レベルの〈重戦士〉であるユウジは攻撃スキルを幾つも修得しており、その気になればMPを消費してかなりの高火力を出すこともできる。
MPポーションを供給してくれる〈錬金術師〉との縁は、ユウジにとって望むべくもないものだ。ユーリに良い取引相手だと思われるよう、率先して素材の提供を申し出るユウジの気持ちは判る気がした。
一方、『取引』のウィンドウに並べられた交渉外の素材群を見て、ユーリは少し困ったような顔をしながら、ちらりとシグレの方を見遣る。
―――受け取って良いのだろうか、と明らかに困惑した顔だった。
ユウジは単に好意で(あと幾らかの下心で)渡そうとしてくれているのだから、遠慮すべき所ではない。『ユーリさえ良ければ受け取ってあげて下さい』とシグレが念話で伝えると、ユーリもようやく安心した表情でこくりと頷いた。
「ユウジは、ユーリのレベルを既に見ましたか?」
「見たぞ? レベル『8』の〈操具師〉だろう?」
「生産職の側は?」
「む……。言われて見れば、そっちはまだちゃんと見てなかったな」
「見ておくといいですよ。彼女は腕の良い〈錬金術師〉です」
〈錬金術師〉であるユーリの、生産職レベルは『40』。
これは『王都アーカナム』で指折りの〈鍛冶職人〉であるカグヤにも匹敵する、かなり高位の職人だと言えるレベルだ。
ユーリは〈アリム森林地帯〉の中にある純血森林種の集落で暮らしていた頃、各家庭に常備する霊薬を管理する役目を担っていたらしい。
霊薬の生産自体は週に数度ぐらいしかやっていなかったらしいが―――長命種族であるユーリは、幼い少女にしか見えないその容貌に反し、実際はかなりの歳月を生きている。
偶にしか生産を行わずに生きていたとしても、長い年月を生きていれば生活の中で経験は幾らでも積み重なっていく。純血森林種であるユーリが〈錬金術師〉として高いレベルに達しているのは、自然なことだと言えるのかもしれなかった。