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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
11/125

11. 掃討者ギルド - 3

 


     [11]



 受付から離れる頃には、掃討者ギルド内もやや閑散とし始めていた。


 視界内に時計を表示させると、もう時刻は午前11時を僅かに過ぎている。

 先程は混雑していた掲示板の衝立が沢山置かれている辺りにも、今ではまばらにしか人影はない。おそらく先程までここに居た人達は皆、もう街の外へ魔物を狩りに出かけたのだろう。


 登録票を書き終わった後にクローネから、実際に『掃討者』がどのように報酬を得るのか、その仕組みについてシグレは教わっている。

 あの掲示板に貼り付けられている用紙には、ここ『王都アーカナム』の近隣地域で遭遇することのある魔物の情報が記されているのだ。

 どの魔物がどの辺りに生息しているのか、どういった危険性を持っているのか、狩りに行く際に何か準備したほうが良いものはあるか。そして―――1体狩るごとに幾らの報賞金が出るのか、ということについても。


 〈イヴェリナ〉の世界に於いて、魔物というのは『生息地域』と『生息数』というものが定まっている存在だ。魔物ごとに決まったエリアに常に一定数が存在し、規定の『生息数』よりも数を減らすことはできない。

 討伐して数を減らしても、ものの数分もしないうちに『生息数』と同じ数まで魔物の数が補充されてしまうのだ。ゲーム的に言えば、魔物が『リポップ』するようなものと言えるだろう。

 しかし『生息数』というのは、その魔物が『この地域に最低(・・)何体以上いる』という目安にしかならない。というのも、この世界の魔物は『リポップ』とは別に、数日おきに『分裂』して数を増やす能力を有しているものが殆どであるからだ。


 分裂の頻度はレベルが低い魔物ほど高く、一体の魔物が分裂して二体から三体ほどの魔物に増える。そして増えた分の魔物は、元々の母体と全く同等の強さを持っている。

 厄介なことに『分裂』によって増えた魔物は自分の『生息地域』に留まるとは限らず、隣接するエリアへ移動してしまうことがある。分裂によって増えた魔物は『リポップ』することがないため、移動先のエリアで倒されれば復活することはない。だが放置すれば当然、これが更に『分裂』して個体数を増やすことはある。

 増えた魔物は更に隣接するエリアへと活動場所を拡げていき―――いつかは都市や街、村落などを結ぶ『街道』の辺りにまで姿を見せるようになる。


 本来であれば『街道』の近くには、レベルが低く弱い魔物しか生息していない。というより元々この世界では、レベルが低い魔物の『生息域』だけを繋ぐように『街道』というものは作られているらしい。

 なので交易目的などで『街道』を利用する馬車は、その街道に『生息』する低レベルの魔物を十分に討伐できるだけの護衛を同行させていれば、比較的安全に街道を通行することができるようになっているのだ。


 しかし、他のエリアの魔物が『街道』付近にまで拡がってくれば話は異なる。商人は通常よりも護衛に金を掛けなければ通行の安全を維持出来なくなり、結果として街道を利用する荷馬車の数は激減する。行き交う荷の量が減ることで都市の関税収入は減り、他都市から持ち込まれる商品は品薄になり高騰する。

 いや、それだけで済めば良い方で。もし『街道』付近でも魔物が増殖するようなことがあれば―――次は『街』や『村落』そのものに魔物が入り込んでくるということも十分に有り得るのだ。


 〈イヴェリナ〉に存在する都市の中でも特に規模の大きい『中央都市(ラウリカ)』には必ず、都市中をぐるりと取り囲むような城壁がある。常備兵もあるため、多少魔物が来た所で門兵が追い払えば問題にはならない。

 けれど……城壁を有しているのは『中央都市』のみである。それ以外の『街』や『村落』は、魔物に対する備えというものを殆ど持たない。

 元々『街道』に居るようなレベルの低い魔物であれば、住人で対処できる場合もあるだろうが。相応に強い魔物が侵入してくることがあれば、最悪『街』や『村落』が壊滅してしまうことも有り得るのだ。


 この世界に於ける魔物というものは、定期的に間引かなければならない存在なのだ。

 どんなに討伐しようとも絶滅させることはできないのに、放置すれば数を増やして活動場所を拡げてしまう迷惑な存在。

 魔物を討伐するという行為には当然危険が付き纏うものの、それを誰かがやらなければ……次に魔物の被害が及ぶのは『戦う』という行為と距離を置いて生きる一般市民かもしれない。

 ―――つまり『掃討者ギルド』とは、まさしく魔物を『掃除』する為の施設なのである。


 実際に掲示板の傍にまで近寄り、貼り出されている幾つかの用紙を眺めてみると。そこに記されている討伐報賞金の額は、高いものだと―――


(1体で6,000gita……!)


