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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
105/125

104. 忙しない魔術師 - 5

 



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 □魔術書『帰還』/品質[100]


   〈召喚術師〉のスペル『帰還』について記された魔術書。

   適切な天恵所持者が読むことでスペルを修得できる。


  | 【帰還】 ⊿Lv.16召喚術師スペル

  | 消費MP:680mp / 冷却時間:なし / 詠唱:10秒

  | 付近の味方全員と共に、最後に訪れた『中央都市(ラウリカ)』へ転移する。


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「これは……!」


 魔術書の詳細を()て、シグレはその内容に驚かされる。

 記されているのは【帰還】のスペル。―――文字通り一瞬で都市へと帰ることができるという、実用性と価値の高さが容易く理解できるスペルだった。


 こうした魔術書の原本は、主に〈迷宮地(ダンジョン)〉の宝箱から手に入る。

 入手できる場所が場所なので産出量自体は少ないのだが、市場で見かける機会は意外に少なくない。というのも魔術書を入手したパーティ内に都合良く天恵を持つ魔術師がいない限りは、不要な品として市場に放出されるからだ。

 市場価格は大体1冊で3,000~6,000gitaほど。供給は少ないが需要も少ないため相場価格は落ち着いている。普通の本よりは高くつくものの、天恵を持つ魔術師なら躊躇無く払える額だろう。


(……とはいえ、この本の場合には)


 魔術書の価値は、そこに記されているスペルの価値に大きく左右される。

 世間で『有用』と評価されているスペルの魔術書は高額となり、実用性に乏しいスペルは原本であっても端金(はしたがね)同然の額で市場に並ぶことも多い。


 そして、いまシグレの目の前にある魔術書―――そこに記されている【帰還】のスペルは、実用性という点から言えば最高クラスと言っても過言では無かった。

 〈召喚術師〉の天恵を持っているなら、大抵の魔術師は10,000gitaと言われても喜んで出すことだろう。その倍、あるいは三倍の値を吹っ掛けられたとしても購入する魔術師は少なくないように思えた。


 ―――それほど価値が高い魔術書を、貰うわけにはいかない。


 欲しい、とは思う。そのスペルを自分の物にしたい、という欲求は明確にある。

 このスペルがあれば……少なくとも以前、カグヤを危険な目に逢わせてしまったような状況を恐れる必要は無くなる。

 例え〈迷宮地(ダンジョン)〉で帰り道を魔物に塞がれてしまっても、『スペルで脱出する』という別の安全な方法を選ぶことができるようになるからだ。

 詠唱時間が『10秒』と比較的短めなのも良い。魔物集団に取り囲まれる危険な状況に陥った場合でも、スペルを駆使すれば『10秒』程度の隙ならば作るのは難しく無いだろう。


 それに、今のシグレならスペルを『魔具』に籠めることもできる。

 推奨レベルが高いスペルなので、生産材料には普段使っているものよりも等級が1つ高い魔石を使う必要がある。しかも【帰還】は詠唱を必要とするスペルなので『魔符(シェント)』に較べて素材が大量に必要にな『巻物(スクロール)』として製作しなければならない。

 生産に掛かるコストは間違いなく莫大になるだろう。けれども―――危機からの脱出を容易にする『巻物(スクロール)』に、それだけの価値があるのは考えるまでもない。

 『巻物(スクロール)』化された魔具は、使用に際して詠唱を必要としない。大金を叩いてでも【帰還】の『巻物(スクロール)』を複数製作して、カグヤやエミル、ライブラやユーリへ事前に配っておけば、今後は仲間の死をあまり恐れなくとも良くなるだろう。


