107. 忙しない魔術師 - 8
「〈迷宮地〉の放置は悪手、となれば―――地下の王城に対し、どう対処すべきだとシグレ君は考えるかい?」
聞き役に徹していたエフレムから、唐突にそう問いかけられて。
顎に手を当てながら、シグレは暫しの間考え込む。
「そうですね……放置できない以上は、やはり適切に人の手を入れて管理するしかないと思います。地下に沈めた王城まで繋がる経路を確立して、定期的に人を送り魔物の掃討をさせるのが一番でしょう。
〈迷宮地〉の魔物は一定数以上にまで数が増えない限りは、隣接するエリアへ溢れることはありません。ですから分裂で増えた個体を間引くだけでも都市に魔物が出ることは抑えられますし、可能であればボスモンスターも定期的に狩ることができれば、より有効だと思います」
ボスモンスターが長く討伐されず生存し続けてしまうと、その生存日数に応じて同じ〈迷宮地〉に棲む魔物の分裂頻度にブーストが掛かってしまう。言うまでも無くそれは、魔物の増殖効率がそれだけ上がってしまうことを意味していた。
魔物の増殖を抑えるのなら、増えた分の魔物を狩るだけでなくボスモンスターも定期的に討伐することで、魔物の増殖速度を抑えるのが理想的だ。
「うむ。我々も当時、それと全く同じように考えた。
早速その月のうちには地下王城にまで続く経路を確保し、以降は毎月一度ずつ、王城の騎士をスクワッド単位で送り込むことで今でも魔物の増殖を抑制している。騎士に魔物相手の実戦を経験させる良い機会にもなるしな」
「……スクワッド?」
初めて耳にする単語に、シグレは思わず首を傾げる。
おそらくは『Squad』のことだろうか。これは『分隊』を意味する単語だが、英語圏では単に一緒に行動する機会の多い仲間グループのことを指す言葉としても用いられる。
「む、そうか……軍関係者ならともかく、掃討者には馴染みが薄いかもしれんな。
簡単に言ってしまえば、スクワッドとは複数のパーティを束ねた集団のことだ」
なるほど、いわゆる『レイド』に相当するものか―――とシグレは納得する。
MMO-RPGの中には、かなりの大人数で共闘して攻略する『レイド』と呼ばれる大規模クエストを持つものがある。またその際に結成される、複数のパーティが束ねられた状態のことも『レイド』と呼称したりする。
以前よりシグレは、この世界で『パーティ』が最大何人までで組めるものなのか気にはなっていた。実際に試してみれば一発で判ることなのだが、残念ながらそれを試せるほどシグレの交友関係は広くない。
そのことも含めてモルクに訊ねると。さすがは侯爵の地位にあり、有事の際には人を束ねる立場にあるだけあり、時間を置かず即答された。
「パーティを組めるのは最大で12人までだ。スクワッドなら48人が上限だな」
「すると、スクワッドとは12人パーティを4つ束ねたものですか」
「そうとは限らん。人数上限が『48人』と定まっているだけで、パーティの個数は問われない。8人パーティが6つでも良いし、4人パーティが12個でも構わん。もちろん別にパーティ毎の人数が平均化されている必要も無い」
「なるほど……。勉強になります」
先程の『スクワッド単位で』というモルク言葉は、魔物掃討のために地下王城へ月に一度、騎士を『48人』単位で送り込んでいるという意味だろうか。
王城で働く騎士の人達がどの程度のレベルなのかは知らないが。それだけの人数が集まれば、魔物の数を減らすことはもちろん、ボスモンスターを討伐することも難しくなさそうに思えた。
「さてシグレ君、本題に入ろう。実は君にひとつ頼みたいことがある」
「地下王城の魔物掃討のお手伝いでしょうか?」
「ふむ、会話の流れ的にそう思うのも無理はない。だが定期掃討は既に各騎士隊でローテーションが組まれているので、そちらの人手は充分に足りている」
「……? では、僕は何を?」
「普通に掃討者として、この〈迷宮地〉を探索して欲しい」
モルクの要求は、簡単に言えば『アイテム回収』だった。
地下の王城―――エリア名は『堕ちた王の虚城』と言うらしいのだが、ここでも他の〈迷宮地〉と同様に『宝箱』が出現することがあるらしい。
そして話はおよそ半年前のこと。当時は一般解放されていたらしい『堕ちた王の虚城』を探索していた掃討者のパーティが、同地で発見した宝箱を開けたところ、中からとある紋章が印された盾を発見した。
掃討者はその盾を換金しようと考え都市内のある武具店に持ち込んだ。ところが武具店の店主がその盾を鑑定したところ、印されている紋章が王家に由来するものであることが判明したため、これが王城内で大いに問題となった。
「……なぜ、王家の紋章が印された盾が〈迷宮地〉見つかると、問題になるのでしょう?」
「ふむ、それを説明すると少し長くなるかもしれんが……。
王族は自分の持つ武具や馬装具、外套や文具、調度品といったものを恩賞として下賜することがある。また下賜される物品には、王族から贈られた証として、必ず王家の紋章が印されているものが選ばれる。
つまり、貴族や富豪にとって王家の紋章が印された物品を所有していることは、その家が過去に『王家に対して相応の功績を持つ』という証ともなる。
―――ここまでは理解できるかね?」
「判ります」
「結構。つまり王家の紋章が印された物品とは、下賜された側からすれば、家門の名誉を証す宝でもある。
だというのに―――それと全く同種のものが〈迷宮地〉から出て来てしまうとなれば、その価値は瞬く間に失墜する。これは断じて看過できぬことだ」
そうだろうな、とシグレは得心する。