 シグレが最初に持っていた所持金の実に二倍。宿だけなら一ヶ月丸々借りられてしまうほどの高額である。

 しかも1体討伐するごとにこの額が『掃討者ギルド』から支払われるというのだから……何体、何十体と討伐すれば、それだけでひと財産が築けてしまいそうだ。

 魔物の名前は『茨の巨人』とある。魔物の姿を描画したイラストもあり、名前通り高さ5メートル程の巨躯を持っているらしい。レベルも『51』とかなり強力な魔物で『王都アーカナム』からかなり離れた西の荒野で何体かが確認されているようだ。


 当然、レベルが『1』であるシグレでは相手になる筈もない。

 掲示板と向き合っている他の人達の邪魔をしてしまわないよう注意しながら、自分に近いレベル帯の魔物が貼り出されている辺りを探し回ると。ギルドの入口から最も近い側に置かれている衝立辺りに掲示されているものが、最も初心者向けの魔物情報を扱っていた。

 先程クローネが言っていた『ピティ』という名の魔物の情報もある。魔物のレベルは『1』で特に脅威となる攻撃もなく、初めて掃討者を志す者が剣や弓などの扱いに慣れるために良い―――と書かれている。討伐報賞金も1匹あたりたったの『4gita』と安い。

 そんな魔物相手にも、一撃で屠られるかもしれないというのだから。シグレとしてはなんとも情けない話ではあった。


 レベルが一桁の魔物だと、1体辺りの討伐報酬額は多くても『120gita』ぐらいまでのようだ。

 まだこちらの世界のお金の感覚が判っていないので、いまいち金額の多寡がシグレには判別付かないが。少なくとも、宿代や食事代を稼ぐ程度であれば難しくは無さそうに思う。

 それぞれの用紙に記載されている魔物の名前や生息地域、レベル、脅威となる攻撃といった情報を、目を皿にしてシグレは頭の中へと叩き込んでいく。

 都市の外の地図情報はまだ得ていないため、今はまだ記されている地名そのものを覚えておくだけしかできない。この辺りは今後〈斥候〉のスキルで『王都アーカナム』周辺のマッピングを一度済ませてしまえば、掲示されている情報からより具体的な魔物の生息位置を割り出すこともできるだろう。


「暗記しようとされなくても、それは取っちゃって大丈夫ですよ?」


 ―――不意に、そう掛けられてくる声があって。

 驚いたシグレが慌ててそちらのほうを見ると。いつの間にか自分の近くに立っていたその少女は、シグレから視線を向けられるとすぐに、にこりと微笑んでみせる。


 腰の辺りまでにはやや届かないが、それなりに長い髪を揺らす少女だった。若葉色に近い薄緑の長髪は、組み紐のようなものを使って一部を左右で束ねてある。声のトーンで女性であることが判るものの、童顔の割にやや中性的に寄った不思議な魅力を持っている。

 衣装は黒を基調にしたシンプルなデザインのもので、全体にどこか制服めいた統一感がある。補強が入れられているようには見えず防御力は低そうだが、動きやすく機能性は高そうに見えた。

 要所に入れられたさり気ない金糸の刺繍が相応の高級感を醸し出している辺り、どこか良い学校に通うお嬢様か何かだろうか。スカートではなくズボンな辺り、もしかすると騎士の娘か何かなのかもしれない。


 シグレが小さく頭を下げると、彼女もまた小さく頭を下げて応えた。


「掲示板に貼り出されている用紙は、必要に応じて剥がしちゃって大丈夫なんです。同じものが何枚も貼られているの、判りますか?」

「ああ、道理で……」


 掲示板に貼り出されている用紙が妙に厚みを持っているように見えるのを、シグレも多少訝しく思ってはいたのだが。確かに彼女の言う通り、掲示板にある用紙はどれも十数枚近く重ね貼りされているようだ。

 試しに一番上の用紙を(めく)ってみると、その下からも全く同じ内容が記された用紙が現れる。

 なるほど、わざわざ記載されている内容を覚える必要は無く、用紙は『ご自由にお持ち下さい』というわけだ。有難く低レベル帯の魔物に関して扱われている用紙を、掲示板から1枚ずつ一通り頂戴して〈インベントリ〉の中で収納した。


「それ〈インベントリ〉に入れるのなら、紐か何かで綴じて1つの『書類』アイテムとして纏めちゃうほうがいいと思います。そのまま〈インベントリ〉に入れると嵩張ってしまいますから」

「む……」


 確かに、シグレの〈インベントリ〉内に収納された用紙は『ピティの討伐掲示紙』『コエントの討伐掲示紙』という具合に、それぞれが独立した種別のアイテムとしてカウントされ、一気に〈インベントリ〉を16枠も占領してしまっている。

 『天擁(プレイア)』であるシグレは容量無制限の〈ストレージ〉も利用可能であるため、そちらに移せば別に枠数を取っても問題無くはあるのだけれど。本来この世界の住人である『星白(エンピース)』の人達は、アイテムを収納するスペースを〈インベントリ〉しか持たない。

 〈インベントリ〉は全部で20枠しか無いのだから、武器や鎧といった嵩張るアイテムを収納するのであればともかく、書類ひとつに〈インベントリ〉を1枠費やすというのは、さすがに非効率ということだろう。


(なるほど……)


 紙は一枚一枚が独立したアイテムだが、紐で綴じれば『書類』としてひとつのアイテムに束ねることができる。こちらの世界で生きる人達が、なるべく〈インベントリ〉を圧迫せず有効に活用するための知恵というわけだ。

