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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
1章 - 《イヴェリナの夜は深く》
10/125

10. 掃討者ギルド - 2

 


     [9]



 クローネが発した励ましの言葉。その声に籠められた普通ではない語調につられてか、受付窓口の近くにいた何人かの人達からの視線がシグレの側へと向けられてくる。

 周囲から好奇の視線を向けられても、シグレとしては困ってしまうばかりである。そもそもどうして彼女は、こんなにも痛ましそうな表情を自分に対して向けるのか―――と、そこまで考えてシグレはようやくその理由に思い当たった。


「それはやはり、僕の成長がかなり遅いと思われることに対してのものでしょうか?」


 シグレが率直にそう問うと、クローネは少しだけ困ったような表情を見せてから。

 数秒ほど押し黙った後に、やがて頷いて答えてみせた。


「天恵というのは、才能の『種』なのです」

「種……」

「ええ。そして魔物を討伐すれば『経験値』という名の栄養を得ることができます。種は経験値によって育まれ、遠からず才能を『発芽』させ、いつか『開花』を迎えることになります。

 種を複数持っている場合には、当然それだけ成長させるために沢山の経験値が必要となります。ですが天恵を複数持っていればそれだけ、魔物を狩って経験値を得ることも容易となりやすいため、大抵の場合はそれほど問題にはなりません。

 ただ……天恵が『多すぎる』場合だけは別、なのです……。ここ掃討者ギルドに『掃討者』として登録にいらっしゃる方の中にも天恵を四つ、あるいは五つぐらいまでであれば、お持ちの方も稀におられるのです、が……」


 そこまで語った(のち)に、クローネは口を(つぐ)む。


 ―――大成はできない、ということか。

 クローネの表情を見ればシグレにも容易に察せようというものだ。


 天恵を四つ持っていれば獲得経験値は『22%』となり、五つなら『13%』となる。天恵をひとつしか持たない人に比べて、成長に約五倍、もしくは約八倍の労力を必要とするというのは……才能を持って生れ過ぎたが故に、却って〝才能が無い〟と言える程度には重いハンデだろう。


 暫しの間、目を伏せてクローネは何かを考える様子をみせて。

 そうしてから、やがて何か決意を定めた様子でシグレの側へと向き直り、


「申し訳ありませんが、あなたは『掃討者』に向いていないと思います」


 ばっさりと、彼女はシグレに対してそう言い切ってみせた。


「やはり、クローネさんもそう思われますか?」

「あっ……は、はい。そう、思います……」


 先程までと変わらない口調でそう問うと。シグレのその冷淡な反応が意外だったのか、彼女は再び驚いたような表情を見せて、僅かに狼狽しながらそう答える。


 シグレからすれば、クローネが自分に対して告げた言葉は意外なものでも何でもなかった。

 なにしろシグレの場合には四つや五つどころではなく、天恵を『10』も持っているのだから。ギルド職員である彼女からすれば自分のような人間は、将来的に落伍者となることが確定して見えるのは当然のことだ。


「―――ですが、僕は『掃討者』を頑張ってみたいんです」


 真っ直ぐにクローネの瞳を見据え、シグレは彼女にそう告げる。

 シグレの場合には、これは自らが望んで得た天恵なのだ。向いていないと告げる彼女の気持ちは理解できるが、だからといって諦めるという選択肢はない。


「もちろん成長は他人(ひと)より遅くなると思いますが……。僕はこの、自分の持っている天恵で頑張ってみたいんです。よろしければ初心者の僕に、色々と掃討者として必要なことを教えて頂けますか?」


 そう意志を示してから、シグレは自分の右手を彼女のほうへと差し出す。


 そうして右手を出してしまった後に―――少しだけ(しまった)とも思う。

 果たしてこちらのゲーム内の世界に、『握手』という文化があるのかどうかをシグレは知らないからだ。


「ふ、ふふ……! シグレさんは面白い方ですねえ……!」


 しかしその心配は杞憂であったらしい。

 クローネは一瞬だけ遅れながらも、力強くシグレの手を握り返してきてくれて。更には繋いだ手をぶんぶんと上下に振るようなことまでしてきた。


「先程は『向いていない』などと言ってしまいましたが、掃討者ギルドは来る者を拒みません。もちろん、私はギルド職員としてシグレさんに最大限の助力をお約束致しますとも!」

「ありがとうございます。とても頼もしいです」

「ええ、どんどん頼って下さいね!」


 握手した手をさらに勢い良くぶんぶん振り回しながら、クローネはそう告げる。

 どうやらクローネは外見に似合わず、なかなか元気で愉快な方であるらしい。初めて訪問したギルドの施設で、彼女のように色々と気軽に相談出来そうな相手に恵まれたのは、なんとも幸運なことである。


「あっ、と……。そういえばまだ登録票を記入されている途中でしたね、すみません。残りの『生産職』の欄の方も埋めて頂いて宜しいですか? お持ちでないようでしたら『なし』と書いて頂ければ大丈夫ですので」

「判りました」


 ようやく握手から解放して貰えた右手にもう一度羽根ペンを握り、シグレは登録票に書き込んでいく。

 『戦闘職』のほうの欄でもそうだったけれど、記入欄があまり広くないので10職全てを書き込むのはなかなか骨が折れる。なにしろ羽根ペンを扱うのも初めての経験なので、小まめにインクに浸して文字を書き込むというだけでも簡単では無いのだ。


「うわァ……」


 小さな文字で『生産職」の欄へ大量の天恵を書き込んでいくシグレを見て、クローネが対面から小さくそんな声を漏らしてくるのを、シグレは聞かなかったことにした。



     [10]



