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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
5章 - 《破天荒術師》
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101. 忙しない魔術師 - 2

 



「そういえば、私はまだ行ったことが無いんだけどさ。『ゴブリンの巣』っていう〈迷宮地(ダンジョン)〉は、地下にある洞窟なんだよね?」

「え? ええ……それほど分かれ道も多くない、単純な作りの洞窟ですね」


 ちょうど『ゴブリンの巣』を探索した時のことを、思い返していたものだから。

キッカの口からその単語が出て来たことに、シグレは少し驚かされてしまう。


「よければ今度、私も連れてって貰えないかな? ちょっと……暫くの間、狩場を普段とは変えようかと思ってさ」

「それはもちろん構いませんが。狩場を変えるのは、気分転換か何かです?」

「……野外(フィールド)で狩りをするには、最近暑すぎると思わない?」

「ああ……。気持ちは判ります」


 最初に二人で狩りをしていた頃には、革製の防具を中心とした軽装を好んでいたキッカだけれど。

 魔術師のライブラが参加し、更にはカグヤとエミルの二人が火力役を担うようになったことで、少し前からキッカは攻撃役を仲間に譲り、防御を優先した重装備を用いるようになっていた。

 防御力の高い金属鎧を着込んで戦うのだから、この暑気の中で戦う苦労は想像に難くない。

 地下洞窟タイプの〈迷宮地〉のような、少しでも暑さを凌げそうな狩場をキッカが求めるのは当然のことだと思えた。


 洞窟の中は一般的に、夏は涼しく冬は暖かい。

 地面によって断熱されることで、外界の気温が影響しづらいからだ。

 確かに今からの夏の時期には、野外で狩りをするよりも〈迷宮地〉のような涼しい場所のほうが、重装備のキッカは負担が少なくて済むだろう。


「そうですね……。では是非、近いうちに一緒に行きましょう」

「やたっ。よろしくね、シグレ!」


 執心という程ではなくとも、シグレとしても自分を(あや)めたゴブリン・ジェネラルともう一度戦い、倒したい気持ちはある。

 あの時は魔物7体に対して、こちらは黒鉄を入れても3人と分が悪かったが。皆で行けば数的な不利は無いし、キッカが居てくれればカグヤが死に晒されるリスクも抑えられる。


「行くのはいつがいい? 私はこのあとからでも構わないんだけれど……」

「すみません、今日の午後は先約がありますので。明日では?」

「オッケー! 明日なら朝からでもいいけど、シグレはどっちがいい?」

「……大丈夫なのですか?」


 低血圧のキッカは朝に弱いらしく、午前いっぱいは朝食も採らずに宿のベッドでゴロゴロしている―――と、以前に本人から話を聞いたことがある。

 現実(リアル)の生活とは異なり、こちらの世界では朝起きの弱さを堪えてまで、無理に朝から活動する必要もないということだろう。

 だというのに。そんなキッカから「朝でも構わない」と告げられたのは、正直を言って意外だった。


「……この暑さの中じゃ、ベッドでゴロゴロしてても気持ちよくないし……」

「ああ……」


 暑さが苦手なのはシグレも同じなので、その気持ちは痛いほどに良く判る。

 微睡みのままに身体を横たえるのは気持ちの良いことだが、それも快適な空間があってこそのものだ。

 こちらの世界の暑気は、日本で感じられるようなじめじめとした不快なものではないが。それでも汗をかく環境下では微睡みを楽しむことはできないだろう。

 シグレは冷房効果のある魔具を利用することで、宿では自室の気温を快適に過ごせる程度に下げているのだが。冷房が苦手な体質らしいキッカは、魔具のそれも同様に苦手であるらしく、収入が増えた今でもその手の魔具は好まない。


「暑いのを部屋の中で我慢してるぐらいなら、朝の涼しいうちから起きて出掛けるほうが建設的な気がするんだよね……」

「そういうことでしたら、明日の朝から行きましょうか。低血圧だからといって、別に寝坊をすることは無いでしょうし」


 『天擁(プレイア)』であるシグレやキッカは、必ず一度『朝6時』に目が覚める。

 二度寝でもしない限りは、こちらの世界で寝坊をする心配は皆無だと言えた。


「ん、了解! それじゃ、明日は朝から『ゴブリンの巣』ってことで! みんなもそれで良いかな?」

「師匠が行くのでしたら、もちろんボクもご一緒します!」

「行ったことがありませんので、楽しみです」

「……つきあう」


 キッカの言葉にライブラとエミルが、続いてユーリが応える。

 カグヤは……少しだけ、逡巡するかのような表情を見せたけれど。それでも皆に遅れて頷き、参加の意志を示してくれた。


「私も……あれから少しは成長しました。今なら……!」

「はい。今度は一緒に戦って、そして正面から堂々と勝ちましょう」

「……はいっ!」


 シグレがカグヤの方へゆっくり拳を突き出すと、それに気付いたカグヤが力強く打ち付けるように拳を重ねて応えてくれた。

 カグヤのことを考えても、もう一度『ゴブリンの巣』へ挑むのは良いかもしれない。シグレの『死』をカグヤが自分の失態と考えてしまっているのなら、勝利することでその気持ちを払拭できる可能性もある筈だ。


