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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
109/125

108. 〈操具師〉ユーリ - 1

 


     [1]



「『狂気王ラナック』の話か。聞いたことがあるな」


 ―――翌日。

 〈王都アーカナム〉の西門を出て『ウィトール平原』を進む、シグレにとっては三度目となる『ゴブリンの巣』への道すがら。

 同行する仲間へ昨日モルクから聞いた内容を要約して話したところ、全員の中で唯一ユウジだけが既に知っている様子をみせた。


「ご存じですか。恥ずかしながら、僕は全く知らなかったのですが……」

「いや、俺も少し聞きかじったことがある程度だし、詳しい話までは知らないが。たまに一緒に狩りをする友人の中に、王城で働いてるヤツが何人か居てな。そいつらから酒席の話として聞いたことがある」

「なるほど。王城で働く方なら、知っていてもおかしくないでしょうね」


 モルクの話によれば、古い王城が地中へと沈められ、土を盛った丘の上に新しい王城と大聖堂が建てられたのは、今より三十年ほど過去のことだという。

 三十年という月日は充分に長いものだが、人の記憶から消えるほど昔の話というわけでもない。『王都アーカナム』に住む人達の中には覚えている人も多いだろうし、特に王城と関わりある生活を送っている人達であれば、思い出話として誰かとそのことを話す機会も多いことだろう。


「ううん……。城で働いてますが、僕はまだ聞いたことがない話ですね」


 ライブラが小さな声で、少し残念そうにそう漏らした。


 王城で働く身とは言え、魔術技官であるライブラは定期的に論文さえ提出すれば滅多に登城する必要のない立場でもある。

 魔術技官の中ではライブラが最年少だとルーチェから聞いたことがあるので、勤務年数のほうも、おそらくまだ長くはないだろう。それを思えば、ライブラが知らないのも無理はない。


「何にしても、都市から直接行ける地下の〈迷宮地(ダンジョン)〉があるというのなら、俺やキッカにとっては有難い話だな」

「うんうん。涼しい所だったら嬉しいんだけれどなあ」

「ははっ。アンデッドの魔物がメインとくれば、肝は大層冷えそうだがな」

「う……。ホラー系の映画とかは別に苦手じゃないけれど、リアルなアンデッドと実際に戦うっていうのは、少し怖いかも……」


 ユウジの言葉を受けて、小さく気後れするような表情を見せるキッカ。

 確かに、改めて考えてみると。まるでゲームとは思えない現実感(リアリティ)を伴うこの世界でアンデッド系の魔物と対峙するというのは……。

 なるほど、想像すると少なからず怖くも思えた。


『―――主人』

「うん、こちらでも確認してる。ウリッゴが三体だね」


 黒鉄が静かに警告する声に、シグレも即座に頷く。

 アンデッドの恐怖を心の中に想像しながらも、シグレは《千里眼》が捉えている1kmほど向こうにいる魔物の存在に、注意を払うことを忘れない。


 シグレ本人の視界と、斥候のスキル《千里眼》によって得ている視界。最近ではスキルを扱うことにも慣れてきて、シグレはその両方の視界を同時に『()る』ことができるようになっていた。


「ウリッゴか。三匹ぐらいなら、肩慣らしに俺が戦っても構わんぞ?」

「いえ。開けた場所ですし、今回は僕の範囲スペルで対処します」


 高レベルの掃討者であるユウジからすれば、ウリッゴの3体ぐらいは大した相手でも無いのだろうけれど。まだ充分に距離が離れており、且つこちらに気付いてもいない魔物のために、わざわざ武器と盾を振るって貰う必要も無い。


 更に300mほど歩き、3体のウリッゴを普通に目視できるようになってから。


「我が親愛なる友にして、冷酷なるエイジスよ。荒々しきコルハルゴよ―――」


 シグレは立ち止まってからおもむろに口を開き、スペルの詠唱を開始した。


 詠唱開始に合わせて、シグレのすぐ近くに二体の精霊が姿を顕す。

 透き通るような氷の身体に、純白のドレスを纏った小さな少女姿の精霊。それから、両腕が翼になった半人半鳥の少女姿の精霊。

 背丈がそれぞれ60cmと70cmぐらいしかない小さな二人の精霊は、前者が冷気と氷の精霊である『エイジス』で、後者が風と伝達の精霊『コルハルゴ』と言う。


「これだけハッキリ見える、精霊の()び手も珍しいな……」


 少女姿の二人の精霊を目視したユウジが、驚くようにそう声を漏らした。


 〈精霊術師〉とは精霊の喚び手であり、精霊から力を借りることでスペルを行使する術師職のことを指すが。どの程度のレベルで精霊を顕現させられるかは、術者の持つ『他者と絆を結ぶ力』―――つまり[魅力]の能力値が影響する。

 戦闘職のレベルは低くとも、[知恵]や[魅力]といった能力値だけなら、シグレは熟練の魔術師にも引けを取らないだけの、高い数値を有している。

 詠唱を必要としない【突風(アガロス)】や、詠唱時間が短い【炎の壁(ヒムカ・カカロン)】のようなスペルを行使する際には、精霊の姿なんて一瞬しか見えはしないのだが。今回は長い詠唱を伴うスペルであるせいか、その姿をはっきりと見確かめることができた。