 ―――欲しい。

 本当に、喉から手が出るほど欲しいスペルなのだが。


「その魔術書は頂けません」


 当然のように、シグレはそう答えていた。

 この魔術書を手に入れる為に、相応に手間を掛けてくれたのだろうか。シグレの言葉を受けて、明らかに気落ちするエフレムの表情が申し訳無く思えた。


「そうか……あまりシグレ君にとっては、必要のないものだったかな?」

「いえ、本音を言えば凄く欲しいです。もしこれが『売って下さる』という話でしたら、いま持っている全財産と引き換えにしても惜しくないのですが」

「うん? だったらどうして、受け取りを拒むんだい?」

「第一に、僕は既にギルドを通してエフレムさんから正規の報酬を頂いています。それに加えて追加の報酬を頂く理由がありません。

 第二に、あのとき魔物に襲われていたエフレムさんの馬車を救援することができたのは、仲間の助けによる部分が大きいと思います。だというのに、僕個人だけが追加の報酬を受け取るというのは筋が通りません」

「はぁ……?」


 シグレの返答に、エフレムが驚きのあまりにか思わず間の抜けた声を上げた。

 隣を見れば、モルクもまた同様に驚きを露わにした表情を浮かべている。別に変なことを口にしたつもりは、シグレには無かったのだが。


「くくっ。エフレム、この少年は随分と面白いぞ?」

「はは、はははっ……! そうかあ、筋が通らないですか。まさか掃討者の口からそんな言葉を聞かされる日が来るとは、長生きはしてみるものですなあ」


 くつくつと、目の前の大人二人があからさまに笑ってみせるものだから。

 なんだかシグレは、随分と居心地の悪い思いをさせられてしまう。


「……僕はそんなに、変なことを言いましたか?」

「うむ、変だな。掃討者というやつは大抵、遠慮というものを知らん。追加で何かやると言われれば、喜んで受け取るのが普通だろう」


 シグレの疑問に、モルクがあっさりと頷いてそう答えた。


「それにね、シグレ君。仕事相手から『追加の報酬を払う』と言われる場合、それは君が行った仕事を、相手からそれだけ高く評価されたということだよね。

 掃討者というのは魔物相手の専門家(プロ)だ。専門家(プロ)として良い仕事をしたと相手から評価されたことに対して『理由が無いので受け取れない』と答えるのは、あんまり掃討者らしい回答だとは言えないかなあ」

「な、なるほど……」

「まあ、気持ちは判るんだけれどね。そういう契約主義な考え方は掃討者よりも、どちらかと言えば僕のような商人が好む考え方だから」

「貴族的な考え方とも言えるな。私もそういう考え方のほうが好ましい」

「商人も貴族も、腹の中で何考えてるのか判らない生き物だからねえ。契約第一な考え方ができないようだと、誰かの食い物にされて終わるのがオチかな」


 隣のモルクにそう答えながら。エフレムはテーブルの上にある【帰還】の魔術書を手に取り、改めてシグレの側へと突き出した。


「これはシグレ君に差し上げます」

「い、いえ。ですが……」

「ええ、判ってます。ですのでこれは『報酬』ではありません。私からの個人的なプレゼントとでも思って下さい。それならば断る理由も無いでしょう?」

「……プレゼント、ですか?」

「私は君のことが大変気に入りました。仕事のことを抜きにしても、個人的に君と誼を結びたい。この魔術書は、いわゆる『お近づきのしるし』ということで」

「は、はあ……」


 そんな理由で受け取るには不相応なほどに高額の贈り物としか思えず、シグレは微妙に納得しかねたが。

 けれど、ここまで言ってくれる相手からの『プレゼント』を固辞するのは、逆に失礼というものだろう。


「判りました、では有難く頂戴いたします」

「おお、受け取って下さいますか」

「はい。仕事は抜きにというお話しでしたが……何か僕にご協力できることがありましたら、いつでも教えて下さい。大きな借りができてしまいましたので、可能な限り恩返しさせて頂きたいと思いますので」