「『ゴブリンの巣』へ行くってんのなら、腕の良い盾役がもうひとりぐらい居ると楽ができるとは思わんか?」

「―――へっ?」


 不意を突くように唐突に、すぐ背後からそんな声が掛けられてきたものだから。思わず間の抜けた声がシグレの口を突いて出た。


「これはこれは〈大盾〉のユウジさんじゃないですか、お久しぶりです」

「お願いだからその呼び方やめて、マジで。イジメかよ……」


 慌てて振り返れば、そこには体格の良い男性の―――ユウジの姿があった。

 シグレの言葉に、ユウジはたちまち唇の端を引き攣らせる。

 言うまでも無くシグレが口にしたそれは、彼が〈大盾〉という二つ名で呼ばれることを嫌がると知った上での発言だった。


 直接顔を会わせる機会はあまり無いが、フレンドであり、同じ『天擁』でもあるユウジとは小まめに念話で連絡を取り合っていた。

 見た目は30過ぎにしか見えないが、ユウジの年齢は29歳。シグレは19歳なので、そこには10歳という一回り近い年齢の違いがある。

 にも拘わらず、その程度の軽口が言える程度には、シグレはユウジと良好な関係を築くことができていた。


「生産に使う魔石が足りないって前に愚痴ってたから、最近手に入れた分は商会に売らず〈ストレージ〉に確保してたんだが……。どうやら俺の友人の魔術師殿には必要なかったらしいな。今からでも懇意の商会に売ってくるか」

「すみません、全力で謝るので許して下さい。市場価格で構いませんか?」

「シグレがその値段で良いなら俺は全く構わんぞ。どうせ自分では使わんのだし、商会に売るかシグレに売るかの違いでしかないからな」


 ユウジが自分を『友人』だと呼んでくれることが嬉しい。

 病棟に縛られた生活を送るあちらの世界では、友人など片手に数えられる程しか居なかっただけに、シグレにとって『友』と呼べる相手は貴重だった。


「……シグレ、その人は?」


 首を30度ほど(かし)げながら、ユーリが脇からそう問う。


「ご紹介します。―――彼はユウジ。僕と同じ『天擁』で、非常に高い腕前を持つ掃討者です。確か、戦闘職のレベルは『38』だったと思います」

「レベル38!?」

「いや、今朝方にレベルがひとつ上がったんで、今は『39』になった」

「レベル39!?」


 エミルとユーリ、二人の驚きの声が重なる。

 結構な声量だったが、もともと騒がしい『バンガード』の店内では二人の上げた声を周囲が気に止める様子は無かった。


 エミルとユーリの二人とは対照的に、他の三人は特に驚いた様子も見せない。

 ライブラは以前ユウジと『ゴブリンの巣』へ行った際に同行しているのだから当然だし、キッカには同じ『天擁』同士ということで既にユウジを紹介してある。

 ……では、カグヤが驚かないのは何故だろう?

 そうシグレが不思議に思っていると、視線でそれを察したのだろうか。


「ユウジさんはうちの店のお得意様のひとりですから。フレンドに登録させて頂いていますので、レベルも存じ上げています」


 カグヤは端的に、そうシグレに説明してくれた。

 熟練の掃討者は、腕の良い〈鍛冶職人〉を知るということだろう。前衛職であるユウジは魔物との戦闘で装備を酷使するだろうから、ここ〈王都アーカナム〉でも有数の職人であるカグヤと面識があるのは納得できる話だった。