「精霊の持つ畏怖と力量を未だに理解すらできぬ眼前の愚か者共を、無数の氷刃の魅せる死の燦然に呑み込み、悉く根絶やしにせよ―――【氷嵐(フエズ・アイギーナ)】!」


 二人の少女から流れ込んでくる精霊力を、シグレは身体の内で混ぜ合わせ、スペルを行使するために激しく燃焼させる。


 およそ700メートル先、無警戒だった3体のウリッゴを、突如として現れた竜巻が瞬く間に呑み込んだ。凍てつくような冷たい暴風の中に、無数の氷片を内包するその竜巻は、礫の刃で魔物たちをズタズタに切り裂いていく。

 【氷嵐】は15秒間に渡って、竜巻に呑み込んだ魔物全てにダメージを与え続ける範囲攻撃スペルだ。氷片の刃が与える細かいダメージを無数に負い続けたウリッゴたちは、15秒持続する中の5秒と持たずにHPを全て削り取られ、光の粒子へとその姿を変えた。


「おお、凄いな……。詠唱が短めだった割に、充分な威力じゃないか」

「流石です、師匠!」


 驚きと感心が入り交じった声でユウジがそう感想を漏らすと、ライブラがまるで自分のことのように喜んでくれた。


 【氷嵐】は行使するために『42秒』の詠唱を必要とするが、これはユウジの言葉通り、範囲攻撃スペルとしてはかなり短めだと言って良い数値だ。

 例えばライブラがよく使用する【火球】のスペルが『90秒』の詠唱時間を必要とすることを考えれば、その半分にも満たない【氷嵐】の詠唱時間が、破格に短いことは疑うまでもない。

 もっとも攻撃スペルの詠唱時間とは、そのスペルの威力に直結するものでもあるので、必ずしも『短いほど良い』というものでも無いのだが。


『また、いつでもお喚びください』

『またねー!』

「………!」


 まだシグレのすぐ傍に居た精霊の少女たちは、一言そんな念話を残し、手を振りながらゆっくりと掻き消えていく。

 まさか精霊から話しかけられるとは思ってもいなかったものだから、予想外の出来事に、シグレの側からは上手く言葉を返すことができなかった。


「……シグレは、精霊に愛されている」


 目深(まぶか)にフードを被ったユーリが、その光景を(はた)から見ていたのか、どこか嬉しそうな声でそうつぶやいた。


「ユーリにも彼女たちの言葉が聞こえたのですか?」

「否。私には何も聞こえなかった。……でも、精霊は良くも悪くも裏表がない性格をしているぶん、心の声は聴き取りやすい」

「なるほど……」


 つまり今しがたユーリが告げた『愛されている』という言葉は、精霊たちの心を読みとった上で告げた感想というわけか。

 ……そう考えると、無条件に精霊から好意を持たれていることが不思議であると同時に、どこか気恥ずかしくもシグレには感じられた。


『ちなみに私も、精霊たちに負けないぐらい、シグレのことが好き』


 急に念話でユーリからそんな言葉を告げられ、思わずシグレはどきりとする。

 そのシグレの反応を見て、ユーリが嬉しそうに眼尻(まなじり)を下げた。


『―――なるほど。シグレは好意を率直にぶつけられることに、弱い』

『あ、あまり急にびっくりさせないで下さい……』

『ごめんなさい。でも、嘘は言ってない。それに、期待を裏切らないだけの、良い心の音色が聞こえて、私はとてもまんぞく』

『………』


 心の声を聴ける相手からからかわれるというのは、どう考えても分が悪い。


「……シグレ。良ければそのうち一度、森の集落へ来ない?」

「ユーリが住んでいた集落に、ですか?」

「そう」


 こくりと、ユーリが小さく頷く。


「私たちの集落は、原則として純血森林種(ハイ・エルフェア)以外の侵入を拒む。下手に余所者と交流を持てば、種の純血を維持しなくなる者が増えてしまうから。

 でも、シグレのような『銀血種』は、私たちの種族にとって非常に都合が良い。私とシグレだけで行く分には、事前に念話で連絡を入れておけば、おそらく入場は許可されると思う」


 そう告げたユーリは、更に「シグレにもメリットがある話だから」と続けた。


「生憎と私は天恵を持っていないけれど……。純血森林種(ハイ・エルフェア)の多くは、優れた〈精霊術師〉でもある。

 きっと集落には〈精霊術師〉の魔術書が沢山保管されている筈だから、シグレも集落に来てくれれば、沢山のスペルを覚えることができると思う」

「それは―――確かにとても、メリットがある話ですね」


 正規の手段でスペルを修得する場合は―――つまり〈王都アーカナム〉の『精霊術師ギルド』で魔術書を手に入れるには、欲しいスペルの『推奨レベル』を術者であるシグレが満たす必要がある。

 言うまでも無く、戦闘職のレベルが上がりにくいシグレにとって、それは極めて厳しい条件だと言うことができる。

 なればこそ、ユーリの言葉はシグレにとって魅力的だった。


「それに、純血森林種(ハイ・エルフェア)の〈精霊術師〉には、まるで〈召喚術師〉が使い魔を侍らせるかのように、精霊を連れ歩く秘術が伝わっているらしい。

 実際、集落の中では妖精を連れている者を見ることが頻繁にある。私が頼めば、誰かがシグレにその秘術を教えてくれるかもしれない。

 ―――シグレはそういうの、興味ない?」


 少しだけ首を傾げながら、ユーリがそう問いかけてくる。

 そんなの、もちろん興味なんて―――大有りに決まっていた。

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