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リバーステイル・ロマネスク  作者: 旅籠文楽
prologue. 《夢の階》
1/125

01. 夢の階 - 1

 


     [1]



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              Reverse-tale Online

                Logged in...

   ----------------------------------------------------------------------





 銀の粒子が、暗闇の空一面を飛び交って溶けていく。

 時折その光は何を映すのか―――紅や蒼が入り交じった煌びやかさを纏い、瞬きと共に夜天を舞い踊る。

 三百六十度どの方角を見上げても、夜の(とばり)のスクリーン上には、ひとつとして同じ景色は重ならない。

 天幕を彩る無数の光は幾重にも交わって踊り、無数の紋様を描いていく。


 〝流星雨〟というのは、こうした光景のことを言うのだろうか。

 食い入るように、あるいは陶酔するかのように。

 時雨(しぐれ)は天幕の夢幻から、片時さえ目を離すことができなかった。


 ひときわ眩い光を帯びた銀の矢が、切り裂くように星々の海を駆け落ちていく。

 あまりにも幻想的(ファンタジー)でいて、けれども、あまりにも現実的(リアル)

 天を仰ぎ見ながら、時雨にはどうしてもこれが仮想(ニセモノ)の夜空だとは思えなくて。

 心が静かに、けれども熱く打ち震えていた。


 周囲に星空を霞ませる無粋な光は何もない。

 ―――そう、ここは何も無い世界だった。

 微かな星灯りに映し出されるシルエットによれば、ただ辺り一面には大地だけが広がっており、どちらを向いても遙か遠くに地平線だけを眺めることができる。

 大地に起伏はなく、木々や建物のような視界を遮るものも全く存在しない。

 殺風景が過ぎる世界は、なるほど、今更ながらにこの場所が『作り物』の世界なのかもしれないと意識させた。


 ―――不意に時雨は、

 (ここは一体どこなのだろう)

 と思う。


 時雨がそう思惟を巡らせた瞬間。まるで即座に反応するかのように、時雨の視界の片隅に〈世界の境界〉という文字列が表示された。

 デジタル感を漂わせるフォントで記述された、橙色(オレンジ)の半透明文字。

 幻想的な光景に重ねるには少し無粋な表示が、けれども、この場所が間違いなく『ゲーム』の中の世界であることを確信させてくれる。

 〈世界の境界〉という名称が、おそらく現在地の『エリア名』なのだろう。


 やがて―――まるで朝の訪れを顕すかのように、星灯りと闇だけがあった世界が次第に光を帯び始める。

 すると、俄に明るくなった世界の中で。白衣を身に纏った『誰か』が、驚くほど時雨のすぐ傍に立ち、穏やかな眼差しで見つめていた。


「こんにちは」


 柔らかな笑みを浮かべた女性の、暖かな声。

 それは、たったいま闇を塗りつぶした夜明けの陽気に、とてもよく似合っていた。



     [2]



「こんにちは。ええっと……」

深見(ふかみ)と申します。『カピノス・アーク』の者で、このゲームの開発チームスタッフのひとりです」


 そう告げて、白衣の女性はぺこりと頭を下げる。

 彼女につられるように、時雨もまた慌てて頭を下げた。


「僕は……。僕は時雨と言います。古倉(ふるくら)時雨です」

「時雨くんと呼んでも構わないかしら? それとも名字で呼ばれる方が?」


 どう見ても深見のほうが自分よりもずっと年上なので、好きなように呼んで貰って構わない旨を時雨は彼女に答える。


 時雨はとある病院に、もう何年も籠りっぱなしの長期入院患者だ。そして病棟の生活では、自分の何倍も生きているような人達と話す機会が多いせいか、いつしか時雨の中では「年長者に対しては敬意を払う」のが当たり前になっていた。

 それは無論、相手が女性であっても変わらない。時雨は自分よりも年上であろう深見に対して当然のように敬意を抱き、なればこそ深見からどのように自分が呼ばれようとも全く構わなかった。