「盾はそうでもないが、鎧は結構(いた)むからなあ。俺は〈木工職人〉だから自分では手入れできないし、定期的にちびすけがメンテしてくれてるんだよ」

「……私を『ちびすけ』と呼ぶ人は、次回から料金5割増で構いませんね?」

「いつも物納で払ってるわけだし構わんぞ? 俺が渡す鉱石の価格も5割増しな」

「ぐぬぬ……!」


 討伐した際に、ドロップアイテムとして鉱石類を残す魔物はそれなりにいる。

 〈王都アーカナム〉の近辺に鉱床は殆ど無いらしいので、魔物から入手した鉱石を物納してくれる掃討者は、職人にとって貴重な上客だろう。

 この場においては、どうやらユウジのほうが立場は強いらしい。


「おっと、話が逸れたが―――。シグレ、また『ゴブリンの巣』に行くのか?」

「あ、はい。明日の朝に行こうと思っています」

「なら俺もついていって構わんか? ゴブリン相手なら充分な戦力になれるぞ」

「それは重々承知していますよ」


 ユウジの言葉に、シグレは思わず苦笑させられる。

 前に『ゴブリンの巣』へ行った際に、ユウジの強さは散々思い知らされている。ユウジならば慎重に戦えば、それこそ単身(ソロ)であっても問題無く『ゴブリンの巣』で狩りを行うことができるだろう。

 なればこそ、ユウジの提案を受け容れることにシグレは逡巡する。


「ユウジに来て貰えるなら頼もしいことこの上無いですが……正直を言ってあまりお勧めはできません。この場の全員で行くつもりなので、安くなりますよ?」


 掃討者が〈迷宮地〉を探索して得られる収入は主に三種類ある。魔物を討伐することでギルドから得られる『討伐報賞金』、魔物が落とす『ドロップアイテム』、そして〈迷宮地〉でのみ見つけることができる『宝箱の中身』の三つだ。

 これらの報酬は原則として、パーティの人数に応じて均等に分配されてしまう。宝箱から得たアイテムだけは話し合いによって分配を決めることもあるが、それも掃討者の原則(ルール)としては可能な限り『均等に分配』することが推奨される。

 つまり分配に際して、基本的に各々のレベルや力量は斟酌されないのだ。

 レベルが飛び抜けて高いユウジが参加しても、レベルに劣るシグレ達が一方的に得をするだけであり、ユウジにとってはメリットの薄い話だと言えた。


「金には困ってないし、そんなのは気にしなくていいさ。それにシグレと一緒なら俺にも色々とメリットがあるしな……」

「メリット、ですか?」

「まず前衛の最も負担となるポーション代が一切掛からん。おまけに飯もシグレが準備してくれるから買わなくて済む。そうだろ?」


 ついつい作りすぎてしまう様々な料理アイテムが、シグレの〈ストレージ〉には大量に山積されている。

 念話で連絡を取り合う中でそのことは既に話してあり、ユウジから「いつかまた組む時には俺も飯の消費を手伝ってやるよ」とも言われていた。

 確かに消費を手伝ってくれるなら、喜んで提供したい。


「それに俺、レベルが高いせいか誰とパーティを組む時にも指示役(リーダー)を担当させられることが多くてなあ……。でも本音を言えば俺は、色々面倒なことは考えずに目の前の敵を全力で殴りに行きたいんだよ。それが好きで戦士やってるんだし。

 で、シグレと一緒なら面倒な指示役も全部押しつけられるだろ? 俺はひたすらゴブリンをボコることに専念できてハッピーになれる」

「ハッピーって……」


 レベル39に一方的にボコられるゴブリンを想像して、少し可哀想に思えた。


「魔物の気配を探ってくれるから、警戒に気を張らずに行動できるのも楽で良い。宝箱を見つけた際には《罠察知》を頼めるから、開けるリスクも最小限に抑えることができる。シグレは[加護]も高いから、価値が高いアイテムを滅多に落とさないゴブリンからでさえ多少のドロップ収入を期待できる。

 それから……【鋭い刃】だったか? シグレがあのスペルを掛けて武器攻撃力を上げてくれると、両手剣の斬れ味が凄いことになってなあ。魔物が面白いぐらいにズバズバと斬れるもんだから、正直言って超楽しい」

「わかる」

「よく判ります」

「槍だけどわかる」

『同意する』


 ユウジの言葉にカグヤとエミル、キッカ、更には黒鉄までもがうんうんと(しき)りに何度も頷いてみせる。

 その奇妙な様子に、唯一取り残されたユーリが微妙な困惑顔を浮かべていた。


「そんなわけで、俺は俺なりにメリットを感じて参加を希望したいだけだからな。金の分配がどうとか、つまらんことは全く気にしなくていい」

「はあ……。ユウジがいいなら構いませんが」

「それに最近はこう、暑さが厳しくてなあ……。野外(フィールド)の狩りは正直しんどい。

 知ってるか? 洞窟ってのは夏場でも意外に涼しいんだ。〈重戦士〉としちゃあ効率なんかよりも、今は少しでも涼めそうな狩場で過ごしたくてなあ―――」


 やれやれ、と肩を竦めるポーズをしながら、ユウジはしみじみとそう漏らす。

 どうやら重装戦士が抱える夏の悩みは、誰も()も同じらしかった。

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