「別に『貸し』にするつもりは無いんですけれどねえ……」


 エフレムは苦笑気味にそう漏らす。


「ま、うちの商会で必要な素材でしたら、いつでも持込みは大歓迎です。相場より少しだけ高く、買い取らせて頂きますので」

「こちらの商会と言えば本ですが……他に何か、必要なものはありますか?」


 食材や日用品を扱う『バロック商会』なら、それに関連する魔物素材を持ち込めば大抵は喜ばれるので、買い取って貰える素材を判別するのは容易なのだが。

 書籍を主に扱う『アルファ商会』の場合、どういう素材を持ち込めば喜ばれるのか、シグレには皆目見当が付かなかった。


「そうですね……書斎関連用品は全面的に扱っていますので、インクや紙の材料として利用できる素材は歓迎します。あとは高級印鑑の材料にできる魔物の角や牙、封蝋に用いる松脂や塗料、それから―――」

「あ、ち、ちょっと待って下さい。メモを取りますので」


 エフレムの言葉を遮り、慌ててシグレは〈ストレージ〉の中からペンと紙を取り出して記録する。

 物覚えは良い方だが、こういう大事なことはメモを取るに越したことはない。


「………………シグレ君。それは?」

「えっ?」

「そのペンは何でしょう? 君の手作りなのかな?」


 つい先程まで、ずっと柔和な笑みを絶やさなかったエフレム。

 けれどシグレの持つペンをじっと見据える今のエフレムの表情は、全く笑ってはいなかった。


「あ、これは……どうにも羽根ペンが苦手なもので、自分用に作ったペンですが」

「少し使わせて貰っても?」

「どうぞ。手習いで沢山作ってしまいましたので、良ければ差し上げます」


 シグレからペンを受け取り、早速エフレムは自分の〈インベントリ〉から取り出した用紙で、その書き心地を試している様子だった。

 あまり書きやすいペンではないので、少しシグレは申し訳無い気持ちになる。

 製作にはそれなりに苦心したのだが……現代のボールペンに較べれば、その書き心地は『劣悪』の一言に尽きた。




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 □フェルトペン/品質[36]


  | 内部にインクが充填された木製の細長いペン。

  | インク壺を必要としないので、机が無い場所でも扱いやすい。

  | 王都アーカナムの〈造形技師〉シグレによって作成された。


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 シグレが自作したのは、いわゆる『フェルトペン』だ。

 細く長い木製の筒に少量のインクを詰め、先端にフェルト生地で作ったペン先を取り付けてある。毛細管現象を利用しただけの単純な作りのペンだった。


 製作の切っ掛けは、以前『縫製職人ギルド』の工房で【縮絨】のスペルを使ってメルグーの毛を加工してフェルト生地を作成している際に(他の魔物の『毛』からフェルト生地を作ったらどういう生地になるのだろう?)と考えたことだった。

 試しに〈ストレージ〉にあったウリッゴの毛皮から毛だけを刈り取り【縮絨】のスペルを用いると、ポリエステルのような合成繊維に近い質感のフェルトができたのだ。

 但しウリッゴの毛は元々あまり量が多くない上に、フェルト生地にすると大幅に嵩が減ってしまう。そのため衣類などに利用するには明らかに不適だった。


 とはいえ生地の質感自体は優れているので、活用しないのは勿体ない。

 ―――色々と試行錯誤した結果、念入りに【縮絨】を掛けて硬く締まった生地がちょうどペン先に利用できるのではと考え、〈造形技師〉の【造形】スペルも駆使することで作成したものだ。

 最終的にある程度は書きやすいペンに仕上がったのだが、現代のボールペンとは比較にもならない。

 もしかすると売り物になるだろうかと思い大量に試作したが、結局シグレ自身が満足できる出来にならなかったため〈ストレージ〉へ投棄されていたものだ。


「ふうむ。シグレ君、これの在庫は幾つあるのかな?」

「大体150本ぐらいありますが……」

「全部買いましょう。1本あたり1500gitaという辺りでどうですか?」

「―――は?」


 驚きのあまり、シグレがエフレムのほうを見ると。

 そこには柔和な笑顔がどこかへ失われた、今まで見たことのない『商人の顔』をしたエフレムの姿だけがあった。

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