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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
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106. 忙しない魔術師 - 7

 


     [5]



「―――モルク。いい加減に本題に入ったらどうだ?」


 会話が一段落付いたタイミングを見計らって。暫らくの間、隣で聞き役に徹していたエフレムが言葉を差し挟む。

 その言葉を受けて、モルクははっとしたように一瞬目を丸くしてから。ぶんぶんと何度か頭を左右に振り「そうだった……済まないエフレム」と言葉を漏らした。


「今の話が本筋では無いのですか?」

「うむ、違う。娘から手渡された論文のことも含め、私が個人的に『シグレ』なる人物に会い、色々と話してみたいと思っていたことは事実だが……。

 今日ここを訪ねたのは、単にエフレムから『実力があり信用もできる掃討者』をひとり紹介できる、という話を聞いたからに過ぎぬ」


 テーブルに置かれた紅茶を一口啜ってから、モルクがそう答える。

 シグレも同じようにカップへ口を付けるが、紅茶は当然ながら冷め切っていた。

 温かい内には独特の甘味を感じられる紅茶だったのだが、冷え切った今では渋味ばかりが感じられて、あまり美味しくはない。


「僕にはそれほど、実力など無いと思いますが」

「悪いが、掃討者の自己評価などさして参考にはならない。大抵の掃討者は自分の実力を本来以上に言葉で飾り立てるものだからな。―――まあ、シグレ君の場合はどうやら逆のようだが。

 私には掃討者本人の言葉よりも、商人であるエフレムの言葉の方が信用できる。優れた商人は観察眼を有しているし、客観的に評価をする目も持っている。信用の大切さも理解しているし、虚飾も嫌うものだからな。信用性が高い」

「………」


 そう言われると、シグレとしても否定しづらい。

 高価値な書籍を商材に扱い、立派な商館も有しているエフレムが、優れた商人であることには否定の余地が無いからだ。


「シグレ君に、とある〈迷宮地(ダンジョン)〉の探索を依頼したい」


 まさに明日の朝〈迷宮地(ダンジョン)〉に行く予定があるシグレは、モルクの言葉に小さな驚きを抱いた。


「……それは『ゴブリンの巣』だったりしますか?」

「いや? 全く関係ない場所だが?」


 シグレの言葉に、モルクは立派な髭を撫ぜながら不思議そうに答えた。


「そうですか……。生憎とそれ以外の〈迷宮地(ダンジョン)〉は全く知らないのですが、それはこの都市から遠い場所にあるのでしょうか?」

「いや? 寧ろ『ゴブリンの巣』などより、よっぽど近くにあるとも」

「―――ぷはっ」


 会話を隣で聞いていた隣のエフレムが、堪らず噴き出す。

 モルクもまたそのエフレムに釣られるかのように、愉快そうに笑ってみせた。


 二人は一体、何が可笑しいのだろう……? とシグレが訝しんでいると。


「シグレ君はこの都市の王城か、もしくは大聖堂に行ったことがあるかね?」


 不意にモルクからそう問いかけられ、シグレは慌てて頷く。


「どちらにも行ったことがあります。王城へは『銀術師ギルド』目的でルーチェを訪ねたことがありますし、大聖堂にも『聖職者ギルド』として訪ねたことが」

「なるほど。術師職の天恵を揃えている君の場合は、それもそうか。

 行ったことがあるなら判ると思うが―――この都市は全体的に平坦な地形の上にあるにも拘わらず、例外的に王城と大聖堂の二つの建物だけが、小高くなった丘の上に建っているだろう?」

「ええ、確かにそうなっていますね」


 〈王都アーカナム〉の都市は均されており、所々に多少の傾斜はあれど、全体的には『平坦な街並み』と評して良い造りになっている。

 但しひとつだけ例外となる区画もあり、それが王城と大聖堂のある場所だった。都市の中心よりも少しだけ北西に位置する二つの建物は、都市の中で唯一の小高い丘の上に建っている。


「……シグレ君は疑問に思ったことはないかね? 何故あの二つの建造物だけが、不自然な『起伏(きふく)』の上にあるのだろうか、と」


 そういう風に考えたことは無かったが―――確かに、言われて見れば少し奇妙なことのようにも思えた。


「都市全体を見渡せるように少し高い場所に建てたのかな、程度にしか考えていませんでしたが……」

「うむ、それも順当な考え方ではあろう。高い場所に建っていることで王城からは都市全体を俯瞰することができるし、逆に都市に住む者達も、どこに居ても王城と大聖堂の威容を目にすることができる。

 ―――だが、それは意図された結果ではない。あれには別の理由がある」

「別の理由、ですか」

「今日これから話すことは……秘密にしろ、とまで言う物では無いが。信用できない他人に対しては、あまり(みだ)りに話さないで欲しい」

「……? 判りました」


 モルクがそう念を押す意図は判らなかったが。そもそも信頼の置ける仲間以外に話相手のいないシグレには、その言葉に迷いなく頷くことができた。


「実は、今の王城と大聖堂が建つ丘は、人工的に土砂を盛って作られたものでな。およそ三十年ほど前のことになると思うが……土を扱う技術に長けた魔術師や職人を集めて、国が主導して作成した過去がある」

