くしゃみ
沙村結花は、真夜中に目を覚ました。
街灯が発する光が、うっすらと部屋にさしこむ。いつもと違う部屋。
寝ぼけながら結花は思い出した。
そうだ。今日は初奈の家に泊まらせてもらったのだ。
初奈が一人暮らしを始めたから遊びにきたんだった。
二人でテレビを見ていたが、結花はバイト終わりだったということもあり、疲れていた。そして気づけば先に寝てしまっていた。
「……今、何時だろう」
カチ、カチ、と秒針の音が一定のリズムで刻まれていく。時計の位置は分かるが、街灯からの光だけではどうもはっきりとした時間が分からない。結花はジャージのポケットに入れていたスマホを取り出して起動させる。
午前四時半。
昨日と今日のちょうど真ん中のような時間帯。朝を迎えるには、もう少し時間がかかりそうだ。遠くでバイクの音と、ポストの蓋がガシャンと閉められる音だけが、誰もいない世界に響いていた。
さて、どうしたものか。起きてるにしても電気をつけるわけにもいかないし、寝るにしてもなんだか目が冴えてしまった。ぼんやりと小さな窓から外を覗いた。無数の小さな白が光を反射していることに気がついた。
雪だ。雪が降っている。どうりで寒いはずだ。
結花は無意識に自分にかけられていた毛布を体に丸めた。
あれ? これを私が使ってるってことは初奈は?
そういえば毛布が一枚しかないと、寝る前に話していたような気がする。
結花はスマホの光で部屋を見渡した。
いた。
初奈が寝ている。寒そうな格好で。
バカだなぁ。毛布くらい一緒に使えばいいのに。
優しすぎるんだよ。いつも。
私は初奈に寄り添って、毛布を一緒に使った。
冷えているだろう初奈の体を温めるために、そっと抱きつく。
ついでに手も握ってみる。指をからませて。
初奈の手は小さい。こんな小さな手で一人暮らしなんてできるのだろうか。
……余計なお世話か。
握った手が握り返される。
「えへへ……」
「……起きたの?」
「……」
どうやら寝言だったらしい。そういえば寝言に返事をしてはいけないらしい。噂では寝言を返されたら、そのまま永遠の眠りについてしまうだとかどうだとか。もしも、そうなってしまった場合、どうすれば起きてくれるのだろう。
やっぱりキスをするれば起きるのだろうか。
初奈も、いつか誰かとキスをするのだろうか。
……なんかイヤだな。そう思ってしまう自分もイヤだった。
気付けば結花は、また眠ってしまった。
初奈のそばは、あまりにも安心出来たから。
先に目を覚ましたのは結花だった。
午前八時。もう日は高い。小さな窓からの光が眩しい。
隣の初奈はまだ寝ている。幸せそうな顔で。
「おーい。そろそろ起きろよ」
体を軽く揺すっても、起きる気配はない。
「私が返事しちゃったから、起きないのかな?」
結花はなんとなくキスをした。
かるく、ふわりと、なぞるようなキスだった。
「……あれ? もう朝?」
初奈が目を覚ました。寝ぼけている初奈は、いつもの童顔をさらに幼い顔にしていた。眠気まなこをこする。
「おはよー。結花ちゃん」
「おはよう」
キスをしたことにはどうやら気付いていないようだ。
「くしゅん……」
初奈が可愛いくしゃみを、このあとも続けて二回した。
「あんた……。顔赤くない?」
「ふぇ……?」
体温を測ると、熱があった。どうやら風邪をひいたみたいだ。
鼻をかもうとすると、ちょうどティッシュがなくなってしまった。
冷蔵庫の中にもろくなものが入っていない。
初奈をベッドに寝かせて結花は雪の降る世界に買い物へ行った。
そして後日。結花も風邪をひいた。たぶん、初奈と同じ風邪。
雪の降る日は寒い。
寝るときは温かくしよう。
キスをすると風邪がうつる。
君が病気になってわかったこと。