「それでは時雨くんと呼ばせて頂きますね」


 にこりと微笑みながら、嬉しそうに深見はそう告げる。


 深見が身に付けている白衣は、医師というより科学者を連想させる、シンプルですらっとしたデザインのものだ。

 おそらくは深見なりに、ゲームの『GM』側の人間であるという主張を籠めた衣装なのだろう。

 けれど、失礼ながら―――時雨にはそれが、あまり彼女には似合っていないようにも思えた。

 穏やかで優しい印象を与える深見の容姿に対し、白衣のような堅苦しさを連想させる服装を加えるというのは……。結果的に少々、ちぐはぐした印象へ辿り着いてしまっている気がする。


「―――〈リバーステイル・オンライン〉へようこそ! この度は当プロジェクトへのモニター参加にご協力下さりまして誠にありがとうございます。

 時雨くんのゲームへのご案内役は(わたくし)、深見が担当させて頂きます。このゲームについての簡単な説明は既に弊社の者から受けていらっしゃいますよね?」

「はい。昼間に国広(くにひろ)さんという方から伺いました」

「うちのチームの国広ですね? 背がとても低い感じの」

「合っていると思います」


 ゲームモニターへの参加依頼とそのご説明に、と。そのように用向きを告げて、昼過ぎに時雨の病室へ面会を希望してきた『国広』と名乗る女性は、確かに随分と小柄な人だったことを時雨は覚えている。

 国広が身に付けていたのは、低い背丈に見合う小さなスーツ。けれどもそれは、よく見れば相応に着慣らされていることが判るスーツであり、社会人として充分な経験を積んでいることが伝わってくるものでもあった。


「国広さんは開発系の方だったんですか? 営業とかではなく?」


 目の前に立つ、白衣を纏った深見もそうだけれど。病室で会った国広に対してはそれ以上に……ゲームの『開発』という技術職らしいイメージがどうしても時雨の頭の中では重ならない。


「〈リバーステイル・オンライン〉に関しては、社内でも大変秘匿度の高いプロジェクトとなっておりまして。開発チーム以外の人間……例えば弊社の営業一課・二課などに所属する者は、おそらくプロジェクトの存在自体を知らされていないと思います。

 ですので、時雨くんのような入院患者さんの元を訪ねて製品のモニターを依頼する役目も、自然と開発チーム内の人間が担うことになりますね」

「秘匿度が高い、ですか……。なるほど、実は国広さんからお話を伺った後すぐ、このゲームのWikiなどが作られていないかゲームタイトルをネットで検索してみたりもしたのですが。どの検索サイトを利用してみても一切ヒットしなかったのは、その『秘匿』のせいでしょうか?」


 このご時世、いかにマイナーなタイトルのゲームであろうと、Wikiであったり攻略サイトであったりといったゲーム情報を纏めるサイトというものは、有志によって自然と幾つも作られるものである。

 それがまだモニタリングの段階にあるゲーム……つまり、正式にはサービスを開始していないようなタイトルであっても、例外ではない。人の口に戸は立てられない以上、自分が遊んでいるタイトルの情報を広めるという欲求を持つ人は多いのだから。

 だというのに―――時雨が昨日の夕方頃、幾つかの検索サイトで〈リバーステイル・オンライン〉という単語を調べてみても、何一つヒットするページは得られなかった。


「そのように考えて頂いて宜しいかと存じます」


 時雨が口にした疑問に対し、さも当然のように深見は頷いてみせる。


 病室でゲームについて説明してくれた国広の言によれば、〈リバーステイル・オンライン〉は主に長期入院の患者を相手にモニターの直接依頼を行うという、今時としてはなかなか風変わりな勧誘のみを行っているタイトルではあるものの。既にゲームサーバー自体は稼働が開始されてから五年近く経過しているということである。

 当然、直接的な勧誘のみでプレイヤーを集めている以上、一般的なMMO-RPGのタイトルに比べれば比較にならないほどプレイヤーの総数は少ないだろうが。とはいえ……ネットの主だった検索サイトのどれを以てしても、ゲームの情報を扱うサイトはおろか、ブログや掲示板といったページのひとつさえヒットしないという秘匿性は、さすがに異常としか言いようがない。