 シグレの目の前に立つ彼女が、肩に掛けるタイプの鞄を携行していることも、おそらく〈インベントリ〉をなるべく圧迫しないように考えてのものだろう。〈インベントリ〉にはサイズの大きいアイテムを優先的に詰め込み、あまり嵩張らないアイテムは鞄に収納して普通に持ち歩くといった具合に。


「ありがとうございます、色々と勉強になります」

「そうですか? 少しでもお役に立てたなら嬉しいですが」


 やや伏し目がちながら、彼女は目を細めて優しそうに微笑む。

 彼女の身長は165から170cmといった所だろうか。173cmのシグレよりは少し低いものの、女性としては高い部類に入る筈だ。けれど彼女はどこか自信なさげに、あまりこちらと視線を合わせず伏し目がちに話すきらいがあるせいか、身長の割に印象としてはやや小さく見える所があった。


「僕はエミルと言います。失礼ながらギルドに不慣れなように見えましたが、そちらは初心者の方でしょうか?」


 ()という一人称に、思わずエミルが男性ではないかという疑問をシグレは抱くが。中性的な顔立ちはともかくとして、エミルの声や体躯は女性以外の何物でもない。


「自分はシグレと申します。何しろいま、カードの作成を待っている所でして」

「ああ―――では本当に、いまギルドに登録されたばかりなのですね」


 『ギルドカード』とは、ギルドに登録した『掃討者』であれば誰でも貰える、身分証のようなアイテムである。

 カードには先程『ギルド登録票』に記入し、クローネから【能力解析】のスペルで確認された、シグレが持っている天恵の情報が刻まれる。他人とパーティを組む際にまずカードを示せば、自分がどういった形で戦闘に貢献出来るのかを簡単に相手に伝えることができるでしょう―――と、クローネは説明してくれた。

 また、身分証であると同時に『ギルドカード』は討伐した魔物をカウントする装置を兼ねている。仕組みは全く判らないが、カードを所有している状態で魔物を倒せば、討伐した魔物の名前と日時、位置の情報などが自動的にカードの中に記録されるのだそうだ。

 これはカードを〈インベントリ〉や〈ストレージ〉に収納していても正しく記録され、パーティを組んで魔物を討伐した場合には、人数や仲間の名前などの情報も記録される。そしてこのカードを『掃討者ギルド』の窓口に提示すれば、カードに記録されている魔物の討伐記録に応じて報賞金を受けられるというわけだ。


 カードは高機能であると同時に身分証明を兼ねる重要なものであるため、その作成は『掃討者ギルド』を統括している『ギルドマスター』の人にしか許されていないらしい。

 ギルド職員のクローネはいま、シグレの登録情報を持ってギルドマスターの所に『ギルドカード』を作りに行ってくれている。だからシグレも受付窓口からそれほど離れていない掲示板の辺りで時間を潰し、クローネの帰還を待っている最中というわけだった。


「なるほど。ではシグレさんはいま、掲示板で暇を潰してらっしゃったというね」

「ええ。ギルド職員の方が戻っていらっしゃるのを待たねばなりませんので」

「それでは掲示板に関することなど、掃討者の常識と言ってよい基本的なことを幾つか、シグレさんにご説明しましょうか? ちょうど僕も今日の予定が潰れて、暇をしていましたので」


 相変わらず伏し目がちながら、にこりと微笑んでエミルはそう告げる。


 そんなことをして彼女に何の得があるのだろう―――と、シグレは一瞬だけ疑問に思うものの。視線は重ねてくれないが、エミルが湛えるのは少女ならではの無垢な笑顔である。純粋な好意からの申し出であることは、シグレにもすぐに理解出来てしまった。

 たぶん―――この人は『いい人』なのだ。

 恥ずかしがり屋なのか、それとも自分に自信が無いのか。俯きながら話す様子は少し相手に訝しさ抱かせるものの、けれど前髪に少し隠される彼女の顔を見確かめてみれば、そこには飾り気のない純朴な微笑みがあるだけだ。


「ご迷惑でなければ、是非」


 あまりシグレは他人の好意に甘えると言うことが得意ではないが、それが純粋な好意だとわかるだけにエミルの提案を無下に拒むようなことはできなかった。

 有難いことなのは間違い無いので、シグレが頭を下げて素直にそうお願いすると。俯いたままでもよく判るほどに、エミルはより一層嬉しそうに顔を綻ばせてみせた。


「め、迷惑だなんてとんでもない、です! お役に立てるかは判りませんが、誠心誠意務めさせて頂きます!」


 そう告げてエミルは一瞬だけ顔を上げてシグレと視線を交錯させ―――しかし目が合ったことに気付くと、再び俯いてしまう。


 勿体ないな―――とシグレは思う。彼女の髪の(みどり)をそのまま海の蒼に溶かしたような、綺麗な双眸と一瞬だけ向きあえた時、シグレは思わずどきりとしてしまったからだ。

 相手と真っ直ぐに向き合うことができるなら。きっと世の男性が放っては置かない程度には、魅力的な女の子であると思うのに。

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