王族からしか貰えない筈の品であるから価値が保証される物なのに。他の手段でも入手が可能と判れば、それは誰にとっても嬉しくない事実だろう。
「仕方なく『堕ちた王の虚城』は一般への解放を取り止め、現在は王家の許可を得た者だけが入れる〈迷宮地〉としてあるのだが……。王家に縁ある品が出土すると判っている以上、やはり回収したいとも思う。
故に私は、エフレムのような懇意の者が『信頼できる』と太鼓判を押す掃討者に依頼する形で、王家の紋章を持つアイテムの回収を頼んでいるというわけだ」
「なるほど……。ようやく今回のお話の要諦が理解できました。
僕は『堕ちた王の虚城』を普通に手近な〈迷宮地〉として利用させて頂き、その代わり現地で『王家の紋章』が印された品を見つけた場合、それをモルクさんに届け出れば良いわけですね?」
「うむ、その通りだ。もちろん特別な報酬を用意させて貰うし、首尾良く回収対象の品を見つけてくれた際には、私の方でなるべく高く引き取ることを確約しよう。どうだろう―――引き受けて貰えるかね?」
モルクの言う『特別な報酬』が、どういうものなのかは判らないが。それを考慮するまでもなく、悪い話では無いな、とシグレは思う。
これから夏が本格化していく日々を思えば、地下にある〈迷宮地〉の選択肢が増えることは悪くない。暑さが苦手なシグレはもちろん、重装備のキッカやユウジの負担軽減にも繋がるだろう。
それに、現在の王城や大聖堂の真下に位置する〈迷宮地〉ということは、おそらく入口も都市内に作られている筈だ。雨期は疾うに開けているとはいえ、悪天候の日でも都市から出ずにアクセスできる〈迷宮地〉があるというのはメリットが多い。
「こちらとしても有難いお話です、是非ともお引き受けしたい所ですが……。先に二点ほど質問させて頂いても?」
「無論、遠慮は無用だ。何でも訊いてくれて構わない」
「モルクさんの『侯爵』という立場を考えますと、わざわざ掃討者に頼むよりも、騎士の人達に宝箱の回収を命じるほうが適切なのではないですか?」
確かに〈迷宮地〉という場所は本来、魔物討伐を生業とする掃討者のためにあるような場所なのだから、依頼自体がおかしいというわけではないのだが……。
今回のケースの場合『堕ちた王の虚城』は定期的に王城の騎士によって掃討されているのだという。だとするなら外部の掃討者に依頼するより、その〈迷宮地〉の構造や魔物に精通している騎士の人達に、そのまま物品回収を命じるほうが効率的なように思えたからだ。
「ふむ、良い質問だな。幾つかの理由があるが……最大の理由は『宝箱』を開ける為のスキルを有しているものが、騎士の中には殆ど居ないということだろう。
報告によれば『堕ちた王の虚城』で出現する宝箱の多くには、罠として爆発物が仕掛けられているらしい」
「爆発物……。うっかり作動させると、騎士の方に被害が出かねませんね」
「いや、爆発の威力自体はさほどでも無いらしい。やろうと思えば重装備の騎士が宝箱をこじ開けて、罠を恐れず中身を手に入れることは問題無くできる」
「……では、なぜ?」
「簡単に言えば、なるべく損傷の無い状態で我が家門の品を取り戻したいからだ。騎士にやらせると力業になるから、宝箱に罠があれば確実に発動させてしまう。
爆発の罠が騎士本人へ与えるダメージ自体は軽微でも、宝箱の中に収められている王家に纏わる品が無傷で済むとは限らんからな……」
「騎士の中に、宝箱の罠を解除できる人は居ないのでしょうか?」
「確かに君の言う通り、騎士の中に〈盗賊〉や〈斥候〉の天恵を持つ者もいなくはない。かなり少ないがね……。だが彼らの本分はあくまでも『騎士』であるから、職業上の必要性が薄い《罠解除》や《解錠》のスキルは修得していないらしい」
「ああ……それは納得できます」
モルクの回答に、シグレもすぐに得心する。
〈盗賊〉や〈斥候〉の戦闘職は、どちらも取得できるスキルの幅が非常に広い。とりわけ探知系では様々なスキルを修得することができ、シグレも普段から便利に活用している《魔物感知》を始めとした優秀なスキルが揃っている。
騎士として身を立てる上で役立つと思われるスキルも多いから、計画的にスキルを修得していかなければ、幾らスキルポイントがあってもすぐに足りなくなることだろう。
《罠解除》や《解錠》のような、騎士としての本分から外れる上に役立つ状況が限られるスキルは、おそらく修得候補から真っ先に除外されてしまう筈だ。
「どうだろう、これで一つ目の質問への回答になるかね?」
「充分です。では、もうひとつだけ質問を―――。
お話から察するに、モルクさんは王家に縁ある方なのでしょうか? 先程などは『我が家門の品を取り戻したい』とまで言っておられましたが」
「む……済まない、先にそこの所を話しておくべきだったな」
モルクはそう言ってソファーから立ち上がると、腰に吊り下げていた剣を鞘ごと取り外し、テーブルの上に置いた。
華美な装飾はないが、シンプルで目を引く意匠が彫り込まれた剣だった。紺色の鞘の中心部には、甲冑を身に付けた戦士が、同時に三本の矢を番えた長弓を、天に向かって構える構図の紋章が印されている。
「もしかしてこれが『王家の紋章』ですか?」
「そうだ。『束ね撃ちの騎士』を象った紋章は、他ならぬスコーネ家のもの。
つまり―――今や『堕ちた王の虚城』のボスモンスターに成り果ててしまった、狂いし王『ラナック・スコーネ』。あれの実子が、私ということだ」
何か思う所があるのか、静かに嘆息をもらしながら。
眉根を寄せた顔でモルクはそんなことを口にしてみせるのだった。