「国が主導で……。一体、何のために?」

「不都合なものに(ふた)をするためだ」


 そう告げたモルクは〈インベントリ〉の中から用紙を一枚取りだし、テーブルの上に広げる。

 A3程のサイズがある広めの用紙に描かれているのは、何かの建物の構造を平面図に表したもの、つまり『見取り図』であるように見えた。


 図面に描かれている建物はひとつだが、それは本館と別館のような、大きい二つの建築物を繋ぎ合わせた形状になっていることが窺える。

 建物自体の規模がかなり大きいことに加え、どちらの建物も三階建てであるらしく、総合的な広さはかなりのものになりそうだ。


「この図面に描かれている建物は、大きく分けて二つの区画から出来ている。シグレ君にはそれが判るかね?」

「判ります。ここが境目ですよね」


 本館と別館、建物の区切り部分を指で示しながら答える。

 シグレの回答に「うむ、その通りだ」とモルクは満足げに頷いた。


「ちなみにシグレ君から見て左が『王城』で、右が『大聖堂』の区画になる」

「……えっ?」


 続けて語られたモルクの言葉に、シグレは驚かされる。

 その言葉通り、図面に表されている建物が王城と大聖堂であるなら、二つの建物は何カ所かの廊下で接合されたひとつの建物ということになる。

 ―――それが真実でないことをシグレは知っていた。

 確かに王城と大聖堂、二つの建物は同じ小さな丘の上に建っており、その位置は非常に近い。けれども図面に表されている建物とは異なり、現実の王城と大聖堂は接合部を持たない、それぞれが完全に独立した建物だからだ。


「そう―――これは君の知る王城と大聖堂の姿ではない。

 この図に描かれている建物は、今あるものよりも(ふる)い『王城』の姿だ」

「なるほど……。昔の王城と大聖堂は、建物を共有していたのですね」

「うむ。だがそれ故に、嘗て王城に(わざわい)が降り掛かった折に、大聖堂もまたその殃禍(おうか)へ呑まれることとなった。現在(いま)の王城と大聖堂の建物が分かたれているのは、その時の教訓を活かした形とも言えるな」

「……(わざわい)?」


 穏やかでない単語に、思わずシグレが反応すると。やや(こわ)ばった表情になりながら、モルクが頷いて答えた。


「ラナック王。ここ〈王都アーカナム〉の先の王のことだが―――簡単に言えば、このラナック王がやらかした(・・・・・)。もともと王にしては珍しく意志の弱い男だったのだが……。そこに付け込まれたのだろう、悪魔の誘いに乗ってその魂を売り、王城はアンデッド・モンスターを中心とした大量の魔物が跋扈する場所へと姿を変えた。

 術士官と宮廷魔術師が力を合わせ、すぐに王城へ結界を張り、閉じ込めたことで市井へ魔物が漏れることは最小限に抑えられたが……。一箇所に魔物を集めたまま封印したのが良くなかったのだろうな。気付けば王城は〈迷宮地(ダンジョン)〉へと、更にその姿を変貌させていた」

「王城が〈迷宮地(ダンジョン)〉に……。そんなことが有り得るのですね」

「我々も全く想定していなかった事態だが、実際に起こってしまった以上は有り得ることなのだろうな……。

 一度〈迷宮地(ダンジョン)〉となってしまえば、その場所を元の状態に戻す方法は存在しない。討伐しても一定数の魔物が即時復活するようになってしまった以上、もはや王城と大聖堂の建物は破棄する以外に手は無かった。

 ―――だから、埋めた。大規模魔術によって王城を土の中に沈め、さらに上から土を被せて蓋をしたのだ」


 そう告げるモルクの言葉尻には、微かな悔恨の念が滲んでいるように思えた。


 つまり、現在(いま)の王城と大聖堂が建っている小高い丘。その地中深い場所には、そのまま昔の王城と大聖堂の建物が眠っているということか。

 ファンタジー世界の設定としては浪漫があるようにも思えたが。この都市の侯爵であるモルクからすれば、それは忌まわしい負の遺産という所だろう。


「ところで、掃討者であれば知っているかもしれないが―――〈迷宮地(ダンジョン)〉というものは放置すると、これがなかなか大変なことになってしまう」

「あ、はい。存じています。魔物が大量に増えて、更にはボスモンスターも2体に増えて……大きな群を形成して〈迷宮地(ダンジョン)〉を出てしまうのですよね」

「うむ、その通りだ。よく学んでいるな」


 それは初めて『ゴブリンの巣』へ行った際に、ユウジから教わった内容だ。


「地中に埋めたからといって〈迷宮地(ダンジョン)〉でなくなるわけではない。放置すれば魔物が地下王城内で止め処なく大増殖することになり、やがては都市内へ溢れ出して来ることも充分に考えられた」

「土の中から魔物がですか? さすがにそれは、考えすぎでは……」

「確かに、自分でもそう思う気持ちはあったのだが……。ただ、先程も言った通り封印された王城に蔓延っていた魔物共にはアンデッド系の個体が多くてな。つまりスケルトンやゾンビといった魔物が多いわけだが……。

 あいつらは、こう、何と言うか―――地中の深い場所に封印したとしてもだな。平気で地面から這い出してくる姿が、妙に似合う魔物だと思わないか……?」

「……ああ、判る気はします……」


 確かに想像してみると、ゾンビや骸骨(スケルトン)のような魔物は、墓地の地面から這い出してくるような絵面が良く似合う。ホラー映画やホラーゲームで見かけそうなワンシーンだとも言えるだろう。

 地中深くで大増殖して、いつ街中に現れるかも判らないアンデッドの魔物。そう考えると……なるほど怖いなとシグレは思う。無対策でいれば都市に住む人達にも結構な被害が出るかもしれない。

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