 思わず時雨も、自分が検索欄に入力しているタイトル名のほうが間違っているのではないかと。国広が病室に残してくれた資料を片手に、何度も見直してしまったぐらいなのだ。


 コホン、と深見はわざとらしい咳払いをひとつしてみせる。


「時雨くんもモニターにご参加頂きます以上、例外ではありません。このゲームのことに関しては、ゲーム内で体感したことはもちろん、ゲームのタイトルや使用する接続端末機器の情報なども含めて。知り得た一切のことを、ブログやSNSなどの特定・不特定を問わない公開媒体への記述はもちろん、ご友人や同じ入院患者さんなどへお話になることも総て遠慮して頂きたいのですが」

「それは全く構いませんが……」


 どうせ話すような相手も思いつかないので、それ自体は全く構わなかった。

 病棟内で会話する相手と言えば、妹と志乃(しの)の二人を除けば、あとは年齢が自分の倍近い医者や看護師、あるいはそれ以上に歳を召している老齢の入院患者といった相手がその殆どなのだ。

 そういった方とも将棋や囲碁の相手であれば務めることもあるし、その傍らで他愛もない雑談を交わす程度の機会は珍しくもないが。かといって時雨の側から『ゲーム』の話を振ったからといって、年齢層的に相手が興味を持ってくれるとも思えない。


「ありがとうございます。申し訳ありませんが、もしこの〝秘匿のルール〟が護られなかった場合には、運営側から時雨くんのゲームアカウントを停止させて頂くなどの措置を取らせて頂くこともあるかと思いますので……。特にご家族などの親しい相手などに、うっかり話してしまったりなさらないようご注意下さいね」

「はあ、妹もあまり興味が無いと思いますし、話すことはないと思いますが……。判りました、一応気をつけるように致します」


 いまや時雨の家族は、妹の菜々(ななき)ただひとりだけである。

 菜々希もゲーム自体はするのだが、彼女はどちらかといえばアクション性が高く、かつ短時間でさっくり遊べるタイトルを好む方である。MMO-RPGのように腰を据えてプレイするタイプのゲームの話は、妹の口から聞いたこともない。


「しかし、そこまで箝口令を徹底なさるというのも、なかなか厳しいですね?」

「そうですね、確かに少々厳しいのかもしれません。ですが、その『他言しない』という唯一のルールさえ護って頂けます限りは―――名目上では『モニター』と呼称しておりましても、我々は総ての参加者の皆様に短期的なものではなく、半永久的に楽しめるゲームの世界を提供し続けたいと考えております」

「半永久的に……つまり毎晩こうして『夢の中』で、こちらに来られるわけですか」

「はい、お約束致します」


 こうして実際に体験をしていて尚、どこか信じ難い話でもあるのだけれど―――いま時雨がこうして〈リバーステイル・オンライン〉というゲーム内にログインしているのは『夢の中』での話である。

 あちらの世界がいま何時頃なのかは判らないが、きっと現実(リアル)の時雨はまだベッドの上で寝息を立てている筈だ。身体を現実世界のベッド上に置き去りにしたまま、心だけが夢を見るかのように『ゲームの中へ』ログインすることができる―――それが、モニターを依頼された〈リバーステイル・オンライン〉の持つ最大の特徴である。

 ともすれば、それは夢物語としか思えないことなのだが。事実こうして体験できてしまっているのだから、時雨としては何とも複雑な気持ちだった。


 『夢の中でログインできるゲーム』の話など、時雨はついぞ聞いたことはない。

 現実世界の時間を浪費してしまうというのはVR-MMOに限らず、どのようなゲームを遊ぶ際にも没頭すればするほどに伴う深刻な問題である。それを一切気にしなくて済むゲームともなれば、画期的すぎてどれほどの大プロジェクトであるのかは想像するに難くない。

 カピノス社の開発チームが『秘匿』を徹底しようとするのも……なるほど、充分に納得できる話のようにも思えた。

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