「星光が元に、彼の者が備えし全ての才を(つまび)らかにせよ―――【能力解析(アンビル・ランズ)】!」


 クローネの右手から溢れた薄紅色の淡い光が、波紋状にシグレの側へと広がって包み込む。

 何かが自分の身体の中に浸透してくる感覚があって、思わず反射的に『抵抗』しそうに―――なった自分を慌てて諫めると。シグレはクローネが掛けてきたそのスペルを有りの儘に受け容れた。


 クローネの説明によれば【能力解析】は対象者の名前や種族、能力値や天恵、修得しているスキルやスペルなどといった殆どのステータスを看破するためのスペルであるらしい。つまり、これは単にシグレが『登録票』に記述した内容が真実のものであるのかどうか、その確認作業をしているだけのことである。

 シグレに対してスペルを掛け終わると、クローネの目の前に幾つかのウィンドウが展開されているのが、対面側のシグレからもはっきりと視認できた。

 視界内に表示されるウィンドウの類は、今まで本人にだけ見えるものとばかり思っていたのだけれど……。どうやらそれは、周囲の人からも視認できるものであるらしい。


「疑っていたわけではないですが……本当に『戦闘職』も『生産職』も、どちらも10ずつお持ちなのですね。こんな方は私も初めて見ました……」

「ええ。出来ることが多そうで、今から楽しみです」

「ほ、ホント前向きですよね、シグレさんって……。

 うーん……にしても能力値が『術師職』に偏りすぎてて、幾ら何でもこれは……冗談ではなく、やっぱりシグレさんって『掃討者』に向いてないと思うのですが」

「はは……クローネさんは、ほんとバッサリ言いますよね……」


 それだけはっきり言われてしまうと、当事者であるシグレにはぐうの音も出ない。

 後頭部を右手で軽く掻くようにしながら「やっぱり、このHPだと(あや)ういですかね?」とシグレが訊ねると。それにもクローネからは「当然です」と言い切られてしまう。


「幾ら何でも最大HPが『16』というのは……。えっと、シグレさんは『ピティ』という魔物をご存じですか? 都市の門を出てすぐの辺りで良く見かける魔物なのですが」

「いえ、全く存じません。街の外に出たことはありませんので」

「そうですか。ピティというのはこう、長い耳を持ったウサギよりも少し大きいぐらいの魔物で、この辺りでは圧倒的に弱い初心者向けの魔物なのですが」


 そう良いながらクローネは、左右の手をウサギの耳に見立てて自分の頭の上に翳し、ぴょんぴょんと小さく跳躍するかのような仕草をしてみせる。

 大変に可愛らしい。


「シグレさんは下手すると、ピティ相手にであっても……一回攻撃されただけで死んじゃうと思います」

「い、一発で、ですか……」


 ここ『王都アーカナム』周辺に生息する魔物に大変詳しいであろう『掃討者ギルド』の職員をして、『圧倒的に弱い』と言わしめる魔物。それほどの相手からでも一発で殺される、というのは……。

 デスペナとは頻繁に会うことになりそうだ、と今更ながらにシグレは苦笑する。ある程度覚悟していたことではあるけれど、魔物との戦いは想像以上に厳しいものになりそうだ。


「あれ? シグレさんって『天擁(プレイア)』の方なのですか?」


 シグレのステータスが表示されているのであろうウィンドウ群を眺めていたクローネが、はっと気付いたようにそんなことを問いかけてくる。

 そういえば宿の個室でシグレが自分のステータスを見たときにも、確か『名前』と『種族』のあたりに、自分が『天擁』であることは記されていた気がする。


「ああ―――そういえば、言ってませんでした。すみません」

「いえ、こういうのを確認する為に【能力解析】のスペルを掛けさせて頂いておりますので問題ありません。えっと、お手数ですが登録票の『種族』の欄に、シグレさんが『天擁』であることも記入して頂けますか?」

「承知しました」


 クローネの指示通り『銀血種(シェリテ)』という種族名の隣に、自分が『天擁』であることを併記する。


「既にご存じかもしれませんが……『天擁』の方は仮に魔物との戦闘で殺されるようなことがあっても、私共のような『星白(エンピース)』とは異なり、最後に訪問した都市で『生き返る』ことができます。ですので、そういう意味ではHP量の少なすぎるシグレさんであっても安心できるとも言えますが……。

 当たり前ですが『死ぬ』というのは、とても『痛い』ことです。そしてそれは例え『天擁』の方であっても変わらないと聞いています。……自分を大切にして、あまり無茶はなさらないで下さいね」

「ありがとうございます。痛みには慣れていますが……かといって、無闇に死に急ぐつもりもありませんので。可能な限り気をつけることに致します」

「はい、是非そのように。ここ『掃討者ギルド』では、一緒に街の外で魔物を狩るパーティメンバーを斡旋することなどもできます。もし一人での狩りが無理だと思われたなら、いつでも頼って下さいね!」


 クローネの優しさと心配りがとても温かく、そして有難い。


 彼女は先程、自分のことを『星白(エンピース)』だと告げたけれど。なるほど―――クローネと話していたり、あるいは宿の女将さんと話したりしていると、シグレには『NPC』というものが判らなくなる。自分が彼女達と交わしている会話のそれが、機械的な印象とはどうしても結びつかないからだ。


 キャラクターを作る際に、深見はこの世界に於けるNPCのことを『見分けが付かない』とも、『プレイヤーと比べて遜色ない』とも告げていたけれど―――。

 その言葉の意味が、ようやくシグレにも得心できたような気がした。

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